新たに生まれ出た彩風咲奈が吹き込んだ風 彩風咲奈1st Concert『no man’s land』レポート

新たに生まれ出た彩風咲奈が吹き込んだ風 彩風咲奈1st Concert『no man’s land』レポート

宝塚歌劇団雪組トップスターとして活躍した彩風咲奈が臨んだ、退団後はじめての舞台1st Concert『no man’s land』が、5月12日東京国際フォーラムホールCで大千穐楽を迎えた。

宝塚歌劇団はひとつの時代の節目を迎えているようで、昨年来トップスターの退団が続いている。そんな時代の頂点を各組で極めたトップスターたちが、退団後初の大きな舞台として梅田芸術劇場とタカラヅカ・ライブ・ネクスト企画・制作・主催によるファーストコンサートを開催する、という形もひとつの潮流になっているが、感心するのは同じファーストコンサートという括りでありつつ、見事にそれぞれのスターの個性が舞台に全く異なる輝きを示していることだ。
彩風咲奈によるこの彩風咲奈1st Concert『no man’s land』も誰とも違う、彩風独自の個性が新しい風を吹き込んだノンストップ100分の舞台になっていた。

『no man’s land』=「誰のものでもない土地」転じて「中間地帯」という意味を持つタイトルが示す通り、あっと驚く登場をした瞬間から、そこにいたのはよく見知った彩風咲奈のようでいて、はじめて見る、あたかも朝露のなかから生まれ出た妖精のような雰囲気をまとっている新たな彩風だったことにまず驚かされた。
タカラジェンヌは常々フェアリーと称されている。女性が男性を演じる男役も、その男役と共に歌い踊り芝居をする娘役も、宝塚歌劇という幻想共同体のなかだけに生きる存在だ。だから、その世界観から飛び立ち現実世界の生身の住人になった元タカラジェンヌたちは、自然にリアリティを身にまとい、様々に変化し進化していく。
だが退団から半年あまりを経た彩風の“いま”は、抜群のプロポーションと確かなダンス力で雪組トップスターに上り詰めたあとも、毎公演脚が伸びているのは何故なんだ!?と思わせられたほどmm単位で衣裳にこだわり、男役美を極めた姿とは一線を画した、全く違う意味でどこかこの世の者ではないような、どこまでも無垢な魅力を噴出してきたのだ。もちろん宝塚歌劇団時代の懐かしい歌もあるし、男役としての補正をはずした途端、こんなにも華奢な人だったのかと思わせるスレンダーな体躯に、フェミニンなフリルに飾られたブラウスを着ていてさえも、カッコいいなと思わせる瞬間もある。それでも尚全体の印象はひたすらに瑞々しい。そう、舞台に居たのはピュアという言葉そのものの、全ての鎧を脱ぎ捨てた彩風の“いま”の姿だった。


それを伝えたのが、「宝塚時代の私のエッセンスを知っていてくださる方に」と彩風自ら望んだという、作・演出の荻田浩一の「荻田ワールド」と称される、どこか幻想的で密かな毒も隠し持っている作風だった。荻田の創る舞台、特にショー作品の特徴である、一つひとつの場面は多彩なのに流れを途切れさせない演出が、このコンサートでも発揮されている。しかも荻田作品としては比較的稀だと思うが、カーテンを下ろす場面もあるものの、そのカーテン自体が非常に幻想的な質感の布を用いていて、そこに花が開いていく映像が映し出されると言った構成の妙が流れを止めない。彩風と共に舞台を創る共演者たちの出入りも複雑に凝っていて、トータルの雰囲気を壊さないポイントにもなっている。例えば今回は彩風の希望もあり、ダンスが中心になっていることもあってヘッドセットマイクではなく、歌い手はハンドマイクを用いているのだが、そのマイクの受け渡しひとつをとっても、それ自体が振付けかのような、必要な動作に感じさせるのには感心させられた。
特に、外国語歌詞の楽曲が多く用いられているなかで、日本では広く親しまれた訳詞が既にある楽曲でも、今回荻田が独自の訳詞をあてていて、それがいずれもドラマティックな演劇性と、メッセージ性にあふれている。おそらくは意訳も含まれていると思うが、だからこそ場面で表現したいものや、何よりも彩風自身のいまの心情が反映されているのだろうと感じさせる訳詞が多く、歌っているのが彩風本人ではない場合でも、そこにちゃんと「no man’s land」にいる彩風が感じられるのも巧みだ。

そこから見えてくる彩風は「男役」という様式美に縛られないしなやかなダンスと、歌声、表情で魅了する。上着を着たり、帽子をかぶった時には前述したカッコよさが噴出もするのだが、ではジェンダーレスとか、アンドロギュヌスなのか?いうとそれもまた違う心持ちがする。笑顔も所謂キメ顔も、コンテンポラリーなダンスに集中している時も、その時々に“いま”の彩風がいる。宝塚歌劇団のトップスターという栄光と共に大きな責任を持つ存在から飛び立って、彩風咲奈の「人生の主」は、まさに彩風本人なのだと感じられるのだ。

