より美しく切なさを増した珠玉の音楽劇『ライムライト』開幕!

チャールズ・チャップリンの晩年の傑作映画、世界初の舞台化作品となった音楽劇『ライムライト』が三演目の幕を開け、東京日比谷のシアタークリエで上演中だ(18日まで)。

かつて一世を風靡した老芸人が、人生を悲観し自殺を図った若いバレリーナを助け、再び舞台に立たせる。しかし、スターに上り詰める彼女と入れ替わるように、老芸人は人生の舞台から退場しようとしていた──そんな舞台人の儚い宿命と、残酷なまでに美しい愛の物語をノスタルジックに描いた映画『ライムライト』。その不朽の名作が2015年主人公の老芸人カロヴェロ役にミュージカル界を牽引する俳優の一人石丸幹二を擁し、上演台本を大野裕之。音楽・編曲を荻野清子。そして演出を荻田浩一のタッグで世界初演。好評を博した舞台は2019年に再演。三度目となる今回の上演でも引き続きカルヴェロを演じる石丸を筆頭に初演以来のお馴染みの顔ぶれが固めるなか、ヒロインのバレリーナ・テリー役に朝月希和。テリーに想いを寄せる作曲家・ネヴィル役に太田基裕という魅力的な新キャストを得て、新たな舞台の幕が上がった。

【STORY】

1914年ロンドン──ミュージック・ホールのかつての人気者で今や落ちぶれた老芸人のカルヴェロ(石丸幹二)は、元舞台女優のオルソップ夫人(保坂知寿)が大家を務めるフラットで、酒浸りの日々を送っていた。

ある日カルヴェロは、同じフラットに住むバレリーナ、テリー(朝月希和)が、ガス自殺を図ったところを助ける。テリーは、自分にバレエを習わせるために姉が街娼をしていたことにショックを受け、脚が動かなくなっていた。

カルヴェロは、テリーを再び舞台に戻そうと懸命に支える。その甲斐もあり歩けるようになったテリーは、ついにエンパイア劇場のボダリング氏(植本純米)が演出する舞台に復帰し、将来を嘱望されるまでになり、かつてほのかに想いを寄せたピアニストのネヴィル(太田基裕)とも再会する。

テリーは、自分を支え再び舞台に立たせてくれたカルヴェロに求婚する。だが、若い二人を結び付けようと彼女の前からカルヴェロは姿を消してしまう。テリーはロンドン中を捜しまわりようやくカルヴェロと再会。劇場支配人であるポスタント氏(吉野圭吾)が、カルヴェロのための舞台を企画しているので戻って来て欲しいと伝える。頑なに拒むカルヴェロだったが、熱心なテリーに突き動かされ、再起を賭けた舞台に挑むが……

人として生まれてきて、将来の不安を覚えたことがないという人はいないのではないだろうか。人生には照る日もあれば曇る日もある。そう頭では理解していても、土砂降りの日々が続けば人生に絶望することもあるし、将来を悲観することも珍しくはない。しかも例えば数え年70歳を「古稀」=古来稀なると称することからもわかるように、いまのような長寿社会が出現したのは、思うよりずっと近年のことだ。実際、1914年のイギリスを舞台にしているこの作品当時の平均寿命は50歳~55歳だそうで、そう考えると時代の寵児としてもてはやされた過去を持つカルヴェロが、いつしか忘れ去られ人に顧みられることもなくなっている状況の切迫感がより伝わってくると思う。人生の残り時間は少なく、それこそ酔ってでもいないと平静を保っていられなかったのも無理はない。だからこそこの作品の素晴らしさは、そんなかつての大スターが、若くして人生を悲観し、世をはかなんだバレリーナを偶然助け、生きる希望を取り戻させようとすることで、むしろ自らが絶望から立ち直っていくという「情けは人の為ならず」が、意図せずにつながっていくことにある。どんな絶望の日々にもいつか光が差す、そんな一筋の希望が舞台からこぼれ出てくるし、、思えばこの作品には真に底意地の悪い人は1人も登場しない。カルヴェロの一つひとつの言葉──それはすなわちチャップリンの言葉でもあるのだろう──が、人生訓として胸にしみてくるのも、そうした温かさに物語がすっぽりとくるまれている故だ。

