野村万蔵が2021年より自身の誕生日に行っている『万蔵の会』。第四回公演では、還暦を前に『釣狐』の鳴き納めを行う。
「25歳の時に披き(初演し)、10年ごとに演じてきました。この曲は体力も精神力も非常に必要となります。55歳になる『万蔵の回(第一回)』で4回目の上演をするつもりでしたが病気が見つかり、その時にできなかった心残りもあって、今回で鳴き納めて、退路を断つような気持ちです」
アドの猟師役をつとめるのは和泉流(狂言共同社)佐藤友彦氏。
「『万蔵の会』では普段交わらない方をお相手にしていて、他の家の方でと考えた時、大先輩である佐藤友彦さんとはガツンと共演したことがないなと。快く引き受けて頂き、楽しみにしています。また、本物の猟師をしている若い姉妹と知り合うご縁があり、私にぴったり合った鹿の皮の手袋と足袋を作って頂きました。自分の人生や家の歴史を背負い、若い猟師さんが捕ってくれた鹿の皮を纏って演じられるのは幸せに感じます」
自身が演じる「狐」の特色を「獣の鋭さと恐ろしさがきちんと匂ってくる、得意な役だと思っています。あとは一曲の中で人間になったり狐になったりする配分ですね」と語る。
「前回は狐の物真似に寄せて演じた覚えがあります。今回どうなるか、自分でも楽しみです。この立場になると稽古を見てもらえる先生がいませんから(笑)、自分で自分を理解し、構築を進めていきたい。大きな力を持つ曲との勝負でもあります」
これまで多彩なジャンルとのコラボレーションや新たな取り組みによって幅広い世代に狂言の魅力を発信してきたが、今回の『万蔵の会』をもれなく楽しむには多少の予習も必要そう。
「若い世代からお年寄りまで誰もが楽しめるのが狂言。『柑子』は楽しいし、『田植』もミュージカルのような感覚で楽しめます。ただ、『釣狐』は少し異色で、笑うような狂言ではない。幅の広さを観てほしいです。6~700年にわたって多くの役者が狂言の魅力を高めてきたわけですから、ゲラゲラ笑える曲から芸術性の高い曲まである。両方知ってもらえるという意味ではいい機会になるかと思います」
今後についてはどう考えているのだろう。
「病気をしたことで、先のことはあまり考えなくなりました。何かあった時のために、自分の子供や弟子たちにどんどん稽古し、芸のことはもちろん家の歴史なども伝えていく。来年の『万蔵の会』では、長男に大曲『花子』を被かせ、自分は老人物の秘曲『枕物狂』をすることは決めていますが、あとは還暦を迎えてから考えようと思います」
(取材・文:吉田沙奈 撮影:友澤綾乃)
プロフィール
野村万蔵(のむら・まんぞう)
1965年東京生まれ。狂言方和泉流能楽師で野村万蔵家9代目当主。2005年に九世野村万蔵を襲名し、萬狂言の代表となる。2022年「祖先祭 初世野村万蔵生誕300年」(萬狂言)にて文化庁芸術祭大賞。国内はもとより海外公演にも多数出演。流派や家を超えた『立合狂言会』、南原清隆とタッグを組んだ『現代狂言』、子供が大人と一緒に楽しめる『ファミリー狂言会』といったプロデュース公演も意欲的に行い、能楽の普及・発展・向上に取り組んでいる。NHK大河ドラマ『西郷どん』(2018年)に三条実美役で出演。父は人間国宝・野村萬。長男に万之丞、次男・拳之介、三男・眞之介と3人の息子も狂言師として数多くの舞台に立つ。
公演情報
第四回 万蔵の会
日:2024年12月22日(日)14:30開演(13:45開場)
場:二十五世観世左近記念 観世能楽堂
料:松席12,000円 竹席10,000円
梅席8,000円 花席6,000円(全席指定・税込)
※未就学児入場不可
HP:https://yorozukyogen.jp
問:萬狂言
tel.0120-807-305(平日11:00~18:00)