それが、大阪で水夏希、東京で望海風斗のSPECIAL GUESTを迎えたコーナーでは一変、宝塚時代の下級生の彩風の顔が現れるのも微笑ましい。彩風が初舞台から三年目、研3の年に新人公演初主演を飾った『ソルフェリーノの夜明け』上演当時の雪組トップスター水夏希との共演では、憧れの大先輩を前にした表情がなんとも愛らしい。立派に成長した彩風を前にした水からも、やはりどこかで見守っているという香りが噴出するのも宝塚の美点を感じさせる。一転、在団時点では考えられなかった二人だけの場面では、彩風の大成ぶりはもちろん、水の変わらぬシャープさと、退団後に培った実力がそれぞれスパークしていて、新たな航海に漕ぎ出した彩風にとっても大きな目標が目の前にいる、という実感があったことだろう。


また望海風斗は、雪組のトップスターと男役二番手スターという密度の濃い関係性を過ごした間柄だけに、上級生、下級生という枠を超えて互いが寄せる信頼感が伝わってくる。場面再現もおそらく二人の関係性を知る誰もが予想していた楽曲だっただけに、懐かしさと感慨で涙なくしては見られない、という光景が広がった。彩風が抱く望海へのリスペクトと、「咲ちゃんの大ファン」を公言する望海の、この共演が嬉しくてたまらないという様子も温かで、今後また違った形での二人の共演も期待したい充実した場面になった。

また、このゲストコーナーの尺が、かなりたっぷりとってあった関係で、ゲストなし回ではシンガーの竹内將人菜々香とのトークも含めた、彩風オンリーワンの宝塚時代の楽曲が披露されるなど、こちらも見応えたっぷり。雪組OGとの共演が非常に多い竹内が(『ガイズ&ドールズ』で望海と共演、『王様と私』で朝月希和の恋人役、『ケイン&アベル』で愛加あゆの息子で、咲妃みゆと恋に落ちる…という徹底ぶり)「朝月希和ちゃんとは恋人役で」と語ると「私も恋人役だったよ」と彩風が応じて和やかな笑いが広がるなど、懐かしい話題に発展したのも嬉しいことだった。
そんな竹内は、様々なミュージカル作品でメインキャストを張る人材だけに、やはり舞台空間の掌握力が桁違いだと感じさせたし、菜々香はダンスヴォーカルユニット「BRIGHT」でメジャーデビューののち、ソロシンガーとして、また現在は舞台を中心に活躍する人材なだけに、2人のシンガーの歌唱力は折り紙つき。多くのソロを取り、パワフルで洒脱で感情表現豊かな歌声で魅了した。

また、ダンサー筆頭の鈴木凌平は『エリザベート』のトートダンサー、『ベートーヴェン』のゴースト=音楽の精霊、『BOLERO─最終章─』『CLUB SEVEN』などでも活躍する演技力にも秀でたスターダンサーというだけでなく、本人の資質にどこか幻想性があり彩風と共に踊る姿の親和性が抜群。非常に良いコンビネーションが発揮されていた。また、見事なポールダンスを披露してあっと驚かせた天野朋子は、ダンスだけでなくソロに、コーラスにと歌い手としても活躍。酒井比那はクラシックバレエの素養を活かした美しいフォルムのダンスで、随所で舞台の芯も取り、井上弥子は踊っている様がとにかくキュートで、彩風とのペアダンスでも躍動感いっぱいに舞台を弾ませた。澤村亮のダンスには強いドラマ性があって、出てきただけで空気を変える、物語を踊れる貴重なダンサーとして作品を盛り立て、感音もダンスだけでなく、やはりソロにコーラスにとシンガーとしても場面を支え、共演者たちの実力がここまで高いとは、と改めて目を見開かされる贅沢な布陣だった。


これがあるからこそ、彩風が定番の1階席だけでなく、2階、3階の客席にまで登場する、というサプライズが実現していて、どの席にいても彩風を近くに感じられる喜びを会場全体が共有できたのも大きなエポック。もちろんそれだけ移動には時間もかかる訳で、彩風の宝塚ヒストリーコーナーの舞台上に本人が不在というところには、意見もあったことだと思うし、特に東京国際フォーラム ホールCは、宝塚時代にコロナ禍により全日程が無念の中止となった『ODYSSEY(オデッセイ)-The Age of Discovery-』が上演されるはずの劇場だっただけに(のちに梅田芸術劇場メインホールで上演)、「どっせいODYSSEY」は彩風自身に歌って欲しかったなという気持ちも残るが、その不在感を少しでも抑えようとした映像の工夫や、共演者たちのパフォーマンスも様々な趣向があり、ひとつの形として成立していたと思う。
何よりもこの新たなカンパニーから彩風本人が得たものは大きかっただろうし、次の活動に向けての意欲が随所に感じられたことは喜ばしく、これからも自然体でナチュラルに変化していくだろう、彩風咲奈の新たな航海に期待が膨らむコンサートだった。

取材・文・撮影/橘涼香

公演データ

彩風咲奈1st Concert『no man’s land』

◆出演: 彩風咲奈
竹内將人 菜々香 鈴木凌平
天野朋子 酒井比那 井上弥子 澤村 亮 感音

◆構成・演出:荻田浩一
SPECIAL GUEST 水夏希(大阪・5月2日13時&17時、5月3日13時)
望海風斗(東京・5月11日13時&17時)
アフタートークショー出演  彩凪翔・愛月ひかる(大阪・5月3日17時)
舞羽美海・愛月ひかる(東京・5月10日17時)

◆日程
【大阪】2025年5月2日~4日 梅田芸術劇場メインホール
【東京】 2025年5月10日(土)~12日(月) 東京国際フォーラムホールC

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