1930年代、世界恐慌下のアメリカ中西部で銀行強盗や殺人を繰り返した実在の人物、クライド・バロウとボニー・パーカー。今も“アンチ・ヒーロー”の代名詞として語り継がれている二人が駆け抜けた人生を描いたミュージカル『ボニー&クライド』が、東京日比谷のシアタークリエで上演中だ(17日まで。のち4月25日~30日大阪・森ノ宮ピロティホール、5月4日~5日福岡・博多座、5月10日~11日愛知・東海市芸術劇場大ホールで上演)。

ミュージカル『ボニー&クライド』は、『ジキル&ハイド』『デスノートTHE MUSICAL』『ケイン&アベル』などの傑作ミュージカルを創り続ける作曲家、フランク・ワイルドホーン楽曲、多くのミュージカル作品や映画音楽で知られるドン・ブラック作詞、舞台、映像と多彩な活躍を続けワイルドホーンとのタッグも多いアイヴァン・メンチェル脚本によって、2011年ブロードウェイで初演。翌2012年に早くも日本で初演され話題を呼んだ作品。今回の舞台は、2022年ロンドン・ウェストエンドでブラッシュアップを加えて再演の後、2023年宝塚歌劇団雪組で上演された最新バージョンを用い、演劇界を代表する劇作家・演出家の1人、瀬戸山美咲が上演台本・演出を担当。主人公のギャングスターカップルに柿澤勇人&矢崎広、桜井玲香&海乃美月がそれぞれWキャストで登場し、趣も新たな新生『ボニー&クライド』が生まれ出ている。

【STORY】
大恐慌下の1930年代、アメリカテキサス州のウェストダラス。
犯罪が横行する掃溜めのようなこの街で、アウトローに憧れるクライド・バロウ(柿澤勇人/矢崎広・Wキャスト)と、映画スターを夢みるボニー・パーカー(桜井玲香/海乃美月・Wキャスト)は、閉塞感ただようこの街から出て有名になりたいとの夢を抱えながら生きていた。
そんな日々の中でクライドは兄のバック(小西遼生)と犯罪に手を染め、刑務所に収監されるも脱獄。逃亡中に場末のカフェでウェイトレスとして働いていたボニーと出会う。ひと目で互いに引き付け合うものを感じた二人は、自分たちがスポットライトをあびる日がくるとの、未来への〈プラン〉を語り合う。
一方、共に逃亡したバックは、妻のブランチ(有沙瞳)が働く美容室に逃げ込むが、シュミット保安官(鶴見辰吾)、ボニーの幼馴染で保安官代理のテッド(吉田広大/太田将熙・Wキャスト)らが、兄弟の行方を必死に探しているのを目の当たりにしたブランチに懇願され、自ら刑務所に戻り刑期を全うすることを決意する。
だが、兄の決断を一蹴したクライドは袂を分かち、ボニーと街を出る資金を得る為に犯罪を繰り返すが、結局は逮捕され、再び刑務所に送られてしまう。敬虔なクリスチャンのブランチの働きかけと自ら出頭した事実が勘案され、観察処分となったバックと異なり、クライドには懲役十数年の重い判決が下される。それでもクライドを愛し続けるボニーは、母エマ(霧矢大夢)や、テッドの反対を押し切り、足繫く面会に通い続ける。所内で受刑者から暴行を受けていたクライドは、そんなボニーの手助けで脱獄に成功。街を飛び出し、車を盗み、銀行強盗を繰り返しては州をまたいで逃走。二人はやがて「ボニー&クライド」の通り名で、大衆から英雄視されるようになり、結局はバックとブランチも行動を共にする。
だが、威信を守るべくなんとしても「ボニー&クライド」を逮捕しようと乗り出したファーガソン州知事(霧矢大夢・二役)が対応を強化。のちのFBIとなる司法捜査局が州境を越えた捜査権限を持ったことによって、彼らは次第に追い詰められてゆき……。
鳥かごを思わせる印象的な二村周作の美術のなかで進行する舞台は、「ボニー&クライド」が太く、短く、何かに駆り立てられるように犯罪を繰り返した人生をハイスピードで描いていく。実際に彼らが僅か数年の間に犯した強盗や殺人は史実としての年表を読んでいると息苦しいほどの数だが、当時の州境を越えてしまうと犯罪が行われた地域の地元警察に捜査や逮捕の権限がなくなる、という合衆国であるアメリカの弱点をついた犯行は、銃撃戦とカーチェイスの応酬で、彼らの移動距離には更に計り知れないものがあったはずだ。にも関わらず「ボニー&クライド」が、度々家族に会う為にあれほど逃れたがっていた故郷に戻ろうとする、ある種の幼さと思慕に集約されたもの。暗黒の時代の底辺に生まれた彼らが、結局は宿命の鳥かごから出られないことをこの舞台装置は強烈に想起させている。その暗喩と閉塞感の印象は非常に強く、鳥かごの中でもがいている彼らには、実体経済とは全く合致しなくなった株価や、最早格差ではなく階級社会だ、とまで言われる貧富の差が生まれているにも関わらず、弱者に見向きもしない2025年の“いま”の空気とシンクロするものを感じずにはいられない。だからこそ、彼らに救われて欲しいという気持ちが不思議なほど自然に生まれていくし、起きている事態の重さ以上に、社会に弓引く彼らの反骨精神に爽快感までがあるのは、それがどんな形であれ彼らが空を目指すことを決して諦めない、夢を捨てないからだろう。

