能舞と謡とピアノを昇華させた夢幻の世界 郷愁を誘い魂を浄化する、清々しさ溢れるオリジナル作品『絆』上演

 金春流能楽師・山井綱雄とピアニスト・木原健太郎によるユニット「縁〜ENISHI〜」が、2025年4月11日(日)に20周年公演を行う。久しぶりの東京公演となる『縁〜ENISHI〜20周年記念公演』に対する意気込み、ユニットの魅力について、インタビューを行った。



―――約10年ぶりとなる東京公演についての思いからお伺いできますか。

山井「木原さんとの出会いはお互い20代の頃でした。木原さんが所属していた事務所に私がお世話になることになって、そのご縁で一緒に何かやろうという話になったんです。そこから海外をはじめとする様々な場所に行って公演をしましたが、最近は活動が止まってしまい、気になっていました。
私は2024年の6月に脳出血で右半身不随になり、一度は舞台を諦めかけたものの、リハビリを頑張って回復しました。入院中、もし回復できたら思い残すことがないようにしたいと。そういう意味で、木原さんとの活動は復活させたいと思いました。タイミング的にも、2025年は「縁〜ENISHI〜」の活動を始めて20周年。そこで入院中に木原さんに『またやりませんか』とお誘いしました」

―――木原さんは、お誘いを受けた時の思いなどいかがでしたか?

木原「準備に時間がかかること、お互いにいろいろな活動があることからなかなか「縁〜ENISHI〜」の活動ができずにいましたが、僕もずっとやりたいと思っていました。山井さんが倒れた時にメッセージを送ったんです。『大丈夫ですか』というのはみんな送っているだろうから、『ここで終わるのは違うよ』という感じで。ユニットも途上にあるし、このユニットの素敵さをもっとたくさんの人に伝えないといけないから、必ず復活してくださいとメッセージを送り、そこから山井さんとの対話が始まりました。
今でこそお互いにいろいろなアーティストや表現者とコラボレーションをしていますが、「縁〜ENISHI〜」は僕らがまだ“コラボレーションとか何か”をわかっていない時に、遊びでセッションをしたら面白かったことから生まれました。ピアノは西洋のもので、楽譜も拍子に則ったもの。山井さんがいる世界はそういうものじゃない。ぱっと見は合わなそうなジャンルなのに、なぜかバシッとハマる感覚があったんです。間合いやお互いの空気をキャッチしてやり取りしていくのは誰でもできることではないだろうと感じ、作品もしっかり作ろうということでスタートしました。
東京公演は10年ぶりくらいになりますが、10年間で積み上げてきた経験がプラスされ、“縁〜ENISHI〜のアトモスフィア”みたいなものが会場いっぱいに広がるんじゃないかと思っています」

―――今回ならではの見どころ、10年間での変化や進化といった部分はいかがでしょう。

山井「絆 kizuna』という作品自体はコロナ禍前に作ったもので、今回改めて上演しようと考えています。お互い50代になりましたが、先輩たちを見ていても、芸術家は人生を重ねることで表現に深みが出てくる。大変なこともありましたが、それが積み重なって新たな表現につながっていくんじゃないかと思います。
先ほど木原さんが言っていたように、能とピアノのコラボはいろいろな人がやっています。自分たちで言うのは手前味噌ですが、僕らの場合は本当に深い表現ができるのが強みだと思う。酸いも甘いも、楽しいことも辛いことも全てひっくるめて舞台上にぶつけ、自分がどこまでできるか確認する試金石のような公演になるかと思いますね。
プログラムにおける挑戦としては、お互いソロパフォーマンスの時間も作っていて、私は紋付袴で“仕舞”という形式を披露しようと思っています。能にはいろいろな表現の舞があるので、それを並べていっぺんに舞う試みをしてみたいと思っています。久しぶりに木原さんと合わせる中で『今だからこそこうしよう』というアイデアも出てくるでしょうから、それを大事に、新たなスタートにしたいです」

