荒野から放たれたロケットは、ソビエトの威信と人類の夢を乗せて ソビエト連邦の宇宙開発に賭けた人々を描く3部作、一挙上演

 2本足で大地を踏みしめて生きてきた人類は、長い間、空への憧憬を抱き、やがてそれを叶えるようになった。そして人類は宇宙空間を目指し、まずは月面へ到達することを考えるようになる。そんな想いは第二次世界大戦を経て進められたロケット開発を軸に、戦後の米ソ冷戦下で1950年代から始まった宇宙開発競争へとつながっていく。
 劇作家・演出家の野木萌葱が率いるパラドックス定数の『ズベズダ -荒野から宙へ-』はそんな宇宙への挑戦を旧ソビエト連邦側から描いた作品だ。世界初の人工衛星、スプートニクから始まり、「地球は青かった」で知られる宇宙飛行士 ユーリ・ガガーリンによって人類初の有人宇宙飛行を達成する。そして1966年、アメリカに有人月面着陸で先を越されたものの、尽きない彼らの宇宙への思いは現在へとつながっていく。
 そんな物語を今回は3部作として上演する。それぞれを観るだけでなく、3部作を一気に観劇できる縦断上演も実施される。11名の出演者と共に贈るこの大作について、作・演出の野木に話を聞く。


―――3部作となる本作ですが、もともとは青年座に書き下ろした作品ですね。その時は1作品にまとまっていましたね。

 「青年座さんからオファーをいただいて書いた時点で、脚本は長くて5時間半もありました。それを整理していって、それでも3時間ありました。今回は3部作で6時間と最初より長いですが、最初の脚本に物語を足すのではなく、全て見直して書いた感じです」

―――今回は3部作一挙上演で、1日で全て観劇する一挙上演(縦断上演)も用意されています。ずいぶん大胆な企画だと感じましたが、いかがですか。

 「そうですか? JACROWさんとか、結構皆さんやってますよね。だから出来るんだと思って。もともと3部作をやりたかった訳ではなくて、結果的にそうなった訳です。他でもやっているから、周囲から『パラドックス定数もやるのかよ』と言われるかと思ったくらいです」

―――さて、物語は旧ソビエト連邦の宇宙開発について描かれます。当時は東西冷戦状態の下、アメリカとしのぎを削っていた時代ですが、あくまでもソビエト側からの話ですね。オファーの時点でこのテーマがあったのですか。

 「いや、特に無くて、最初はゴルバチョフさん(ソビエト連邦最後の最高指導者)に興味が出て、調べはじめたのですが、わからないことが多くて。情報はあるのですが、自分の理解が追いついていかない。それでも進めていったら宇宙開発に関わった人々に行き着いて、磁石に引き寄せられるように、ふっと向いたんです」

―――ガガーリンに興味が湧いたんですか。

 「ガガーリンよりスプートニク(世界初の人工衛星)ですね」

―――ソビエトの宇宙開発には、中心になって働いたセルゲイ・コロリョフ(1907-1966)の名前が挙がりますよね。

 「彼がキーパーソンになりますね。でも物語は現在まで続いています」

―――確かに第三部は「1964年〜2025年」とあります。関係者はとうにいらっしゃらないのでは?

 「いえ、まだ初めての女性宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワさんがご存命なんです。だからまだつながっています」

―――そんな物語を描く今回、パラドックス定数としては出演者が多いですね。しかも全員が3部作全てに出演するとか。

 「11人います。我々の作品としては2番目に多いキャストですね。さらに6年振りに女性キャストも入っています。物語に必要ですから。宇宙開発の最前線で活躍した、全員がヒーローのような存在です」

―――出演者を選ぶときに大切にしたいところはどこでしょう。

 「いつもそうなのですが、この人に私の表現を任せたい。と思える役者さんですね」

―――劇場ですが今回は中野のザ・ポケットです。出演者が多いときは舞台の間口など気にされますか。

 「間口はあまり気にしません。むしろ奥行きを大切に考えています。さらに高さの方が重要です」

―――物語のテーマでもある宇宙開発について、米ソが競り合っていた時代からくらべると、現在は落ち着いてきた、そんなイメージがあります。

 「現在も月面着陸を含めた有人宇宙飛行のアルテミス計画などが進められていますが、あの時期のとにかく宇宙に行きたいという狂気は今とは比べものにならないですね。私の印象ですが、関わった人それぞれが宇宙に行きたいという狂気。それが強かったと思います。それにソビエトは1本化されているNASAと違って、いくつもの設計局が競い合っていましたから」

―――ところで縦断上演の先行販売で予定数が完売したそうですね。縦断上演は昼過ぎから夜までかかるにもかかわらず……熱心なファンが多いんですね。

 「先行は一般発売の前24時間で行ってますが、さすがに申し込みは少ないだろうなと思っていたところ、24時間を待たずに完売しました。ほぼ1日をパラドックス定数漬けになってもいいというお客さんがそれだけいらっしゃったのは嬉しいです」

―――そういった観客を育ててきたとも言えるんじゃないですか? 実感はありませんか。

 「申し訳ないのですが、作家としてはそこまで頭が回ってないです」

―――縦断上演は観る側も体力勝負かと思いますが。

 「年配のお客さんがそれに耐えられるか、という話かと思いますが、むしろ皆さん凄く元気です。しかも青年座での上演では、多くのお客さんがリアルタイムに経験している世代なので、だからこその盛り上がりがありました。ガガーリンという名前は誰もが知っている時代ですから」

―――最後に、『荒野より宙(そら)へ』というタイトルですが。「宙」は宇宙を意味するとして、「荒野」はどこを?

 「発射実験場です。バイコヌールやカプースチン・ヤールは荒野の真ん中ですから」

―――人類が未知の宇宙に挑んだ時代の物語。楽しみにしています。

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

野木萌葱(のぎ・もえぎ)
神奈川県出身。中学2年生から演劇にのめり込み、日本大学芸術学部演劇学科劇作コースに第1期生として入学。在学中の1998年に演劇ユニットとしてパラドックス定数を旗揚げ。その後、2007年の『東京裁判』初演時に劇団化する。ウォーキングスタッフプロデュースによる『三億円事件』(2016年)・『怪人21面相』(2017年)で読売演劇大賞 優秀作品賞を2年連続受賞。2018〜2019年には、『パラドックス定数オーソドックス』として上演した『731』・『Nf3Nf6』にて、第26回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞する。2019年、ウォーキングスタッフプロデュースにて再演された『三億円事件』が、令和元年度(第74回)文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞した。劇作家・演出家として今、注目すべき1人。

公演情報

パラドックス定数第50項
『ズベズダ -荒野より宙へ-』

日:2025年2月20日(木)~3月2日(日)
場:ザ・ポケット
料:4,500円 ガガーリン割[27歳以下]4,000円
  縦断上演[3部作通し券・一部日程] 13,500円 
  ガガーリン割[27歳以下]12,000円
  ※ガガーリン割は要身分証明書提示
  (全席指定・税込)
HP:https://pdx-c.com
問:パラドックス定数 mail:labo@pdx-c.com

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