大人が楽しむ人形劇、SFの傑作『華氏451度』を初人形劇化! 情報にあふれる現代で暮らす私たちに、様々な問いを投げかける

大人が楽しむ人形劇、SFの傑作『華氏451度』を初人形劇化! 情報にあふれる現代で暮らす私たちに、様々な問いを投げかける

 人形劇団ひとみ座が、大人向けの最新作として『華氏451度』を初人形劇化する。原作は1953年に書かれたレイ・ブラッドベリによる傑作SFで、映画化や漫画化など様々な作品に影響を与えてきた。本を禁じられたディストピアの人間模様を、人形劇ならではの仕掛けをふんだんに駆使し、視覚的に表現していく。作品を代表して、演出の小林加弥子、舞台美術の小川ちひろ、出演の高橋和久、田川陽香に話を聞いた。


新しい感覚を取り入れて深いテーマに挑む

―――今作では脚本を佃典彦さん(劇団B級遊撃隊)が担います。脚本を手にした時の印象などをお聞かせください。まずは初の演出に挑む小林加弥子さん、いかがでしょうか。

小林「実はこの企画を発案したのは私なんです。その時は演出をやるとか全然考えていませんでした。75周年記念公演の企画募集があったんですね。その際には採用されなかったのですが、時間をかけてやろうと思っていました。その後座内で新作募集があった時にもう1回出した結果、何作かあった中から選ばれました」

―――あたためてきた作品が佃さんテイストで上がってきて、いかがでしたか?

小林「脚本は、プロの方にお願いさせてくれと劇団に頼みまして、何回かお付き合いさせていただいている佃さんにお願いしたら二つ返事で書いてくださって、想像もつかなったものになっていて、さすが佃さんだと!
第1稿をいただいた時はだいぶぶっ飛んでいて(笑)、華氏ファンに怒られるかも?と思いましたが、読むと構成が素晴らしかったんです。佃さんにお願いして良かったと思いました。そこからブラッシュアップして今に至ります」

―――舞台美術デザインの小川さんはいかがでしょうか。

小川「まず原作を読んだ時に、古典ですし翻訳にもよりますが、詩みたいでなかなか本質を言わないので、読み進めることが大変でしたが、佃さんの台本は飽きることなく最初から最後までノンストップで読め、とっても面白かった印象です。絶対面白い作品にしたいと思いました」

―――出演の田川さんはいかがでしょうか。

田川「原作を先に読んで脚本を手に取りました。この表現を人形劇でやったらどう見えるのかな?というところがありましたが、そこが脚本の中で上手に表現されていたので、色々と佃さんが考えてくださってこうしてくれたのかと、その手腕はすごいなと思いました」

―――そしてひとみ座作品に初参加、高橋さんです。

高橋「演出の小林さんから依頼を受けた時に初めて原作を読みまして、すごく充実していて1950年代に書かれた本であることに驚きました。テーマもエッセンスも非常に現代的で、映画ももちろん見て、数年前に映画はリメイクもあったんですね。それは主人公が確か黒人になっていて、しかも現代に置き換えられていて。さらに漫画もあって手にいれて読みましたが、非常に深い内容の作品だなと。
ただそれを舞台ではどうするの?ていうところで、佃さんの脚本を読みましたが、良い加減にエッセンスを残してまとめてくださっていて、これは子供だけじゃなくて大人も観られる作品になるのではと予感はしています」

―――高橋さんは、主人公でファイアマンのガイ・モンターグ役を演じます。人形と雰囲気が似ていますね。

高橋「似せていただいたんでしょうか?(笑)」

小林「人形って演じる人に何故か似てくるんですよ」

―――人形との共演について、稽古前と稽古が始まった今の印象の変化についてお聞かせください。

高橋「実はまだね(1月上旬)扱いまではいってなくて。人形を扱うことは初めてで、ちょっと触らせていただいていて不思議な感覚になりました。自分の肉体を使ってやらない、人形に何かを宿らせていく雰囲気だから、そこに確信を持ってやらないと動きとかが浮ついちゃう気がするんですよ。稽古前まではずっと楽しみだったんですけど、触ってから恐怖のどん底に落ちまして(笑)。これはどうすりゃいいんだよと。これから2か月半くらいで克服していこうと思ってます!
もちろん人形はとも使い(複数で操る)で、基本はプロの方が操っていただき、僕がそれをサポートして操りつつ喋ることになると思いますので、操者の照屋さんと2人で作り上げていくキャラクターになります。そこにプラス相手役とのやり取りがあるものなんで、1つの人物を2人でどう造形していくのか、その作業が楽しみでもありドキドキです」

