【稽古場レポート】徹底した絵作りから始まる新感覚のアクション「ヘンリー6世」 時代を超えて人間の幸せを問いかける

【稽古場レポート】徹底した絵作りから始まる新感覚のアクション「ヘンリー6世」 時代を超えて人間の幸せを問いかける

 来春、1月21日から開幕する「ヘンリー6世」。11月下旬にその稽古場を訪れると、すでに衣装も着けた立ち稽古が始まっていた。

 稽古場には古民家の蔵で使われていた豪壮な扉に武者絵の幟旗が掛かり、その鮮やかさに目をみはる。他にも室内には箪笥や花瓶などの日本の古民具や、アフリカ調の木製家具、楽器などが置かれ独特な雰囲気を醸し出していた。

 素肌に黒革のロングコートを纏った男女の役者4人がその前に立ち、日本刀を構えゆっくりと踏み締めるように殺陣を組んで一直線に並ぶ。体の隅々まで気を張りめぐらし、息遣いまで伝わってくるような気迫だ。思わず惹き込まれてしまった。
 演出家の藤原琳子は、役者に肩甲骨の動かし方や呼吸法など身体性にも言及した演出をつけていく。

 シンギングボールと音叉の清浄な音が鳴り響く中を、激情を帯びた叫びが切り裂く。「おおヘンリーはどうやって逃げた!」
「部下を置き去りにしてこそこそ逃げた」
「父上、ご覧ください奴らの血です!」

 冒頭で演じられるのは「ヘンリー6世」の2部のダイジェストだ。演出家の斉藤豪は役者一人一人のポジションを時には役者自身にも問いかけ、その場面を綿密に作っていく。徹底した絵作りにこだわっているようだ。刀の血を振り払って、布に包まれた首を誇示するシーンでは実際に石の仏頭を布に包み、重さも体感しながら演じられた。

 稽古場を訪れてから1時間が過ぎたところで休憩をとっていただき、演出家の斉藤豪藤原琳子に話を聞いた。

____今回の稽古場取材は、開幕まで2ヶ月前のタイミングでしたので、まだ本読みの段階かと思っていました。衣装まで着けた稽古が始まっていたので驚きました。

斉藤「本読みをすることはします。でもテーブルを並べての本読みなどは全くしないですね。僕の演出方法は、僕がイメージする絵があって、それを役者に伝えて役者たちに考えてやってもらう方法です。実際に今日のオープニングの4人の動きも、役者たちが考えてやっています。次のシーンも『こういうイメージがあるよ』と言うだけで、あとは役者たちの感性で作ってもらっています。

自分の中に答えを探す

 日本の教育はどうしても正解があることを良しとします。僕たちはそういった教育を受けてきました。でも今やっとAIなどが出てきて、データや知識はAIに敵わない時代になりました。そんな時代で何が重要になってくるかというと、アート思考なんですよ。正解のない問いを自分に問いかけることによって自分にとっての最適解を探すという考えが、今、一般社会やビジネスの世界でも出てきています。

 役者たちに伝えたいことってそういうことなんですよね。僕の中から正解を探して何かを作るのではなくて、自分の中にある正解を探して僕に提示してみてと言っています。そうすることで役者になってもならなくてもいいから、自分の人生に対してはしっかりした答えを出して欲しい。それが一番大事だと思っています。

芝居は遊び・遊びは芝居

 もちろん最終的には演出家として責任は取らないといけないので、絵は作らなくてはいけないんですけど、それまでのプロセスは役者たちの中から引っ張り出したい。英語で「プレイはプレイ」「play is play(芝居は遊び・遊びは芝居)」という言葉があるんですけど、まさにそれで、役者が演じることを楽しんでいないとお客さんも楽しめないと思っています」

20世紀最高の演出家、ピーター・ブルックの気付き

_____こうした考え方は欧米の考え方なのでしょうか。

斉藤「僕は20年間、藤原も10年以上アメリカ人と会社を経営してきました。映像や舞台を作ったり、俳優を育成してきてマネージメントをしてきました。今と同じようなことをアメリカやヨーロッパの役者と一緒にやった時に、自分の中から答えを探していく作業を欧米の役者たちはやっていたので、それは僕に合っているなと感じました。

