劇団を育ててくれた作品に、挑戦的なキャスティングで挑む より深く広く『トーマの心臓』という名作にアプローチできたら

劇団を育ててくれた作品に、挑戦的なキャスティングで挑む より深く広く『トーマの心臓』という名作にアプローチできたら

 萩尾望都による漫画を原作とした劇団スタジオライフの舞台『トーマの心臓』が、劇団結成40周年の節目に、初演と同じウエストエンドスタジオで上演される。本作はドイツのギムナジウムを舞台に、多感な少年たちの成長を描いた物語。1996年にウエストエンドスタジオで初演を行って以来、劇団の代表作として繰り返し上演されてきた。今回の公演、作品に対する思いや意気込みを、千葉健玖、鈴木翔音、藤原啓児に伺った。


―――まずは40周年にこの作品を上演すると聞いた時の気持ちから教えてください。

千葉「スタジオライフはここぞという時に『トーマの心臓』を上演していますし、劇団ファンでも待ってくれている方はたくさんいるので、40周年に上演する予感はありました。自分がエーリクを演じることについては驚きましたし他のキャスティングも挑戦的ですが、変に気負わず、いつも通りみんなと歩幅を合わせて作れたらと思っています」

鈴木「初演ぶりにウエストエンドスタジオで上演できるのはとても特別なことだと感じています。入団時、『トーマの心臓』はすごく意識していて、オスカーは1つの目標でもありました。挑戦的なキャスティングだとは思いますが、原作ファンの方にも劇団ファンの方にも満足していただけるよう、精一杯頑張りたいと思っています」

藤原「40周年の節目に『トーマの心臓』は必然的に感じています。劇団の歴史を振り返ると、最初の10年はいい意味で試行錯誤した時代でした。10周年でこの作品と出会い、決定的に方向性が掴めた。僕は在籍38年になりますが、劇団の歩みを語るうえで欠かせない、重要な作品です。それを初演と同じ場所で上演できるのは感慨深いです。また、脚本・演出の倉田淳が言う“原点回帰”の意味を考え、自分の言葉で言えるような公演にしたいと思っています」

―――これまでも出演されたことがあるみなさんが感じる『トーマの心臓』の魅力はどこでしょう。

鈴木「文学的だと色々な人に言われるように、言葉がすごく綺麗で奥行きがありますよね。余白が多く、見た人が想像を巡らせる余地のある作品だから繰り返し上演しても毎回違うものになるし、次も絶対違うものになる。魅力の源泉はそこにあると思います」

千葉「物語の舞台は現代の日本ではないけど、今の時代でも共感できると思います。登場人物たちのピュアさというか透き通った部分というか」

鈴木「怒るとか嫉妬するとか、今なら隠しちゃうような感情がダイレクトに描かれているよね。ちょっと恥ずかしくなるようなところを楽しみたいし、楽しんでほしいです」

千葉「まっすぐなやり取りができるところが、演劇にマッチしているとも思います。役者としても、裸でぶつかることができるのが魅力です」

藤原「原作を初めて全て読んだ時、『人は二度死ぬという』『人は1人では生きていけない』というセリフが心に突き刺さりました。
劇団生活もまさにそうだなと。演劇は1人では演じられないし、劇団も1人では活動できません。そういった普遍性が詰まっている作品だからこそスタジオライフの代表作になったし、上演するたびに出演者全員がその認識を深められている。スタジオライフはこの作品に育てていただいたという思いです。萩尾先生の『トーマの心臓』が読者に伝えている強烈なメッセージを僕らは演劇の形でお客様と共有し、心の旅を楽しみたいと思っています」

―――今回、千葉さんはエーリク、鈴木さんはオスカー、藤原さんはミュラーを演じます。千葉さんと鈴木さんは初めて演じる役の印象や魅力、藤原さんは演じてきた中での変化について教えていただけますか。

千葉「エーリクは怒る、悲しい、喜ぶなどの感情をまっすぐに出す人間だと思っています。その中にちゃんと優しさがあるし、作中でいろいろな人と出会って成長することで、優しさがもう1つ大きく花開いていくような印象があり、そこに魅力を感じます」

