日韓国交正常化60周年記念公演『焼肉ドラゴン』スペシャル座談会
撮影:阿部章仁

2025年10月7日に新国立劇場 小劇場にて開幕の後、11月のソウル・芸術の殿堂での韓国公演、福岡、富山での全国公演を経て、12月に新国立劇場 中劇場に凱旋する『焼肉ドラゴン』。1970年前後の高度経済成長と大阪万博に沸く関西の地方都市に暮らす在日コリアン一家と、彼らが営む焼肉店「焼肉ドラゴン」に集う人々を描く本作は、2008年の初演、2011年、2016年の再演に続いて、4度目の上演を迎える人気作です。

作・演出の鄭義信さん、初演キャストの清本(李)哲男役:千葉哲也さん、焼肉店のお母さん、高 英順(コ・ヨンスン)役:コ・スヒさん、店の常連客尹 大樹(ユン・テス)役:パク・スヨンさん、同じく呉 日白(オ・イルベク)役:キム・ムンシクさんのスペシャル座談会が実現! 作品への深い理解と、日韓両国での上演経験をもつ初演メンバーならではの視点が交錯する座談会は、2025年版『焼肉ドラゴン』への期待を一層高める内容となりました。
 

撮影:阿部章仁

【再会で感じたのは、親しみ】

──スペシャル座談会のスタートです。キャストの皆さんは2011年の再演以来、14年ぶりにそれぞれ同役を演じます。こうして懐かしい顔が揃った、今のお気持ちからお聞かせください。

鄭義信さん)
懐かしいメンバーというよりも、「ずっと一緒にやってきた仲間と、『焼肉ドラゴン』をまたやろうよ!」という感覚です。初演メンバーを集めたことに、特別な狙いがあったわけではないのですが、今回が4度目の公演で、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思った時に、「もう一度、初演メンバーでやってみよう」と思ったんです。

千葉哲也さん)
今回のお話をいただいた時、最初はアボジ(お父さん)の役だと思っていたんです。そう話したら、鄭さんに「なにを言っているんだ、哲男だよ」と笑われました。哲男は40歳という設定ですが、こうしてみんなと再会し、みんなもそんなに変わっていないし、僕のことも「そんなに変わっていない」と言ってくれました(笑)。ただ、内臓がね。加齢によって弱ってきますからね。マッコリを飲むシーンが怖いというのはあります──いや、飲みますけどね!

コ・スヒさん)
もう会えないと思っていたので、こうして再会できたことは夢のようです。初演キャストが全員揃ったわけではないのは少し残念ですが、新キャストの皆さんとともに、ここから新たな『焼肉ドラゴン』を創り上げていくことが楽しみです。ドキドキしています。

パク・スヨンさん)
今回、劇場に到着して最初に会ったのが千葉さんでした。すごく久しぶりにもかかわらず、なんだか前の日に一緒にお酒を飲んだ仲間と、翌朝、顔を合わせたような感覚でした。再会の嬉しさももちろんありましたが、それよりも親しみがこみ上げてきました。

キム・ムンシクさん)
日本での公演は、参加するたびに新鮮さと親しみの両方を感じます。稽古場でも、慣れ親しんだ雰囲気の中で、日々稽古をしています。
 

撮影:阿部章仁

【新キャストとの交流】

──韓国キャストの皆さんに伺います。初参加のキャストへアドバイスしたり、逆に新キャストから質問されたりということはありますか。

コ・スヒさん)
お父さん役のイ・ヨンソクさんから質問されることもありますが、先入観を与えないように答えることを心がけています。私は、新キャストの皆さんのフレッシュな感覚やエネルギーが加わることによって、作品がより輝くことを期待しているんです。

キム・ムンシクさん)
僕からは、日本では、座って台本を読む時間(テーブル稽古)が韓国より少ないので、早めに台詞を覚えたほうがいいですと、ヨンソクさんに伝えました。

千葉さん)
補足すると、すぐに立つのは(鄭)義信さん独自のスタイルです(笑)。再演でセットもあるので、今回も稽古3日目から立ち稽古が始まりました。新キャストにはプレッシャーだよね(笑)。

