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8年前、新国立劇場の演劇部門芸術監督に就任した小川絵梨子が始めた<フルオーディション企画>。
ラストを飾る作品にサミュエル・ベケットの『エンドゲーム』が登場する。
自ら演出を手がけるこの作品にオーディションを経て集うのは、近江谷太朗、佐藤直子、田中英樹、中山求一郎の4人。終焉が近づく世界に生きる人間たちをどう立ち上げるのか。
出演者4人と演出の小川が参加した合同取材会は、この顔ぶれなら希望が見えてくるだろうと感じられる、楽しい会となった。
──『エンドゲーム』は、小川さんが芸術監督になって始められたフルオーディション企画の最後の作品です。小川さんにこの企画への思いを改めてお聞きできればと思います。
小川 キャスティングに関して、芸術監督になる前の参与の時代から、なるべく広く公平に、作品に興味を持ってくださった方に集まっていただく機会を作りたいと思っていました。所属事務所にオーディション募集が通知されることが多いなか、フリーの役者さんにも隔てなくオーディションをすることが国立の劇場にできることの一つではないかと思っていました。ただ、オーディションというのは、書類の作成に始まり、役者さんにとっては大変な作業になります。ですから、この8年間、できる限り負荷のない形でオーディションを受けていただけるよう、試行錯誤を重ねてきました。例えば、来ていただく日数をなるべく少なくする、書類もできるだけ簡潔にして、応募動機の欄をなくす、など。それから皆さん緊張して来られるので、ベストパフォーマンスをしていただけるようにいかにリラックスできる環境を作れるか、ということを制作陣の共通認識として持つようにしていました。至らないところもあったと思うんですけど、そういう意味では、劇場側のオーディションでもあったと思っています。
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──俳優の皆さんにも、どんな思いで応募されたのか、また、確かに負荷は少なかったのか(笑)、オーディションを受けられての感想をお願いします。
近江谷 僕はもういろいろなオーディションを受けてきて、応募するにあたっての作業を負荷だと思ったことはないんですけど(笑)。でも、このフルオーディションは、小川さんが芸術監督を卒業された後も続けばいいなと思うくらい素晴らしいシステムだと思うんです。知っている人をキャスティングするということではなく、まったく初めましての人の中から役に合う人を選んでいただけるというのは、役者にとっては本当にありがたいこと。僕も、ずっといつか新国立劇場の舞台に立ちたいと思っていましたが、待てどもそんなチャンスはなく(笑)、オーディションならその可能性が高まると思って応募したので。思いが叶ってこんな幸せなことはないです。
佐藤 私は今回が3度目のトライでした。確かにオーディションにはしんどい面もあるんです。でも、近江谷さんがおっしゃったように待っているだけでは出会えないですし。オーディションは本番に向けた作品を作るというゴールがない分、すごく無責任に演じられるところもあって(笑)、ある意味贅沢な時間でもあるので、私はすごく楽しかったです。
中山 こんなふうに有名無名経歴を問わず本当に分け隔てなく、それも全員をオーディションで選ぶということは日本ではなかなかないと思います。僕は第一弾の『かもめ』を受けていて、我ながらそこそこいいところまで残ったんですけど(笑)、覚える台詞量も多く、過酷なオーディションだった記憶があります。今回は、参加者で台詞合わせをする時間を設けてくださって、ストレスやプレッシャーを感じずに自由に楽しんでやれたと思います。『エンドゲーム』にも元々興味があって、『勝負の終わり』というタイトルで翻訳されたものを買って公民館の一室で読み合わせしたこともあったくらいで、それを小川さんが演出されるということで、絶対に出たいと思って応募しました。
田中 僕もこのフルオーディション企画を知ったときに画期的だなと思って、2回受けているんです。でも、途中までしかいけなくて、今回も、登場人物が少ないうえに年齢的にも合わないから難しそうだなと思ったんです。でも、小川さんが演出されるということだったので、勉強するつもりで受けました。オーディションって本当にお芝居の勉強になりますし、集まった人たちと情報交換することで今の日本の役者事情みたいなものもわかるんです(笑)。しかも今回は、一次選考からずっと楽しいワークショップをしているような感じで。みんなこんな環境で作れたら日本の演劇のクオリティもさらに上がっていくのではないだろうかと思うくらい、気持ち良くありがたく、感動的なオーディションでした。
小川 ありがとうございます!
