演劇集団キャラメルボックス2024クリスマスツアーは、『ミスター・ムーンライト』を上演する。作品の初演は2001年と、再演は実に23年ぶり。多くのファンから再演を望む声が聞かれていたものの、これまで“封印”してきたその理由と、今回上演を決めた経緯を、脚本・演出を務める成井豊に聞いた。また主要キャストを務める関根翔太と鍛治本大樹も、作品にまつわる想いを熱く語った。
―――久しぶりに『ミスター・ムーンライト』を上演しようと決めたいきさつを教えてください。
成井「『ミスター・ムーンライト』を書いた前後の時期は、僕にとっては死を強く意識した非常につらい時期だったので、この頃に書いた作品は全く読み返していなかったんです。しかし昨冬、クリスマスツアーで『クローズ・ユア・アイズ』を再演したのがきっかけで22年ぶりにこの作品を読み返したら、暗さは全くなく、全編ギャグの嵐。とても面白くて、『次はこれをやりたい』と思いました」
―――本作の着想はどこから?
成井「『ミスター・ムーンライト』の前作である『クローズ~』が主人公があらかじめ死んでいるという話でしたから、次はヒロインがあらかじめ死んでいるという物語はどうだろうかと考えたのが、着想の出発点です。また、この物語は霊の憑依が描かれていますが、普通は憑依する側が主人公で、憑依される側が主人公という話はあまり見たことがなく、新しいかなと考えました。
それと、初演の主役が上川隆也と決まっていたのもありました。当時、彼は映像の仕事で多忙で、劇団公演にも2年に一度くらいしか出られていませんでした。せっかく出てくれるなら、彼がやりがいを感じるような難しい役にしようと思い、“女性の霊に憑依される男性”で“SFオタク”という、役作りがかなり大変そうな役を書いたのです」
―――劇団員の鍛治本さんと関根さんは、『ミスター・ムーンライト』にどのような思い入れがありますか?
鍛治本「僕はキャラメルボックス俳優教室への入所が決まったとき、役者としてまだ駆け出しで舞台すらあまり観ていませんでした。そこで『劇団作品を観なければ』とショップに駆け込み、買ったDVDが『ミスター・ムーンライト』でした。主演の上川さんという大先輩がどっしりと真ん中にいて、主人公が舞台を駆け回っている。とにかく面白く印象的で、舞台というものに対する僕の認識が大きく変わった作品です。
入団してからもしばらく、稽古場で作品に出演されていた先輩方を見るたびに『あの映像に出ていた人たちだ……!』とこっそりミーハーな気持ちでいたのを覚えています(笑)」
関根「偶然ですが、僕も鍛治本さんと同じく、初めて映像で触れたキャラメルボックスの作品が『ミスター・ムーンライト』だったんです。主人公が舞台上を走り回って、全身を使って表現している。また登場するキャラクターもそれぞれの個性がとてもハッキリしているのがとても面白かった。
『この劇団は今、何を上演しているんだろう?』と調べて、赤坂ACTシアターへ『トリツカレ男』を観に行き、『キャラメルボックスに入団したい!』と強く思うように。そんなふうに僕が入団を目指すきっかけにもなった作品だったので、いつか何かの形で『ミスター・ムーンライト』に関われたらいいなと思っていました」
―――今回、関根さんが事故で亡くなったヒロインの霊に憑依される、作家志望の主人公・鹿島を、鍛治本さんは鹿島の親友でヒロインの兄である結城を演じます。キャスティングを考えるにあたり、成井さんの中にはどのような想いがあったのでしょうか?
成井「関根は、僕もベテラン劇団員たちも近年大きな成長を感じていて、『彼に賭けてみたい』と思っての配役です。関根は本公演で主演を務めるのは初めて。初主演するにはあまりにも大変な役どころですが、やりがいは十分にあるはずですから、頑張ってほしいと思っています。
鍛治本は穏やかな人柄で、僕の中ではへなちょこな役が合うイメージでしたが(笑)、数年前の『嵐になるまで待って』の波多野役が非常によかった。硬質な役柄も活きるなと手応えを感じ、結城役に挑んでほしいと思いました」
関根「『鹿島役で』と連絡をいただいた後、まだ稽古前ですが既に2回ヘルペスが出ていて、『体は正直だな』と実感しているところです(笑)。
僕も鹿島と似ていて、何事も器用にやれるタイプではないなと思っています。鹿島のがむしゃらに立ち向かう姿はキャラメルの主人公らしいですし、僕自身の必死に頑張る姿を拡大して鹿島に繋げたいです」
鍛治本「傍からはへなちょこに見えるようですが(笑)、自分は頑固でカタい性格だと思っているので、結城にシンパシーを感じます。
実は波多野をやったときも、同じように感じていて。守りたいものがあり、確固たる信念のために突き進む。役を通じてそのピュアな感情を突き詰めるやりがいを味わえるだろうというのは、今から強く感じています」
成井「『ミスター・ムーンライト』を再演したいと思ったときに、現有勢力でのキャスティングを考えてみて、それがうまくいかなければ再演は諦めようと思っていました。結果的には、非常にうまくハマったと思っています。唯一、利根川だけ難航しましたが、これは客演を呼べばできるなと判断。近江谷(太朗)くんが出演を快諾してくれて、キャスティングがまとまりました。
“ハマる”というのは、各役者の得意技・得意役をやるという意味ではありません。役に合っているからやってもらうというよりも、『すごく頑張れば、できるんじゃないか』という期待を込めてのキャスティングです。たとえば山本沙羅は、初演で坂口理恵がやった非常に重い役をやります。入団6年目でやるにはかなり大きな役ですが、『山本ができたらいいな。きっとできるよ!』と思っています。
そういう配役を組むほうが、稽古や公演がスリリングで楽しいんですよね。それぞれが得意な技をやり、うまくいくに決まっている稽古ってあまり楽しくない(笑)。僕には演出としての責任もありますから、ときには『このままだと間に合わない』と本気で焦ったり、役者に『頑張らないとヤバいよ⁉』とプレッシャーをかけたり、そういったスリルを味わいつつ、作品作りをやっていければと思っています」
―――関根さんと鍛治本さんが、今回「この人の◯◯役が楽しみ!」と思っているキャスティングは?
