翻訳劇のハードルを下げつつ、考えるきっかけを与えられたら 観客を信じて書かれた戯曲に、丁寧に取り組んでいく

 演出家 稲葉賀恵と翻訳家 一川華によるユニット ポウジュの新作公演『Downstate』が、今年12月に上演される。アメリカの劇作家 ブルース・ノリスが手がけた本作は、未成年者に対する性犯罪の刑期を終えた4人の男が暮らすグループホームを舞台にした会話劇だ。2人は性犯罪の加害者・被害者を描く作品を上演する意義について、「テーマとした作品の少なさ」を挙げる。

一川「性犯罪が許されないことを前提に、加害に至った理由や社会構造を考えることが新たな加害者を生まないことに繋がると思います。また、作家がすごくリスクをとっているのがこの作品の魅力。セリフだけを抜き出すと憤りを覚えるものが多いこともありトリガーアラートをつけているんですが、ブルース・ノリスはそういったセリフを観客がディスカッションするための種として書いている。観客の想像力をすごく信じている作品です」

稲葉「俳優にとっても大変な作業だと思いますし、お客様はその人間がこの世界でどう取捨選択しているのかを目撃するわけです。加害者と被害者のどちらかに寄り添う、彼らの言動に対して賛成・反対というよりも、こういう人間が今生きているということを可視化し、新聞やネットの情報ではない生身の存在として観ることができるのはスリリングだと思います」

 シリアスなテーマのため「気軽に」とは言えないが、難しく考えすぎずに観に来てほしいという。

稲葉「このユニットを立ち上げた時に、翻訳劇のハードルを下げたいという思いがありました。苦しい・堅い・難しいテーマを掲げる前に、自分たちにとって身近な言葉を別の言語で話している人たちがいる、というカジュアルさで翻訳劇を観てほしいと思っています。この思いとテーマは一見相反するものかもしれないけれど、いい意味で挑戦的なのかなと思います。物語自体は初めての方が地続きで観られるようにしつらえるので、気負わずに観ていただけるといいなと思っています」

一川「社会で分断や排除が巻き起こっている中で、短絡的に他者に共感し、理解したと安易に思うことは、すごく危ないなと思っています。翻訳劇は人種や宗教・法律、全てが違うからこそ、“わからない”を大前提に人物やテーマと向き合えるのが魅力です。カンパニー一同、誠心誠意挑みますので、劇場でお会いできたら嬉しいです」

(取材・文:吉田沙奈 撮影:平賀正明)

プロフィール

稲葉賀恵(いなば・かえ)
演出家。2008年、文学座付属演劇研究所48期生として入所。劇団内外で演出助手を務め、2013年には『十字軍』で文学座初演出を務める。主な演出作に、『楽屋』、『加担者』、『幽霊はここにいる』、ミュージカル『Once』など。2023年に第30回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞するなど、注目を集めている。

一川 華(いちかわ・なな)
劇作家・翻訳家。幼少期をタンザニア、パキスタンで過ごしたことを機に、性・差別・暴力をテーマに創作活動を行う。代表作に、『まなこ』、『風-the Wind-』、『人魚の瞳、海の青』など。翻訳作に、ミュージカル『Once』、『You Bury Me』、『ロッテルダム』、『Bad Roads』などがある。

公演情報

ポウジュ Vol.2『Downstate』

日:2025年12月11日(木)~21日(日)
場:下北沢 駅前劇場
料:応援チケット[特典付]7,500円
  一般6,500円
  U-25[25歳以下]5,500円 ※要身分証明書提示
  (全席指定・税込)
HP:https://www.pauju-play.com
問:ポウジュ mail:pauju.contact@gmail.com

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