福岡を拠点に活動する劇団「万能グローブ ガラパゴスダイナモス」の20周年記念公演 第1弾となる第34回公演『西のメリーゴーランド』が東京・福岡で上演される。10年ぶりの再演となる本作は、劇団の代表作とも言えるワンシチュエーションコメディ。劇団主宰の椎木樹人に本作への思いや、そして旗揚げ20周年を迎えた今の心境などを聞いた。
―――20周年記念公演第1弾に『西のメリーゴーランド』を選んだのはどういった思いからだったのですか?
「今年で旗揚げ20周年を迎えますが、4月に(松居大悟率いる)劇団ゴジゲンと万能グローブ ガラパゴスダイナモス(以下、ガラパ)、そしてミュージシャンの小山田壮平で『見上げんな!』という作品を東京・福岡・大阪で上演しました。福岡では福岡市民ホールという新しくできたホールのこけら落とし公演をやらせていただき、僕たちとしても、20周年の1発目として成功したなという感覚があったんです。ただこの公演は、いろいろな人との縁があり、力が集まって、20年やってきた劇団と周りのみんなとの集大成だったと感じていたので、次はガラパという劇団の1番コアな部分、得意なものをやりたいと。
元々ガラパはワンシチュエーションコメディをやってきた劇団です。ときにはリアルタイムワンシチュエーションコメディと言っていたくらい、限られた場所の中で会話で笑いを取っていくという劇を得意としていたので、それならば、僕たちの色が出る作品をこのタイミングでやってみようと考えたときに思い浮かんだのが、この『西のメリーゴーランド』でした」
―――なるほど、劇団らしさが存分に感じられる作品ということですね。
「この作品は劇団を立ち上げて10年目に作ったものですが、この作品で初めてSFの要素を入れたんですよ。ワンシチュエーションコメディを作る難しさは辻褄合わせにあって、こっちから出てきて、次はなぜこっちに入るのかといった制約に苦しんでいたときに、SFの要素を入れたら無茶を通せるのではないかと(笑)。それで、いわゆるワンシチュエーションSFコメディを作るようになり、そこからいろいろな作品が生まれたのかなと思います」
―――ある通夜の夜の家族たちの物語ということですが、どのような作品なのでしょうか?
「シチュエーションコメディならではの勘違いから発する面白さもありますし、例えば中身が入れ替わったり、ワープして違うところから出たりと演劇の嘘をコメディに昇華した面白さも感じていただけると思います。ストーリーは、通夜に参加した人たちみんなで亡くなったおじいちゃんの思い出話をしているところから始まります。通夜には誰だか分からない人が来ていて、おじいちゃんのアルバムを見たらその人は10年前に亡くなった近所の床屋の人だった。死んだ人がそこにいたという物語です。タイトル通り、仏教の輪廻転生の考え方や、生まれ変わりをテーマにしています。
僕たちはこの作品を作るまで、身近にあった面白いことを描いて笑いを取る芝居を作っていましたが、SFの視点を入れることで人間関係や人間界を俯瞰として見ることができる作品になったと思います。10年前に作った作品ですが、先行きが分からない、生活が苦しい今だからこそ、生きていくしんどさを神の視点でコメディにしているこの作品は痛快に感じていただけるのではないかと考えています」
―――今回、「舞台上お邪魔しますツアー」と「生コメンタリー」というアフターイベントも用意されています。
「どちらも以前から行っていたイベントで、皆さんに喜んでいただいています。『生コメンタリー』は、ありがたいことにお客さんが演劇をさらに楽しめる要素として認知してくれて、今も生コメンタリーからチケットが売れていくというアフターイベントです。『舞台上お邪魔しますツアー』はコロナ明けの頃から始めました。
演劇の魅力というとどうしても俳優さんやその物語になると思いますが、実は『総合芸術』と言われる演劇の素晴らしいスタッフワークにあると僕は思っています。なので、そうしたスタッフワークをより身近に感じていただくために始めたイベントです。終演後、さっきまで客席で見ていた小道具が置かれたままの舞台にお客さんに上がってもらって、実はここはこういう仕掛けになっているんだとか、この構造はこう作られているんだということを知って体験してもらおうという企画です。それはきっと演劇でしかできない体験、感覚なのではないかと思います。
