大人だって、笑って泣いて恋をして。深化した「大人のラブコメ」を届けたい。 今藤洋子の魅力を余すところなく散りばめた、劇団東京マハロの最高傑作『貴子はそれを愛と呼ぶ2025』

 身近な社会問題にも大胆に斬り込み、繊細な人間ドラマを個性豊かな役者が彩る劇団 東京マハロ。主宰の矢島弘一が全ての作品の脚本と演出を手がけている。
 そんな東京マハロが初めて作った「大人のラブコメ」として話題を呼んだ『貴子はそれを愛と呼ぶ』が再演される。2023年12月の初演時には赤坂レッドシアターを連日満席にさせた人気作だ。今回は『貴子はそれを愛と呼ぶ2025』として改編。8月6日から同じく赤坂レッドシアターで上演する。
 本作にかける思いを矢島弘一と主演の今藤洋子、本作のキーマンとなる役どころの本間剛と客演の荒木健太郎に語ってもらった。


―――2023年12月の初演から1年半強という短いスパンでの再演ですが、何か理由があったのでしょうか。

矢島「自分の中でも、すごく手応えがあった作品でした。珍しくこれだけは、ずっとやっていきたいという作品の1つです。年末の上演だったので、なかなか色々な人に手が届かなかったというか、情報がいかなかったのもあるし、もっと多くの人に観てもらいたいなという思いが残りました。それで初演から再演までの期間は短いのですが、早々にやらせてもらいたいと思いました。
 後は、ちょっと内情の話をすると、当時出てもらう予定だった西野優希が途中で体調を崩してしまい、出られなくなったということがありました。彼女も、もう一度リベンジしたいという思いもありましたし、こちらも彼女にあてて書いた役もあったので、もう一度メインどころは変えずに、他の配役を少し変えて新たな形でやらせてもらおうと思いました」

―――初めて観る方のために、ネタバレにならない程度にあらすじをお話いただけますか。

矢島「タイトルになっている貴子は主役ではなくて、今藤さんが演じる『阿部ちゃん』が主役なんですが、この人が世の女性の応援歌になるような作品です。阿部ちゃんは介護職をしているんですが、荒木さん演じるニートの弟がいて阿部ちゃんが弟の分まで働いて養っている。阿部ちゃんは東京から少し離れた田舎に住んでいて結婚もせず、恋人もおらず、毎日の日記に良かった日は白い丸をつけて、悪かった日は黒い丸をつける平凡な日々を送っています。
 そんな阿部ちゃんがある日、インスタグラムを開設して、そのアカウントにイケメンからメッセージが届きます。その(イケメン)に阿部ちゃんが恋をする。そこから始まる物語です」

―――具体的に、どんな女性に届けようと思っていますか。

矢島「子供を産んでいようがいまいが、こういう思いって誰もがあったと思うんですよね。それが今はSNSがあって、なんでもかんでも幸せなことを投稿できる時代になってる。でも裏ではとっても苦労があったり、実はその3分前にはすごく嫌なことがあったかも知れないし、そういう人たちがこれにお金を払って時間をさいて観に来てくれた時に、明日ちょっと勇気を出して前向きになれるような、それは独身女性に限らずに男の人だってそう思うかも知れないし、そういう人たちに届けようと思っていますね」

―――本間さんは、どういった役どころなのでしょうか。

矢島「本間さんの役は野球に携わる仕事をしている男性で、あることがきっかけで今藤さん演じる阿部ちゃんと出会います……とだけお話できる、本作のキーマンとなる役どころですね」

―――今回プロデュースしている(株)テッコウショさんの企画書には「本作品は今藤洋子さんのために書かれた作品と言っても言い過ぎではない」と書かれていますが、そうなのですか。矢島さんにとって今藤さんはどんな役者さんですか。

矢島「(食い気味に)世界一の女優ですよ。僕の中で主演を書かせたら一番書ける女優です。今回の主演も今藤洋子に決まってから断然筆が進んだということもあります」

―――では今藤さんに対するアテ書きなのでしょうか。

矢島「めっちゃアテ書きですね(笑)」

―――逆に今藤さんは、矢島さんの脚本を読んでみてどんなことを感じましたか。共感できるところや、印象に残るところなどを教えてください。

今藤「『阿部ちゃん』という人は別の作品にも出てくるんですが、特別に何かがあったり特殊な状況にある人ではないんです。誰もが心あたりがあるような感覚だったり体験だったり、そういうものがたくさん詰まっている人物像に書いてくださるので、みんなが自分のことのように『これ、私だ!』とか『あぁ〜そうじゃないんだよね〜。でも、その気持ちわかる!』とか、どこかしらの琴線に触れるような感情を書いてくれています。それが阿部ちゃんだけでなくて、色々な人物でも描かれているのが魅力だと思っています」

