【公演レポート】トリッキーな設定にインターネット社会の闇を浮かび上がらせた朗読劇『同姓同名』

【公演レポート】トリッキーな設定にインターネット社会の闇を浮かび上がらせた朗読劇『同姓同名』

世の中を震撼させた女児惨殺事件の犯人と「同姓同名」であったことから、人生の歯車が狂っていく人々を描いた朗読劇『同姓同名』が、日本橋の三越劇場で上演中だ(5月12日まで)。

本作は、ベストセラーとなった「闇に香る」など、多くの斬新なミステリー作品を世に送り出している下村敦史の小説「同姓同名」を原作とした朗読劇。

登場人物全員が同姓同名という、ある種トリッキーな着想から、誰もが覆面で簡単に思ったことを発信できるようになったインターネット社会、SNSの闇が生み出す、言葉の暴力や私刑、同調圧力、炎上商法等々、今日的なテーマが、次々とたたみかけるように描かれていく舞台になっている。

【STORY】

大山正紀はプロサッカー選手を目指す高校生。
いつかスタジアムに自分の名が轟くのを夢見て練習に励んでいた。
そんな中、日本中を騒がせた女児惨殺事件の犯人が捕まった。

その名は大山正紀。

突然自分の名前が、自分の預かり知らぬところで悪名として轟いたために、サッカー推薦を取り消された大山正紀だったが、同じように市井の人として生きてきた多くの「大山正紀」たちの人生が狂いはじめ……

古今東西のミステリーの歴史はいずれも、ストーリーのなかに作家自らが制約を課すことで発展してきたと言っていい。

例えば誰一人出入りができないはずの場所に遺体だけが残されている「密室殺人」。例えば最重要容疑者が、事件発生時刻に全く別の場所にいたことが証明されている「鉄壁のアリバイ」等々、解明不可能と思われるトリックが次々に生み出され、様々な個性を持った作品が生み出されてきた。

そんななかで、この主要な登場人物全員が「大山正紀」という、下村敦史が作品に課した制約もまた非常に大きなものだった。

ミステリー愛好家が最もやって欲しくないのが、未読の作品の犯人名を事前に教えられることだろうが、だからこそこの作品が「犯人の名前を言っても構わないミステリー」として、耳目を集めてきたのもよくわかる。非常にトリッキーな制約だし、正直同じ場所にこんなにたくさん「大山正紀」がいるかな?と思わないではないものの、その設定の面白さだけでなく、二転三転していく物語に引き込んでいく力が、そんな小さな疑問を吹き飛ばしていく様は爽快だ。

特に女児惨殺事件の犯人として逮捕された人物が未成年で、「少年A」としか呼称されていなかったところに、実名報道に踏み切ったメディアがあらわれ、犯人の名が「大山正紀」であることだけが明らかになる。

だが、顔写真は公開されない為に、同年代の「大山正紀」が疑いの目で見られるようになり、学校でいじめにあったり、ネット上で誤解であるにも関わらず私刑のような状況に追い込まれる、という物語展開に、意外性だけではない真実味があって作品の今日性を強めていた。

ただ、この次から次へと、あっと驚かされる展開が続いていく作品を支えている大きな要素には、ビジュアルが言葉による描写と、読者の想像のなかにしかない小説だからこそできるミスリードが多々ある。それを俳優が自身の顔を客席に見せて演じていく舞台、朗読劇として成立させることには、かなりの困難があったのは想像に難くない。だが、脚本・演出の吉村卓也が、その難題を見事にクリアしただけでなく、むしろハッキリと顔が見えている俳優たちが演じるからこそ、更に驚かされるもするし、目から鱗が落ちるという展開に持っていった作劇の巧みさに感嘆させられた。