―――続いて田川さんが演じる役を紹介してください。

田川「私は主人公の同僚ストーンマンと、主人公の奥さんの友達フェルプス夫人役を演じます。主人公のモンターグは世界の常識と離れた思想になって変化していくキャラクターですが、同僚のストーンマンさんは世界に疑問を持たずに生きている人でガイとは対比になっていくので、その部分を表現できたらと。そしてフェルプス夫人はストーンマンと同じように普通に生活している奥様を演じます。
高橋さんとのやり取りが多くなるので、高橋さんについて行かなければと。これからの稽古をしっかり頑張ります」

現代にも通じる深刻なテーマをテンポよく見せたい

―――美術面についてお聞きします。この作品はデザイン的に自由度が高いように思います。デザインのイメージや世界観で小川さんが意識した所は?

小川「一番最初に小林さんの人形のイメージ画を見ていたので、それがアバンギャルドでとても形が面白くて個性豊かだったので、逆に舞台美術はなるべく削ぎ落としてシンプルさに挑戦しています。
超近未来的でもなく、どこか懐かしさもあり、どこの国なのか想像しながら作っていて、“新しいと古い”の気持ちいいところでイメージしています。子供の頃に読んだ未来を描いた物語で『ぼくはくまのままでいたかったのに……』という絵本がありまして、その挿し絵がすごく好きなんです。冬眠していたクマが工場で働くお話ですが、そのギュッとなる切なさや、冷たい無機質なコンクリの感じが、今回の作品に通じるものがあってそんな感じをうまく舞台に落とし込めたらいいなと思っています」

―――小林さんが演出として意識していることをお聞きかせください。

小林「キャラクターはそれぞれに魅力があり、それぞれの事情の中で生きていることがよく書かれていて、現実的で切実なものを感じられます。彼らが舞台に現れたらお客様は共感を持てるのではと。
現代の世界にも通じる深刻なテーマをもつ物語だと思っていますが、それをなるべく軽くテンポよく見せることが今の課題ですね。
人形デザインも私がやっていますが、人形は漫画的な感じで親しみやすい方向に、線をあまり増やさずシャープでビビッドな感じで、割と直線的なイメージで全体をデザインしています。人形は顔が命といいますか、キャラクターの人間性が存在そのものになっていくものなので、そういうところを意識しながらやっています。とにかく視覚的には重さを出さずにできたらと思っています」

人形であることで観る人に余白がうまれる

―――今の段階で、ご自身が思う見どころや、注目ポイントを教えてください。

高橋「僕は主人公の成長や変化していく様を丁寧に見せられたらいいかなと思っていて。実際モンターグが感じて変化していくことが、見ているお客様自身の中にも起こっていくといいなと。それができれば素晴らしい作品になるだろうと思っております。
この作品は生身の人間が演じるよりも人形が演じる方が怖さとか説得力が出るんじゃないか、ある種の儀式じみた芝居のような気もしていて。1回死んで生まれ変わるみたいな、芸能の起源みたいなことまで繋がっていくような気がするんですよね。
役者ってなんだ、依り代だ。依り代ってなんだって考えていくと、人形ってまさに依り代じゃないかと。人間だと人間のエネルギーが出すぎて情報オーバーになりそうな感じがするけれど、人形だとむしろ抑えられて素直に見て素直に何かを伝えることができるんじゃないかなってちょっと思っています」

田川「作品全体としては、火の表現がどうなるのか楽しみです。舞台では本当の火は使えないので、人形劇の火という表現ができると思うんです。そこがきっと面白くなるのではと。もちろん自分たちがやっていく部分でもあるのですが。楽しみにしていてください」

小川「注目して欲しいところは全部ですが、何かが何かになります(一同笑)。
小林とアイデアを出し合って、ふたりでいいねってなった仕掛けがありまして。舞台上で何かが何かに変わるみたいな事をちょっと挑戦したくて、自分でもワクワクしている所なので、楽しみにしていてください」

小林「この物語を選んだのは視覚表現としてやれることが多いなと思ったからです。先ほども話しましたが、登場人物の切実さを出したいですね。それぞれの役に全て事情があり、生きています。上手い人が操る人形は、たとえ悲惨なシーンでも可愛らしく見えるんです。それを出すことが挑戦です。動きだけでたとえセリフが音声オフになったとしても、切実に生きているように感じられる人形劇が私は見たいと思っていますし、目指しています」

―――いろいろお話を伺いましたが、高橋さんが思うひとみ座の魅力とは?