鈴木「オスカーは人より一足先に大人にならないといけなかった少年。その理由は『トーマの心臓』では深く語られていませんが、核は持っていなきゃいけないなと思っています。オスカーは何かを決断する時、“待つ”という選択をするんですが、そうなった理由は過去にある。作中で描かれない部分をどう見せていくかは挑戦だと思っています。『トーマの心臓』はもちろん、オスカーの少年時代を描いた『訪問者』もしっかり読んで作っていきたいです」

藤原「ミュラー校長はオスカーの実の父で、僕の中では親子・父と子が軸にあるイメージでした。先代の河内喜一朗さんは『僕ら(倉田・河内)にとって劇団員は子供』と常々言っていました。河内さんが亡くなり、僕が代表を預かって今年で11年目になりますが、自分の劇団での立場や実人生がシュロッターベッツ学院のミュラー校長という人物の意識背景みたいなものとリンクしてきている部分がある。これは初めてミュラー校長を演じた時にはなかった感覚です」

―――お稽古前ですが、今回ならではの見どころはどうなりそうでしょうか。

藤原「今回のキャスティングは一見チャレンジと捉えられるかもしれませんが、僕はチャンスだと思っています。もちろん、萩尾先生の原作を元に育んできたスタジオライフの『トーマの心臓』における20年以上の歴史は事実だし、後悔は一切ありません。ただ、原点回帰と考えた時に思い出すのが、右も左もわからない初心者を全国から募集して、『トーマの心臓』と格闘した初演の感覚。そこに立ち戻ることで、スタジオライフの『トーマの心臓』がより広く深くなるのではと思っています」

千葉「劇団内では“この役はこの役者”というのが大体決まっていたので、今回、原点回帰でありつつ新たな発見ができる公演になると思います」

鈴木「あと、僕らはせっかく“若手”って言われているから、動きを機敏に……(笑)」

千葉「肉体的な若さはあるから(笑)。フレッシュにいけるところはフレッシュに頑張りたいです」

藤原「(千葉と鈴木は)謙虚に言っているけど、今ってプロデュース公演が主流で、劇団活動はすごく地味な印象になっていると思います。でも、劇団活動に自らの意思で入ってきて5年、10年と生き残るのは並大抵のことじゃない。今回メインを演じるのは言葉では言い尽くせない努力と苦労をしてきたメンバー。その経験と実感を持った上で新鮮な役に挑戦し、原点回帰していくので、計り知れないものになる気がしています。彼らの力が倉田さんの演出と出会ってどうスパークし、新たな『トーマの心臓』につながっていくのか期待が大きいです」

―――思春期の少年たちの物語を、同じ劇団でこれだけ長く上演する例はなかなかないと思います。その中で感じる難しさや楽しさ、今回への期待はありますか?

千葉「スタジオライフの作品は、思春期・子供が物語の中心人物になることが多いんです。僕は入団12年目ですが、入団した当初は『僕が一番若いから、僕のほうが絶対いいだろう』という根拠のない自信とエネルギーを持ってやっていました。でも、年齢を重ねてそういった役が出来なくなるわけじゃなく、大人になって経験を重ねた上で思春期を演じる面白さ、大人が演じるからこそ見えるものや得られる共感がある。それはスタジオライフの特性なのかなと思っています」

鈴木「『トーマの心臓』には“愛”というテーマがあると思います。今まで、千葉や伊藤(清之)、前木(健太郎)と、喜劇で愛みたいな関係性を持つことはあったんですが、シリアスな作品で若手同士絡むことはあまりなかった。僕らもそうですがお客さんも新鮮なのかなと思います。『トーマの心臓』は何回も上演している作品ですが、同じことを繰り返している意識はなく、今回もどうなるかわからない新鮮さを感じています」

藤原「先代の河内さんは劇団員の育成にすごく情熱を持っている方でした。『心に自由を抱いている役者を育てたい』と話し、発声や肉体トレーニング以上に“何を感じるか”に重きを置いていました。“心の自由”がこの作品には溢れているんですよね。翔音が『同じことを繰り返しているとは思わない』と言っていましたが、その瞬間に心が自由に動いていれば、その刹那のオスカーだしエーリクになるし、何十回やっても毎回違うものになる。『トーマの心臓』は、心を頑なに閉ざしたユーリと、心に自由を持ったエーリクという少年が出会い、ユーリが心に自由を持つように成長していく物語。それが、スタジオライフのみんながこの作品を好きで、何回も公演をし、代表作になっていった要因かと思います」

