2023年7月6日(金)より演出家・茅野イサムとプロデューサー・中山晴喜による演劇ユニット悪童会議の旗揚げ公演「いとしの儚」が開幕した。
本作は、横内謙介が脚本を担当し、2000年に扉座にて初演を、その後、日本国内だけでなく韓国でも上演された名作である。
今回、天涯孤独の博打打ちの件(くだん) の鈴次郎を佐藤流司が、美しいが何体もの死体から良い所を寄せ集めて作られた儚(はかな)を七木奏音が演じる。また、福本伸一、郷本直也、野口かおる、田中しげ美、佐藤信長、淺場万矢、野田翔太、塩屋愛実、紺崎真紀、桜庭啓、大平祐輝、嶌田リョウ、日野陽仁、そして茅野イサムといった面々が脇を固めた。
初日を迎えた本作のレポートが到着、さらに千秋楽を含むラスト3ステージを国内・海外向け配信することが決定した。ステージ毎に全景・マルチアングルと趣向を変えて視聴できるため、劇場で観劇した人もまた違った楽しみ方ができるだろう。
7月17日(月・祝)まで品川ステラボールにて上演中。
初日レポート
賽の河原。三途の川の渡し船を待つ亡者に話しかけているのは…青鬼だ。彼が語るのはツキの神様に愛された博打打ち・鈴次郎の物語。人でなしの男が人生の全てを賭けて挑んだ大博打の顛末である。
鈴次郎を演じる佐藤流司は初っ端からキレている。天涯孤独の流れ者、身なりも適当行儀も悪く、ただただ博打に狂った男だ。しかし、社会の底辺でその日暮らしを続けている人間に染み付くすえた臭いすら感じられるその風貌には、同じくらい愛を渇望する哀しみといじらしさといじけ心もじっとりと染みついている。目を背けたいのに思わず手を差し伸べたくなるような危険な異物感、まさに彼にしか表現できない魅力的な人物造形だ。
鬼によって生み出された儚を演じる七木奏音のイノセントも唯一無二。赤子の泣き声しか発することができない登場時から、めちゃくちゃな言葉遣いが奔放な少女、そして教養を身につけ愛を自覚し鈴次郎ただ一人に思いの全てを注ぎ込む強く美しい女性へとまさに“女の一生”を短時間で生き抜いていく中、全ての瞬間の所作、声色、表情に無垢な魂が宿り、崇高さすら感じさせてくれる。鈴次郎と儚のシーンはヒリヒリとする場面も多いが、「二人がずっと一緒にいられますように」と儚が人間になれるまでの100日を観客もやきもきしながら指折り数えて祈らずにはいられないのは、ピュアで不器用な恋人未満の二人が互いに最高のピースとして奇跡の出会いを果たしている証拠だろう。鈴次郎の“ライバル”・ゾロ政は、20年ぶりに役者として板の上に戻ってきた茅野イサムが熱演。登場の瞬間は「待ってました!」という客席中の心の声が聞こえてくるくらい、場内の温度がグッと上がった。謡うような台詞回しには心の内が読めないギャンブラー然とした圧が宿り、鈴次郎と相対するシーンはまるで刃物を突きつけているかのような愛情たっぷりの殺気が放たれる。そこに対峙する鈴次郎の危なっかしい剥き身感も堪らない。
彼らを彩る人々も曲者揃いだ。裏も表も知り尽くしたやり手ババアのお鐘をチャーミングに魅せてくれる野口かおる、賭場を仕切る長治親分のダンディさが素敵な田中しげ美、生臭と常識人とを行き来する妙海を演じる日野陽仁の軽妙さ、その妙海とのナイスコンビネーションも印象的な三木松役の佐藤信長などなど、それぞれに備わった「欲」と「常識」と「生きる知恵」は、猥雑なこの世を渡り歩くためのパワー。鈴次郎と儚のデッドエンド感との対比も鮮やかである。
そして鬼だ。鬼界では博打好きで知られているらしい鬼シゲを演じるのは郷本直也。自分以外の人間とはうまくやれない鈴次郎ともなんだかんだで人情ならぬ鬼情を発揮し交流、笑いどころを担ったり、身体能力を活かした大立ち回りも見せるなど物語の重要なスパイスとして活躍している。冒頭から説得力のあるモノローグで語り部として観客の心に侵食していく福本伸一の青鬼は、鈴次郎に寄り添う…というよりは影のように密やかに随従し、時に戒め、時に共鳴し──その静かに力強い引力、繰り返し見ることで様々な解釈が生まれそうな存在感である。
板張りの八百屋舞台は鈴次郎の荒れた心の内のように群生するススキと、シンプルな畳や戸板と一転鮮やかな襖を巧みに入れ替え、シャープな明かりがその場を引き立て場を変えていく。さらに美しい音楽が空間を彩り、芝居が進むほどにシン…と水を打ったような集中力で観客の没入感もぐんぐん増していく。さて、物語の鍵を握るのはツキの神様・賽子姫か、鈴次郎と儚の愛と夢の強さか──。
初日公演、スタンディングオベーションの拍手鳴り止まない場内にいる全員で分かち合った多幸感も、鈴次郎と儚がくれた愛の命題を反芻しながらの帰路も、いまだ冷めやらない興奮も、全部が芝居の神様からのギフトである。悪童会議旗揚げ公演『いとしの儚』。茅野イサムが「誰かの人生を変えてしまうような1作を」という願いを込めて情熱あふれる俳優たちと創り上げた“我らの演劇”である。芝居悪童たちの本気の企み、ここは是非、まんまとハマってしまおうではないか!
文:横澤由香
悪童会議旗揚げ公演「いとしの儚」
■会場:品川ステラボール
■日程:2023年7月6日(木)~7月17日(月・祝)
配信:7月16日(日)13:00 全景配信、7月16日(日)18:00 マルチアングル配信
7月17日(月・祝)13:00 マルチアングル配信
■あらすじ:
天涯孤独の博打打ちの件(くだん) 鈴次郎(佐藤流司)。
手癖は悪いし意地も汚い人間のクズだが、博打の神様にだけは愛されていた。
ある日、鈴次郎は、鬼との賭けに勝ち美しい女を手に入れる。
女の名は「儚(はかな)」(七木奏音)。
この美女は、何体もの死体から良い所を寄せ集めて作った人間だった。
ただし、生まれてから100日経たないと抱いてはいけない。
100日待たずに抱けば、水となって流れてしまう、という。
愛を知らない男と、愛しか知らない女の100日間の物語が始まるー
■作:横内謙介
■演出: 茅野イサム
■音楽: 和田俊輔
■作詞: 浅井さやか
■振付: 桜木涼介
■出演: 鈴次郎 役:佐藤流司
儚 役:七木奏音
福本伸一、郷本直也、野口かおる、田中しげ美、佐藤信長、淺場万矢、野田翔太、塩屋愛実、紺崎真紀、桜庭啓、大平祐輝、嶌田リョウ
日野陽仁、茅野イサム