矢島「これは余談ですが、打ち上げの時に『矢島弘一が書く、私に求める一語一句が全部わかる』と言ってました。覚えてないかも知れませんが(笑)」

今藤「え〜! 覚えてないです(笑)恥ずかしい」

―――具体的な『阿部ちゃん』像と言うのはどんな女性なのでしょうか。介護職にいそうな女性なのですか。

矢島「そうですね。これはイメージなんですけど、彼女が役所広司さんとやった映画『すばらしき世界』で介護職をやっているんですよ。劇中で役所さんが働いている施設で彼女も働いていて、その印象がとても強くて、あの作品とは違うんですけどあの人が阿部ちゃんだったらどうなんだろう?とイメージして書いたところがあります」

―――本間さんは、役者として今藤さんの魅力はどんなところにあると思っていますか。
本間「これだけの爆発力もありますし、ちゃんと抑えた表現や、奥行きのある表現もできる稀有な役者さんだと思っています。(今藤さんのような人は)他に誰がいる?と聞かれても思い浮かばないような存在ではないかと思っています」

矢島「僕の中では、2人はもうセットになってるんですよね。本間さんはマハロには必要不可欠なバイプレーヤーで、なんとなく2人の間もわかるし、この場面では、こんな間でセリフを出してくれるというのがわかるので、脚本がどんどん書けるんですよね」

―――本間さんは矢島さんの脚本についてはどう感じていますか。

本間「さっき今藤洋子に対して言ったことと同じなんですが、しっとりとか業の深いこともできれば、バカもできるという、その振り幅の広さや奥行きの深さが魅力なんじゃないかと思います。自分が出ていないマハロの公演を観た時は、とても嫉妬するし『くそ、面白いじゃん!』と。自分がなんでそこに出ていないんだろうと悔しくなります」

―――荒木さんは、今回は主人公のニートの弟役とのことですが。

矢島「前回は劇団員の福澤重文という役者がやっていたんですが、今回は趣向を変えたくてどうしようかと思った時に、荒木さんは、もうもってこいだったと言うか。見るからにダメっていうよりは、ちょっとイケメンのくせにダメっていうところですぐイメージできますよね。弟だったらおもろいだろうな〜と。彼のいいところはコメディができるんですよね。独特な間と言うか、僕たちがイメージしない間やリズムがあって、それが不思議なんですよ。それで今回お願いしました」

荒木「出演するのは3回目くらいですけど、知り合ってからは長くて割と作品を観せていただいていて、初めてマハロでやったコメディで出演しました。僕が今まで観てきたマハロとは全く違うようなコテコテなコメディでしたね」

―――荒木さんにもお聞きしたいんですが、本作の魅力は一番どんなところにあると思っていますか。

荒木「僕は、台本を読んで初演も観ていたんですけど、本当におふたりが話している通りだったんですよ。今まで長くマハロを観させていただいてたんですけど『あぁ、俺もこの年代になったんだ』と感じさせてくれた作品なんですよ。今まではマハロの社会派の作品を観てきて、矢島さんのすごい取材力で『こんなことがあるんだ!』という事実としてみていたんですが、1年半前にこの作品を観た時は笑ってるんですけど『あぁ、これ何かありそうなことだな〜』って思ってしまったんです。
 実際、本間さんがさらっと登場した時に爆笑してしまって、自分もこんなことがわかるような年頃になったんだなと。今藤さんのリアクションも『あぁ〜』って言う感じで(笑)。でも、めちゃくちゃ笑ったんですけど、その後に胸がぎゅ〜〜っとなるような感じはものすごくあります」

―――今回の作品でも取材に行かれたのでしょうか。

矢島「介護に携わる人の話は聞いたりしました。今回、舞台の1つとなっている場所にカラオケボックスがあるんですが、実際に介護職の人たちに『カラオケボックスでご飯を食べることはありますか?』と聞いたら、介護職の人たちで集まると当然悪口だったり愚痴もあるから、勤務地の近くのファミレスなどには絶対に行かないと言われました。聞かれちゃうから。絶対に個室なんだそうです。歌わなくても、そこでご飯食べて飲んで、話すと。だから『矢島さんが狙ってることはドンピシャですよ。リアルにある』と言われました」

―――「大人のラブコメ」とのことですが、みなさんが最近「大人になったな」と感じたエピソードは何かありますか。この歳になったから、わかったことなど教えてください。

今藤「逆に私は『大人になったな』と思うことなんて、ほんの一握りしかなくて。もっと子どもの頃とか若い頃、20代の頃なんて、40代、50代の人たちはもの凄く大人というか多少のことでは揺るがない精神があって、もっとどっしりしてるし安定していると思っていたんですけど、全然そんなことはなくて。
 私は今50歳なんですけど、もう日々揺らぐし、中庸でありたいのに一喜一憂してしまっている自分がいる。肉体も物理的な年齢も十分大人になっているんですけど、全然大人になっていないという自分がいて。そういうことがいっぱい入っている作品だと思っています。
 『大人のラブコメ』なんですけど、いわゆる大人という言葉から連想されるような『大人』ではなくて、もちろん大人ならではの苦悩はあると思うんですけど、さっき荒木さんがおっしゃっていたように、どんな年齢の人でもどこかに自分を見つけてもらえるような、そんなお話になってると思います。
 ラブコメというと若い世代の話が多いと思うんですけど、私とか本間さんとか矢島さんなど世代が近い人がやるからこそリアリティが出てくるというか、そんな作品がもっと増えればいいなと思っています。みんな『大人』という枠に入れられてしまうんですけど、そんなに大人にはなりきれてなくて、そんな感覚を観にきてくれた人と共有できたらと思っています」