と言うのも、やはりシアタークリエで初演された傑作ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の中に「この街を出るには三つの方法がある。軍隊に入る。マフィアになる。スターになる」という趣旨の台詞があるが、それはボニーとクライドが置かれた環境にもピタリと一致している。幼い頃から大物マフィアのビリー・ザ・キッドやアル・カポネに憧れるクライド。サイレント映画の大スター、クララ・ボウのようになりたいと願うボニー。この境遇から抜け出す、人生の一発逆転を目指すには他に選択肢がなく、善悪の感覚が曖昧ななかで、実現性の薄さにも囚われず、ただ空を見上げ、夢を見続ける二人が出会ってしまった。そのことが舞台に不思議な力強さを与えている。

「ボニー&クライド」という通り名が気に入らないクライドは「クライド&ボニーだろう?」と主張し続け、ボニーは「それじゃあ響きが悪い、しっくりこない」と言い張り続ける。人を殺めていて、追われているにも関わらず、自分の名前が新聞や雑誌に載ることを喜び、写真が出ていないことを悔しがる。二人はそれほど若く、ある意味未成熟な無邪気さが切ない。それでも、夢を見続ける強さの方がより感じられるのは、「残すのさ、名前を」「小さな地獄」「短くても悪くない」など、状況が変わってもリプライズされるミュージカルナンバーの、小気味よさや美しさが揺るぎないからだ。中でもカントリー、ジャズ、ポップ、ロックと多種多様なナンバーのなかで、どの曲にも必ず耳に残るキャッチーなメロディーがある、フランク・ワイルドホーン楽曲の魅力を十全に活かしつつ、鳥かごの中という視覚に訴えたしつらいが、前述したように犯罪歴だけを見れば、とても許されるものではないと感じる彼らの行動に、何故一定の人々(もちろん全てではない)が熱狂したのか?を示す雄弁な効果になった。

更に演出の瀬戸山美咲が、クライドに出会ったが為に、ボニーがダークサイドに染まっていったという描き方をせず、二人が共に共通するものを奥底に持っていて、互いが互いに影響を与えていった、という自立した関係性を根本に置いたのが、非常に今日的な視点になっている。バックに起こる悲劇に対して自責の念にかられるクライドに「バックは自分で選んだの」とボニーが断ずる言葉がストレートに胸を刺すのは、ボニーにもその自覚と責任感があるからこそで、悪い男に出会った可哀想な女ではない、あくまでも二人が揃ったことでギャングスターカップル「ボニー&クライド」になったのだという、作品の潔さにつながっていた。
その上で、タイトルロールのカップルがいずれもWキャストで、更に組み合わせもシャッフルされることで、二人の関係性が全く違って見えることも深い興趣を生んでいる。

柿澤勇人のクライドは、真っ直ぐになりたい自分に、在りたい世界に向かっていく情熱の強さが前面に出るクライド像。倫理観という意味では欠落したものを持ちつつ、目指すところに突き進む強さが桁外れで、ボニーとの出会いが更にそのスピードを加速させたと感じさせる。あくまでもボニーに対してはカッコよくもありたいし、諦めない自分を見せたい。そんないきがった部分も含めて、キャスティングを聞いた瞬間から感じた通りの適役ぶりで魅了した。

