すみだトリフォニーホールの開館25周年特別企画
能・義太夫・歌舞伎 謡かたり「隅田川」
すみだトリフォニーホール開館25周年特別企画として、「隅田川」を取り上げ、今なお、伝統文化の豊かに薫る「梅若伝説」ゆかりの地で、能・義太夫・歌舞伎の各界の第一人者がジャンルの垣根を越えて共演する、珍しいコラボレーションにより上演。
菊五郎家と墨田区との縁の深い歌舞伎界を代表する花形俳優、尾上菊之助(立方)が、「梅若丸の母」を演じます。能楽の囃子方大倉流小鼓方宗家の大倉源次郎(人間国宝)とともに、文楽の至宝、豊竹咲太夫(人間国宝)が、深い作品解釈と卓越した精緻な語りで、愛するわが子を探し求めて狂女となる母親の悲劇を描き出します。
尾上菊之助・大倉源次郎らが登壇!
取材会でのコメント・写真を掲載
8月13日(土)の上演に先駆け、去る5月17日(火)に公演会場でもある<すみだトリフォニーホール 大ホール>にて取材会が行われました。
当日は尾上菊之助[歌舞伎立方]と大倉源次郎[小鼓/人間国宝]に加え、鶴澤燕三[三味線]、杉信太朗[笛]、天台宗 木母寺の阿部亮照住職が出席しました。
■尾上菊之助 コメント
5代目菊五郎が向島の寺島村とご縁があるという、墨田区とのつながりがあり、すみだトリフォニホールにこれまで2度出演させていただきました。今回は、野村幻雪(当時・四郎)先生の監修で、NHK「にっぽんの芸能」に出演させていただいた企画で、すみだトリフォニーホール25周年という記念すべき年に関わることができますことを本当に嬉しく思っております。
この度、私の尊敬する咲太夫師匠、大倉源次郎先生、燕三さん、杉信太朗さんはじめ皆様とご一緒させていただくことを本当に楽しみにしております。能・文楽・歌舞伎の垣根を越えて一つの作品に向き合っていく中で、大先輩方の中で、勉強させていただきます。
このお話は、平安時代に起きたことですが、母親の情愛は現代においても普遍的なものだと思います。京都から隅田川までたどり着いた道のりを子供に会いたいという想いひとつで旅してきた母親の心情を想うと、舞台に立たせていただくという冷静な気持ちではいるのですが、私も実際に子供を持つ親の立場からすると、今から非常に心が痛みますが、今回また皆様と舞台を作る上で、新しい発見を得たり、母親の情愛を一層深めていきたいと思っております。
観客の皆様にどういうところを見ていただきたいか―
母親は、探していたが子供が亡くなっていたことを知る、そして子供の供養に心が向かっていきます。これは、母親の立場でなくてもリンクするところがあると思います。例えば、自分が何か目的を探していてそれが、例え納得いかない結果であったとしても、そこからもう一度、目的を見つけていくという点で、「『隅田川』は、人の人生においてどう映りますか」ということを、今回、私は問いたいと思っています。自分が演じることによって、どうとらえていただけるか、それが私にとっての挑戦だと思っています。
また、コラボレーションによる新しい発見や化学反応について―
大倉源次郎さんの小鼓に身を置かせていただくと、自分で今まで稽古してきたことよりもっと深い心情が生まれたり、咲太夫師匠の語りに引っ張っていただき、いつも以上の力が出せてしまうということが前回の公演でもございました。
今まで自分で経験したことのない力に導いていただけるという、大先輩方の中に身を置かせていただく幸せと緊張感とともに、同じ板の上に立たせていただくということで、これまで以上に精進して、自分がどのように演じられるのか一期一会の化学反応を楽しみにしたいと思います。
■大倉源次郎 コメント
「謡かたり隅田川」は、野村幻雪(当時・四郎)さん、豊竹咲太夫さんがぜひ垣根を超えた作品を作りたいとのことで、セルリアンタワー能楽堂で初演され、それ以降、菊之助さんが演じる形式で上演されています。
日本の芸能は、能楽、文楽、歌舞伎などと縦軸ではひとつになっていますが、これをコラボレーションするというのは、本当に実は難しいことです。この垣根を取り払うにあたって、咲太夫さんのリーダーシップと野村幻雪(当時・四郎)さんのご指導があって、当時、作調のお手伝いをさせていただき、今だに試行錯誤が続いています。当時、燕三さんにも非常に苦労していただいて、能楽の作り出す「間」の世界と、義太夫の作り出す世界観、これがうまくいけば、化学変化を起こして独特の世界観を生み出す、その上で、舞踊の菊之助さんの世界が立ち上がってくるという、私共にしてみれば、このスリルが、妥協ではなく生まれるところに今回のコラボレーションの意味があると思っております。
日本の伝統の柱は、言霊にあると思っております。「名にし負わばいざ言問わむ都鳥わが思う人はありやなしやと」という在原業平の歌が、母親と子供の間にかわす心のひだとしてこの作品の持つ非常に奥深い、また万人に享有する親子の情愛につながっていると思います。
能楽の場合は、子供が亡くなっていることを母親が知り、供養をする場に幽霊が現れるがやがて世があける場面で終わりますが、その後の場面が編入されているということが今回の作品の見どころであると思います。