高橋「実は20年くらい前からここの代表の方々と遊んでいまして(笑)やっと出演いたします。
ひとみ座は歴史があって、稽古場があって工房もある。1つの作品を作り上げるものが全部1つの場所に集まっていることは、今の日本の演劇状況で言えばものすごく恵まれていますよね。
その場所があるから人が集まって自由にお稽古したり語らったり、いろんなことができる。だからこそできるチームワークがあります。かといってそれが馴れ合いになってるかっていうとそうでもない。ある種の緊張感を持ってみんなが稽古場にいるような気がしています。
華氏のチームだからなのか、僕が外部からひとり入ってるからなのかわかりませんが、空気の風通しが非常にいいんです。 悪いエネルギーが溜まらないってことは、ものすごくいいものが生まれる環境だなと思っています。小林さんも昔から知っているので、声をかけていただいて非常に光栄です」

―――最後に今年の抱負と、お誘いのメッセージをお願いします。

高橋「新作としては今年初の作品です。この作品をいいものにしたいです。新たな作品、新たな年、新たな出会い。頑張ります」

田川「私は客演の方が入った舞台は初挑戦です。今までとは違う作品になるので、新しさを大事に3月に向けて頑張りたいと思います」

小川「原作ファンはもちろん、話を知らなかった方もSFで人形劇ってどうなるんだろうと、気になったままいらしてください。いろんな仕掛けを作ってお待ちしています」

小林「この作品は大人向けに作っております。企画がスタートしたのが2年くらい前からで、ついに3月に幕が上がります。人生の中でこんなに何かに集中したことは無かったという気がします。3月まで全力で生き抜きます。是非いらしてください」

(取材・文&撮影:谷中理音)

プロフィール

小林加弥子(こばやし・かやこ)
東京都出身。1996年入団。今回の『華氏451度』の演出が初演出作品となる。ひとみ座の人形遣いとして多くの作品に出演。少年・少女から老人、女性・男性問わず幅広く多くの役を演じわける。劇団出演作品に、『ロミオとジュリエット』、『マクベス』、『大どろぼうホッツェンプロッツ』、『ひょっこりひょうたん島 オンステージ』、『美女と野獣』、『弥次さん喜多さんトンちんカン珍道中』、『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』ほか。外部出演作品に、日生劇場ファミリーフェスティヴァル『ムーミン谷の夏まつり』、日生劇場ファミリーフェスティヴァル『ぼくは王さま』シリーズなど。

小川ちひろ(おがわ・ちひろ)
東京都出身。ひとみ座アトリエ所属。多摩美術大学で染織を学んだ後、2003年入団。遣い手の経験を積んだ後、美術スタッフとして作品に参加。主な美術作として、『テンペスト』『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』、ひとみ座70周年記念公演『どろろ』、75周年記念公演『花田少年史』など。座外人形美術作品は、日生劇場ファミリーフェスティヴァル『ムーミン谷の夏まつり』、新国立劇場『リチャード三世』、乃木坂46版『美少女戦士セーラームーン』(ルナ)他。映像作品は、ももいろクローバーZ『WE ARE BORN』、平原綾香『これから』など。

田川陽香(たがわ・はるか)
長野県出身。2018年入団。座内一の人形劇通といわれるくらい人形劇に精通している。主なひとみ座出演作は、ひとみ座幼児劇場(作品多数)、『かわいいサルマ』、『美女と野獣』、『どんぐりくらぶ』、『弥次さん喜多さんトンちんカン珍道中』、『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』、『花田少年史』、『メープル農場のどうぶつたち』、ひとみ座乙女文楽『二人三番叟』など。昨年度より外部作品札幌PIT『カフカ経由シスカ行き』への出演、NODA・MAP『兎、波を走る』に人形美術助手として参加するなど活躍の場を広げている。

高橋和久(たかはし・かずひさ)
福島県出身。俳優、演出家、ナレーターとして幅広く活躍中。1997年に横浜ボートシアターに入団、シンガポール芸術祭で初舞台を踏む。2005年、日独共同創造演劇プロジェクト『四谷怪談』で直助権兵衛役に抜擢。アクターズクリニック創始者の塩屋俊と共同で東日本大震災を題材にした『HIKOBAE2013』演出、千葉市美浜文化ホール開館10周年記念特別公演『The 10 years』演出など国内外で活躍している。2018年テルアビブのルティ・カネル演出『今は昔、かぐやのミッション』(竹取物語より)では、既存の演劇とは全く違う作品を共同で創り話題を呼んだ。

公演情報

人形劇『華氏451度』
日:2025年3月27日(木)~31日(月)
場:川崎市アートセンター 小劇場
料:4,000円 U25[25歳未満]2,500円(全席指定・税込)
HP:https://hitomiza.com
問:人形劇団ひとみ座 tel.044-777-2225(平日10:00~18:00)

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