劇作家 ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲を、気鋭の演出家たちが異なる味わいで新たに創り出す連続上演シリーズ『KERA CROSS』。KERA作品の演出は3回目となる河原雅彦が、今回は『消失』に挑む。そして本作のジャック・リント役を務めるのが、岡本圭人だ。
河原「はじめにKERAさんの作品の中から自分がやりたいものを選ばせてもらうとなった際に、『カメレオンズ・リップ』、『室温』、『消失』の3本を挙げて。で、うち2本を終えて、今回の『消失』で“勝手に3部作”的な感覚(笑)。僕はバッドエンドが好きなんです。観劇後、何かがまとわりついているような、引きずってしまうようなそんな感覚をお客さんに持ち帰ってもらいたいというか。特にKERAさんのバッドエンドは、一口にバッドエンドと表現しきれない独特な後味だから、そこに僕は惹かれるんですね」
岡本「めちゃくちゃ分かります! ああいった感覚は舞台だからこそ味わえるものだと思いますし、そういう作品を生身の人間が演じているのを目にして、『生きているな』という実感が湧くというか……。だから、僕も悲劇的な作品が好きです」
多様なジャンルや作風の演出を手掛けてきた河原にとっても、KERA作品の演出は大変だと笑う。
河原「2~3行やっては、稽古を止めるという感じ。KERAさんの作品は『実は……』を抱えた登場人物が多く、何気ない会話にも複雑なアレコレが絶妙に潜んでいるなど、とてもセンシティブで緻密に計算されているのを感じます。俳優さんと確認しながら、作品として辿るべきレールを構築していかなければいけないので、とても疲れるんです(笑)」
岡本「脚本を読ませていただいて、僕は幕ごとの冒頭に書かれているト書きにかなり意表を突かれました。ト書きの度に、物語が予想もつかない方向に展開していく。登場人物たちのことも徐々に分かってきた……と思ったら、全く違う面が見えてきて驚かされる。KERAさんの敷いたレールの行く先が全く見えなくて、心を揺さぶられます。そんな風に僕が脚本を通じて味わった感覚を、観客の皆さんにも舞台を通して味わってほしいです」
河原「KERAさんの作品の演出は、数年に一度はやるべき“修業”として、自分に課しています。今回は3度目ですし、圭人君を含め稽古を楽しんでやってくれそうな役者さんたちが集まったので、僕としても少しリラックスして稽古場に入れるかなと思っています」
日本の現代劇作家の作品は、これが初めてだという岡本。新しい挑戦に、心を躍らせている。
岡本「僕がこれまで出演してきたのは翻訳劇で、しかも9割が悲劇でした。『ケラリーノ・サンドロヴィッチ作、ジャック・リント役』というとちょっと翻訳劇っぽいですが(笑)、日本の作家さんが書いた作品ということにワクワクしています。正直、今はまだジャック・リントのことをそこまでわかっていないという状態。どういう人物で、何のためにそういう言動を取るのか、彼の内面や理由を探っていますが、稽古が始まる前にあまり決め込んでもよくないのかなと思って。彼の謎な部分が見どころでもあり、演じがいにも繋がるでしょうから、じっくり向き合っていきたいです」
河原「『消失』が描いているのはディストピアで、役名も全員カタカナだから、日本の現代劇らしいかというと微妙かもね(笑)。演劇では、どの役柄にも物語上、果たさなければならない役割があります。まずは俯瞰で物語全体を捉えて、各登場人物の役割を知ることが大事かなと思いますよ。いい俳優さんはみんな、周りの人の役割を的確にキャッチし、その人たちが役割を果たしやすいように演じる。それが自然と、自分自身の正解になることも多い。今回の座組は全員、それができる人たちだと思うので、その現場を見るのも楽しみです」
今作が初顔合わせの河原と岡本だが、“演劇好き”という共通項で距離は一気に縮まった。
岡本「河原さんの演出作品を以前からいくつも拝見していて、いつかご一緒したいと思っていました。河原さんの手掛ける舞台は役者さんの個性だけでなく、キャラクターの動きや音楽、照明に至るまで、いろいろなところが僕にすごく刺さって、観劇後もずっと残るんです」
河原「いやぁ、光栄です!」
岡本「それと他の役者さんから、ちょくちょく河原さんについて聞くことがあって。『常に上を求める』、『目指しているところが、とても高い方だ』と」
河原「僕のよくないクセですが、稽古場では“お客さん”になっているんです。稽古場で何十回も“本番”が見られるから、『せっかくなら面白くして』と思っちゃう(笑)。演劇に演出で関わる場合は、僕が『絶対に面白い!』と自信のあるものを本番の板の上に乗せる責任があると思っています。だから稽古場で『もっと、もっと』と求めてしまうんですよね。面白いもつまらないも全部顔に出てしまうから、役者さんたちはイヤだろうな」