対する矢崎広のクライドは、環境がアウトローへの憧憬を生んではいたものの、善悪の最後の一線を越えたのは、収監された刑務所での性的虐待を放置され、警察や社会への恨みを募らせた瞬間だったことをハッキリと感じさせる役作り。「罪に対して罰が重すぎる」という絶望感が復讐心につながった、ダークサイドの資質を持って生まれついた訳ではないクライドの変化を論理的に魅せていて、終盤何故ここまで来てしまったのかと、茫然自失する場面が腑に落ちるクライドになった。

桜井玲香のボニーは、自分の美しさやチャーミングさを十分自覚していて、こんなところに納まっていていい人間ではないという、現状からの脱皮への渇望を感じさせつつ、そこに陽性な明るさ、ある種の天真爛漫な強さがあるのが魅力。キュートで愛らしい人だが、どこかで毒気のあるこうした役柄で発揮する色香の片鱗は、『ダンス オブ ヴァンパイア』『この世界の片隅に』などでも見せていたが、その感覚が一気に噴出した、桜井玲香の新たな顔を感じさせるボニー像を示してくれた。

もう一人のボニー海乃美月は宝塚歌劇団月組トップ娘役として活躍し、退団後のこれが初ミュージカル作品への登場で、ハードルは決して低くなかったと思うが、クララ・ボウに純粋な憧れを抱く14歳のボニーから、一瞬にして月日を重ね、憧れに近づけない焦燥感が内に秘めた翳りになっていくボニーの変遷の示し方が抜群に上手い。クライドとの出会いの後もスターになる夢を持ち続けつつ、マシンガンを放った瞬間に肝が据わるボニーの変化が手に取るようにわかり、宝塚時代にも「娘役」の型の中から垣間見せていた颯爽とした強さを、惜しみなく表に出した堂々のデビューになった。
そうした二人のクライド、二人のボニーの持ち味と色合いを瀬戸山演出が最大限に尊重していることもあって、組み合わせによって舞台での居住まいから運動量まで異なるボニー&クライドになっていて、歌声の個性もそれぞれに異なりながら、この組み合わせは少し届かない、といったマイナス点が全くなく、基本的にはお好きなキャストで、と言えるレベルに到達しているからこそ、見比べる妙味も大きい。
端的に言うと、同じ魂を持った者同士が出会い、終幕まで二人でいることでエネルギーを増幅させ続ける、運命のカップル度を最も強く感じさせる柿澤×桜井。陽と陰の掛け合わせで、どちらかが挫けかけた時にどちらかが補う、別の意味で絶妙な相性の二人を具現した柿澤×海乃。ここから連れ出してくれる人だ、というボニーの直観がクライドの父性を引き出す出会いから、いつしかボニーが主導権を握っていく逆転の妙味にあふれる矢崎×桜井。出会いから互いの渇望を感性だけでなく知性でも理解していて、一番言って欲しい言葉を互いに言って欲しい瞬間にかけられる、二人で死ぬなら短くても悪くないに至ることがしっくりくる矢崎×海乃と、それぞれにそれぞれの魅力があって、Wキャストとシャッフルの魔力を感じた。

クライドの兄バックの小西遼生は、同じ犯罪に手を染めていながらも、妻に説得されて人生をやり直そうと決断する姿と、そのクライドが犯罪者として新聞の一面を飾っていることを「有名になりやがって!」と大喜びしつつ羨んでもいる、やはりこの境遇に生まれてしまったが故の善悪に対する感覚のズレを乖離させず、一人の人間がその時々で思う真実に見せた小西の、役者としての高い力量に感嘆する。妻を心から愛しながらも、弟への、身内への愛情が全てに勝ったバックの心情と、自負が切ない。

