西森英行・脚本、 相原雪月花・演出、小柳友&松浦司W主演『サイレントヴォイス』稽古場レポート

西森英行・脚本、 相原雪月花・演出、小柳友&松浦司W主演『サイレントヴォイス』稽古場レポート

無差別殺人を犯した実行犯と、彼と向き合う弁護士との濃密な二人芝居『サイレントヴォイス』が、7月31日(水)〜8月4日(日)東京・浅草九劇で上演される。

物語は、白昼の小学校に男が侵入し、多数の児童を殺傷する無差別殺人事件が発生し、その実行犯の弁護を担当することになった弁護士が、道理なき供述を繰り返す犯人に振り回されながらも、「弁護」とはなにか、被告の「声無き声」とはなにかを追い求め、人間の深い業を描くヒューマンドラマとなっている。と、書けばおそらく思い当たる方も多いことだろう。この作品は脚本の西森英行が2001年6月8日に大阪で発生した「附属池田小事件」をモチーフに執筆したもので、あくまで創作でありつつ、西森自ら事件関係者の方々に取材を重ね、物語の細部は実際の事件に基づいていて、こうした事件を再び起こさない為に、という作家の祈りが込められた渾身の作となっている。

そんな作品を上演したいと願った演出の相原雪月花の想いを受けて、二人が重ねたディスカッションを経て、脚本は二人芝居として再構築され、作品のテーマにより深く迫った対話劇が生まれ出ることになった。

その舞台に向けての稽古が進む7月中旬の暑い一日、都内某所の稽古場を訪ねた。

地下にあるスタジオは天井が若干低く、独特の静けさを醸し出す場所だった。床に貼り巡らされたアクティングエリアの印や、実際の舞台美術ではどんな効果を生むのかにまず興味を引かれる、半透明で向こう側が歪んで見える扉とも、壁とも感じられる可動するセットが中央に置かれているのが目に飛び込んでくる。稽古場の空気はとても静かで、浅草九劇のあの、演劇世界にすっぽりと取り込まれていくしか術のない濃密な空間が既に彷彿とされるようで、劇場にピッタリのスタジオだなとまず感じさせられた。

その中で、弁護士の平健吾役には、ブロードウェイミュージカル『ハネムーン・イン・ベガス』、ミュージカル『アンドレ・デジール 最後の作品』等に出演し、芯のある演技で注目を集めている小柳友が扮する。稽古前から法律事務所の自分のデスクになる舞台セットの前で、静かに台本に目を通している様が、既に役柄の平のようにも見える。

一方、被告の佐久田冬馬役は、『ヒプノシスマイク – Division Rap Battle-』Rule the Stageや、地球ゴージャス『星の大地に降る涙 THE MUSICAL』『ALTARBOYZ』等での身体能力を生かした柔軟な演技で高い評価を受ける松浦司が演じる。松浦は控えの自席で稽古開始を待っていて、俳優の松浦がそこにいると感じさせている。

そんな、稽古前から対照的に見える二人に演出の相原雪月花が声をかけ、1幕頭からの稽古がはじまった。

実際の舞台では映像の字幕で表現されるのだろう状況の説明が、スタッフによって声で読まれていく。それがおそらく敢えて芝居っけの全くない無機質な読み方なことにも、作品世界が浮かび上がってくるのが不思議なほどだ。そこからまず弁護士の平のもとに、被告の佐久田冬馬の主任弁護人になって欲しいとの依頼が舞い込む。佐久田は主任弁護士をもう二人解任していた。世間的にも関心が高く、犯人に情状酌量の余地が感じられない凶悪犯罪の弁護を引き受けることのリスクと、弁護士としての矜持の間で葛藤する平を、小柳友が低く静かに、けれどもよく通る声で演じ語っていく。

場面が変わって拘置所の面会室。被告の佐久田の松浦は、ストンと通る声で台詞を時に怒鳴るように、また時に吐き捨てるように話していく。静かな台詞と叫ぶ声の応酬がとんでもない緊張感を生んでいく。繰り返される接見。二転三転する供述。何が真実で何が虚言なのか、佐久田の声にならない声「サイレントヴォイス」を聞き取ろうと、冷静に真摯にあろうとしながらも、あまりの物言いに気色ばんでもしまう瞬間もある平。その人間らしい感情の揺れを、小柳が精緻に演じていくの対して、平に決して心を開かず、利用しようとしているようでいて、対話は続けている佐久田の松浦も、露悪的かと思うと、突然切々と語り出す、こちらは一瞬も感情が安定しない大きな振幅で演じていく。演出の相原が予定の場面でストップをかけた瞬間、最初から今日はまずそこまで、と伝えられていたにも関わらず、ふわっと緩んだ稽古場の空気にホッとするような心境になった。まだ時折台本も持っている稽古の段階で、これだけ緊張感に支配されるのには驚くばかりだ。

演出の相原から、全体がつながって見えたことや、小柳には弁護をすべきなのか迷っている感覚がよく見えていること。松浦にはなぜ平が新たに弁護についたのかを問いながら、あふれていくる感情がとても良いなど、まず良かった演技に対する称賛があって、稽古場の人数も当然ながらとても少ない二人芝居の空間を和ませてくれる。その上で「下半身をもっと使ってもいいかもしれない」という提案に小柳から「この体勢はやめてくれ、ということがあったら言って欲しい」との要望が出たり、松浦からは「具体的にどこでですか?」などの質問があり、演出家と俳優が忌憚なくコミュニケーションを取れている様子が伝わってきた。更に驚いたのが、とても静謐に台詞を語っていた小柳が、こうして素で話している時にはハキハキとよく通る大きな声なのに対して、ほとんどの台詞が強い発声だった松浦が、非常に静かで柔和な語り口なことで、役を演じる俳優の凄みが巧まずしてこぼれ出ているのを感じる。それがこの二人芝居が深まっていく過程の期待を高めていく。

更に圧巻だったのが、演出家の提案で二人の対話のなかに前述した歪んで見える半透明のセットを使う案が示されたこと。何しろ稽古の最中なので、本番でどう熟成され変化していくかはわからないので、詳細は避けるが、アプローチとして非常に面白く、場面の見え方が鮮やかに変わったのに驚かされた。俳優二人からも「この台詞のこの感情なら可能」、「ここは感情がついていかない」などの意見も活発に出され、「見え方はとても良いので、まずやってみて、心情的に無理なところは解消していけるようにしましょう」という演出家の柔軟な姿勢にも感心させられる。繰り返されるうちに、囚われているのは佐久田役の松浦のはずなのに、ふとした瞬間にその佐久田を知ろうとする平役の小柳の方が実は囚われているのでは?とさえ見えることさえあって、演劇の豊かさにゾクゾクした。

インターバルに入るというところで稽古場を失礼させていただいたが、ここまで1時間半以上が経過していて、外に出た途端見学しているこちらの緊張感もほどけるような、緊迫した、でも互いに尊重しあい、深化を探り続ける素晴らしい稽古場だった。決して安易に語れないテーマを描いた作品を、現場がこれだけ真摯に創作していることに敬意を感じる、舞台の完成が待たれる時間だった。

【取材・文・撮影/橘涼香】

公演情報

舞台「サイレントヴォイス」

日付:2024年7月31日(水)〜8月4日(日)
会場:浅草九劇
チケット:7,000円(全席指定・税込)

■脚本:西森英行(InnocentSphere)
■演出:相原雪月花

■出演:小柳友 松浦司

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