──『エンドゲーム』はサミュエル・ベケットの傑作の一つ。代表作の『ゴドーを待ちながら』がそうであるように、ベケットの作品には“難解な不条理劇”というイメージがありますが、俳優の皆さんはこの作品にどういう印象を持っておられますか。
近江谷 正直に言うと僕は、なるべくわかりやすくて楽しい作品が好きで、そういう作品を上演する劇団で育ったものですから、お客さんにも楽しんで帰ってもらえればいいなと思ってきました。ただ、役者としては、シェイクスピアや名作と言われる文学作品にもいつかは挑戦したいという気持ちがあって。今回は、小川さんが演出だったら自分にも何とかできるんじゃないかと思ったんです。というのも、これまでに拝見した小川さんの作品は、翻訳劇でも違和感なく楽しめたので。ただ、オーディションを受けたときは『エンドゲーム』の中身はまったくわかっていませんでした。図書館で予約したんですけど、貸出中でいつになっても連絡がこなくて。でも、今思えばそれが逆に良かったなと思います。全部を読んでいたら「訳わからない!」とパニックになって大変だっただろうけど、渡された一部分を集中して読んでいるとスイッチが入って、なぜか涙が出てきたんです。結局、図書館から連絡が来たのは顔合わせのあとで(笑)、作品全体には今回の台本で触れたわけなんですが。戯曲と向かい合って台詞をちょっとずつ覚えたりしている間に、台詞が心地よく出てくるようになってきている感覚があって。わかり切ってはいないんですよ。でも、「稽古していったらこの世界に生きていけそうな気がする」という気持ちになっている。そういう、わからないけど楽しめるかもしれないと思っている人間が「これなら大丈夫じゃないですか? 難しくないですよね?」というところを目指して作っていくので、「不条理劇はごめんなさい」という方にもぜひ観ていただきたいです。
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佐藤 私も、所属していた劇団が別役実さんや太田省吾さんの作品を上演していたので不条理劇には関わってはいるし、持っていたベケット全集で『勝負の終わり』も読んだんですけど、「不条理劇とは」と検索したくらい、不条理劇というのがわからなくて。でも、そのなかには実はいろいろな人のいろいろな要素が入っているので、役者としてはその要素をその場その場で感じるしかないと思うんです。行き着く先も何もわからないけど、感じることをどれだけ面白がれるか。お客さんにもどれだけ面白がってもらえるか。近江谷さんが思いもかけないところで涙が出たように、きっと観ている人も、「私はここ」「私はここ」とそれぞれに刺さる要素があると思いますし。自分もきっと、「今日はここが刺さった」というような発見をしながら楽しめていけたら、いい作品になるのかなと思うんです。
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──『勝負の終わり』を勉強されたこともある中山さんは、今はどんなふうに捉えていらっしゃいますか。
中山 『勝負の終わり』を読んだのは、タイトルに惹かれたことがまずあって。家具も何もない窓が二つあるだけの部屋に、車椅子の男性と謎の若者とバケツのなかに入っている人がいて、外には荒廃している地平が広がっているという設定が、現代の世界にも重なるようにも思えたんです。今はベケット関連本をいろいろ読んでいて、そこから改めて感じるのは、そもそも世の中に条理のあるものはなくてすべて不条理で、そのことが生々しく刻まれているのがベケットの作品なのかなと。それに、意味が通っていない話のように見えても、そこにいる人たちはちゃんと条理があって会話している。翻訳の岡室(美奈子)先生も誰もが楽しめる翻訳を心がけたとおっしゃっていたので、会話の一つひとつを大事にしていけたらなと思っています。
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田中 確かに、岡室先生と小川さんがこの作品を楽しんでいらっしゃるのがすごく伝わってくるんですよね。僕自身、コメディをやっている劇団に所属しているので、戯曲を読んでいても「どこか面白いところはないかな」と探してしまうんですけど、実際、やりようによっていくらでも面白くなるんじゃないかなと思うんです。オーディションのときもだんだんやりとりが楽しくなりましたし、間とかテンポをみんなで楽しみながら作っていけば面白くなるだろうなと。しかも、こうやって稽古前から何度かお会いして話をして、会えば会うほど、「なんだ、この愛あふれるメンバーは!」と(笑)、ワクワクがどんどん増しているので。この私たちの臨み方によっては、自分も苦手だった不条理劇が、「これ面白いんじゃない!?」という方向に行けるのではないかと、期待が生まれています。
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──今回の戯曲にはコントかと思える瞬間もあります。
小川 それは翻訳の岡室先生のお力です。先生は、言葉ではなくベケットの意図を訳されたのではないかと思っていて、先生ご自身も「これは絶望の劇ではない」とおっしゃっているんですね。状況はどんどん悪化しているけれども、そこで生きている登場人物たちはその瞬間瞬間を精一杯生きている。舞台上に流れる1秒1秒は、お互い影響を与え合って、それぞれの関係性のなかで様々な瞬間が生まれている。そんなふうに、クローズアップして虫眼鏡で見ていくと、決して難しい遠い話ではなく、身近で、クスッと笑えるところもあると思うんです。そこを稽古場で探っていきたいと思っています。