バックの妻ブランチの有沙瞳は、敬虔なクリスチャンとして貧しくとも穏やかで平凡な暮らしができることこそが幸せなのだ、と願うブランチが美容師としての自分の稼ぎで家庭は十分回せると信じていた思いが、バックのプライドをどこかで傷つけていたことを察し、夫と行動を共にする芯の強さを的確に表現している。つつましい平穏こそ美徳と考える「これこそが夢」の静かで流麗なメロディーを、そのままに伝えた確かな歌唱力も生きていた。
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ボニーに思いを寄せる幼馴染で保安官代理のテッドもWキャストで、その1人吉田広大は幼い頃から美貌と文才で注目の的だったボニーへの恋心をひたひたと持ち続けていたテッドが、あまりにも眩しいボニーにそれを言い出せなかった陰の気質を前に出して、テッドのドラマも想像させる役作り。一方の太田将熙は、自己の勤勉さと真面目さにプライドも持っていて、ボニーにとって自分が最良のパートナーになれると思っているからこその葛藤が表れたテッド像で、それぞれの対ボニーへのアプローチが、ボニー役者が変わることによってもまた違って見える、これも非常に面白いWキャストになった。
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ボニーの母エマの霧矢大夢は、夫に若くして先立たれたからやむを得ずウェストダラスで暮らしているという忸怩たる思いが、住む家さえ追われて失業者のキャンプで暮らしていたクライドへの微かな共感につながったものの、囚人となったクライドとまっとうに働いていた夫を一緒にはされたくない、等、出てくる度に思いが移りゆくエマの複雑な心情を無理なく表現している。その上で娘が世紀の犯罪者になっても、最後の最後まで味方でいる母親の深い愛を、ひたすら家の掃除を続けるシチュエーションで示し涙を誘った。一転「ボニー&クライド」に最後通牒を突き付けるファーガソン州知事も二役で演じるという離れ業も、見事な切り替えで鋭く登場していて舌を巻く。

クライドがまだ街のチンピラだった頃から、彼をマークし続けているシュミット保安官の鶴見辰吾は、クライドが犯す犯罪のスケールが次第に大きくなり「ボニー&クライド」として注目を集めるようになっても、犯罪者を野放しにはできないという、シュミットの軸がブレないのが、役柄の意味を逆に考えさせる位置取り。冒頭の独白もあくまでも後悔や懺悔ではなく、そうせざるを得なかった淡々とした説明に聞こえるところに、保安官としての矜持を感じさせた。

また、この実在のドラマの後ろにある宗教的背景を描く牧師の石原慎一が、適度に枯れたビジュアルと、シアタークリエの空間を瞬時にして掌握する変わらぬパワフルな歌声で魅了。クライドの母カミーの安田カナの思い切りの良い演技と、父ヘンリーの広田勇二の、クライドが父のようにだけはなりたくないと思うに至る、人生に運の乏しい父親の複雑な心情のコントラスト。「ボニー&クライド」を結果的に生み出したとも言えるエド・クラウダーの三岳慎之助の、ほとんど顔も見えない一瞬の登場にも関わらず、随所に考え抜かれた笠原俊幸の照明効果の中で浮かび上がらせた禍々しさをはじめ、彩橋みゆ、池田航汰、神山彬子、社家あや乃、焙煎功一、スウィングも兼ねる齋藤信吾、鈴木満梨奈と書き出してびっくりするほど少ない人数が、舞台面では倍にも感じられるほどキャスト全員が大活躍。急遽の参加となった鈴木真満梨奈も公演中盤からスウィングとしての待機だけでなく、舞台にも登場させるカンパニーの温かな配慮も美しい。
総じてもちろん純粋なミュージカル作品として観ることも、現代とのリンクをどこかに感じることも自由な、壮絶な死を遂げた実在のギャングカップルが、今もこうして語り継がれることの意味を感じる舞台だった。
取材・文・撮影(フォトコール)/橘涼香 写真提供/東宝演劇部
公演情報
ミュージカル『ボニー&クライド』
3月10日(月)~4月17日(木)@シアタークリエ
脚本:アイヴァン・メンチェル
歌詞:ドン・ブラック
音楽:フランク・ワイルドホーン
上演台本・演出:瀬戸山美咲
出演:
柿澤勇人/矢崎広(Wキャスト) 桜井玲香/海乃美月(Wキャスト)
小西遼生 有沙瞳 吉田広大/太田将熙(Wキャスト)
霧矢大夢 鶴見辰吾
石原慎一 /彩橋みゆ、池田航汰、神山彬子、齋藤信吾、社家あや乃、焙煎功一、広田勇二、鈴木満梨奈(*スウィング)
《全国ツアー》
【大阪】2025年4月25日(金)~30日(水)@森ノ宮ピロティホール
〈お問い合わせ〉キョードーインフォメーションTEL.0570-200-888(11:00~18:00、日祝休み)
【福岡】2025年5月4日(日)~5日(月祝)@博多座
〈お問い合わせ〉博多座電話予約センターTEL.092-263-5555(11:00~17:00)
【愛知】2025年5月10日(土)~11日(日)@東海市芸術劇場大ホール
〈お問い合わせ〉メ~テレ事業TEL.052-331-9966(平日10:00~18:00)
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