
まだ戦争は始まっていない、でも着実にその足音が近づいてきているそんな時代。京都に「土曜日」というミニ新聞が実在した。発行人は、松竹下加茂撮影所所属の大部屋俳優・齋藤雷太郎。「土曜日」は、映画・ファッション・政治・海外情報など、様々な話題を提供し、多くの人に読まれていたが、治安維持法に違反したとされ廃刊に追い込まれた。巨大な戦争に突入していこうとするその時、人々はどのように暮らし、何を感じていたのか。地域の記憶をもとに創作を続けるニットキャップシアターが、満を持して本拠地・京都の題材に挑む。
脚本を担当するニットキャップシアター主宰 ごまのはえ、演劇ユニット「万博設計」代表で本作の演出を手掛ける橋本匡市、出演する劇団員の山﨑茉由に話を聞いた。
―――まずはじめに、脚本のごまのはえさんが、齋藤雷太郎さんに興味を持ったきっかけを教えてください。
ごまのはえ「実際にある街を取材してお話を集めて1つの物語にするということを、ずっと色々な地域でやっていたんですが、地元である京都では全然やってなかったので『いつかやりたいね』という話はしてたんです。地元に住んでる人たちにとっての京都らしさというと、やっぱり喫茶店とか、パン屋さんとかで。いかにも京都らしい話とうよりも、なにか喫茶店とかで面白い話はないかなと思っていた時に、森まゆみさんや、井上史さんの本などで知ったという感じです」
―――齋藤雷太郎さんが、松竹の大部屋俳優だったというところが興味深いです。
ごまのはえ「雷太郎さんがいた松竹下加茂撮影所は戦後火事で焼けてしまったんですけど、近くに京都大学や同志社大学があるので、そこの先生とか、近くを流れる高野川で染色(着物を染める仕事)をしている方とか、色んな方が喫茶店に集まってたんだろうなと思っていて。
当時の大部屋俳優さんの中には休日はお酒を飲んだり博打を打って過ごす人もいたと思いますが、雷太郎さんは休日に、みんなで作文を書いて、それをちょっと回し読みしようや、みたいな回覧新聞のようなものをやり出したそうなんですね。休みの日にダラダラするんじゃなくて、自分たちの生活水準をちょっとでも上げるような活動をしようっていうことでやり出したみたいなんです。
その新聞で時事問題を扱いたかったらしいんですが、当時、時事問題を扱うには、法律で保証金を納めないといけなかった。そこで雷太郎さんはちゃんとお金を払って許可を取ったんですけど、ライターというか、記事を書いてくれる人がなかなか見つからなかったそうなんです。一方で、京都大学では、滝川事件(※)という事件をきっかけに、これではいかんと大学の若手の人たちが中心になって同人誌をやり出していたんですけど、そっちは、もうちょっとちゃんとした、大衆にも読まれる雑誌も必要だと思っていた。この二つが偶然出会って、「土曜日」が生まれたというわけなんです」
※滝川事件……1933年に京都帝国大学(現・京都大学)で起こった、滝川幸辰教授が文部省によって一方的に休職処分にされたことに端を発する思想弾圧事件。

―――新聞「土曜日」が発行されていた1936から37年は二・二六事件が起こったり、日中戦争が始まったりと激動の時代ですが、この時代にどんな印象をお持ちですか?
ごまのはえ「1931年に満州事変が起きて、アメリカとの戦争が始まるのが1941年の12月なんですよね。満州事変から戦争が始まるまで、10年ほどの間があるんです。わたしからすると、戦争というとアメリカとしたっていうイメージが強くあって、その前の10年間、中国とずっとだらだらと戦争をしている期間っていうのは、わたしも含めていまの時代の人たちは、あんまりよく分かっていない。印象がまだらになってるというか。
当時、アメリカの法律で『中立法』という、戦争をしている国には経済制裁をかすという法律があったんです。なので、“戦争”とは言わずに、ナントカ事変とか、なんたら事件とか言いながら、ずっとやり続けるわけですよね。当時の人たちも、個別的な自衛から気がつけば集団自衛になって、気がつけば身内も戦争に行ってたっていう感じだったんだろうなって。数年かけて、にっちもさっちもいかないような状況になっていったんじゃないかなあと。気がつくと自分も家族も大きなかたまりの中にいて、一人ひとりはなぜこうなったのかよく分かってなかったんじゃないでしょうかね」
―――演出の橋本さんは、本作について「今観るべき作品」とおっしゃっていましたが、その辺りを詳しくお聞かせください。
橋本「今年の5月ぐらいには初稿をいただいて、戦争が関わってくる話だし、いま外国で起こっていることと照らし合わせて、もっと考えなきゃなって思っていた題材に取り組むことになるんだなと。そこから数ヶ月間、政治の状況が変わっていく中で、作中に流れている時代の空気感と今の時代の空気感が、すごく近接してきているように感じています。確かに過去の話なんだけれども、今も同じ部分はあるだろうし、当然違うというか、変わった部分もあるはずなので、そこは俳優とディスカッションしながらちゃんとさくひんとして筋を通して、お客さんに感じていただけるものにしないとなと思います」