──登場人物たちの状況としては、近江谷さん演じるハムは目が見えず車椅子に座っていて、佐藤さん演じるネルと田中さん演じるナッグはバケツのなかにいて、中山さん演じるクロヴは足が不自由と、みんな身体的な制約を抱えています。そのことは演出やお芝居にどう影響しそうでしょうか。
小川 実は身体が抑制されているからこそ出てきている言葉がたくさんあるのではないかと思っています。『エンドゲーム』というタイトルはチェスの用語ですが、それぞれゲームがどん詰まりでどこへも行けない状態にある。だから、フラストレーションもたまる。これが全員自由だったら違うお芝居になっているだろうなと思います。岡室先生によると、ベケットの草稿は、戦中に野戦病院でボランティアをしていた経験から野戦病院を舞台に書かれていたそうです。そう考えると、自由がなく、外に出られても命の保証はなさそうな状況下で、痛みや苦しみを背負って生きるということが、この作品のキーになるのかなと思っています。
田中 小川さんがおっしゃるように、動けないからこそこんな台詞になるという、その塩梅が面白い作品だなと僕も思うんですけど。身体を拘束された役を演じたことがないので、たとえば驚いたら生理的には立ち上がりたいけどそれができないなかでどんな芝居ができるのか。やっぱりリアリティとしてバケツのなかでも生理反応は見せたい気もするので、挑戦のしがいがあるなと思います。
佐藤 ネルとナッグは事故で体が動かなくなったみたいなんですが、それは決して特別なことではなく、親を見ていても、人間は人生の終焉に向かっていくとだんだん動けなくなるものだなとも思うんです。そのなかでも、ネルもナッグもギラギラ生きていて、すごくつながり合いたいと思っているみたいなので。その姿が滑稽に見えたら面白いだろうなと思っています。
中山 ベケットのことを調べていると、口だけに照明を当てて、それで最後まで喋って終わる作品があったり、稽古でも実験的な試みをしていたようです。動けない3人がいて、僕が演じるクロヴだけがちょっと動けるという条件を設けることで、世界の閉塞的な状況を表したかったのかなと。なので、その制限されている実感を大事に演じたいです。
近江谷 身体を動かせないということは、演じるほうは喋ることに集中するしかなくて、これは観る側にも、言葉や音に集中できるという効果があるんじゃないかなと思うんです。僕がさらに追い込まれるだろうなと思うのは、ハムは目が見えなくてサングラスのようなものをかけていることなんですよね。つまり、目力(ルビ:めぢから)でごまかす芝居ができない(笑)。ということになると、頼れるのは本当に台詞だけになるので、僕もすごく台詞に集中すると思います。動けない、見えない、求ちゃん(中山)に放っておかれたら死んじゃうという状況にあるのに偉そうにしている。これが面白さにつながっていけばいいなと思っています。さらには、この嫌な感じの人に垣間見える切なさや優しさも出せればなと。
──この配役だからこそ生まれる魅力について、最後に小川さんにお話いただければと思います。
小川 近江谷さんがおっしゃってくださった、この状況下でも諦めずに支配さえしようとするハムのそこはかとない悲しみとか痛みのなかには、実は滑稽さや、ほんのりとした希望や優しさがある。そこは描けたらなと思っています。ハムに支配されている中山さんのクロヴは、「この野郎!」という反骨心と、でもどこにも行けないという従順さのバランスを持って表現してくださることで、ハムとの関係がすごく面白くなると思います。佐藤さんのネルは唯一過去の記憶を話す役なんですけど、ネルに見えているものを実感と繊細さを持って表現してくださるので、その説得力があるからこそ、記憶が消えるときの辛さが感じられると思います。ナッグは語りが上手なんですけど、田中さんはその魅力を持っていらっしゃってワクワクさせてくださる感じがあるんです。絶望の状況下だからこそ、どう言葉を発してどう人と関わってその瞬間を生きているかということに希望が見えると思います。ベケットは『エンドゲーム』の状況を肯定も否定もしていないけれども、彼の温かみのある人間的なまなざしがこの作品に向けられているように感じていて、それをこのメンバーなら作っていくことができると思っています。
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取材・文=大内弓子
撮影=阿部章仁
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◆公演概要
新国立劇場 2025/2026シーズン 演劇 いま、ここに――[2]
エンドゲーム[フルオーディション Vol.8]
【日程/会場】
2026年 5月20日(水)〜5月31日(日)
新国立劇場 小劇場
【作】 サミュエル・ベケット
【翻訳】 岡室美奈子
【演出・芸術監督】 小川絵梨子
【出演】
近江谷太朗 佐藤直子 田中英樹 中山求一郎
【主催】 新国立劇場
【公式HP】
https://www.nntt.jac.go.jp/play/endgame/
