【公演レポート】未来へと託す希望が輝くミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』上演中!

【公演レポート】未来へと託す希望が輝くミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』上演中!
撮影:田中亜紀

夢を諦めない少年の勇気が、やがてすべての人々の希望となる日々を描くミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が池袋の東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)で上演中だ(10月26日まで。のち11月9日~24日まで大阪・SkyシアターMBSで上演)。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は、1980年代にイギリス北東部で起こった炭鉱ストライキを背景に、傾きゆく炭鉱の街で育った少年が、バレエダンサーを目指す姿を描き、日本でも大ヒットを記録した2000年発表の映画「リトル・ダンサー」を基にしたミュージカル。この映画に感銘を受けたトップソロアーティストのエルトン・ジョンが舞台化を提案し、自ら音楽を担当。映画で監督を務めたスティーヴン・ダルドリー演出、リー・ホール脚本・歌詞で、2005年に初演されるや否や大評判となり、英国最大の演劇賞、ローレンス・オリビエ賞で作品賞をはじめ4部門を受賞したのをはじめ、ブロードウェイに進出した2008年にはやはり米国演劇界最高の栄誉であるトニー賞で10部門の受賞に輝くなど、大旋風を巻き起こした。

日本でも1年間に及ぶ育成型オーディションを経た初代ビリーたちを得た2017年に初演。2020年の再演と併せ累計20万人を超える観客動員数を記録した。現在上演中の2024年、公演は待望の三演目で、4人の新たなビリーを中心に、心に深く刺さる舞台が展開されている。

撮影:田中亜紀

【STORY】

1984年の英国。時のサッチャー政権は、採算のとれない20の炭鉱を閉鎖し、2万人に及ぶ合理化計画を発表。これに抗議する炭鉱労働者による大規模なストライキが全国で始まっていた。北部の街イージントンもそのひとつで、数年前に母を亡くした少年・ビリー(浅田良舞、石黒瑛土、井上宇一郎、春山嘉夢一 クワトロキャスト)もまた、炭鉱で働く父(益岡 徹、鶴見辰吾 Wキャスト)と兄トニー(西川大貴、吉田広大 Wキャスト)、祖母(根岸季衣、阿知波悟美 Wキャスト)と先行きの見えない毎日を送っていた。

そんななかでも息子に逞しく育って欲しいと、乏しい家計からレッスン費を捻出したお父さんはビリーにボクシングを習わせていたが、ある日、ひょんなきっかけからバレエ教室のレッスンに巻き込まれたビリーは、いつしかボクシングをサボりその月謝で少女達と共にバレエのレッスンに参加するようになる。ビリーのなかに眠る才能にいち早く気づいたバレエ教師のウィルキンソン先生(安蘭けい、濱田めぐみWキャスト)の熱心な指導で、次々にバレエの技術を身につけていくビリー。だがそれに気づいたお父さんは「バレエなど男のすることではない」と、ビリーにレッスン禁止を言い渡す。

それでも踊っているときだけは辛いことも忘れて夢中になれるビリーはバレエをあきらめられず、無償でのレッスンを申し出たウィルキンソン先生の勧めで、イギリスの名門「ロイヤル・バレエスクール」の受験を目指し特訓を続ける。けれども受験日当日、長引くストライキで警官隊と衝突した兄のトニーが大怪我を負い、ビリーは外出を禁じられてしまう。待ちかねたウィルキンソン先生がビリーの家を訪ねたことからすべての顛末を知ったお父さんは激怒。ビリーもまた怒りと孤独を募らせる。