時空間が頻繁に交錯する物語を、舞台の上下に下りたジョーゼット越しに見せるシルエットや大きな影、映像による文字情報など、様々な趣向で表現しているし、視点が頻繁に行き来することで幻惑させる原作の効果を、全員が台本を持っている朗読劇だからこそできる、読み手の同じく頻繁なスイッチによってあらわした、あくまでも全員が台本を持っている朗読劇だからこそできる仕掛けに収斂させていったのがなんとも秀逸である。

SNSによって増幅していくヘイト感情が罪なき人々の人生にもたらす暗雲や、自分の名前というアイデンティティが、突然「悪名」として広がってしまう恐怖が、動きも多く芝居の要素も強い舞台に横溢したのも作品の価値を高めた。

そんな舞台で、将来を嘱望されるサッカー選手としてプロを目指していたが、「大山正紀」が起こした事件によって、道を閉ざされてしまう大山正紀の森次政裕は、これが初舞台、初主演とは思えない地に足のついた演技で惹きつける。

「超特急」のメンバーとして、ステージに立つことそのものはずっとホームグラウンドである人だけに、全く新しいジャンルに足を踏み入れたと言いつつも、観客の前にたつということおいてプロである実績が、この初舞台、初主演の機会を盤石なものにしたのだろう。

憂い顔の多い役柄からも、どこか明るいオーラが発せられるのが、全員が同姓同名という群像劇のなかで、自然にこの人がセンターだと思わせる力になっている。是非華やかなコスチュームで演じる姿も観てみたい、今後とも舞台作品に積極的に関わって欲しいとの期待を抱かせるデビューだった。

「大山正紀、同姓同名被害者の会」の主催者になる大山正紀の京典和玖は、ブラック企業からの転職をはかるも、「大山正紀」の名前が災いして果たせず、現在は無職という境遇を同じ立場の者同士で考えようとする役柄を、むしろあまりリーダーらしくないと感じさせる物柔らかな芝居で表現している。

全員に言えることなのだが、決して役柄が一筋縄ではなく、そうした設定ももしかしたら?に通じていくミステリーのなかで、穏やかな立ち居振る舞いのなかにある、承認欲求の高さなど複雑な感情をよく表している。

女児殺害事件を起こした「大山正紀」と同じ名前だっただけでなく、漫画やアニメが好きだったという共通点もあることから、犯罪者予備軍と決めつけられいじめにあっている中学生の大山正紀の宮島優心は、辛い境遇で闇を抱えている少年の表情と、好きなものを語る時の明るい笑顔のギャップが非常に魅力的。

周りの人間が彼を気にかけることを最もだと思わせる、心もとなさもよく出ていた。もうひとつ、ジョーゼットの後ろでも重要な役柄を演じているので、是非注目して欲しい。

真犯人の大山正紀という、こうした筋立ての舞台でこう書くことにはかなりの勇気がいる設定の役どころを演じる伊万里有は、もちろん決してそれだけではない人物を、ポイントの出番で印象的に見せてくれる。一見他の「大山正紀」たちとは、異なる次元で登場してくるように見えているが、それも単純に見えていることの何が正しいのかわからない、という作劇の難題によく応えて強い印象を残した。

いったい何がどうなっていくのかは、舞台はもちろん配信も用意されている実際の作品で確かめて欲しい。

事件を起こした「大山正紀」とは年齢的にあわないのだが、実年齢より若く見えることと、個人で家庭教師をしていてるという仕事の性質上、名前を名乗った段階で生徒の両親に忌避されていると感じている大山正紀の熊谷魁人は、終始落ち着いた控え目な態度だからこその、心根の吐露にハッとさせられる。その感情は決して共感できないものではないし、そこに至る前に中学生の大山正紀に「大丈夫?」など、短い言葉をかける温かさが印象的で、過度に前にでないからこそ全員のなかのアクセントになっている。

学生で、犯人の「大山正紀」と同年代なことから、同姓同名を自らネタにし、笑いにして難を逃れていたのに、その言動を不謹慎だと糾弾される大山正紀の大川泰雅は、役柄のトレードマークである茶髪が整った顔立ちによく似合い、自分の意見を言う時だけでなく、周りの言葉に対する鋭敏な反応がドラマ展開のリアリティを高めている。一見チャラいけれど根は真面目という役柄のキャラクターもよく表現していて、グループ芝居のなかでの存在感が光った。