パク・スヨンさん)
私は初演時にすごく苦労したので、「新キャストの皆さんも苦労したらいいよ」と、特に何も言っていません(笑)。義信さんがどういう方なのかも、あえて話していません(笑)。
 

【記憶する演劇】

──本作は、焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む家族の物語。その家族に関わる人々を演じる皆さんにとって印象的なシーンとは。

パク・スヨンさん)
個人的には最初のシーンでの飛行機の音が印象に残っています。それによって、この芝居の“重み”が際立つと感じていました。

鄭さん)
戯曲では「とある場所」としていますが、伊丹空港周辺をイメージして書いています。今はもう皆、立ち退いていますが、当時はフェンスを隔ててすぐに滑走路という場所で暮らしていました。びっくりするくらい近くを飛行機が飛び交い、常に轟音が響いている場所です。静花と哲男のエピソード──夜に空港に忍び込んだという話も、実際に聞いた話をモチーフにしています。

キム・ムンシクさん)
僕は最後のシーン。家族はみんな散り散りになりますが、それぞれが希望を抱いて旅立つ。“希望”という言葉が印象に残っています。

鄭さん)
オモニ(お母さん)の台詞「ばらばらになったかて、うちら家族はつながっとる」の通り──お父さんは、それぞれの幸福を願って送り出す。逆境の中でも、力強く生きていく家族の姿に希望を見出してもらえたらいいなと思って。
 

キム・ムンシク
撮影:阿部章仁
キム・ムンシク(撮影:阿部章仁)
パク・スヨン
撮影:阿部章仁
パク・スヨン(撮影:阿部章仁)

──今、上演する意味についてはどう感じていますか。

千葉さん)
家族を描く、笑い溢れる作品だけど、実は社会が在日コリアンの人々をあの土地から追い出した話でもある。なぜ彼らが、あんなにも飲んで、食って、騒ぐのか──我々は日本の罪というものからずっと逃げてきたのではないかという意識を根底にもたなくては、この作品は成立しないと思っています。

鄭さん)
今、K-POPや韓流ドラマなど、日本でも“韓国ブーム”が起こっています。けれども在日コリアンという存在は置き去りにされていると感じています。さらに最近の、外国人を排斥するような風潮、動向を見ると、この国ではそういった人たちを“見えない存在”にしようとしていると感じることがあります。この作品を観ることで、この家族が置かれている状況について少しでも考え、彼らを愛してくれる人が増えれば、状況は変わってくるかもしれない。そのためにも、やっぱり多くの人に観てもらいたいという気持ちはあります。

千葉さん)
この話って、居場所探しなんですよね。哲男が静花と梨花との間で揺れるのは、女たらしで両方が好きというのではなく、やっぱり居場所探しなんだなって。そう見ると、登場人物の誰もが居場所を探している。義信さんは意地悪な人だから(笑)、そういったテーマを笑いというオブラートに包んでいるけれど。僕らは作品の本質に、より迫りたいと思っています。
 

【日韓両国で上演することで見えるもの】

──コ・スヒさんにうかがいます。コ・ヨンスン(お母さん)役をどうとらえていますか。初演からの変化についても、お聞かせください。

コ・スヒさん)
30代で出会ったコ・ヨンスンという役。当時は、与えられた台詞や動きを消化することで精いっぱいでした。続く11年の再演で、『焼肉ドラゴン』という物語の本質を少し理解できたように思います。私自身、この作品を通じて在日コリアンの方々への関心を持ち、自分でも韓国で在日の方を描く芝居を創作しました。

そして再演から14年が経った今、「どう見せるか」ではなく、「何があったのか」。ヨンスンやその家族がどんな生活、どんな経験をしてきたのか──それをそのまま舞台に乗せることに集中したいと思っています。

──物語の舞台となる1970年代、初演された2008年、そして現在。韓国での家族観はどのように変化し、それによって今の韓国社会へ本作がどのように響くと思われますか。

パク・スヨンさん)
韓国社会は過渡期にあると思います。家族内であっても、以前より政治や宗教など、価値観の分断が顕著になっています。そして社会が正常化へ向けて動き出す中で、家族の形も新しい姿を模索している。それはそのまま、本作で描かれる在日コリアンの家族たちが、様々なものに耐え、何かを探している姿に重なるのではないでしょうか。