―――「大人のラブコメ」というと『最後から二番目の恋』みたいなトレンディなものを思い浮かべてしまって、トレンディ側じゃない自分は腰が引けてしまうところがありました。

本間「いいおじさんが髪を紫にしてカラオケスナックに行ったり、凄く見苦しくモテようとしている。ああいう人の気持ちをわかるようになりたいというか、まだモテたいという雄の本能で、枯れないように自分もそうありたいと思うのか、いや、それは見苦しいよとなるのか、それはこれから感じることなんだなと思います」

今藤「阿部ちゃんにもそんなところはあると思います。モテたいというか、初めて開設したインスタアカウントでも人に認めて欲しいという気持ちはあったと思うし、その裏には自分を二の次にしてきた、あんまり認められてこなかった人生があったと思うんです」

―――最後に、初めて観にくる人に向けてメッセージをお願いします。

矢島「とっても自信がある作品ですし、新たな人たちも含めて本当にいい俳優さんたちが揃っているので、本当に自信を持って届けられる作品なので、ぜひ楽しみに観にきてください」

今藤「初演は正直、余裕がない状態でも全力でやり切ったという思い出があるんですが、私もこの作品は個人的にも思い入れが強い作品なので、全力でやりながら、共演者とも一緒に、より深化した阿部ちゃんを生きられたらと思います」

本間「今藤洋子イコール阿部ちゃんの奮闘記なので、僕らはそれを下支えするというか、次々と出会っては離れたりして寄り添う存在なので、僕らは下支えに撤したいと思っています」

荒木「僕は1年半前までお客さんと同じ立場で観ていたんですけど、矢島さんが『自信を持っている』とおっしゃっていた通り、間違いなく名作だと思うんです。ずっと続けていく作品になると思うので『初演観たよ』とか『再演観たよ』と言われると思ってるので、自分が出たからには初演を超えるものを皆様にお届けできたらなと思っています」

(取材・文・写真:新井鏡子)

プロフィール

矢島弘一(やじま・こういち)
1975年8月26日生まれ。劇団「東京マハロ」主宰・脚本・演出。2006年11月「東京マハロ」旗揚げ。2016年の10周年には北九州芸術劇場で公演。TBSテッペン!水ドラ!『毒島ゆり子のせきらら日記』の脚本で第35回向田邦子賞を受賞。HNK Eテレ「ふるカフェ系ハルさんの休日」では現在も脚本を手がけている。

今藤洋子(こんどう・ようこ)
1975年1月14日生まれ。長野県出身。東京学芸大学 演劇研究部卒業。佐藤二朗主宰の演劇ユニット『ちからわざ』や坂上忍作・演出の作品等、幅広いジャンルの舞台に多数出演。最近の出演作にTBSドラマ『まどか26歳、研修医をやっています!』や2024年の舞台『そのいのち』脚本・佐藤二朗、演出・堤泰之などがある。

本間 剛(ほんま・つよし)
1969年3月28日生まれ。東京都出身。桜美林大学経済学部卒業。多くの演劇出演によって舞台上での存在感が演劇ファンに広く認知され、近年ではドラマ・映画など映像にも進出。コント仕立てのコミカルな芝居から、ナチュラルなメソッド演技も見せられるバイプレイヤー。2024年舞台『そのいのち』脚本・佐藤二朗、演出・堤泰之に出演。

荒木健太郎(あらき・けんたろう)
1982年8月25日生まれ。熊本県出身。ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズや、『錆色のアーマ』、『サクラヒメ』、KAKUTA『ひとよ』、『松平健芸能生活50周年記念公演 暴れん坊将軍』など様々なミュージカルやストレートプレイに多数出演。東京マハロには、2017年『あるいは真ん中に座るのが俺』、2023年『母も宇宙もフェミニストも』に続き3回目の出演。

公演情報

東京マハロ リバイバル公演 by テッコウショ 第4弾 『貴子はそれを愛と呼ぶ2025』

日:2025年8月6日(水)~13日(水)
場:赤坂RED/THEATER
料:一般7,000円 
  序盤割引[8/6・7・8]5,500円
  U-22[22歳以下]5,000円
  ※要身分証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://www.tekkosho.jp/stage/takako2025
問:テッコウショ制作部
  mail:tekkosho.staff@gmail.com

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