【公演レポート】 “おとぎ話へのアンチテーゼ”がパワフルに描かれる!『シュレック・ザ・ミュージカル』

ドリームワークス・アニメーションによる映画『シュレック』を元に2008年にブロードウェイでミュージカル化された『シュレック・ザ・ミュージカル』
昨年のトライアウト公演を経て、ついに日本でもその本公演がその幕を開けた。

日本青年館には子供から大人まで多くの観客が押し寄せ、拍手や手拍子は勿論、時に「ブラボー!」という大きな歓声も飛び交い、ここ数年観ることが叶わなかった客席とステージの一体感に光景に胸が熱くなるのを感じた。

トライアウト公演での紆余曲折を経て、大満足のクオリティで届けられた『シュレック・ザ・ミュージカル』。恥ずかしながら筆者はこの『シュレック』という作品の存在は当然知っていたものの、どういった物語なのかは知らなかった。そこで今回はあえて、物語のあらすじと登場人物の名前などの基本情報だけを予め頭に入れるだけに止めて観に行ったのだが、予想外のことが沢山あり、同作品が多くのファンを魅力してきた理由がよくわかった。

まず1つだけネタバレをしてしまうと、主人公のシュレックについて、何だかんだ最後の最後には美形の、いわゆる“王子様”に変身するのかと思ったがそんな展開は微塵もなかった。筆者がそう期待してしまったのは、このシュレックを演じるのがアニメ・ゲームの舞台化作品、いわゆる2.5次元舞台の役者としても知られるspiだからだ。

オーディションで勝ち取った役だというが、彼が選ばれた時点で最後は王子様になると思っていた……が、全くそんなことはなかった。オナラもするし、ゲップもする。臭くてキモくてお尋ね者。 “オーガ”と呼ばれて忌み嫌われるシュレックにspiは最後まで徹しており、しかし特殊メイクで団子鼻になってもなお、大らかなオーラと力強い歌声でその魅力は全く損なわれてはいない。ここがまず“いい意外性”であった。ちなみに会場のボードではspiが特殊メイクでシュレックに変身するまでの過程が写真付きで紹介されており、食い入るようにそれに見入っている子供が何人かいたのも印象的だった。

そんな嫌われ者の“オーガ”、シュレックはわずか7歳にして同じく“オーガ”の両親の元を巣立つのだが、自分たちも酷い目に遭ってきたのであろう両親から「この先の未来には期待をするな」「“オーガ”は嫌われる運命なのだ」と刷り込まれてしまったせいで、自己肯定感が異常に低い。だからといって卑屈ということでもなく、それが彼にとっての当たり前になってしまっているのだ。

そんな他人と関わらず沼地でひっそりと暮らしていた彼の元に、ピノキオをはじめとしたおとぎ話の住人たちが押し寄せてくる。彼らは横暴な主君・ファークワード卿の命令で住んでいた国・デュロックを追放されてしまったのだというのだ。シュレックは静かな沼地での生活を取り戻すため、嫌々ながらファークワード卿のもとに追放令を撤回してもらいに出向くことに。

このおとぎ話の住人たちは『3匹のこぶた』、『みにくいアヒルの子』、『ピーターパン』といった“いいヤツ”から、『赤ずきん』のオオカミ、邪悪な魔女といった“悪いヤツ”まで非常にバラエティ豊かである。

また必ずしもイメージ通りに描かれているわけではなく、例えば新里宏太演じるピノキオは一般的に抱かれるイノセントな印象よりも、悪戯好きな一面がフィーチャーされ、ややシニカルに描かれていた。本当に木で出来ているのかと思うくらい細い手足で立ちながら、信じられないくらい綺麗な歌声が出るから印象的だ。また嘘をつくとニョキニョキと伸びる鼻が会場の子供たちを沸かせていた。

また役を兼ねているキャストも多く、特に岡村さやかは、物語後半には妖艶な魔女とジンジャーブレッドマンを見事同時に演じてみせた。また、後のシーンでドラゴン役として圧倒的な存在感と歌唱力を見せる須藤香菜が、冒頭のシーンでは『3匹のくま』の母熊を演じていることにはパンフレットを見ないと気づかないかもしれない。

