メガヒットミュージカルとして、旋風を巻き起こし続けるミュージカル『ロミオ&ジュリエット』が5月16日東京・初台の新国立劇場 中劇場で開幕した(6月10日まで。のち6月22日~23日愛知・刈谷市総合文化センター、7月 3日~15日大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演)。
この作品は、シェイクスピアの不朽の名作「ロミオとジュリエット」を題材に、ジェラール・プレスギュルヴィックが数多の名曲を書き下ろし、2001年に生まれたフレンチ・ミュージカル。開幕するやいなや、たちまちにして熱狂的な支持を得た舞台は、世界各地での上演を重ね、小池修一郎の潤色・演出のもと、2010年宝塚歌劇星組公演として日本初演。更に同じ小池の手により2011年全く趣を異にする「日本オリジナルバージョン」が初演。以来、双方の舞台が共に再演を重ねる大人気演目として定着してきた。2017年には「破壊された近未来を思わせる世界の中で繰り広げられる『ロミオ&ジュリエット』」という、日本オリジナルバージョンの新演出版が登場。2019年、2021年とこちらも再演を重ね、ミュージカル界の若手登竜門的な位置づけを有して発展してきた。
今回2024年の公演は、その趣が更に加速。ミュージカル初挑戦のメンバーも多く含まれるなど、次世代キャストの競演が大きな注目を集めている。
そんな舞台の初日を前に、公開ゲネプロが行われ、ロミオ・小関裕太、ジュリエット・吉柳咲良、ベンヴォーリオ・内海啓貴、マーキューシオ・伊藤あさひ、ティボルト・太田基裕、死のダンサー・栗山廉(K-BALLET TOKYO)のキャストによる、白熱した舞台が全容を現した。
基本的なコンセプトは前回公演までの、現代から近未来でもシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の永遠性は成立する、という潤色・演出の小池の信念が今回も貫ぬかれていて、初めてジュリエットもスマホを持ったなどのマイナーチェンジはあるものの、大枠の設定は変わらない。代々争いあう二つの一族、キャピュレットとモンタギューに二分されたヴェローナで、若者たちはそれぞれスマホを手にし、ロミオが電話にも出ず、メールやSNSにも反応しないことを「既読スルー」と嘆いている。ロレンス神父はパソコンで検索をしながらアロマテラピーの研究をしていて、そのロレンス神父のもとで、闘い合う宿命を持った両家の長男、長女であるロミオとジュリエットが秘密裏に挙げたはずの結婚式は、教会に偶然立ち寄った者によって、写真に収められ、瞬く間に拡散されて街中の知るところとなっていく。
こうした現代のツールを作品に持ち込む手法は、2017年の新演出版以前、日本オリジナルバージョン初演時から大枠としては変わっていない部分で、やはり当初はどうにも違和感がぬぐえないものが残ったのも正直なところだった。いつでも連絡がとれるツールを持っていることが、ロミオがヴェローナから追放になることの悲劇性をどうしても弱める感触があったし、あまりにも有名なロミオとジュリエットがすれ違う根幹となる、少女が薬を飲み干すだけで24時間仮死状態になる「秘薬」の説得力を薄めるなど、丁寧に構築されているからこその、無理を感じる部分が浮かび上がってきたからだ。
だが、特に前回2021年の上演で、これら一つひとつの違和感が遠ざかり、人と人とが憎しみや恨みを捨てて手を取り合うためには、これほどの犠牲と痛みを伴わなければならない、という本来のテーマが前に出てきたのには驚かされたものだが、今回2024年の舞台が、より大きな現実味と切迫感を持っていることに息を呑んだ。思えば、2011年の日本オリジナルバージョン初演時には、設定を現代にしてしまうと、そもそも代々争い合う二つの一族とは、ダークコミュニティーくらいなのでは……と確かに感じたことを覚えている。だが、いまその設定は、日々続いている心も凍る現実のニュース映像と、あまりに深くシンクロしてしまっている。その事実には驚きを遥かに通り越し、ただ暗澹とするしかなかった。人類はなんと愚かで、世界は確実に暗い方へ、暗い方へと転がり落ちている。わかっていたつもりで、直視することを避けていた現実がこの舞台には確かにある。近未来の『ロミオ&ジュリエット』が、こうして年を経るごとにリアリティを増していくことを、いったいどう受け止めればよいのだろうか。
だが、だからこそ。