鍛治本「僕は上演作が決まり、各々がキャスティングオファーを受けたタイミングで、全体の配役を予想するのが好きなんです(笑)。いつも結構当たるのですが、今回は2役、外れたんですよね。成井さんが先ほどお話しされていた、あかり役に山本沙羅というのは意外でとても驚きました! それと、三浦(剛)さんが竜ケ崎役で、田中のぶとが明神先生かなと思っていたので、そこも違っていましたね。
でもこうして全体を知ると、とてもしっくりくる配役で、それぞれがどんなお芝居をするのかとても楽しみです。それから久しぶりに本公演に出演される石川(寛美)さんとの共演にも、ワクワクしています」
関根「僕はキャスティングを役でのペアリングで見るのですが、鍛治本さんと(林)貴子さんは最近よく組んでいる印象があって、2人のペアリングは今回も楽しみです。
個人的な注目ポイントは、鹿島の妹役が石森美咲ということ! 最近、石森とお芝居することが増えてきたと感じていて、とうとう兄妹になれたかと(笑)。石森は僕の妹っぽいなと思うところがあるので、石森の妹役を観るのも、一緒にやるのも楽しみにしています。
それから三浦さんの明神先生役。初演は篠田(剛)さんがやられていて非常に面白かったですが、三浦さんも舞台に登場しただけで笑いをもたらしてくれるだろうなと思っています」
―――23年ぶりの再演に向けて、チャレンジしていきたいことや意識することを教えてください。
成井「やるからには、2024年度版を作らなければならないと思っています。再演の度にそう思うわけではなく、『ミスター・ムーンライト』に関しては2024年に起きた事件という形にしようと考えています。ですから稽古していく中で、セリフの手直しなどが必要になるかもしれませんが、そこにためらいはありません。
たたき台として脚本を用意したので、役者のみんなと稽古をしていく中で練っていくのを楽しみにしています。僕の中で、頑固に『変えたくない』と思っている部分と『どんどんリニューアルしていこう』という部分は両方あって、時代に合わせて直す作業もしなければ、再演の意味がないと思うので」
鍛治本「僕にとってはやっぱり、劇団公演ってすごく特別なものなんです。今回は関根君が本公演の初主演を務めます。僕も昨年、主演をやらせていただいて先輩方にとてもお世話になり、助けてもらったので、今回は僕が関根君を助けつつ、ハッパをかけてやれたらいいなと思っています。
初お披露目という役者もたくさんいるので、今のキャラメルボックスの面白さをお客さんに存分に伝えるというのが、チャレンジでもあるし楽しみな部分です。昨年とは違う立ち位置で、劇団員として劇団公演にどう関わっていくか、じっくり向き合いたいですね」
―――鍛治本さんは昨年の主演で、どのようなことを学びましたか?
鍛治本「キャラメルボックスの主演って、とても忙しいんです。常に駆け回っていなければならないし、常に感情を動かしていなければならない。そして先輩たちが好き勝手なことを仕掛けてくるので、それらをひとつも取りこぼすことなく反応していかなければならないというふうに、やることがいっぱい。
自分の演技に没入したくなるのですが、そうはさせてもらえない環境なので(笑)、今回は先輩の一員として、関根君に『自分の演技だけに集中させてたまるか!』という気持ちでちょっかいを出しつつ、支えていきたいと思います。
関根「前回、鍛治本さんが主演されているのを見ていて、周りの人に翻弄される主人公の姿に面白さを感じていました。力強い先輩も後輩もいるので、皆さんから仕掛けてこられることをしっかり受け止めたいなと思いますし、成井さんから『ヤバいよ! このままじゃ間に合わないよ!!』と絶対言われないように、頑張ろうと思います!」
―――笑いもふんだんに織り込まれた戯曲ですが、笑いの部分は成井さんが役者さんにリクエストしたものなのか、それとも役者さんによる自発的なものなのか?