 20世紀で最高の演出家と言われているピーター・ブルックが言っていたのですが、最初は自分が役者を人形のごとく使って大失敗したそうです。そうではなく役者たちの中からアイデアを出していくという方法をやって、そこから作品を作っていくことを大切にするようになったそうです。

_____今日の稽古のシーンは「ヘンリー6世」の中でどの場面なのですか。

藤原「今回の舞台は3部ある『ヘンリー6世』の中で、3部の物語を中心に構成しています。ど頭で2部の話を引っ張ってきて、3部の冒頭で今、どういう状況なのかということかをわかりやすくした上でのオープニングシーンです」

斉藤「ちょうどヘンリー6世と敵対していた元々は部下だったヨーク公爵が、反旗を翻して力づくで王座を奪ったシーンです。そこでヘンリー6世は、こそこそと逃げて行ってしまい、それでヨークが議会を占拠して王座を奪ったところです。この後のシーンでは、逆にヘンリー王のグループが復讐に来て敵対するところを、具象ではなくシンボリックに抽象で表すようにしています」

舞台装置は全て本物のアンティークを使用

_____衣装も実際に舞台で着る予定のものを着ているのでしょうか。

斉藤「そうです。一番最初に入るのは衣装と装置です。実際ここに置いてある古民家の扉や蔵戸は全部、舞台装置に使っているものなんです。うちの舞台装置は、全て本物のアンティークを使っています。この箪笥も100年以上前のもので、このベッドもアフリカのものです。

 衣装で着ていた革のロングコートは、1940年代の第二次世界大戦時のナチスドイツの親衛隊でバイク部隊が着ていたコートのレプリカです。ほぼ60年代、70年代に作られたレプリカですが、一部40年代のものもあります。下はジョッパーズのようなパンツなんですが、これの膝をクラッシュして、片方はダイヤモンドパイソンの蛇皮にして、片方はクロコダイルの革をつけて膝当てにしようと思っています」

____舞台装置から衣装まで総合的な演出をされているんですね。洋の東西を問わず色々なものがありますよね。

斉藤「吉祥寺のジブリ美術館に行ったときに宮崎駿さんのアトリエを再現したスペースに感銘を受けました。そこには西洋の物も東洋の物も、古い物も新しい物もごっちゃにあって、ここから色々なものをミックスさせて新しいもの作っているのが本当に素敵だと思いました。僕たちも世界中の色々なものを組み合わせることによって、新しいものを作り出そうとしています。だから本物を使わないと、味というか世界ができあがらないと思っています」

____幟旗も本当に使われていたものなんですか。

斉藤「そうです。かつて日本の村でお祭りで使われてきたものだと思います。お祭りや村自体が無くなったりして、古くなった旗をオークションなどに出している方がいます。それを探して見つけ出し、もう何年もかけて集めています。見てもらえると新しいものは絵の描き方が雑なんですが、この辺の古いものは江戸期のもので、絵もより丁寧に繊細に描かれています。多分、専門の職人さんが描いたものだと思います」

身体の深部で感情を表す

____演出では他に、身体の使い方についてもこだわっていたのが印象的でした。

藤原「めちゃくちゃこだわっています。稽古場にはピラティスのマシンやマットを入れて、私自身が資格も持っています。ピラティスは、いかにアウターを緩めてインナーで身体を支えるかというもので、これこそが役者の身体の持ち方だと思いました。どうしても若い役者さんたちは感情を表現したがるんです『怒ってる!』とか『悲しい!』とか。でも、そうではなく中から出るものを使おうと思った時に表面を固めると、絶対に中のものは出てこない。ただ、支えがないとそれも出てこないんですよ。

 あとは感情は内臓の動きと密接に関わっていると思っていて、そこにアクセスしようと思うと呼吸は大事ですよね。下手な想像力を使うよりも呼吸を早くすれば焦る自分が出てくるし、深く呼吸をすると落ち着いた自分が出てくるんです」

