
1997年の旗揚げ以来、老若男女問わず多くの人が楽しめる大衆性の強いエンターテインメントを創造し続ける劇団ホチキスの第52回本公演『ベイビーブラフ』が、東京下北沢の本多劇場で上演中だ(2月1日まで。のち2月7日~8日新潟・長岡リリックホールシアター、2月14日~15日愛知、名古屋・メニコンシアターAoiで上演)。


『ベイビーブラフ』は「生まれながらに嘘をつく男=ベイビーブラフ」を自称する弟が、どんな小さな嘘もつくことができない正直者の姉の窮地に直面し、壮大なブラフを繰り広げる顛末を描いた、騙し、騙され、やがて…というコンゲームの醍醐味にあふれた作品。劇団代表であり、脚本・演出の米山和仁ならではのベタな小ネタ満載でありつつスタイリッシュな、スピード感と、演劇愛にあふれる世界が展開されている。
【STORY】
奥窪想(おくくぼ・おもい/梅津瑞樹)は、自らを『ベイビーブラフ(生まれついての嘘つき)』と称するほど、幼い頃から嘘の天才で、成長と同時になるべくして詐欺師となった青年。ただ狙うのは悪党のみ。悪徳詐欺師を欺き、大金をせしめる日々を送っている。
そんな想の唯一の肉親である姉の真(まこと/小玉久仁子)は実直な実業家で、小さな嘘もつけない誠実さと、持ち前のまっすぐな性格で信頼を積み重ね、都心の一等地にビルを所有するほどの成功を収めていた。幼い頃に両親を亡くし、施設で育った二人だったが、施設を出たあと、姉弟はそれぞれの性格故に対照的な道を歩み、現在はとあるいさかいから絶縁状態に陥っていた。
ある日、真は事業で巨額の損失を出し、会社は存亡の危機に陥る。そんな彼女に手を差し伸べたのは、ビジネスマン道明寺晃(どうみょうじ・あきら/町田慎吾)だった。だがそれは、真に仕掛けられた巧妙な罠だったのだ。
真の秘書、涼風匠(すずかぜ・たくみ/粟根まこと)は想に接触。真を助けて欲しいと懇願するが、想は真っ正直な姉への複雑な心情を抱えて一歩を踏み出すことができない。その間にも次々と迫る道明寺の陰謀。想を師と仰ぐ小鳥遊樹(たかなし・いつき/校條拳太朗)。想を追う刑事、片倉充(かたくら・みつる/山﨑雅志)。協力者かはたまた?の米内山岬(よないやま・みさき/齋藤陽介)、岡田桃子(おかだ・ももこ/内村里沙)、さとうひろと(山本洋輔)。道明寺が出資するクラブのママ、時岡梢(ときおか・こずえ/齊藤美和子)ら、ひと癖もふた癖もある人々も巻き込む二転三転の騙し合いのなか、果たして想は姉に救いの手を差し伸べることができるのか……

おそらく生まれてこの方1度も嘘をついたことがない、という人はいないのではないだろうか。逆にもしいるとしたならば、むしろそれはとても危険で残酷なことかもしれない。それほどこの世は清廉で生きやすいものではなく、時には嘘こそが周りとのコミュニケーションを円滑にする優しさになることも多いからだ。
ただもちろん一方で、犯罪に直結する許しがたい嘘も世の中にあふれていて、公演パンフレットで米山自身、肉親が遭遇してしまった詐欺事件に触れて警鐘を鳴らしているし(是非、公演パンフレット代表挨拶をお読みいただきたい)、AIが氾濫し虚実入り混じるSNSの世界、更には一国のトップまでもが都合の悪いことは全て「フェイク」で片づけようとする風潮と、2026年のいま、世界は混沌を極めている。何が嘘で、何が真実なのか、見る人によって異なってもくるだろう答えは容易に導き出せるものではない。

それでも、劇団ホチキスが実に52回という本公演を重ね、発表し続けている作品のなかで、ここまでストレートに演劇愛が語られた作品は全てを拝見できているわけではない身で恐縮ながら、知る限りそう多くないように思う。もちろん劇団ホチキスの作品に接すると、いつもあまりにもわかりやすい笑いと対比した、非常にハイセンスな構造から「あぁ、演劇っていいな」という気持ちにしてもらえるのは常のことだ。ただ、“嘘”をテーマにした今回の『ベイビーブラフ』には、あんなに笑っていたはずなのに、気が付いたら泣いていたほどの虚構の力、嘘の世界をひととき真実に変えてくれる演劇の力があふれていた。そこには、演劇こそが最も尊い嘘の世界だ、という米山の、そして劇団ホチキスの信念が見えてくるようで、その直球さに胸を打たれずにはいられない。現実の世の中が混沌としていればいるほど、「嘘=演劇」こそが必要なんだと、信じられる世界がここにあった。

実際のところ舞台が二重三重のコンゲームを描いていて、具体的に書けることが極めて少ない作品のなかで、ひとつだけ言えるとすれば、演劇を愛している人になら「絶対に観た方がいい」となんのてらいもなく勧めることができる舞台だ、ということだし、もし演劇の温かな嘘を知らない人には更に「ここに素晴らしい入り口があるよ」と伝えたい。『ベイビーブラフ』はそんな作品だ。そう、これは誓って嘘ではない。