その上で、舞台に登場するキャストがわずかに8人であることが、演劇的な興趣も深めてくれる。カルヴェロの石丸とテリーの朝月以外は、2幕が主な出番となるネヴィルの太田も含めて、キャストたちはメインとなる役柄以外に多種多様な役柄を演じ分けていく。なかには驚くほどの早替りもあり、それ自体にLIVEならではの喜びがあるし、直接の意味では19世紀後半に、欧米の劇場で舞台照明に使われたライム(石灰)を熱して生じさせた白色光であり、そこから転じて名声や評判、また花形スターを表す言葉にもなった「ライムライト」に魅せられた人々が紡ぐ物語に相応しい、良い意味の芝居らしさが溢れている。特にこの三演目にして、大野裕之の上演台本、荻野清子の音楽・編曲の切ない美しさのなかから、しばしば荻田ワールドと称される演出家・荻田浩一が持つ、ある種の毒気が微かに前に出てきた感があり、伊藤雅子の美術、勝柴次朗の照明の力も加わって、作品に更なる深みを与えている。「ライムライト」の強い光の裏には、必ず濃い影が生じる。大人の寓話とも呼びたい温かい世界に、微かな棘が見え隠れし切なさが増した様が絶妙だ。

そんな作品でカルヴェロを演じ続ける石丸幹二の円熟ぶりが、作品の仕上がりをより高めている。初演から9年、元々の持ち味が貴公子であり、常に清廉な印象を残す石丸幹二という大スターの印象は全く変わらないながらも、様々な役柄を真摯に演じてきた蓄積がもたらす余裕や遊び心、更に、この時代には老境に差し掛かっているカルヴェロの心情を表現する細かい演技が、役柄と石丸の親和性を深めている。テリーがカルヴェロに警戒心を抱かないことと、大家のオルソップ夫人が若い女性に尽くすカルヴェロにやきもきすることとが見事に両立する主演ぶりで、柔らかいのに芯の通った歌声の美しさ、説得力も絶品だった。

ヒロイン・テリーは新キャストの朝月希和。宝塚歌劇団時代からザ・ヒロインに相応しいひたむきさと愛らしい容姿を持ちつつ、気風の良い役柄や、猪突猛進な女性も果敢に演じてきた経験値が生きて、絶望の淵にいたテリーがカルヴェロによって救われ、彼の献身に感謝し、ネヴィルへの淡い恋とは異なる愛情を感じていく過程が鮮明。そのカルヴェロに対する思いの強さと、自身の舞台に、バレエに対する情熱が共に真っすぐに出たテリーになっているのが秀逸で、バレエシーンの数々も見事に踊りこなし、三演目の『ライムライト』の華たる存在になっていた。

こちらも新キャストのネヴィルの太田基裕は、これまでのネヴィル像のなかで、表現が適切ではないかもしれないが、最もいじらしく、愛おしい印象を与える実に新鮮なネヴィル像を創ってきた。テリーの言動に一喜一憂し、カルヴェロに複雑な感情を抱きつつも、彼女の為にそれを吞み込もうとするネヴィルの思考や行動のいちいちがキラキラしていて、カルヴェロがテリーとネヴィルが結ばれることを願う心情が痛いほどわかる。物語の流れに強い説得力を与えるネヴィルで、1幕での様々な登場も、ネヴィルにつながる面白さがあり、この辺りはリピートの楽しみになりそうだ。

他のキャストはいずれも初演以来の陣容で、石丸と並んで最早音楽劇『ライムライト』の顔ともなっているメンバーだが、演出家のボダリンク氏をはじめ様々な役柄を演じる植本純米は、出てきただけで舞台が明るくなる陽性の魅力を振りまき、役としてももちろんだが、俳優・植本純米の役替わりも堪能できるのはその強い個性あってこそ。行って帰るだけで役が替わる場面もあるし、役の出番として非常に時間が飛んでいたりもするのだが、あ、あの時のあの人だ、と役柄の顔も忘れないでいさせてくれる力量が光った。