木原「絆 kizuna』は、山井さんがいろいろな能のお話から舞と謡を抜粋し、そこに僕が既存のオリジナル曲や日本の唱歌などのメロディを取り入れたり、書き下ろしの曲をつけたりしている作品。実は僕ら2人のものではなく、地謡もすごく重要です。山井さんもすごく周りの動きを見て音を聞いていますが、地謡を勤める金春流・高橋忍さんの力がすごく大きい。タイミングを測ってくれるので、ピアノと舞、地謡でパスの出し合い・受け合いができるんです。ジャズのセッションと一緒で、足し算じゃなく掛け算が膨れ上がって新たなものが生まれていく。「縁〜ENISHI〜」としての積み重ねがあるからこそ、そのアビリティは研ぎ澄まされていると思います。また、このコラボを始めた頃の年齢ではなく、50代という“今”だからこそ、見えてくるものがある。多分山井さんもそういう部分はあると思うので、20年前にやっていたことと同じことをしても、全然違う次元にいるかもしれないと感じています」

山井「お互いのバックボーンとして、私は能楽、木原さんはジャズがある。能楽も指揮者がいませんが、そこでどうやって合わせるかというと、お互いの空気や波動を感じあっているのです。舞台上に飛び交う目に見えないものをキャッチ・増幅してより大きな波にしていくことが大事で、能楽はすごくジャズ的だと言われてきました。僕は木原さんと出会った時に、その表現が腑に落ちたんです。木原さんが考えていること、音に乗せてくれることが、会話しなくてもわかるというか。
コラボレーションをする以上、平行線ではなく、同じ方向を向いて1つの作品を仕上げることを出会った頃から大切にしようと話していました。譜面通りに演奏されるクラシックだとこうはいかないでしょうが、さりとてジャズを演奏する方なら誰でもできるわけでもない。木原さんは間の取り方、溜め方、こちらに合わせてくれたり引っ張ってくれたりします。また、木原さんはどんな時でも愛や温かみを感じる演奏をされる。心に寄り添って包み込んでくれるような演奏が、木原健太郎というピアニストの魅力だと感じます。世知辛い世の中ですが、見ているお客様にも癒しを感じてもらえると思いますし、能とジャズを深い部分で組み合わせる唯一無二の表現を見ていただけるんじゃないかと思っています」

―――山井さんから見た木原さんの魅力についてお話がありましたが、木原さんから見た山井さんの印象や魅力はどうですか?

木原「能と聖飢魔IIのことを語らせたらエンドレスです(笑)。聖飢魔IIはいわゆる西洋音楽、ロック。ああいった音楽が好きなことも、僕のような西洋楽器の奏者と一緒にやるときにプラスになっていると思います。気づいたらデーモン閣下と仕事をしているのも面白い(笑)。濃い部分と、人に寄り添ってコラボレーションをしてくださる部分がある。1回1回違うので、今度はどうくるんだろうとワクワクしますし、今回もリハーサルをしたら『こうきたか』という驚きがあるんじゃないかと思います。会場で見ていただいたら、いろいろなことを感じて帰っていただけると思うのでおすすめです」


―――これまでのお話と重複するところがあるかもしれませんが、初めて「縁〜ENISHI〜」を見る方に向けて伝えたいこのユニットの魅力、お2人ならではの表現の良さを改めて教えていただけますか。

山井「自分たちで言うことではありませんが、やはりそれぞれが表現の引き出しを豊富に持っています。木原さんがご自身の技術のお話をされましたが、僕らが最初に『絆 kizuna』を作った時、技術やポテンシャルも必要だけど、それよりも波動や空気にこだわりました。もちろん音や声があり、面や装束をまとって舞う美しさも感じていただきたいですが、目に見えないものに意味がある。純粋に癒され、魂を揺さぶる表現は、演者側も相当根性を入れないと出来ません。皆さんのハートに刺さり、見終わった後に「明日からまた頑張ろう」と思える表現をしてきたつもりです。見ていただけたらヒーリング効果を感じていただけると思う。上っ面の表現ではないものを皆さんの心に届けられるステージにしたいです」

木原「行間を感じてもらうのがすごく大事ですよね。山井さんのおっしゃる通り、目に見えないものを僕らは必死に表現するわけです。海外でも公演をさせていただきますが、ピアノが入ることで少しとっつきやすくなる方もいると思うし、能で表現したいことが伝わりやすくなることもあると思います。初めての方は、『1回見てみようかな』くらいの気軽さで新しい世界に顔を出してほしいです」