―――作品を立ち上げていくときに、大切にされていることは何ですか?
橋本「台本に書かれている中で、絶対にここは“切って繋げて”してはいけない部分を探すようにしています。僕が演出として都合のいいように『ここをこうしたらこういう風に見えるわ』みたいなことをやらない、っていうことですかね。そうせざるを得ない部分も出てくるかもしれないですけど、絶対この筋だけは通しておかないと、この物語が本当に伝えたいものが分からなくなるっていう部分が、どんな台本にも必ずあると思っていて。今回は特に時代考証も必要な作品なので、その筋を絶対に切らずに、現代の客席とどう繋いでいくのかっていうのは考えてますね」
―――ご出演の山﨑さんは、脚本を読んでどんな印象を持たれましたか?
山﨑「すごい社会派な作品だなというのが第一印象としてありました。実際の人物をモデルにしてますし、戦前から戦後までを描いているので、すごく覚悟がいる作品だなとも感じました」
―――演じる役どころについて教えてください。
山﨑「私が演じるのは、物語の舞台となる喫茶店の娘・女学生です。割と感情を素直に出しますし、恋もしていたり、その年齢らしい姿もあって、そういうところは今の時代でも変わらないなと思うんですが、そこに戦争が入ってきた時に、今と絶対違う感情があるわけで、そこをどうリアルに自分が感じて表現できるかっていうのは、一番難しいところかなと思っています」

―――この作品は、やはりジャンルとしては“社会派”ということになるのでしょうか?
ごまのはえ「社会派と思って観に来られると、ちょっと物足りなかったりするかもしれないです。あるひとつの時代を描いていますけど、会話劇として楽しんでもらえる作品じゃないかなと思っています」
橋本「テーマを伝えるためだけの作品ではないというか。会話にもある種の軽妙な部分があったりするので、観て楽しんでいただく中で、この時代に織り込まれている空気感が立ち上がってくる書かれ方をされている。シンプルに楽しんでいただいた上で感じていただくものが多い、という意味では現代的な社会派作品になっているんじゃないかと思います」
山﨑「時代は違っても、結局人間であることに変わりないので、当時の女学生も、今の高校生が素直に思うようなことを、同じように素直に思っている。ただそこに、戦争とか時代の流れがあって、そこで人々はどんな生活をして、どういう風に感じていたのか、そういうところを覗く感じで観てもらえるといいんじゃないかなと思います」
(取材・文:前田有貴 撮影:河西沙織)

プロフィール

ごまのはえ
劇作家・演出家。1999年、「ニットキャップシアター」を設立。以来、京都を創作の拠点に日本各地で公演を行なっている。2004年に『愛のテール』で第11回OMS戯曲賞 大賞を、2005年に自身の故郷である大阪枚方市を題材にした『ヒラカタ・ノート』で第12回OMS戯曲賞 特別賞を連続受賞。2022年、サハリン(樺太)の100年の歴史を描いた『チェーホフも鳥の名』で、希望の大地の戯曲賞「北海道戯曲賞」大賞を受賞。

橋本匡市(はしもと・ただし)
演出家・劇作家・宣伝美術家。近畿大学文芸学部芸術学科演劇芸術専攻卒。2012年に「万博設計」を立ち上げる。2019年より演出業に専念し、『リボルバー』で令和元年度文化庁芸術祭 優秀賞を受賞。言葉・身体・空間を起点とする舞台演出と、「普通」と「異常」の距離の中で揺れる人間を描く演出手法を得意とする。受賞歴に、令和2年度大阪文化祭賞 奨励賞、若手演出家コンクール2019 優秀賞、齋藤佐吉賞2016 優秀宣伝美術賞など。

山﨑茉由(やまさき・まゆ)
京都府出身。大阪芸術大学ミュージカルコース卒業。会社員、フリーの役者を経て、2024年4月よりニットキャップシアターに入団。入団後は『さらば、象』、『沼に咲く青いヒナギク』に出演。特技は歌と手話。
公演情報

ニットキャップシアター 第47回公演
『土曜日の過ごしかた』
日:2026年2月27日(金)~3月1日(日)
※他、京都公演あり
場:座・高円寺1
料:一般4,500円 ペア[2名1組]8,000円
ユース[25歳以下]・学生2,500円
高校生以下1,000円 ※ユース・学生・高校生以下は要身分証明書提示(全席自由・税込)
HP:https://knitcap.jp
問:ニットキャップシアター tel.090-7118-3396