岡本「いえいえ。僕はそういう上を目指す姿勢を『あぁ、いいな』と思っていたので、河原さんの稽古場が今からとても楽しみです!」
河原「打ち合わせや脚本執筆の作業も含めて演劇を作る過程すべて好きですが、中でも稽古場が一番好き。稽古に約1ヵ月という時間をかけられるのは、演劇の豊かさだと思っています。効率が悪いところもいっぱいあるジャンルですが、ここでしか得られないものもたくさんあるから、今まで演劇を続けてきたという感じですね。僕が真面目にやれるのは、演劇ぐらい。演劇をやっていなかったら、危ない人生だったと思う(笑)。だから、演劇に恩返しをしている感覚があります」
岡本「僕は子どもの頃から、演劇に対しての憧れがものすごく強かったんです。なぜ舞台をやりたかったかというと、稽古をしたかったから。稽古場で作品を練っていくという作業に、とても憧れていました。というのも、役者の仕事もしている父が舞台の稽古場から帰ってくる時は、いつもとてもいい顔をしていたんです」
河原「お父さん、稽古が楽しかったんだろうね」
岡本「はい。それでずっと、舞台というものが何かを知りたかったのですが、なかなか機会がなく……。自分の力量も演劇の難しさもよく分かっていましたから、『このままでは、演劇の舞台には立てない』という想いで、25歳のときに海外に行き、演劇を学んで帰国しました。初舞台から3年目なのですが、日々、舞台の稽古ができ、こうして舞台芸術の情報誌でインタビューを受け、現場でいろいろな役者さんやスタッフの方々に出会い、たくさんのことを吸収できる環境を本当にありがたく思っています。ようやく入ることができた憧れの場所ですが、僕が少しでも妥協したり、甘えたりすれば次はない、厳しい世界だとも覚悟しています。河原さんのように恩返しまではまだまだ辿り着けませんが、この場所にいたいから、一つひとつのことを一生懸命にやっています」
河原「稽古場に集まっている人は、シンプルにみんな舞台が好きだからね。それがいいよね」
岡本「そんなステキな場に身を置けるなんて、本当に幸せです。子どもの頃、劇場に座って素晴らしい作品に触れ、人生がちょっと変わったり、いろいろなことを知ったりしました。僕が舞台からそういう経験をもらったように、舞台を観に来るお客様の人生を少しでも変えたり、豊かにしたりできたらいいなと思っています」
(取材・文:木下千寿 撮影:立川賢一
ヘアメイク(岡本):糟谷美紀 スタイリスト(岡本):RIKU OSHIMA)
※シアター情報誌「カンフェティ」1月号・電子版では、河原雅彦さん・岡本圭人さんのアザーカットも掲載!
プロフィール
河原雅彦(かわはら・まさひこ)
1969年7月7日生まれ、福井県出身。演出家・脚本家・俳優。1992年に演劇やライヴ活動を行う「HIGHLEG JESUS」を結成。総代として、2002年の解散まで全作品の作・演出を担当した。2006年に『父帰る/屋上の狂人』の演出で第14回読売演劇大賞 優秀演出家賞を、2015年に『万獣こわい』の演出で第22回読売演劇大賞 優秀作品賞を受賞。以降、さまざまな舞台作品の演出・脚本を手掛けている。演出を担う、ABC座2024『大金星(BIG VENUS) ~時代(とき)を超えて~』が上演中。
岡本圭人(おかもと・けいと)
1993年4月1日生まれ、東京都出身。幼少の頃より、芸能活動を開始。2018年、芸能活動を休止してNYの演劇学校へ留学。2020年に卒業後、帰国。2021年に舞台『Le Fils 息子』で単独初主演を務めた。多様な舞台作品に出演し、俳優として研鑽を積む。
衣装:ジャケット・パンツ・ベルト(ANARCHIST TAILOR 問:Sian PR(ANARCHIST TAILOR) tel.03-6662-5525) ネックレス(gajumaru art craft Instagram:@gajumaru.ac) トップス(スタイリスト私物)
公演情報
KERA CROSS 第六弾『消失』
日:2025年1月18日(土)~2月2日(日)
場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
料:土日公演9,800円
平日昼公演9,300円 平日夜公演8,800円
U-25[25歳以下]4,800円 ※要身分証明書提示
(全席指定・税込)
HP:https://www.cubeinc.co.jp/archives/theater/keracross_6
問:キューブ
tel.03-5485-2252(平日12:00〜17:00)