―――これまでの公演で印象的だった出来事を教えてください。

千葉「僕が入団して1年ほど、正式に劇団員になった1本目が『トーマの心臓』で、同期2人がエーリクを演じていました。いいなと思いつつ、生半可な気持ちでできるものではないし、2人がすごく苦戦していて。それでも食らいついてステージに立っている姿が印象に残っています。そこから約10年経ち、その役をまさか自分が演じるとは、感慨深いものがありますね」

鈴木「舎監室など、いろいろなものがすごくリアルに作られていて、2014年に出演した時からそのリアリティを感じていましたが、今回は劇場もウエストエンドスタジオなので空間的なこともあり象徴的な作りになるかな、と思います。でも、お客様との距離がより近いので、心情としてのリアルはさらに感じてもらえるんじゃないかと思っています」

藤原「上演するたびにいろいろなことが起きますが、一番覚えているのは萩尾先生が初めて観に来てくださった時のことです。いついらっしゃるかわからないまま、“今回もしかしたら先生が観てくださるかもしれない”という噂が劇団内で流れていて」

千葉・鈴木「(笑)」

藤原「倉田さんはすごく勘の働く人で、朝起きた時に『今日先生がいらっしゃる!』って(笑)。本当か? と思っていたら、開演10分前に先生が突然いらっしゃったんです。河内さんが『みんな緊張するから絶対言うなよ!』って言ったのに、楽屋に行ったらみんなが『先生いらしてるんですか!?』って大騒ぎしていました(笑)。先生は描き終えた作品を一度も見直さないそうなんですが、終演後に感想を伺ったら、『私がいろいろ思いながら描いたものが舞台上で繰り広げられて、とっても懐かしく嬉しかった』とおっしゃってくださって。素晴らしい原作を舞台化させていただいた上に、素敵な感想を話して貰えたのが本当に嬉しかったです。」

―――前回の公演がコロナ禍だったこともあり、ようやく観られるという方もいるかと思います。楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。

千葉「『トーマの心臓』は劇団でとても大切にしている作品です。僕らは役者なので、原作とも向き合いつつ、役者同士で向き合い、繋いだものを見せたいと思っています。もちろん原作を大切にしますが、やることはいつもと変わりません。若い、フレッシュな風を巻き起こしながら紡いでいきたいと思っています」

鈴木「初演ぶりのウエストエンドです。いつもより近い距離で演技をするので、呼吸や瞬きなど、濃密なものをたくさん楽しんでいただけたらと思っています。お客様に、シュロッターベッツ学院の壁になったような気分で見届けていただけたらと思っています」

藤原「素晴らしい物語に劇団の心の精髄をリンクさせながら、観てくださる皆さんと共に心の旅をしたいと思います。迷いなく劇場に足をお運びください」

(取材・文&撮影:吉田沙奈)

プロフィール

千葉健玖(ちば・けんき)
東京都出身。劇団スタジオライフ作品を中心に出演している。主な出演作品に『LILIES』、『トーマの心臓』、『GREAT EXPECTATIONS~大いなる遺産~』、『夏の夜の夢』、『アドルフに告ぐ』、『アンナ・カレーニナ』など。

鈴木翔音(すずき・しょおん)
神奈川県出身。劇団スタジオライフ公演に加え、外部公演にも出演している。主な出演作品に『11人いる!』、『トーマの心臓』、『WHITE』、2.5次元ダンスライブ『ツキウタ。』シリーズ、『毒薬と老嬢』、『ロミオ&ジュリエット-薔薇の名前-』など。

藤原啓児(ふじわら・けいじ)
三重県出身。2014年から劇団スタジオライフ代表も務める。軽妙な役柄から重厚な役柄まで幅広く演じ、外部出演、また後進の育成にも努めている。主な出演作品に『トーマの心臓』、『死の泉』、『アンナ・カレーニナ』、『なのはな』、『11人いる!』『TAMAGOYAKI』などがある。

公演情報

劇団スタジオライフ『トーマの心臓』
日:2025年3月14日(金)~23日(日) 場:ウエストエンドスタジオ
料:一般6,500円 イブニングチケット[枚数限定/18:00・19:00公演]5,000円
  学生3,000円 高校生以下2,500円(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://studio-life.com
問:スタジオライフ tel.03-5942-5067(平日11:00~16:30)

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