2018年の旗揚げ公演以来、カンパニーメンバー全員が楽器を演奏し、全ての作品を生演奏で上演してきたサルメカンパニーの5周年記念公演『スウィングしなけりゃ意味がない』が、東京芸術劇場シアターウエストで5月18日開幕した(21日まで)。
サルメカンパニーは、脚本家・演出家・俳優で主宰の石川湖太朗が、桐朋学園芸術短期大学専攻科時代に出会い、劇団活動への志を同じくしたメンバーで構成されたカンパニー。
2018年ハイナ・ミュラーの『戦い』で旗揚げしたのち、年2回の主催公演、またコロナ禍の日々に於いて、メンバー全員でのシェアハウスの様子や、バンド演奏の動画を公開するなど、様々な形で精力的な作品発信を続け、佐藤佐吉演劇賞2021では最優秀演出家賞を含む6部門を受賞するなど、着実に評価を高めてきた。
そんなカンパニーがひとつの目標としていた東京芸術劇場での公演を実現させた今作では初のオーディションを開催。
応募者160名の中から選び抜かれた11名を含む総勢33名が、歴史の事実に材を求めた作品のなかから、いまに伝えるべきメッセージを届けている。
【STORY】
1941年ドイツ占領下のチェコ、プラハ。
夜空に幾つもの落下傘が開き、自由チェコ軍の若き士官および兵士たちが降り立つ。彼らはコードネーム「エンスラポイド作戦(類人猿作戦)」と名付けられた、ヒトラー、ヒムラーに次ぐナチス・ドイツナンバー3の高官で、ベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治者ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦を決行すべく、この地に潜入したのだ。
彼らの行動を助けようとするチェコの一般市民たちや、抵抗運動グループとの連携によって、暗殺計画は進行していく。その間、身元を隠し、また作戦を遂行するために協力する人々との交流は深まり、心を近しくしていく女性との出会いによって、危険極まりない任務のただなか、束の間の幸福を得ていく彼らの思いは揺れ続ける。それでも、祖国の自由のため、誰もが笑って生きられる未来のため、命を投げ捨てる覚悟で計画を実行した若き彼らの行く末に待っているものは……
第二次世界大戦中、大英帝国政府とチェコスロバキア駐英亡命政府により計画された、ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦は、結果として唯一遂行されたナチス・ドイツ高官の暗殺作戦として歴史にその名を残している。
ただ一方で、この暗殺作戦の結果が、ナチス・ドイツの無差別にして苛烈なチェコ人への報復と惨殺につながったことから、連合国側のナチス・ドイツ高官暗殺計画にブレーキをかける要因になった側面も持ち合わせていて、計画実行者たちがたどった運命を含め、この歴史の事実はユダヤ人や少数民族の大量殺戮による絶滅政策の中心人物だったハイドリヒ暗殺作戦を、カタルシスを伴うヒーロー伝説として語ることを難しくしている。
だが、今回サルメカンパニーがこのテーマを扱うにあたって『スウィングしなけりゃ意味がない』とタイトルして、当時のハンブルグで「自由を求める抵抗運動」とみなされたスウィング・ジャズに熱狂する人々を描写し、彼らの愛した音楽、ダンスがどれほど抑圧されても、唇のなかに、耳の奥に鳴り続ける自由への象徴としたことが、作品の重さをそのまま「魂の自由」こそが、すべてに勝る尊厳であると伝える効果につながっていた。
これは全編をキャストの生演奏で綴るサルメカンパニーが持つ個性と魅力があってこそ叶うしつらえで、10分のインターミッションの間にもフルスロットルの演奏が続き、結果として2時間45分に及ぶ上演時間を、長尺に感じさせない原動力になった。
歴史背景を説明しつつ、パラシュートで降下していく様からはじまる展開の、スピーディーな演出と照明効果、キャストが放つ熱量の高さもこの感覚を押し上げていく。
もうひとつ非常に大きかったのが、題材上どうしても避けては通れない敵味方の争いや、犯人捜しで繰り広げられる壮絶な尋問シーンなどをしっかりと描きつつ、「エンスラポイド作戦」を決行した側と、なんとしても彼らを捕えようとする側を、単純な善と悪に色分けしなかった石川湖太朗の脚本に宿る感性だ。そこには救国の闘志になろうと決意しながらも、生きて帰りたい、願わくは愛する人と平穏な生活を送りたいと願う計画実行者たちの揺れる思い、人間らしい惑いやそれ故の、裏切りや無念と、それを超える友情が繊細に描かれるのはもちろん、同時に彼らを匿ったとしてひとつの村を地図上から消し去った側の、はじめは嬉々として「総統ヒトラー」を賛美していた親衛隊員の心に残る深い傷や、苦しみをもまた丁寧に描いていく。
つまり最も恐ろしいのは、こんな時代に生まれさえしなければ、誰もが普通の人だったこと。このあまりに重い歴史の事実は、決して狂気のサイコパスが起こしたものではないという、おそらく世界が混沌を極め、暗く危ない方向に加速度をつけて転がり落ちていると感じずにはいられない、2023年のいま、誰もが真剣に見つめるべきものが提示されている作劇だった。
この目線はあまりにも貴重だし、当然ながらハッピーエンドとはいかないドラマの向かう先に、これは是非劇場で確かめてもらいたいが、ある種の救いにもつながる終幕の演出は、演劇にしかなしえない力のこもったものだった。