初演から関わってきて、これまで心に残っている出来事について―
大きく変化があったのは、初演は、野村幻雪(当時・四郎)さんでしたが、新しく菊之助さんが参加されて違う面が生まれたところだと思います。
菊之助さんは、歌舞伎という時間軸の中で、様々な経験をされてこの作品に取り組んでいらっしゃる。咲太夫さんは、新しい語りを取り入れ、確立し深化させようとされている。
私たち能楽もそれに負けてなるものかと能の時間軸の中でできる限りの演奏を通して、この作品世界を創出していければと思います。それが現代の方たちにどう伝わるか、日本の伝統芸能が、現代の皆様の心の中に息づくような舞台が、すみだトリフォニーホールという新しい空間で臨むことで生まれると嬉しいと思っております。
■鶴澤燕三 コメント
本来、咲太夫兄さんがここにお座りになり解説なさるところでしたが、残念ながら出席が叶わず、私が代わりに参った次第です。
初演から関わらせていただいておりますが、咲太夫兄さんと野村幻雪(当時・四郎)先生が意気投合されたのがきっかけと伺っております。
奥浄瑠璃の「白川合戦」を取り入れて咲太夫兄さんが構成し、咲太夫兄さんの「こう語りたい」というはっきりとしたビジョンに助けられながら、一緒に作曲に携わらせていただきました。
前半は、京都から隅田川にたどりつく場面まで、まるで文楽で言うと道行のような感じでとても楽しませていただきました。この曲は全体として非常に緊張を強いられる出来上がりとなっていて、全く気の抜けないものになっています。最後に母と梅若丸の亡霊が出会うところで大盛り上がりとなり、その後にくる緊張の糸がものすごく、倒れそうになります(笑)。その緊張の糸を保ったまま、最後まで続いて幕となります。この全体を通した緊張感の盛り上がり、緊張感の極みで終わるというこの作品の最大の魅力を皆様に感じ取っていただければ、私たちの試みは成功したのではないかという気がしております。
■杉信太朗 コメント
能管は、能では唯一メロディを奏でますので、母親の心情をより引き出せるように演奏したいと思います。もともと私は歌舞伎が好きで菊之助さんの大ファンでございまして、今回再演が叶いまして大変嬉しく思っております。
コラボレーションの魅力の一つとして、普段、能楽では、地謡、狂言、ワキ方などが語り部として物語を説明するのですが、今回、咲太夫先生の義太夫で表現していたただけるところがとても贅沢で格調高い作品になっていると思います。聴きどころは、終盤、菊之助さんが演じる母親が「南無阿弥陀仏」と唱えるところで笛を吹く場面があります。監修の野村幻雪(当時・四郎)先生から、「ここは、子供の声を表すようにやさしく吹きなさい」とご指導賜りました。それを胸に、情景が浮かぶように吹かせていただきたいと思います。
すみだトリフォニーホール25周年に華が添えられるよう微力ではございますが、精一杯勤めさせていただきます。
■天台宗 木母寺(墨田区) 阿部亮照住職 コメント
木母寺は、平安時代に隅田川のほとりで亡くなった、梅若丸という12歳の少年の供養のために建てられました。
木母寺には、「梅若伝説」という、梅若丸とその母親の悲劇の物語が1000年近く前から伝わっています。この物語を基に、能や文楽、歌舞伎などで上演される「隅田川物」というジャンルが形成されました。
木母寺には、この物語が描かれた「梅若権現御縁起」(墨田区登録有形文化財)という絵巻物が残っています。今から約350年前のもので、長さは約41mあります。また、私と能楽師の方が地元の小中学校に出向き、「梅若伝説」の紹介や能楽師の方が能「隅田川」を演じて、この土地に伝わる物語を知っていただく活動をしています。このような中、今回の企画制作の関係者の皆様、ご出演いただく皆様に心より感謝申し上げます。この機会に「隅田川」の物語を多くの方に知っていただきたく思います。8月13日の公演の御成功を心よりお祈り申し上げます。
公演概要
すみだトリフォニーホール開館25周年特別企画
能 義太夫 歌舞伎 謡かたり「隅田川」
(野村幻雪監修 大倉源次郎作調 豊竹咲太夫・鶴澤燕三作曲 藤間勘十郎振付)
公演日時:2022年8月13日(土)15:00開演
主催:公益財団法人墨田区文化振興財団(すみだトリフォニーホール指定管理者)
会場:すみだトリフォニーホール・大ホール(東京都墨田区錦糸 1-2-3)
【内容】
公演時間 約2時間
第1部/公演解説「すみだと梅若伝説」
第2部/能 義太夫 歌舞伎 謡かたり「隅田川」(60分)
第3部/アフタートーク 出演:大倉源次郎、豊竹咲太夫、尾上菊之助
【出演】
杉信太朗[笛]、大倉源次郎[小鼓/人間国宝]、柿原弘和[大鼓]
豊竹咲太夫[浄瑠璃/人間国宝]、鶴澤燕三・鶴澤燕二郎[三味線]
梅若丸の母/尾上菊之助[歌舞伎立方]
公演詳細HP:https://www.triphony.com/concert/detail/2022-02-005499.html