前述した通りミュージカル初挑戦のメンバーも多く連なる今回の清新なキャストが放つまばゆいほどの輝き、爆発する若さのエネルギーが、あまりに大きな犠牲を越えているのは変わらないながら、最後に人々が赦し合い、手をとりあうことで死に勝利する終幕をより尊いものに見せてくれているのもまた事実だった。彼らの時代には世界に広がる憎しみと戦いの連鎖を止めることができるかもしれない。明日には違う未来が開けるかもしれない。そんな「希望」が、舞台を疾走する彼らが精一杯に熱唱するミュージカルナンバー、ジェラール・プレスギュルヴィックにこの瞬間神が宿っていたとしか思えない、名曲の宝庫から感じ取れたのは何より大きなことだった。ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』は、ミュージカル界の次世代スターを生み出すと共に、物語世界が映す現実の希望をも生み出している、稀少な作品なのだと感じられること、そこに作品の持つ力強さがあった。
そんな舞台の初日に登場するメンバー、ロミオの小関裕太は、子役として俳優活動をスタートさせ、多くのジャンルで活躍を続け、近年では『ジャンヌ・ダルク』『キングダム』ミュージカル『四月は君の嘘』など、話題の舞台作品にも数多く出演している大注目株の一人だが、登場した瞬間から「あぁ、ロミオがいる」と思わせる、甘いマスクとすらりとした長身で適役ぶりを如何なく発揮している。原作設定とは異なり、このミュージカルでは初めて本気で恋をする相手がジュリエットという、王道の貴公子像が実によくハマっている。同年代の友人たちに囲まれているなかで、一人死の影を感じ取っている繊細さのなかにも、どこかでいたずらっ子のような表情が覗くのが新鮮で、恋にのみひた走っていく猪突猛進が無謀に見えない美しいロミオに仕上がった。感情が激してくるミュージカルナンバーほどよく声が出ているから、回を重ねた進化も楽しみだ。
ジュリエットの吉柳咲良は、こちらも愛され続けるミュージカル『ピーターパン』の、10代目タイトルロールとして女優デビューを果たし、同役を 22 年まで務めた実績を持つ人だけに、特段の安定感がある歌声で惹きつける。それでいて、ジュリエットに欠かせない生の若さと瑞々しさはきちんと保って、やはりこのミュージカル版だけの複雑な親子関係のなかでも、何ものも恐れずロミオへの恋にのみ突き進むジュリエットのひたむきさがよく出ていた。豊かな感情表現もいい。
ロミオの親友の一人、ベンヴォーリオの内海啓貴は、今回の座組の若手メンバーではむしろ珍しく、ミュージカル界を主戦場に活躍している人だからこその、頭ひとつ抜けた歌唱力を披露。どの歌にも余裕があり、「死」によって生き残る者として選ばれてしまった、とも取れる、悲劇の掛け違いの引き金を引く人物としてのベンヴォーリオの、悲嘆と決意が込められたビッグナンバー「どうやって伝えよう」は全体の白眉と言える聞きものだった。
もう一人のロミオの親友マーキューシオの伊藤あさひは、映像で活躍してきた人で、この舞台が初ミュージカルだけでなく、歌もダンスもほぼゼロからのスタートだったというコメントに驚かされたほど、自然に舞台に馴染んでいる。何よりとびっきりの美形ぶりが目を引き続けるし、ここまで短期間で駆け上がってきたのかと考えるだに、大変な才能の持ち主で、伸びしろがどれほどあるだろうかと期待を抱かせる。是非舞台への出演も続けて欲しい存在だ。
ミュージカル版で、ジュリエットの従兄弟であり、彼女を密かに愛しているという設定が加わっている大役のティボルトの太田基裕は、これまでにも度々強い印象を残してきた、エキセントリックな面を効果的に見せられる演技力と存在感が、ティボルトの狂気すれすれに堕ちていく純愛の危険な香りを的確に表現。キャピュレットのリーダーらしい美丈夫ぶりも際立ち、ロミオが一線を越える瞬間の演技も、非常に効果的だった。
死のダンサーの栗山廉は、熊川哲也率いるK-BALLET TOKYOのファーストソリストとして活躍する現役のバレエダンサーで、『ビリー・エリオット』への出演経験も持つ人ならではの演技と、迫力も冷たさもありつつどこまでも美しいダンスとシルエットで魅了する。死のダンサー役は、歴代コンテンポラリーダンサーも多く扮していて、それぞれに見応えがあるが、バレエダンサーの「死」に宿る独特の美しさはやはり得難い。
彼ら若いWキャストの座組を支える大人たちはそれぞれシングルキャストで、やはり新鮮な顔ぶれが揃った。
キャピュレット夫人の彩吹真央は、夫との愛のない生活に疲れ、唯一の安らぎを求めていたティボルトがジュリエットを恋していると知り、娘に女としての嫉妬を感じる、というやはりミュージカル版の生々しさをきちんと残しながらも、役柄の孤独に思いを馳せられる情も感じさせるのが演技巧者の彩吹の面目躍如。芯のある歌声もよく聞かせた。
