上演時間約3時間10分。劇場を出るとすっかり夜も更けていた。クリスマスのイルミネーションが煌めく街中を歩いていると、さっき見たトゥルビン家のクリスマスツリーを思い出す。ツリーとともに衝撃のラストシーンも思い出し、その重い余韻からなかなか抜け出せなかった。
12月3日初日の「白衛軍The White Guard」は、革命によりロシア帝政が崩壊した翌年の物語だ。ウクライナの首都キーウ(キエフ)を舞台に、革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言した「ペトリューラ軍」が三つ巴の争いを繰り返していた。
その中でトゥルビン家は、敗れゆく運命の「白衛軍」に属している。トゥルビン家と家に集まる人々は、歴史の渦に巻き込まれながらも歌を歌い、詩を吟じ、恋をしながら日常を保っていた。しかし崩壊の足音は確実に近づいていた。
ポスターには吹雪の中、白馬に乗った将校とそれに続く騎兵隊が描かれている。しかし物語はトゥルビン家の暖かそうなリビングルームから始まり、リビングルームで終わる。
冒頭、吹雪の中、暗い舞台の奥から、部屋のセットがゆっくりとこちらに近づいてくる。まるで映画のズームアップを見ているかのような印象的なオープニングだ。深いグリーンの壁に瀟洒な家具が配置されたリビングルームで、ギターを奏で歌を歌っているのはトゥルヴィン家の次男、ニコライ(村井良大)だ。そんなニコライの歌を下手だとからかう兄アレクセイ(大場泰正)と姉のエレーナ(前田亜季)。
ニコライは「『ロシア革命がなかったら君はオペラ歌手になれたのに』と先生に言われた」と反論するが、アレクセイは「革命があってよかった」と冗談まじりに返す。悲観的な状況でも明るく過ごすチャーミングな青年ニコライと美しい姉エレーナ、そして兄がいるこのリビングの光景をしっかりと覚えていて欲しい。
そんなトゥルビン家に、凍傷を負った歩兵大尉のヴィクトル(石橋徹郎)が辿り着き、戦況の悪化を告げる。近隣の農民がペトリューラ軍に寝返り、新聞記者は風見鶏のように戦局を見ながら報道することを面白おかしく語る。まるで現代のSNSでもみられるような状況だ。
そこに兄弟のいとこの青年ラリオン(池岡亮介)がキエフ(キーウ)の大学に進学するため下宿させて欲しいと訪れる。エレーナの夫、参謀本部大佐のタリベルク(小林大介)はドイツ軍の裏切りを知り、エレーナを置いて逃亡してしまう。
第二場では、さらに元オペラ歌手の軍人レオニード(上山竜治)が現れ、歌を歌ってエレーナの気を引こうとする。大尉のアレクサンドル(内田健介)も来て、みんなでテーブルを囲み酒宴を繰り広げる。ウォッカを飲み、歌を歌い、何事もなかったかのように、ひとときの享楽に浸るが、皆、自分たちが黄昏に向かっていることに気づいている。文学青年のラリオンは、窓にかかったカーテンが、唯一、吹雪の刃から自分たちを守ってくれるものだと詩を詠む。つまり、それほど脆弱で壊れやすい状況にいるのだ。
このように文学的な言葉のほか、ボケとツッコミのようなセリフの応酬、美女エレーナをめぐるラブコメ的な要素も散りばめられていて、客席からは笑い声も漏れた。悲劇的な結末を予感しながら、なんとか日常を保とうとする人間のたくましさを感じさせる一幕だ。
第二幕は一転、舞台を白衛軍を支援するゲトマン政府司令部に移し、ゲトマン(釆澤靖起)の逃走劇が描かれる。ドイツ軍の後ろ盾を得て権勢をふるってきたゲトマンだが、ドイツ軍が敗戦によりキエフを見捨てて撤退することを知ると、一人で軍と共にベルリンへ逃亡してしまう。この展開はスピーディーで映画のようだが、変装までしながら逃げようとする元首の姿は滑稽だ。冒頭のロシア語とウクライナ語、ドイツ語のどれで会話するか揉めるところから始まり「あなたの処刑は夕食になるでしょう」と告げられ、顔色を変えるゲトマン。その後はまるでコントのような変装をして逃げ去ってしまう。
