【稽古場レポート】芥川龍之介の世界に再び出会う。八王子車人形西川古柳座 日米共同制作「AKUTAGAWA」

【稽古場レポート】芥川龍之介の世界に再び出会う。八王子車人形西川古柳座 日米共同制作「AKUTAGAWA」
左から西川古柳、ジョシュ・ライス、トム・リー

8月3日から座・高円寺で八王子車人形西川古柳座の「AKUTAGAWA」が上演される。八王子にある稽古場を訪ねた。

「羅生門」に「地獄変」「杜子春」と、芥川龍之介の作品は教科書にもたびたび登場し、誰もが一度は目にするはず。本作はアメリカ人アーティストのトム・リーが伝統芸能、八王子車人形に出会い、独自の表現で芥川龍之介の世界を描いたものだ。知っているはずのあの名作が、新たに命を与えられる。人間、芥川龍之介にも迫る。

この日は「河童忌」と言われる芥川の命日、7月24日の翌日。高尾駅から、バスに乗り、坂を上ると緑に包まれ山の気配が漂ってくる。ここは霊山、高尾山系に連なる山の近くだ。しばらく歩くと民家に「西川古柳座」の幟(のぼり)が見えてきた。

手前は映像担当のクリス・カルシオーニ

靴を脱いで上がると、中には照明器具も備えた舞台があった。八王子車人形西川古柳座の本拠地として、ここで定期公演も行われているそうだ。通し稽古が行われる直前にトム・リーが作中に登場する閻魔様のパペットを見せてくれた。

インドネシア、バリ島の神々を思わせるオリエンタルな風貌。芥川作品にどう融合するのだろう。

辻幸生

舞台上の上手には文机と火鉢が置かれ、トム・リー操る芥川龍之介の人形がそこに座った。下手にはドラムセットに太鼓、キーボードの他、見慣れない楽器が設置されている。冒頭では尺八の音色が聞こえてきた。演奏は辻幸生。ニューヨーク在住の尺八奏者で打楽器奏者。ニューヨークを代表する小劇場、ラ・ママ実験劇場の座付作曲家を長年つとめた。ラ・ママは寺山修司など日本の前衛的な作品をいち早く上演した劇場としても有名だ。

最初に演じられるのは「羅生門」。トム・リーの英語ナレーションで芥川龍之介本人が机に向かいながら自作を語る形式だ。この日は通訳者がトムに続いて日本語でもセリフを語っていた。当日は日本語の字幕がスクリーンに映し出されるそうだ。

侍の人形を操るのは西川古柳。八王子車人形西川古柳座の5代目家元だ。老婆の人形はリーと一緒に来日したジョシュ・ライスが操演している。

車人形というものを初めて見たが、子どもほどの大きさがあり、箱車に乗った人間が一人で一体を操っている。立って人形を操る文楽スタイルに対して、人形の足が地についているのも印象的だ。英語で語られる羅生門は格調高く、まるでシェイクスピアのようだ。途中で出てくる「パンデミック(疫病)」という単語にハッとさせられる。

左からジョシュ・ライスと西川柳玉

次の「地獄変」は圧巻だった。自分の娘が炎に焼かれる様子を描く絵師のシーンでは娘の悲痛な叫びが胸に迫る。影絵と襖に映る炎の映像が恐ろしくも美しく、何よりトム・リーの声が素晴らしい。仄暗い文机に座る芥川から発せられる情感の籠った声に、惹きつけられる。

影絵アニメーションはリンダ・ヴィンガーターが制作

語りを聞いているだけでも、その世界に没入できる。聞くとトム・リーは元々、役者を志していたが、自分一人で演出から役者、美術もできる人形劇に魅力を感じ、パペット・アーティストに転向。2005年に米国芸術基金の支援を受けて来日し、車人形の西川古柳に出会う。車人形は三人遣いの文楽スタイルに対して一人で操演できることと、西川古柳座が対外的に広く門戸を開けていたことにある。
実際に稽古場には、誰でもふらりと入れるような風通しの良い空気が流れていた。

人形たちは時に芥川の元に行き、語りかけ、ときおり切り絵の河童も訪れる。芥川の背後のスクリーンには歯車が写し出されている。舞台中央には車人形の他、パペットや影絵とそれに重なる映像が投射され、重奏的な世界が構築されている。さらに三味線や琴を思わせる音楽やガムランのような東洋的な音色が響く。

次はあまり知られていない、猿沢の池から竜が昇るというデマを広めたために起こる騒動を描いた「竜」。躍動感にあふれる喜劇だが、意外な結末に驚かされる。

そして物語の登場人物が楽器を演奏する辻に「ミスターカリフォルニアロックスター!高円寺駅で会いましょう」と話しかける。

次は「杜子春」。裕福な若者杜子春が散財を繰り返し、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに去っていく人間に愛想を尽かし、仙人に弟子入りを志願する。

仙人は、杜子春を峨眉山に連れていき、どんな酷い目にあっても絶対に声を発するなと言い残す。ここであのインドネシア風の閻魔大王が登場する。仙人の呪文や閻魔様の言葉にモンゴルの多重唱法、ホーミーやチベット仏教のマントラを思わせる音声がトム・リーから発せられる。

その後は畜生道に落ちた杜子春の両親が登場する。この両親の造詣が猫のような馬のような形で、まるでシュールレアリズムの絵画のようだ。

そして最後にはリアルな造形の河童が現れる。「河童」は芥川最晩年の作品であり、この頃には。精神のバランスを崩していたと思われる描写がある難解な作品でもある。

原稿の前で苦悩する芥川に河童が語りかける。
まるで気の合う友達のように河童と話す芥川。その口調は上機嫌を装っているが創作に苦悩する若いアーティストのようだ。芥川龍之介が没した歳は35歳。現代なら、まだ青年とも言える歳なのに、これほどのイマジネーション溢れる作品を生み出していたことに今更ながら驚かされる。

そして、これらの芥川作品が現代的なテーマを孕んでいることに気づく。

「羅生門」で極限状態下での善悪を、「地獄変」で芸術至上主義の是非を、「竜」でデマを拡散させることの恐ろしさを、「杜子春」で、真っ当な暮らしをすることの大切さを訴えかけてくる。
トム・リーの英語は、はっきりとして分かりやすいので、中学生以上なら字幕を見なくても物語世界に入り込めるはずだ。(10歳未満入場不可)

この夏、初めて芥川作品に触れる中高生も、昔、夏休みの宿題として読んだことがある大人も、ぜひ観劇して芥川龍之介に再び出会ってほしい。人形劇は子どもが観るものという思い込みを覆されるだろう。(取材・文・撮影/新井鏡子)

公演概要

八王子車人形西川古柳座「AKUTAGAWA」
期間:8月3日(土)~8月6日(火)
劇場:座・高円寺1

タイムテーブル
8/3(土)14:00/19:00
8/4(日)14:00
8/5(月)19:00
8/6(火)14:00

出演
西川古柳、トム・リー、辻幸生(演奏)、ジョシュ・ライス、西川柳生、八王子車人形西川古柳座

料金
一般:4000円
22歳以下:1000円
(全席指定・税込)

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