成井「もちろん作品にも役者にもよりますが、『ミスター・ムーンライト』の初演に関しては、僕からは何も要求していないです。
たとえば西川と坂口が人形劇をやるくだりも、稽古中にあるとき突然始まった(笑)。2人が人指形を使って漫才を始めて、もうびっくりしました。本番では人形でしたが、稽古場では自分たちで指人形まで作ってきていて。僕が『ボツ』と言ったらムダになってしまうのにね(笑)。
上川の寝言も台本にはなく、彼があるとき急に、寝言を言い始めたんです。それがあまりにも面白くて、『次はどんな寝言が聞けるだろう!?』と僕も楽しみになっていきました」
鍛治本「先輩たちがそういう伝統を作ってしまったので、後輩の僕らは苦しむことになるわけですね(笑)」
関根「初演でギャグが入っているところには、『何か入れなくちゃ』と思いますよね。再演の台本にも、『鹿島が寝言を言う』というト書きがあったので、何か考えなくてはと思っていましたが、上川さんのアドリブから始まったのだと、今初めて知りました(笑)」
―――タイトルの『ミスター・ムーンライト』はビートルズの楽曲から来ていると聞きました。成井さんの劇作は、タイトルがあって、そこから執筆が始まるのでしょうか。
成井「僕はビートルズが大好きなんです! ただ、『ミスター・ムーンライト』がいちばん好きな楽曲というわけではありません。このタイトルがいいなと思って、『いつか作品のタイトルにしたい』とストックしていました。
演劇製作の場合、宣伝活動が始まるのが早いので、どうしてもタイトル先行になるという側面があって(笑)。ですからタイトル候補のリストを作っていて、常に50くらいはストック。定期的に見直して、リストの入れ替えをしています。『ミスター・ムーンライト』はタイトルがあって、ヒロインが死んでいる、主人公の男が憑依される……とアイデアが繋がっていきました」
―――最後になりますが、本公演への意気込みを聞かせてください。
成井「初演が好評だったぶん、大きなプレッシャーを感じているというのが正直なところ(笑)。初演は非常に面白かったですが、いろいろやりすぎているなと感じた部分もあるので、物語の力をより信じ、キャラクターの抱える強い想いが観客の胸にストレートに突き刺さるような芝居にしたいですね」
鍛治本「初演は傑作ですが、そこを超えていきたい。記録があるからこそ、“少なくとも、ここまではやれる”というラインが明示されていて、そこを越えられる可能性も充分あるということに気づけるというか……。あそこまでできるというのは証明されているので、もっと面白いものを、関根君が見せてくれると思います!」
関根「えぇっ!? 一緒にやりましょうよ(笑)」
鍛冶本「ははは(笑)。関根君のことを助けながら、僕も自分のことを頑張ろうと思います」
関根「“初演がすごく面白かった”というプレッシャーをうまく使い、自分にハッパをかけて、前のめりに取り組んでいきます。ゲストに近江谷さんが入ってくださるということもあり、23年前に作品を観たお客さんも来てくださるでしょうし、今のお客さんも観てくださると思っています。今の劇団員で、今の時代に合ったものが絶対に作れるはず。皆さんを楽しませるために頑張りたいと思っています」
(取材・文:木下千寿 撮影:敷地沙織(平賀スクエア))
プロフィール
成井 豊(なるい・ゆたか)
1961年10月8日生まれ、埼玉県出身。早稲田大学卒業後、高校教師を経て1985年に演劇集団キャラメルボックスを設立。劇団公演の脚本・演出を担当。近年は外部公演の脚本や演出、ドラマの脚本、演劇講師など多岐にわたって活躍。
関根翔太(せきね・しょうた)
1991年2月19日生まれ、埼玉県出身。演劇集団キャラメルボックス俳優教室を10期生として卒業後、2013年に同劇団へ入団。劇団公演のほか外部公演への出演、ボイストレーナー兼演技指導などにも携わる。
鍛治本大樹(かじもと・だいき)
1983年12月9日生まれ、宮崎県出身。演劇集団キャラメルボックス俳優教室を3期生として卒業後、2007年に同劇団へ入団。劇団公演をはじめ客演も多数、また声優としてもさまざまな作品に出演。
公演情報
演劇集団キャラメルボックス2024
クリスマスツアー『ミスター・ムーンライト』
【東京公演】
日:2024年12月20日(金)~25日(水)
場:サンシャイン劇場
料:8,000円(全席指定・税込)
【大阪公演】
日:2024年12月7日(土)・8日(日)
場:サンケイホールブリーゼ
料:S席8,000円 A席7,000円(全席指定・税込)
HP:https://caramelbox.com
問:演劇集団キャラメルボックス
mail:support@caramelbox.com