中小企業で営業職をしているが、名刺を出した途端困惑されることに疲れている団子っぱなの大山正紀の樽見ありがてぇは、実は強い言葉も発しているのだが、樽見本人の持ち味で、どこか哀愁の残る可笑しみに変換しているのが、基本的には緊張感が続く舞台の緩衝材になっている。

とにかくドラマの展開があっと思わせることの連続なので、ふとホッとできる樽見の果たす役割には大きなものがあった。

少年法により、起こした事件の大きさよりもかなり早く社会復帰した「大山正紀」を被害者家族が襲ったことで、折角風化しかけていた「大山正紀」の名前が、またクローズアップされてしまったことに憤る猫目の大山正紀の中島弘輝は、「大山正紀、同姓同名被害者の会」の中でも、突出した鋭さを持っていて、メンバーになかなか同調しようとしない役柄の不穏な空気を登場時点から振りまく様が見事。

この人の言動もまた、ストーリーを大きく動かす要素満載なので、あの時はどんな態度を取っていたのか?を確かめにリピートしたいと感じさせる役作りが貴重だった。

医学分野の研究者で、犯人の「大山正紀」とは年齢がかけ離れている為に、同一人物と勘繰られることこそないものの、やはり自分の名前を別物にされてしまった心理的不快を覚えている大山正紀の松田大輔は、全員から一歩引いている立場だからこそ、加熱していくメンバーのブレーキになろうとする誠実さをきちんと表出している。

この人もまた物語の鍵を握る役柄を別に演じていて、全てがトリックに思えてくる作品のなかでも、双方のキャラクターをきちんと立たせているのが若い座組に重みを加えていた。

そして、やはり年齢が違う為に犯人の「大山正紀」に間違われはしないものの、同姓同名の影響を受けている者同士による、会の設立を後押しした大山正紀の波岡一喜は、舞台で第一声を発した瞬間の、空間の隅々まで心地よく通る台詞発声の良さに聞き惚れる。

これは基本的には「読む」朗読劇を支える利点だし、この役柄もまた非常に大きな鍵を握っているが、その場、その場で言っていることのどこまでが真実なのか?を考えさせる芝居の深みはさすがのひと言。ドラマ全体を引き締める波岡が参加していることによる豊かさを感じた。

全体に、現代社会が抱える、今後どうやって解決していくべきかさえ見えにくい問題を大きくクローズアップしただけでなく、ミステリー仕立てによるエンターティメント性も高い作品になっていて、ある意味「ここを見ろ」と指定される配信では、舞台を観ていてもきっと様々な発見があるに違いない。

このどんでん返しが無限に続く作品の魅力や問題提起を、是非多くの人に受け取って欲しい。

(取材・文・撮影/橘涼香)

朗読劇『同姓同名』

公演期間:2024年5月7日 (火) 〜 2024年5月12日 (日)
会場:三越劇場(東京都 中央区 日本橋室町 1-4-1 日本橋三越本店本館6階)

■出演者
森次 政裕(超特急)
京典 和玖
宮島 優心(ORβIT)
伊万里 有
熊谷 魁人
大川 泰雅
樽見ありがてぇ
中島 弘輝
松田 大輔(東京ダイナマイト)
波岡 一喜

■スタッフ
原作:「同姓同名」(幻冬舎文庫)下村 敦史
脚本・演出:吉村 卓也
音楽:TAKE(FLOW)
プロデューサー:熊坂 涼汰
主催:Tie Works

■会場チケット
S席:9,800円(1階1~10列・2階A~B列 / キャスト選択制非売品しおり特典付き)
A席:7,800円(一般席)

■配信チケット
各公演チケット ¥4,000
通しチケット ¥7,500
(税込)

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