ジュリエットの乳母の吉沢梨絵は、キャスティングを聞いた時驚かされた永遠に愛らしい人のイメージを乳母役でも保っていて、その場その場でジュリエットの幸せをただ願っているだけという感触が、一見コロコロと意見を変えるように感じさせる乳母役の難しさを軽々と超えたのが素晴らしい。ビッグナンバーの「あの子はあなたを愛している」の盤石の歌いぶりも舞台を牽引していた。
ロレンス神父の津田英佑は、設定が現代になっているだけに、どうしてもこの人の行動がうかつに映りかねない役柄が抱える困難を、飄々と明るい演技で切り抜けていて『レ・ミゼラブル』のマリウスや『蜘蛛女のキス』のヴァレンティンなど、二枚目役で鳴らした人材が、こうした役柄で舞台に位置してくれる貴重さを感じる。
モンタギュー卿の田村雄一は、ソロナンバーのない役柄ではもったいないと感じるほどの歌唱力の持ち主だが、そういう人がこのポジションを占めてくれることで、作品のミュージカル度が格段にあがる贅沢なキャスティング。対立する二つの一族の一方の長としての存在感も抜群だった。
モンタギュー夫人のユン・フィスは、小柄な体躯からここまでパワフルな歌声が生まれるとは、と驚くほどの歌いっぷり。彩吹のキャピュレット夫人との掛け合いのナンバー「憎しみ」そして、終幕の「罪びと~エメ」を見事に聞かせてくれている。
ジュリエットに求婚する資産家、パリスの雷太は過去トリックスター的な登場も多かった役柄を、本人はイケていると信じて疑わないが、実はややズレているという造形で表出していて面白い。雷太本人のビジュアルが優れているからこそできる役作りで、新たな座組の良いアクセントになっていた。
キャスティング段階で驚かされたもう一人がヴェローナ大公の渡辺大輔で、持ち役だったティボルトのイメージがまだ色濃いし、今でも十分ティボルトを演じられると思うが、威厳ある大公を颯爽と演じていて鮮烈だった。歌唱力も公演ごとにあがっていて、『ロミオ&ジュリエット』から、多くの人材が育っていることを象徴する存在になった。
そして、キャピュレット卿の岡田浩暉が、この人らしい可笑しみも僅かに残す演じぶりで、こちらも新鮮なキャピュレット像。そこからのジュリエットに対する思いを噴出させる「娘よ」のソロも感情豊かに歌い上げて、父親の苦悩と愛情をよく感じさせた。
また、様々なジャンルのダンスを踊り、作品に勢いを与えるR&Jダンサーの面々、新井智貴、岡田治己、小澤竜心、笹川慎一朗、鈴木大菜、高山裕生、松平和希、水島渓、務台悠人、 安井聡、脇田暉崚、渡辺崇人、大久保芽依、岡田梨依子、奥富夕渚、北田涼子、小石川茉莉愛、塩川ちひろ、柴田海里、高橋舞音、冨岡瑞希、本多玲菜、松井英理、宮崎琴が舞台狭しと躍動する様が見応え十分。殊に今回は美しくかつ個性的、というメンバーが揃っていて、作品の熱を幾重にもあげる一人ひとりに拍手を贈りたい。スウィングに中村翼、晴華みどり、佐藤志有、西山侑希、明部桃子、池畠結花が名を連ねる贅沢な布陣になっていて、配信も決まった新生『ロミオ&ジュリエット』が伝える、未来への希望を一人でも多くの人に受けとって欲しい。
なお、Wキャストの面々については後日レポート予定です。お楽しみに!
【取材・文・撮影/橘涼香】
ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」
■期間:
2024年5月16日(木)~6月10日(月) 新国立劇場 中劇場(東京)
2024年6月22日(土)、23日(日) 刈谷市総合文化センター(愛知)
2024年7月3日(水)~15日(月・祝) 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
■スタッフ:
原作:ウィリアム・シェイクスピア
作:ジェラール・プレスギュルヴィック
潤色・演出:小池修一郎(宝塚歌劇団)
■出演
ロミオ:小関裕太 / 岡宮来夢
ジュリエット:吉柳咲良 / 奥田いろは(乃木坂46)
ベンヴォーリオ:内海啓貴 / 石川凌雅
マーキューシオ:伊藤あさひ / 笹森裕貴
ティボルト:太田基裕 / 水田航生
死:栗山廉(K-BALLET TOKYO) / キム・セジョン(東京シティ・バレエ団)
キャピュレット夫人:彩吹真央
乳母:吉沢梨絵
ロレンス神父:津田英佑
モンタギュー卿:田村雄一
モンタギュー夫人:ユン・フィス
パリス:雷太
ヴェローナ大公:渡辺大輔
キャピュレット卿:岡田浩暉
R&Jダンサー:新井智貴、岡田治己、小澤竜心、笹川慎一朗、鈴木大菜、高山裕生、松平和希、水島渓、 務台悠人、安井聡、脇田暉崚、渡辺崇人、大久保芽依、岡田梨依子、奥富夕渚、北田涼子、小石川茉莉愛、塩川ちひろ、柴田海里、高橋舞音、冨岡瑞希、本多玲菜、松井英理、宮崎琴
スウィング:中村翼、晴華みどり、佐藤志有、西山侑希、明部桃子、池畠結花