____そこまで考えられているのですね。

藤原「究極的なことを言えば、お客様から料金を頂戴して、1時間2時間のお時間も頂いて、高いところから下手な芝居を見せたら拷問でしかないじゃないですか。そう考えるとどんなに争っていたとしても、そこに生きる人としての根源的な愛というものが共有できる舞台というものが一番素晴らしいと思っています。どこまで辿り着けるかわからないですけど」

今、シェイクピア「ヘンリー6世」を演る意味

____今回の題材を「ヘンリー6世」にしたのはなぜでしょうか。

斉藤「以前は僕も台本を書いていましたが、今はシェイクスピアの脚本を日本の社会情勢と重ね合わせて演るようにしています。今回は「ヘンリー6世」に決めました。テーマは本当の幸せとはなんであるかということです。今、日本がどんどん変わっていく状況の中、未来に向けて夢を持てない時代になっています。僕が育った高度経済成長期は、未来に対して夢が持てた時代だったんですよ。

 資本主義は人間が作った唯一の社会システムですが、最悪の社会システムだと言われていて、今、資本主義が金融資本主義と言われるようなお金をどんどん増やしていくような資本主義になっている。人によっては、それを帝国資本主義と呼んで、結局アメリカ一国が勝ち組になるような社会システムが世界中に蔓延してしまっている。

 こういう時代の中で、これからの人間の幸せとはどこにあるのかをテーマとして据えて生きていく。ヘンリー6世は、絶大な富と権力を持ちながら羊飼いになりたいと漏らします。反面、藤原演じるマーガレットはヘンリー6世の奥さんですが、もう最後の最後まで権力にしがみ付こうとして、自分の息子に次の王座を渡そうと奔走するんです。ヘンリー6世という夫も死に、息子も死に、自分だけが残されて次のリチャード3世のところでは、全てを失ったルーザーとして、それでも必死に妄執にしがみつこうとしている。

 夫婦でありながら片や夫のヘンリー6世は、自由な生き方を望み、片や妻のマーガレットは権力にしがみついて生きていく。この2人を対比させることによって、僕たちは単にお色気とアクションのシェイクスピアとしてだけではなく、人間の深さというものを表現していこうとチャレンジしています」

斉藤豪と藤原琳子

(取材・文・写真/新井鏡子)

公演情報

底なし沼の欲望 歯噛みする愛 名はヘンリー 一人の男、ただの王
『ヘンリー6世』

<主催>
合同会社MPS

<会場>
ブルースクエア四谷(東京都新宿区若葉1丁目1-1 若葉大原ビル地下1階)

<期間>
2025年1月21日 (火) 〜 2025年1月26日 (日)

<出演>
浅野司 池田智哉 内田考俊 栗原充弥 杉本新太郎 中谷貴章 福原大策 吉川A作 朝日奈由莉 磯部優花 咲綾 成瀬真凜 松村奈々未 K!naCo 浅海ゆづき 藤原琳子
齋藤傑(ゲスト出演) 伊集院丈(ゲスト出演)

<スタッフ>
演出:斉藤豪・藤原琳子
武術指導・監修:習志野青龍屈
舞台監督:横山朋也
照明:関定己
プロデューサー:藤原琳子

<公演スケジュール>
1月21日(火)19:00~公開ゲネ Aキャスト
1月22日(水)15:00~公開ゲネ Bキャスト/19:00~本番 Aキャスト
1月23日(木)13:00~本番 Aキャスト/19:00~本番 Bキャスト
1月24日(金)13:00~本番 Bキャスト/17:00~本番 Aキャスト+アフタートーク
1月25日(土)13:00~本番 Aキャスト/17:00~本番 Bキャスト+アフタートーク
1月26日(日)13:00~本番 Bキャスト

※開場は、開演の30分前です。
※上演時間 約90分

<チケット料金>
一般:5,500円 (公開ゲネ:2,500円)
U25割:3,000円
(全席自由・税込)

★カンフェティ限定
1,000円割引! 一般 5,500円 → カンフェティ席4,500円!

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