鄭さん)
韓国社会は、家族を軸にして、親族、そして知人というように、同心円状に人間関係が広がっていきます。ただ、そんな強い家族の輪も徐々に崩れてきている。

韓国キャスト)
そうですね。

鄭さん)
日本では『焼肉ドラゴン』に、年配の方々がノスタルジーを感じる方が多かったのに対して、韓国では「急激な経済成長の中で崩れていく家族の姿」として、若い観客が共感した気がしました。
 

コ・スヒ(撮影:阿部章仁)
コ・スヒ(撮影:阿部章仁)
千葉哲也(撮影:阿部章仁)
千葉哲也(撮影:阿部章仁)

──ほかにも日本と韓国で、客席のリアクションの違いなどは感じましたか。

鄭さん
笑ったり泣いたり、韓国の観客の方が、反応が大きいというのはあります。割と関西の反応に近いですね。

千葉さん)
日韓の違いの前に、受け止め方、客席の雰囲気は東京と関西でも違いました。東京では、義信さんが言ったみたいに“ノスタルジックな家族の話”という受け止め方をされる方が多く、兵庫県の西宮では上演中は張り詰めた空気で、カーテンコールでは熱狂的なスタンディングオベーションだった。そこには物語との距離感の違いもあるのかもしれません。あと、韓国公演で、哲男が「北へ行く」と言い出した時に笑いが起きたこともよく覚えています。

コ・スヒさん)
なぜかと言うと──韓国では、北朝鮮による在日朝鮮人の帰還事業のことはあまり知られていないので、「北へ行く」というのが荒唐無稽に聞こえてしまうんです。

また、日韓の反応の違いですが、韓国の観客は俳優と一緒に舞台、物語の中にいる登場人物の一人のような感覚で観ていて、日本の観客は目の前にある物語を追っていくように感じます。

パク・スヨンさん)
日本の観客は、舞台上の俳優への配慮から、少し控えめな反応なのではないでしょうか。そこには国民性の違いもあると思います。

キム・ムンシクさん)
私も同じように感じます。韓国の観客は一緒にたくさん笑って楽しむ、日本ではじっくり鑑賞する、という印象を持っています。ですが、韓国の観客と日本の観客が感じるものは同じだと思います。
 

鄭 義信(撮影:阿部章仁)
鄭 義信(撮影:阿部章仁)

──改めて、2025年の公演がどう受け止められるのか、どんな反応となるのか興味が沸いてきます。最後に、『焼肉ドラゴン』4度目の上演に向けて、メッセージを。

コ・スヒさん)
ついに帰ってきました!

パク・スヨンさん)
初演では30代、再演では40代、今回は50代。50歳にもなった人が、こんなにも苦労して人を楽しませようとしている──同情して(笑)、そして楽しんでください。

キム・ムンシクさん)
とても賑やかで、とても楽しい演劇を、ぜひ観に来てください。

千葉さん)
期待値が上がっている再演ならではの難しさもありますが、今回、この新旧の混成チームで、これまでの『焼肉ドラゴン』を超えたいと思っています。

鄭さん)
初演キャストと新キャスト、それぞれのエネルギーをぶつけ合って新しいものを創ろうという意気込みで、日々稽古に励んでいます。そこで生まれる化学反応によって面白いものができるはずと、僕自身もわくわくしています。

取材・文=功刀千曉

公演情報

日韓国交正常化60周年記念公演『焼肉ドラゴン』

【作・演出】鄭 義信
【出演】千葉哲也、村川絵梨、智順、櫻井章喜、朴 勝哲、崔 在哲、石原由宇、北野秀気、松永玲子/イ・ヨンソク、コ・スヒ、パク・スヨン、キム・ムンシク、チョン・スヨン

2025年10月7日(火)~27日(月)新国立劇場 小劇場
2025年12月19日(金)~21日(日)新国立劇場 中劇場 <凱旋公演>

※11月韓国、12月北九州、富山でも上演あり
  

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