そうして迎えたクリスマスの夜。ひたむきに踊るビリーを目にしたお父さんは、息子には本当にバレエダンサーになる才能があるのではないかと気づきはじめ……。

撮影:田中亜紀

この作品『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー』を観る度に感じるのは、多彩なミュージカルナンバーの輝きと共に運ばれていく物語構成の見事さだ。根幹にはもちろん一人の少年ビリーが、自分でも全く気付いていなかった内なる才能に目覚め、勇気と情熱を持ってそれを成そうとする力が奇跡を生んでいく、というひとつのサクセスストーリーがある。だがそれ以上に、斜陽産業に頼るしかない街で暮らし、父親も兄も家族全員がその運命に翻弄されるなかで、男は逞しくあるべきとの固定観念が更に行く手を阻む、ビリーが置かれている実情が、多様性の尊重を模索し続ける現在と、全く地続きの問題として作品の陰影を深めていく。なかでも劇中に実名でしばしば登場する、「鉄の女」と称され幾多の公的に守られていた事業を民営化していった、英国初の女性首相マーガレット・サッチャーの手法には、公益事業が市場原理にさらされた時に起こる様々な問題点が露呈しているいまの日本にも、多くの示唆を含んでいる。更に、炭鉱を守る為にビリーの父や兄が決行している、1年間の長きに渡るストライキ。つまり収入の道が全く途絶えている苦闘のなかで、クリスマスに暖を取ることにさえ事欠く困窮が「この部屋どうしてこんなに寒いの?」という何気ない台詞で。また、中産階級に属するウィルキンソン先生にとって「ただみたいなもの」でしかないバレエ学校のオーディション受験費用が、労働者階級の住人で、無収入にあえぐお父さんにとっては、作るあてのない金額だというイギリスの厳然たる階級社会までを、物語の背景としてごく自然に書き込んでいるからこそ、世界で活躍するバレエダンサーになりたいというビリーの夢が、寂れゆく炭鉱の街全体の希望になっていく物語の感動を倍加させているのだ。

撮影:田中亜紀

何よりもいいのは、こうしたあらゆることを踏まえつつ、作品が完璧なエンターテイメントの手法で描かれていることだ。それは作品の時代背景とビリーが夢を持つ過程を1曲のナンバーに詰め込んで見せた、「Solidarity」の圧巻にはじまり、ビリーの親友のマイケルがスカートを履くことを好み、やりたいことをやればいいんだとビリーと歌い踊る「Expressing Yourself」のフレッド・アステアやジーン・ケリー全盛時代を思わせる楽しさ。オーディション受験を阻まれたビリーが怒りを露わに踊る「Angry Dance」の爆発力。ビリーとバレエダンサーになった未来の姿であるオールダー・ビリーが繰り広げる、空中も舞う「Swan Lake Pas de Deux」の夢のような美しさ。そして「ビリー、ダンスをしている時はどんな気持ちになるんですか?」との問いに答えたビリーが、踊ることによって完璧な自由を得る境地を表現する「Electricity」が生む心揺さぶられずにはいられない感動へとつながっていく。これらのナンバーばかりでなく、キャストすべての動きが音楽にハマり、意味を持つ見事さに惹きつけられ、目を奪われていくままに、気づけば人生の哀歓や、希望を持つ大切さが静かに胸に落ちてくる作品力には、ただ感服するばかりだ。

撮影:田中亜紀

そんな舞台に躍動するキャストは、タイトルロールのビリー・エリオットを演じる浅田良舞、石黒瑛土、井上宇一郎、春山嘉夢一がそれぞれの個性を東京公演も終盤に入ってきたこの時期に、更に大きく発揮していて見応えがある。この作品の稽古場でも彼らのパフォーマンスを観る機会に恵まれたが、2024年版のビリーたちは一人ひとりが高いバレエスキルを持つだけに、初演、再演のビリーたちより、各自が微かに近い雰囲気を発していたのがいまや信じ難いほど、舞台での佇まい、こぼれ出る笑顔、終幕の歩み方というダンスや歌など、大きく目立つ表現以外の面からも立ち現れる独自のビリーを生きていて、その成長ぶりに目を瞠るばかり。作品の大切なテーマを担うマイケル役の4人髙橋維束、豊本燦汰、西山遥都、渡邉隼人も同様で、誰にあたっても嬉しいし、もちろん見比べる妙味も大きいクワトロキャストの充実が頼もしい。

撮影:田中亜紀

ビリーの父の益岡徹は、初演からこの役柄を演じ続けている、役柄が身体に染み込んでいる存在が、観客側にも「またお父さんに会えた」という感懐を呼び起こす。それでいて労働者の誇りを持ち「男はこうあるべき」との固定観念に縛られていた父親が、男手ひとつで育てている息子に何ができるのか、本当にこのままでいいのかと揺れていく過程が常に新鮮なのは、益岡の俳優としての感性が如何に瑞々しく保たれているのかの証だろう。

