人間国宝・坂東玉三郎「本当に自分が必要とされていると感じています」 衣裳を着ず、化粧もせず、素顔のままで歌舞伎界を代表する女方が魅せる粋の極

 日本芸術界の至宝 坂東玉三郎が2021年からスタートさせた特別企画『お話と素踊り』。映像などを交えつつ様々なことを話し、また観客からの質問にも答えるコーナーと、衣裳や化粧をつけずに舞う「素踊り」で構成され、シンプルながらも玉三郎の芸の神髄を間近に感じられると全国各地で好評を博している。2025年3月には31回を数えた本公演を、9月に兵庫県立芸術文化センターで開催。玉三郎は、江戸後期に大坂で活躍した地歌・箏曲の演奏家・作曲家である峰崎勾当(みねざきこうとう)の地唄舞『残月』を舞う。


―――まず、『残月』をお選びになった理由と、作品の魅力を教えてください。

 「この公演が始まって2年ぐらいで、同じく峰崎勾当が作曲した『雪』を各地で舞ってしまったので、次は何をしようかということで『葵の上』を舞うことに一度決めました。ただ、『葵の上』はいわゆる怨念ものなので、トークの後に舞ってしまうと雰囲気が暗くなってしまう。なので、皆様にお許しを得て『葵の上』から『残月』に変えさせていただきました。『残月』も素晴らしい名曲で、聴けば聴くほど、『雪』と同じく深みのある曲だと思います」

―――今回は生演奏でしょうか?

 「生演奏ではないのですが、先代の富山清琴(とみやませいきん)先生(箏曲演奏家)の素晴らしい演奏を録音した音源がありますので、そちらを使わせていただきます」

―――衣裳についても教えてください。

 「月にちなんで、白地の羽二重の着物と京都で織った露芝と雪和文様の袴で披露させていただきます。(絹の光沢に)月光のような味わいがあると思います。『残月』で履くということで、昨年、織物屋さんと相談して作りました」

―――トークでも、舞でも、素顔の玉三郎さんにお会いできますね。

 「最初は、素踊りで大丈夫かなと思っていたのですが、お客様がたくさんいらしてくださって、楽しんでくださって、満席になるホールもあり、本当に嬉しかったですし、それは意外でもありました。だけど、“こういうふうにやってもいいのだな”と自分でも思いました。それまでは素踊りをしたことがなかったものですから、初めは不安だったんです。今では素踊りで踊る先生方もいなくなられたので、それもひとつの珍しさというのかな、そういうこともあってお客様には楽しんでもらえたのではないかなと思います」

―――お客様の反応は、歌舞伎の公演とは異なりますか?

 「そんなことはありませんでしたね。お話でも笑ってくださることもありました。ただ、近いエリアの公演が続くと、お題を考えるのが大変だったんです(笑)。化粧のことや、本番に向かうまでのこと、あるいは稽古法、健康法だとか、その都度、テーマを変えながらやってきました。毎回、“この話をしようかな”と思うんだけど、幕が開いて、お客様の雰囲気によって違う話になっちゃったりするの。どんどん噺家みたいになっていましたね(笑)」

―――今回はすでにプランはおありですか?

 「今回もどうしようかなと思っているのですけれども、今年の4月にギリシャに行ってきまして、アテネから3時間くらい行ったところにあるアマン・ゾイというホテルに滞在しました。なので、その時の映像を考えています。
 たとえば、コンサートのポスターとかCDジャケット、あるいはさまざまなプログラムやカレンダーに海外で撮影したロマンチックな写真を使っていたのですが、この4年間は全く撮れなかったんですね。それまでは1年に1回か2年に1回、行っていたのですけれども。コロナのパンデミックが起こる前、2020年の1月にアブダビ砂漠に行ったきり、どこにも行けなかったので、今度の『お話と素踊り』では、ギリシャの映像も出そうかなと思っています」

―――土地によってお客様の特徴はありますか?

 「それもあまりありません。歌舞伎でも『関西と関東の違いはありますか?』とか、『地方で違いはありますか?』と聞かれることがありますけれども、そういうことは全く考えないでお客様に向かっています。同じ土地でも、お天気によってお客様が明るい日も暗い日もありますので、自分の態度は変えないでいるつもりです。
 やることを精一杯やって、それをお客様に自由に受け取っていただく。それが僕たち舞台の上に立つ者の心構えだと思っています。毎回、たくさんの方がご来場くださって、本当に自分が必要とされていると感じています」

(取材・文:岩本和子)

プロフィール

坂東玉三郎(ばんどう・たまさぶろう)
1950年4月25日生まれ、東京都出身。1957年、東京・東横ホール『寺子屋』の小太郎で坂東喜の字を名のり初舞台。1964年、十四代目守田勘弥の養子になり、歌舞伎座『心中刃は氷の朔日』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。代表作の『天守物語』をはじめ数々の優れた舞台を創作。ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に招聘され『鷺娘』を踊り、絶賛されたことをはじめ、アンジェイ・ワイダやダニエル・シュミット、ヨーヨー・マなど世界の超一流の芸術家たちと多彩なコラボレーションを展開し、国際的に活躍している。2012年、歌舞伎女方として5人目となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。また、2013年にはフランス芸術文化章最高章「コマンドゥール」を受章した。

公演情報

『坂東玉三郎(人間国宝・歌舞伎俳優)
 ~お話と素踊り~』

日:2025年9月15日(月・祝)14:00開演
  ※他、地方公演あり
場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
料:SS席10,000円 S席・車いす席8,500円
  A席7,000円 B席6,000円(全席指定・税込)
HP:https://sunrisetokyo.com
問:サンライズインフォメーション
  tel.0570-00-3337

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