不本意ながら旅に出たシュレックと運命的に出会うのが吉田純也演じるドンキー。彼の明るさと“人たらし”(たらしこんでいるのは、ほとんど人ではないが……)っぷりが物語を大きく動かしていく。吉田の芝居を含めて「仕方ないなぁ」「どうにかしてあげなくては」という訴求力があるように感じた。何だかんだ世話焼きなシュレックも、いつの間にか同行を許してしまうのである。

シュレック、ドンキーと対峙するのが傲慢で欲深いファークワード卿。彼は“姫と結婚すれば王になれる”というおとぎ話のセオリーに則るため、塔に幽閉されているフィオナ姫を助け出して結婚することに決めるが、肝心の助け出す役目はシュレックに任せてしまうのだ。演じているのは泉見洋平だが、原作通りにその短い手足が再現され、泉見自身はずっと膝立ちの状態だ。おそらくキツイ体制なのではないかと妙なところを心配してしまったが、そんなことを全く感じさせず、兵士たちと一体となって行われるパフォーマンスはヒール役ではあるものの観客を思わず魅力してしまっていた。

そして何より、もう1人の主人公と言っても過言ではないのがヒロインのフィオナ姫。メインで演じるのは福田えりだが、劇中歌『今日こそだと信じて』では7歳の時に塔に幽閉されてからの20年間がヤングフィオナ、ティーンフィオナ、そして大人になったフィオナの3人のキャストによってドラマチックに描かれる。と同時に、自分を助けてくれる王子様を待ちわびている間にお姫様というには“アラサー”になってしまった彼女の苦悩や葛藤がコミカルに伝わってきた。

シュレックが全く主人公らしからぬところが意外性だったと前述したが、主人公が主人公なら、ヒロインもヒロインなのだ。しかし、彼女はこの令和の時代にこそ愛されるヒロインなのではないかと強く感じた。何より福田が演じる“表情豊かで自然体なお姫様”は気取ったお姫様よりもよほど好感がもてるのだ。

全体的におとぎ話のセオリーに対するアンチテーゼを感じた『シュレック・ザ・ミュージカル』。さまざまな“意外性”と、(原作を知らないと)先が読めない展開が魅力的だ。しかし、老若男女に長らく愛されて続けている作品だからこそ、最後には “ハッピーエンド”にはなるだろうという安心感もあるので、ハラハラしつつも心から楽しむことができた。

同じ7歳で親元から離れ、苦労をしてきた者同士、シュレックとフィオナの間には不思議な絆が生まれる。人里から離れて暮らしてきたシュレックは初めての感情に戸惑うが、実はフィオナには誰にも言えない重大な秘密があり……?健気なドンキーが恋のキューピットよろしく活躍する姿を含めて、後半の怒涛の展開もぜひ楽しんでほしい。

取材・文:通崎千穂(SrotaStage)
撮影:阿部章仁

『シュレック・ザ・ミュージカル』

公演期間
2023年7月8日 (土) ~2023年7月30日 (日)

会場
日本青年館ホール

あらすじ
物語の主人公は、人里離れた森の沼のほとりに住む、怪物・シュレック。
彼にまつわる恐ろしい伝説とは裏腹に、気ままな生活を送っていました。
そんなある日、領主・ファークアード卿によって国を追放されたおとぎ話の住人たちが、
シュレックの住む森に押し寄せてきます。

静かな生活を取り戻したいシュレックは、追放令を取り消すよう交渉。
真の王になるためにプリンセスとの結婚を目論んでいたファークアード卿は、
「自分の代わりにドラゴンと戦って、囚われの姫・フィオナを救い出せ」という交換条件を出します。
仕方なくシュレックは、お調子者の喋るロバ・ドンキーを道連れに、
沼を取り戻すため冒険の旅に出たのですが・・

出演
spi/福田えり/吉田純也/泉見洋平/ ほか

スタッフ
原作:ドリームワークスアニメーション『シュレック』/ウィリアム・スタイグ『みにくいシュレック』
脚本・作詞:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
作曲:ジニーン・テソーリ
翻訳・訳詞・音楽監督:小島良太
演出:岸本功喜

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