第二幕の二場は、白衛軍の敵である「ペトリューラ軍」の司令本部が描かれる。ウクライナの独立を目指し、コサック兵や農民と共に戦う、言わば今まで弱い立場であった民衆の味方だ。大隊長のボルボトゥン(小林大介)の前に血まみれのコサック兵が引き出された。野戦病院に行くためだと訴える兵士を逃亡兵だと糾弾し、激しく責め立てる。靴の行商で通りかかっただけの男もユダヤ人のスパイだと決めつけ、捕らえた挙句、靴を取り上げてしまう。まるで盗賊だ。民衆のために戦っているはずなのに、逆に民衆を苦しめるという戦争の矛盾を描いている。
そしてクライマックスに向かう第三幕では、ついに白衛軍に最後が訪れる。アレクセイ率いる部隊にゲトマンが逃亡したとの知らせが入り、アレクセイは、もはやこれまでと悟り、隊の解散を宣言するが、最後まで戦い抜くことを主張する兵士と揉めてしまう。
そこに砲弾が炸裂する___凄まじい爆発音に驚かされる。銃撃の音や爆弾は音響効果やライトの効果ではなく実際に火薬が使われているようだ。特殊効果には花火を扱う老舗、山縣商店の名前があった。生々しい音に身震いするほど。
第四幕では、戦争とは何かが問いかけられる。2ヶ月後、再びトゥルビン家のリビングに集まる人々。クリスマスが終わり、ツリーを片付けている最中だ。エレーナが問いかける。「意味のない戦争で、意味のない小競り合いで殺された。意味のない、くだらない戦いで・・・あれって何のためだったの?何のために戦ってたの?国のため?国って何?」真理を突いた質問に、私たちはなんと答えるのだろうか。そして今も世界中で戦争は続いている。100年前に起こったトゥルビン家の悲劇は、今も繰り返されていることに呆然とするのだ。
(撮影/宮川舞子 取材・文/新井鏡子)
公演概要
白衛軍 The White Guard
公演期間
2024年12月3日 (火) 〜 2024年12月22日 (日)
会場
新国立劇場 中劇場
<日程>
2024年12月03日(火) 18:30
2024年12月04日(水) 18:30
2024年12月05日(木) 14:00
2024年12月06日(金) 14:00
2024年12月07日(土) 13:00
2024年12月08日(日) 13:00
2024年12月10日(火) 14:00
2024年12月11日(水) 14:00
2024年12月12日(木) 14:00
2024年12月13日(金) 18:30
2024年12月14日(土) 13:00 [★]
2024年12月15日(日) 13:00 [☆]
2024年12月17日(火) 14:00 [☆][★]
2024年12月18日(水) 14:00 [託]
2024年12月19日(木) 18:30
2024年12月20日(金) 18:30
2024年12月21日(土) 13:00
2024年12月22日(日) 13:00
※開場は開演30分前です。開演後のご入場は制限させていただきます。
[託]託児室 キッズルーム「ドレミ」 がご利用になれます。
[☆]12月15日(日)13:00公演、12月17日(火)14:00公演では、目に障がいのあるお客様へのサポートがございます。(定員制、先着順、要予約)
[★]12月14日(土)13:00公演、12月17日(火)14:00公演では、耳に障がいのあるお客様への字幕機貸出サービスがございます。(定員制、先着順、要予約)
[☆][★]詳細はこちら
出演
村井良大、前田亜季、上山竜治、大場泰正、大鷹明良/池岡亮介、石橋徹郎、内田健介、前田一世、小林大介/今國雅彦、山森大輔、西原やすあき、釆澤靖起、駒井健介/武田知久、草彅智文、笹原翔太、松尾 諒
スタッフ
【作】ミハイル・ブルガーコフ
【英語台本】アンドリュー・アプトン
【翻訳】小田島創志
【演出】上村聡史
【美術】乘峯雅寛
【照明】佐藤 啓
【音楽】国広和毅
【音響】加藤 温
【衣裳】半田悦子
【ヘアメイク】川端富生
【演出助手】中嶋彩乃
【舞台監督】北条 孝/加瀬幸恵
S席:8,800円
A席:6,600円
B席:3,300円
(全席指定・税込)