僕たち俳優もみんな出てきて、その場で質問に答えていきます。ワイワイと雑談をしながらティーチングをしたり、シーンを再現しながら一緒に写真を撮ったり、お客さんが参加して楽しむことができるようにと考えました。親子で楽しんでくださる方もすごく多いんですよ。
今回、福岡公演では親子ペア券を販売しますが、それには『舞台上おじゃましますツアー』の参加券がセットになっています。演劇に触れてもらうことが演劇の未来を作ることになるのかなと思いますし、『演劇ってすごいな。俳優さんってすごいな。スタッフワークってすごいな』と思っていただけたらもっと演劇を好きになってもらえるのではないかと思います。『舞台上おじゃましますツアー』は東京では今回が初開催です。演劇ファンの方でもなかなか下北沢駅前劇場の舞台に立つ機会はないと思いますので、貴重な体験になるのではないかと思います」
―――「親子ペア券」はとてもお手頃で素敵な企画ですね。
「やっぱりたくさんの方に観て欲しいので。子育てをしているお母さんやお父さんは、演劇好きでもなかなか観に行けないと思います。子どもを連れて行っていいのかも分からない。『親子ペア券』はお得だからということもありますが、『お子さんと一緒に楽しんでください』という僕たちの意思表示でもあります。『親子ペア券』を販売することで、子ども連れウェルカムだということを伝えられたらと思ってやっています。もし、途中でお子さんがぐずってしまって退席することがあっても、僕はいいと思っています。それでも僕たちの演劇を体験して欲しいですし、何よりも親御さんが遠慮せずに子どもを連れて来てもらえたらと思います」
―――ガラパは福岡を拠点に活動をされていますが、東京で公演を行うことについては、どのような思いがありますか?
「最初は東京は勝負をしに来る場所でした。自分たちの立ち位置や評価を知りたいと思って東京で公演を行っていましたが、毎年、東京でも公演をさせていただく中で、待ってくださるお客さまも増えてきて、『1年に1回の楽しみです』と言ってくださる方も多いんです。なので、今は、純粋に東京のお客さまに観てもらいたい、会いたいという気持ちに変わってきています。初めて観る方もいらっしゃると思いますが、『福岡の劇団が来ているんだ』と楽しんでいただけたら嬉しいです」
―――旗揚げから20周年となる記念公演の本作ですが、元々はどんな思いから旗揚げした劇団だったのですか?
「元々、男子高で高校演劇をやっていたので、何も考えずに始めたんですよ(笑)。高校を卒業しても演劇を続けたかったので、そのまま劇団を作って。当時は、劇団を作らないと演劇を続けられなかったんです。なので、自然な流れで始めたのですが、立ち上げ当時の主要メンバーは、今は僕と作・演出の川口(大樹)2人だけになりました。
今、新しく入ってきた子たちと旗揚げ当初の話をすると、『私、そのとき2歳でした』なんて言われたりもします(笑)。そんな赤ちゃんだった子が今、ガラパを名乗って、同じ舞台に立っているというのは感慨深い思いはありますが、20周年でもっとノスタルジックになるのかもしれない、集大成という気持ちになるのかなと思っていたら意外とそういう気持ちにはならなくて。それは、ガラパに新しい才能が増え続けていて、その子たちがどんどん主力になっていくということが繰り返せているので、現在進行形だからなのだと思います。本当に才能がある若手が多いので、彼らの今を見せたいという気持ちなんです。この『西のメリーゴーランド』も、僕と川口にとっては、先ほどお話したようないろいろな思いがある作品ですが、若手たちにとってはそんなことは関係ない。なので、今回の公演も、現在進行形の『今のガラパ』が作ったものを観ていただけるのかなと思います」
―――そうすると、10年前とはまた違った印象の『西のメリーゴーランド』になるのかもしれませんね。
「だいぶ変わるのではないかと思います。そもそも、今見ると無駄が多いので、今回、脚本も大きくブラッシュアップすると思いますし、シャープさやキレがもっと増すのではないかという気がします。令和の感覚を新しい劇団員たちがエッセンスとして加えてくれるので、今の『西のメリーゴーランド』になるのではないかと思います」
―――椎木さんご自身はこの20年間で演劇や劇団への思いなど変化はありましたか?