一方初参加の鶴見辰吾は、自分の価値観が既に時代から取り残されていることに、どこかで気づいているのでは?と感じさせる父親像が清新。だからこそ仲間との連帯か、息子の将来かに懊悩する姿に感じるシンパシーも高く、動きひとつにも意味があり、細かい拘りが詰めこまれている演出のなかから、尚、鶴見独自の父親を表現している力量が光った。

撮影:田中亜紀

ビリーの才能を見出すウィルキンソン先生は、再演から続投の安蘭けいが、自分自身が叶えたかったバレエへの夢をビリーに託し、なんとしてもそれを叶えようとする強い意志を秘めながら、表に見える言動はシニカルという芝居巧者の安蘭らしい絶妙な立ち位置で魅了する。次の世代に大人がすべきことが凝縮されているウィルキンソンになった。

対する初役の濱田めぐみは、ビリーとの出会いでウィルキンソン先生自身が押し込めていた内なる情熱が蘇ってくることが、ひとさじ表に出てくる表情変化に富んだ人物造形を披露。こちらも濱田本人の陽性なキャラクターが役のなかによく生きていて、歴代で最も人情味を感じるウィルキンソンだった。

ビリーの祖母の根岸季衣も、長年この作品に携わっている理解の深さが、聞いていないようで聞いている、理解していないようで理解しているおばあちゃん像を明確にしている得難い存在。阿知波悟美はミュージカルとしての作品の魅力を本人も十二分に楽しんでいるのだろうと想像させるソロナンバーが豊かで、二人共にどんな状況でも生き抜く逞しさを感じさせる存在だった。

ビリーの兄トニーの西川大貴は常に感じさせる作品分析力の高さと、俳優としての自在な表現がピタリと合致した、新たな時代を模索しているからこその苛立ちを感じさせる知的な役作りが際立つ。他方、吉田広大は「男は泣くな」と平然と言われていただろう古い時代の価値観のなか、目の前の理不尽の数々にストレートに怒りをぶつけるしか術のないトニーの振る舞いに哀しさがあり、双方カラーの違いが鮮明でありながらいずれ劣らぬトニー像が立ち上がった。

ボクシングジムの指導者ジョージの芋洗坂係長は、この人がいることで作品の色が温かくなる存在感がなんとも貴重。ビリーの亡き母を演じる大月さゆも、ビリーが成長していくことでその存在が変化していく象徴的な役柄を印象深く見せてくれた。また、オールダー・ビリーの永野亮比己、厚地康雄、山科諒馬のトリプルキャストは、永野と山科が演技者としての面も見せれば、厚地がビリーの憧れのなかにいる孤高の存在を示して、どちらの出方も魅力的だ。

撮影:田中亜紀

そして、大人の俳優陣と、バレエガールズ、トールボーイ、スモールボーイの子供たちなくしては語れない作品を紡いだキャスト全員の作品への献身と居住まいが素晴らしく、明日の糧にも困窮するなかで、ビリーの為のカンパが集まるシーンを頂点とする彼らの活躍が、舞台を高みへと押し上げていく様が見事。何よりもかつてスモールボーイを演じていた豊本と西山がマイケル役として作品に帰ってくるなど、ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が紡いできた歴史にも思いを馳せられるこの2024年版の上演から、互いが思いやりを持って手を取り合うこと、未来に希望を託すことの大切さが、一人でも多くの人に届き、生涯忘れられない体験、演劇を観る喜びにつながることを願っている。

撮影:田中亜紀

(文・橘涼香/写真提供・ホリプロ)


ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』

日:2024年8月2日(金)~10月26日(土)
場:東京建物Brillia HALL

日:2024年11月9日(土)~24日(日)
場:SkyシアターMBS

料:【平日】S席15,000円 A席12,000円 B席9,000円
  【土日祝】S席15,500円 A席12,500円 B席9,500円(全席指定・税込)
HP:https://billy2024.com
問:ホリプロチケットセンター 
  tel.03-3490-4949(平日11:00~18:00/土日祝休)

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