その舞台で、命名から米山のなかに相当なこだわりがあるのだろうと感じられる登場人物では、まず生まれながらに嘘をつく男=ベイビーブラフ=タイトルロールの奥窪想(おくくぼ・おもい)を演じる梅津瑞樹の二枚目ぶりが際立っている。天才詐欺師でありつつ、世にいう義賊でもある想の思いっきり拗れていて、だからこそむしろ一周回ってわかりやすいたった一人の姉への心情を、梅津がクールなままの表情からからなおくっきりと見せる様が絶品。「そうくる?」というかなり馬鹿馬鹿しい(褒めている)回想シーンを、とことん拒否しながら瞬時に馴染んでいく変身の妙も含めて、自然に応援したくなる「ベイビーブラフ」として存在していた。誰にでも着こなせないだろう柄物のスーツも恐ろしく似合っている。
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弟の想とは対照的に、嘘をつくだけで身体にまで反応が出てしまうほど真っ正直な姉、真(まこと)の小玉久仁子は、劇団ホチキスの顔としての圧倒的な存在感をこの作品でも縦横に発揮している。濃いと言ってしまえば、文字通り強烈に濃い演技なのだが、それが悪いと言っている訳ではないことをくれぐれも強調させてもらった上で、あー小劇場を観た!という感覚につながる濃さとは確かに異なる、不思議な清心さをも発揮するのが小玉の唯一無二の魅力。トランプをモチーフにした舞台美術をはじめ、総合アートディレクターとしての目線の確かさも健在で、米山ワールドであり、小玉ワールドでもある劇団ホチキスの舞台を支えている。真役については、本当にこうして書いていて、うーんと思うほど何も言えないので、是非実際の舞台を観て欲しい。
そんな世界観のなかで活躍する劇団ホチキスの面々は、片倉充(かたくら・みつる)の山﨑雅志が、昭和の刑事ドラマから抜け出してきたかのような「ザ・刑事」を提示してくれるのが清々しい。拗れまくっている想の本音を照射する米内山岬(よないやま・みさき)の齋藤陽介の、飄々としているようでちゃんとわかっていることが伝わる目の芝居がいいし、岡田桃子(おかだ・ももこ)の内村里沙の、お金にのみ忠実なサバサバしたあっけらかんさが、ポイント、ポイトンのアクセントになっている。真の体質と関わってくるので、やはり詳細は書きにくい、さとうひろとの山本洋輔も、ある事柄に精通していながら、肝心なところでちょっと不器用、という造形に真実味があって素直に笑わせてくれる。



一方、劇団ホチキス初本多劇場進出公演ということもあって、客演のメンバーも豪華で、道明寺晃(どうみょうじ・あきら)の町田慎吾が、常に役柄に没入していく役者魂の強い人とは言いつつも、ここまで貫禄のある“悪い奴オーラ”を登場しただけで醸し出せるようになっていたとは、と目を瞠る巨悪っぷりで魅了する。
また、ここにも演劇愛が実は隠れているのだろう、奇想天外な設定の持ち主で、これを平然と演じられる齊藤美和子に脱帽する、時岡梢(ときおか・こずえ)の奇想天外さも大きなキーポイントになっている。
更に、劇団ホチキスにとって常連の趣も漂わせてきた小鳥遊樹(たかなし・いつき)の校條拳太朗が、6回目の参加にしてまた新たな役柄を演じているのが興味深い。客演として頻繁にオファーを受けていつつ、役どころのカラーが多彩なのは、演技者としての校條に対する米山の信頼感の表れに他ならない。それに応えた校條が、詐欺師としての想を尊敬し、弟子入りを志願したという弟分らしさを随所に発揮していて、その役名が高梨でも高階でもなく、なかなかお目にかかれない小鳥遊であることにも注目して欲しい。

そして、今回の客演のゴージャス感を一気に高めているのが真の秘書、涼風匠(すずかぜ・たくみ)として登場した粟根まこと。この役柄のとある設定も、梢同様、どうやって思いつくの!?と半ば呆れるほどだし(だから、褒めている)、おそらく役者に相当な力量がないとかなりの確率で滑る危険に満ちているのだが、平然と笑いにつなげるのは粟根あってこそ。その笑いのなかから真への誠実さもきちんと見せていて、作品にとっても大きなカードになっている。
また、舞台面が次々と変わっていく転換も担いながら活躍するアンサンブルの碧木渉、篠原孝文、遠田翔平も全編を通して大活躍。舞台のスケール感を大きく上げている照明の阿部将之、エッジの効いた音響の谷井貞仁、小玉の発想を見事に形にした美術の泉真などスタッフワークも充実。虚々実々の展開だからこそ、結末を知ってからの再見も、この台詞がつまりここにつながるのか、という発見の連続で楽しめるに違いなく、先行きがあまりにも不透明な世の中に「明日もちょっと頑張ってみるか」と思える力をくれる、演劇愛に満ちたコンゲームの興趣を体感できる舞台だった。

(取材・文・撮影/橘涼香)
公演概要
劇団ホチキス第52回本公演『ベイビーブラフ』

脚本・演出:米山和仁
出演:
梅津瑞樹
山﨑雅志
齋藤陽介
内村理沙
山本洋輔
齊藤美和子
町田慎吾
校條拳太朗
小玉久仁子
粟根まこと
ほか
<東京公演>
公演期間:2026年1月28日 (水) 〜 2026年2月1日 (日)
会場:本多劇場
■チケット
一般席引換券:8,000円
(税込)
<長岡公演>
公演期間:2026年2月7日 (土) 〜 2026年2月8日 (日)
会場:長岡リリックホール シアター
■チケット
スーパープレミアム席:11,000円 ※最前含む前方席・特典付
一般席:8,000円
長岡はじめまして割席:4,500円 ※後方席
(全席指定・税込)
<名古屋公演>
公演期間:2026年2月14日 (土) 〜 2026年2月15日 (日)
会場:メニコンシアターAoi
■チケット
スーパープレミアム席:11,000円 ※最前含む前方席・特典付
一般席:8,000円
名古屋ただいま割席:4,500円 ※後方席
(全席指定・税込)
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