「演劇に対する思いということでは、コロナ禍がやっぱり大きなターニングポイントでした。不要不急と言われたような気がして、きっと全ての演劇人が苦しみながら戦った時期だったと思います。僕自身も、なぜ演劇をやるのかをたくさん考えましたし、アップデートしなくてはいけないと思いました。
そうした時を経て、今は、アナログであること、非効率であることが実は価値が高いことなのだと考えるようになりました。これからさらに、デジタルで手軽なものが溢れていき、AIやフェイクがどんどん増えてきて、何が本物で何が嘘かわからない時代になっていくと思います。でも、その中で、これほど時間をかけて、あまり儲かりもしないのに、人が集まって、限られた人しか観られない中で芝居をする。それは時代に逆行していることですが、だからこそ贅沢なのだと思います。演劇は価値があるものだということを自分たちが理解して、それを伝えていかなくてはいけないと思っています。
劇団も同じです。今は、劇団自体がだいぶ減って来ていると思いますが、劇団というコミュニティは価値が高い。損得もない、会社でもない、家族でもない。だけど、めちゃくちゃ繋がっている劇団っていう謎のコミュニティ。今、核家族化が進んでいて、老後の問題も出ていますが、もしかしたら、そうした問題の解決法は、緩やかな何かのコミュニティに属していることなのではないかと僕は思うんです。定年退職したら会社との関係が切れてしまったり、家族が死んでしまって一人になってしまうのではなく、みんなが好きなものを好きだと言って集まっているコミュニティは、実はめちゃくちゃ価値が高いということに気づいたんです。
元々は、劇団で売れたい、劇団で何かを成し遂げたい、だからこそ振り落とすという気持ちで走ってきましたが、今は劇団に対してももっと緩やかに考えています。今、劇団員には演劇を休んでいる人も、公演の本番だけ手伝いに来る人も、イベントだけ来るという人もいて、さまざまな形で劇団に参加しています。どんな形でもOKなんです。でも、それでいいし、その形が好きです」
―――今後、劇団としてはどんな展望がありますか?
「20周年はスタートラインだと感じたので、まずは引き続き福岡を拠点にして、福岡を盛り上げ続けたいと思います。コロナで地方演劇と呼ばれるものがだいぶ厳しくはなりましたが、今、各地で復活の兆しがあります。僕たちが福岡市、福岡県を構成する1つの要素になり、福岡という名前が出たときに、ラーメンやもつ鍋、コンパクトシティーと並んで、ガラパの名前が出るというのが1つの目標です。
それから、東京という芸能が集まっている場所と対等になりたいという思いもあります。作品を全国に出してもなんら遜色がない、『これはガラパにしか作れない』と言われるような作品を作っていきたい。東京を目指すというのも素晴らしいと思いますが、東京の人たちが福岡に観にくるという流れを作れたら、福岡でやれることももっと増えると思います。福岡にこだわってやってきたので、福岡で作るという使命感を持ちつつ、日本を代表する集団になるというのが絶対的な目標です」
―――最後に改めて読者へのメッセージをお願いします。
「『西のメリーゴーランド』という作品を作って東京に来ます。たくさんの方に観ていただけたら嬉しいですし、こうしてツアーをできるというのは観に来てくださる方々のおかげです。演劇ファンの方、観劇が好きな方、まだガラパを観たことがない方に、福岡で生まれて、福岡で作った作品がどんなものなのかをぜひ味わいに来ていただきたいと思います。博多弁で福岡をめちゃくちゃアピールするという劇は作っていませんが、東京で観に来てくださったお客さんが『これは福岡だよね』とか『この感じは東京にないよね』と言ってくださるとすごく嬉しいんですよ。ぜひ楽しみに観にきていただけたらと思います」
(取材・文・撮影:嶋田真己)
プロフィール
椎木樹人(しいき・みきひと)
1985年8月30日生まれ、福岡県出身。2005年に劇団万能グローブ ガラパゴスダイナモスを結成。以降、ほぼ全作品に出演。そのほか、映画やCMなど幅広く活動中。
公演情報
万能グローブ ガラパゴスダイナモス
20周年記念公演 第34回公演
『西のメリーゴーランド』
日:2025年12月25日(木)~28日(日)
※他、福岡公演あり
場:下北沢 駅前劇場
料:4,500円 U-25券[25歳以下]3,000円
※要身分証明書提示(全席自由・税込)
HP:https://www.galapagos-dynamos.com
問:ガラパ制作部 tel.090-600-2383