そんな脚本、演出を担いつつ、「エンスラポイド作戦」の実行者の一人ヨゼフを演じた石川湖太朗は、群像劇とも言える多くの人生が交錯する舞台のなかで、くっきりと際立つ華と確かな芝居力で舞台の中心を成していく。それぞれの立場の人たちの描写にかなりのボリュームを割いている作品にあって、やはりここに芯があると思わせる存在は不可欠で、全体の大きな要になった。
その相棒ヤンの村上佳は、喜怒哀楽をヨゼフよりも素直に表し、局面によって異なっていく心境を温かく表出しながらも、任務とヨゼフとの友情に真っすぐに向き合う実直な役柄の造形が魅力的。二人が想像する幸せな未来のなかにある、通常良い意味では使われないある言葉が、どれほど貴重なものなのかが観終わって長く心に刺さるのは、二人が交わす台詞が、台詞を超えた生きた言葉として届いたからに違いない。
いくつかの役柄はWキャストでAチームを観たが、ヨゼフに協力するローナの松田佳央理が、たたずまいからダンスまでの一挙手一投足がどこか蠱惑的でいつつ寂寥感もあって惹きつけるし、ヤンと恋するアンナの西村優子は、演技のひたむきさと共にピアノ演奏でも作品を大いに盛り上げた。
それぞれのBチームのキャスト・ローナの小黒沙耶、アンナの井上百合子が入ることによる、色彩の変化も楽しみな要素だ。
やはり協力者であるマリエの森谷ふみの、戦時下であっても思いをとどめる必要はない、という大切なものをむしろ磊落に届ける力と、マリエを思い自らが過酷極まる運命に身を投じるアタの遠藤真結子の、理想に突き進む姿と渾身の芝居が痛切。見事なギターと歌唱も作品を支え、アタのBチーム國崎史人の造形にも注目だ。
また「エンスラポイド作戦」に従事するオパルカの大西遵の口跡の良さ、ヴァルチクの丸山輝の深刻な芝居のなかにも軽妙さが宿る個性故の悲しみをはじめ、運命を共にするヤロスラフの大林拓都、ブブリークの谷口継夏、フルビーの松本征樹それぞれの思いが胸に迫る。
なかでも松本の独白は、そう来たかというこれも演劇ならではの大きな効果になっている。ハイスキーの今里真、ラジスラフの東谷英人の登場した時からわかる異なる意見がのちの展開を納得させるし、チュルダの複雑さを見せた柴田元、冒頭から重要な役割を担うモラヴェッツ大佐の荒井志郎、アレクセイの小幡貴史、兵士の宇野雷蔵はサルメカンパニー作品の特徴への橋渡し役も担って見事。
漁師の松戸デイモン、イヴァの投元ひかりも激烈な任務の元にある、ヨゼフとヤンの立場を浮き彫りにした。
そして、冒頭のジャズクラブで見事なダンスを見せる冨澤風斗と三浦真由のポテンシャルの高さが強いアクセントになったし、saxの藤川航、guitarのあいしゅん(相川俊輔)、bassの青、drumの河野梨花、trumpetの板澤舞、tromboneの吉田拓哉、が熱く奏で続ける自由のなかで、ナチス・ドイツ側のベルガーの近藤隼の色濃い立ち位置と、彼らもまた人間だったと感じさせ、考えさせられるトマスのふじおあつやとペーターの遠藤広太の次第に見え方が変わっていく友情の厚さがこの作品のもうひとつの要で、それぞれの確かな力量を感じた。
総じて、サルメカンパニー5周年記念公演に相応しい、力のこもった作品に仕上がっていて、この節目に際して劇団が更に大きく飛躍していく未来が見えてくる舞台になっている。
(取材・文・撮影/橘涼香)
サルメカンパニー5周年記念公演
『スウィングしなけりゃ意味がない』
■作・演出:石川湖太朗
■日時:
2023年5月
18日(木) A 13:00 / B 18:00
19日(金) B 13:00 / A 18:00
20日(土) B 13:00 / A 18:00
21日(日) A 11:00 / B 15:00
上演時間 2時間30分予定(途中休憩あり)
■会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
■キャスト:
石川湖太朗、小黒沙耶(B)、遠藤広太、西村優子(A)、遠藤真結子(A)
(以上サルメカンパニー)
村上佳(文学座)、大西遵、柴田元、丸山輝、ふじおあつや、松田佳央理(エーチーム)(A)、井上百合子(演劇集団 円)(B) 、松本征樹 (劇団俳優座)、谷口継夏 、大林拓都、今里真(ファザーズコーポレーション)、森谷ふみ(アンフィニー)、荒井志郎、東谷英人(DULL-COLORED POP)、近藤隼、國崎史人(B)、松戸デイモン(MADカンパニー)、投元ひかり、小幡貴史、宇野雷蔵、冨澤風斗、三浦真由 (Souer+)
藤川航(sax)、あいしゅん(相川俊輔)(guitar)、青(bass)、河野梨花(drum)、板澤舞(trumpet)、吉田拓哉(trombone)
※一部Wキャスト
■スタッフ:
舞台美術 佐藤麗奈
衣裳 西村優子
照明 鷲崎淳一郎(Lighting Union)・根橋生江 (Lighting Union)
音響 坂口野花(TEO)
舞台監督 新井和幸
振付 森田万貴
ムーブメント指導 横尾圭亮
映像 宇野雷蔵
宣伝美術 小林央菜乃
宣伝写真 坂本彩美
宣伝・グッズデザイン HATERUMOFUTO
ヘアメイク 三浦光絵
演出助手 鷲見友希・高田遼太郎(まばたき)
稽古場写真 藤川直矢
協力 阿部一郎・東宝舞台株式会社 衣裳部 久保田俊一・吉原顕乃・高津装飾美術・株式会社MADカンパニー・Tomo Idei
制作 遠藤真結子
当日制作 三浦真央・遠藤美恵
主催 サルメカンパニー