劇場支配人のポスタントや、医師など多くの役を演じる吉野圭吾は、ひとつの言葉を二度重ねていう支配人役の特徴を味わい深く聞かせて印象的だし、ショービジネスの世界にこんなに温かい劇場支配人が本当にいるのかな?ではなく、きっといるに違いないと素直に思わせてくれる吉野本人のキャラクター性が舞台に生きていて、作品のまろやかさを強めている。一転、ボードヴィルの楽しさを感じさせるシーンも適度な可笑しみでキメてくれて、改めて貴重な俳優だと感じさせた。

オルソップ夫人他の保坂知寿は、元女優でカルヴェロの全盛時代も知るフラットの大家という立ち位置が、情の深い演技はもちろん、なぜこれだけのことが可笑しいんだろう、と思える天性の間の良さを縦横無尽に発揮して惹きつける。どんな役柄もとんでもなく美味しい役に見せてしまえる保坂マジック、役者としての天賦の才が堪能できるのもこの舞台の醍醐味だ。

バレエダンサー役の中川賢と舞城のどかも、舞台上で実際に踊っているバレエダンサーとして、また所謂コロスとしてのダンスシーンも踊りこなすだけでなく、役者としても多くの役柄に扮していて、全く違う顔を場面場面で見せてくれていて頼もしい。石丸、朝月、太田はもちろんだが、キャストそれぞれに「今日はこの人を観る日」を作りたいと思わせられる変身の妙は目が足りないほど。何よりもヴァイオリンの岸倫仔、リードの坂川諄、アコーディオンの佐藤史朗、そして音楽・編曲ピアノの荻野清子(カーテンコールで何を持って出るかにも注目を!)の生演奏と、名曲「テリーのテーマ(エターナル)」の調べと共に、困難多き人生に光がさしこむことを信じさせてくれる珠玉の作品を、是非多くの人に体感して欲しいし、作品の上演が今後も長く続いていくことを願っている。

初日を前に石丸幹二、朝月希和、太田基裕から意気込みのコメントが届いた。

●石丸幹二

「ライムライト」に寄せて

60代のチャップリンが演じた老芸人カルヴェロ。ちょび髭をつけず、山高帽もかぶらず、素顔のまま。

今、私の頭は彼の言葉であふれ、心は彼の精神に満たされています。

「ライムライトの魔力、その光の中にスターは誕生する。その光からスターは去って行く」。

このセリフに接するたび、瞳を射る強烈な光や、穏やかに包み込む光を感じ、時には熱く高らかに、時には深く染み入るように語っている自分に出会います。

皆さんには、どんな言葉が響くでしょう。劇場で感じてください。

●朝月希和

今、胸がドキドキし高鳴ります。命の意味、生きる勇気、自分の価値を、カルヴェロによって見い出すバレリーナ役をいよいよご披露します。思いやり、支え合い、そして自立。人生のどん底でも消せなかった舞台への思いを、心に残る台詞、お芝居、歌、そしてバレエを通して演じます。この舞台に携われる感謝を込めてお届けします。

●太田基裕

『ライムライト』には喜劇や悲劇、様々なエッセンスが絶妙なニュアンス、バランスで描かれているような気がします。

ネヴィルという役を通して、生きる活力、瑞々しさ、苦さも含め、噛み締めながら演じられたら幸せに思います。観劇される皆様の心に、あたたかい何かが寄り添い届く事を願います。千穐楽までよろしくお願いいたします。

(文・撮影/橘涼香)

公演情報

音楽劇『ライムライト』
日時:2024年8月3日 (土) 〜 2024年8月18日 (日)
会場:シアタークリエ

出演:石丸幹二、朝月希和、太田基裕、植本純米、吉野圭吾、保坂知寿、中川賢、舞城のどか

原作・音楽:チャールズ・チャップリン
上演台本:大野裕之
音楽・編曲:荻野清子
演出:荻田浩一

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