山井「自分でいうと身も蓋もないけど、能って難しいじゃないですか(笑)。何を言っていて何を表現しているのかちんぷんかんぷんだと言われることも多い。そこにピアノが入ることでメロディとリズムがついて、風景や心情がすごく立体的になるわけです。木原さんのピアノによって、言語を超えて理解されることを海外公演で感じました。日本の公演でも同じで、木原さんのピアノが能の世界に立体的な彩りをつけ、わかりやすくしてくれている。『能楽ってよくわからない』という方にも、ぜひ我々のユニットを見て『こういうことを言っていたんだ、こんな表現だったんだ』と思っていただけると思います」

―――最後に、皆さんへのメッセージを一言ずつお願いします。

山井「僕ら自身、久しぶりにご一緒することをとても楽しみにしています。人間ですから、自分たちの生き様を舞台に出していくことになると思う。私は2024年、本当に大変な思いをして右半身不随にまで追い込まれましたが、おかげさまでほとんど回復し、舞台に復帰できました。毎日生きていることのありがたみを感じますし、一期一会のステージを真剣勝負で作っていきます。二度と再現できない世界観・その瞬間を見ているお客様とも、木原さんとも、出演してくれる金春流能楽師のみんなとも共有したい。『絆 kizuna』というタイトルは、木原さん、金春能楽師のみんなとの魂の繋がりのことでもあります。生命賛歌というか、生きている喜びを、見てくださる皆さんとも共有できるステージにしたいと思っていますので、ぜひ足をお運びください」

木原「“難しそう”と思わず、まずは気軽にこのコラボレーションの世界に足を運んでいただきたいです。会場に「縁〜ENISHI〜」の能とピアノの波動がしっかり行き渡ると思いますから、それを感じるだけでも癒されるでしょうし、きっといいひとときになるはず。なかなかユニット公演ができていなかったこともあり、非常にレアな機会をお見逃しないよう。会場でお会いできるのを楽しみにしています」

(取材・文:吉田沙奈)

プロフィール

山井綱雄(やまい・つなお)
1973年生まれ、神奈川県出身。シテ方金春流能楽師。重要無形文化財(総合指定)保持者。公益社団法人「能楽協会」理事。公益社団法人「金春円満井会」常務理事。79世宗家 金春信高、80世宗家 金春安明、富山禮子に師事。祖父は金春流能楽師 梅村平史朗。5歳初舞台、12歳初シテ、以降『乱』、『石橋』、『望月』、『道成寺』、『翁』、『正尊』、『安宅』、『砧』を披演。山井綱雄能の会「山井綱雄之會」を主宰するほか、初心者の為の能ワークショップ、学校公演なども多数開催。海外公演も多数開催。ロックバンドや三味線プレイヤーなど、他ジャンル芸術家との共演、創作作品にも多数取り組み、能楽の新たな可能性に挑み続けている。『第十六回山井綱雄之會 能「鷹姫」』でタッグを組んだ演出家木村龍之介との出会いを機に、2023年10月には木村演出のシェイクスピア作品『シン・タイタスREBORN』にて主演を勤めた。

木原健太郎(きはら・けんたろう)
北海道釧路市出身。ジャズピアニスト・作曲家。バークリー音楽大学卒業。在学中にバークリー・ジャズパフォーマンスアワードを受賞。自身の楽曲リリースやライブ活動に加え、国内外のアーティストとの競演多数。津軽三味線とのユニット「去来~CoRai~」で日・バチカン国交樹立80周年記念公演としてバチカンでの公演を行うなど、海外でも高い評価を受けている。作曲家としてJ-POPをはじめ、ラジオドラマやTVアニメの劇伴音楽、子どもの為の合唱曲まで幅広いジャンルの楽曲提供を行なっているほか、音楽監督として舞台・TVの音楽番組等でも活動。北海道にて、オリジナルの教材や連弾等を通して音感やリズム感を育むジャズ・ポピュラーピアノレッスン「音育(おといく)」も開催している。

公演情報

『縁~ENISHI~』結成20周年記念公演
日:2025年4月11日(金)19:00開演(18:00開場)
場:なかのZERO 小ホール
料:7,700円(全席指定・税込)
HP:https://www.tsunao.net
問:山井綱雄事務所 tel.070-6526-0270(平日10:00~17:00)

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