岸田國士戯曲賞候補、ドラマでも活躍の山田由梨が手がける最新作 不思議なホテルで巻き起こる切実でコミカルな「うつコメディ」で人間の「不調」を描く

岸田國士戯曲賞候補、ドラマでも活躍の山田由梨が手がける最新作 不思議なホテルで巻き起こる切実でコミカルな「うつコメディ」で人間の「不調」を描く

 2012年に作家・演出家・俳優の山田由梨によって旗揚げされ、舞台と客席、現実と非現実、正常と狂気の境界線をシームレスに行き来しながら、現代の日本社会が抱える問題を奔放な想像力と多彩な手法でポップに浮かび上がらせる作風を特徴とする贅沢貧乏が、5年ぶりとなる新作を上演する。
 派遣社員のマリ(綾乃彩)は、会社員のヨウ(薬丸翔)と共に暮らしている。マリは現在鬱(うつ)状態にあり、休職中。そんな中、ヨウが1ヶ月ほど海外出張へ行くことが決まる。気分転換にもなるし鬱もよくなるかもしれないからとヨウに誘われ、マリは一緒に行くことにする。しかし、滞在先のホテルは少しおかしなホテルだった。隣室には猫を探し続けている女(銀粉蝶)や、掃除をしても綺麗にならない掃除係、記憶にない昔の友人が現れる。マリはそんなものたちに煩わされながら、部屋にぽっかりとあいた穴に気づき……。
 山田自身が「自らの経験を基にした」という「うつコメディ」の行く末は果たして!? マリ役の綾乃彩、ヨウ役の薬丸翔を交え、本作の見どころを語ってもらった。


―――5年ぶりの新作公演です。

山田「そうですね。コロナ禍で思うように演劇ができない期間があったこともあり、最近、周りの劇団でも『4~5年ぶりの公演』という触れ込みを良く見かけます。なので私達も久しぶりというよりも、必然な感じはしています」

―――本作のテーマにうつ病を選ばれた理由について、教えてください。

山田「私自身がここ数年、冬に不調をきたす『冬季うつ』に悩まされていていました。最初は戸惑っていたのですが、毎年繰り返すごとに、不調のバロメーター的な感じで客観的に受け止められるようになってきました。今でも大変ではあるのですが、その症状を人に話せるようになってきて、人間はなんでこうなんだろう?と面白みを感じるようになりました。それでうつを題材にしてみようと思いました。贅沢貧乏での作品は自分の実感に基づいて、疑問や葛藤など、生きていく上で、その時その時に内面から出てくるものをテーマにしているので、描く世界の大きさは異なっていたとしても、これまでの作品とも共通している部分はあります。
 社会システム自体が、人が皆、いつも元気で働けることだけが前提になっていて、人の好不調の波まで考慮されていないですよね。その時に皆、辛さを感じると思うので、『人にはそういう波があるんだよ』って可視化することで、私は心が少し楽になるので、舞台でうつをテーマに扱ってみようと思いました」

―――「うつを面白がる」とは具体的にどういう感覚なのでしょうか?

山田「毎年、自分に起きる症状は深刻なのですが、そのことを口にした時にあれ? 去年も全く同じことを話していたぞと。毎年冬場になると、あたかも初めてのことのように不調を口にしているけども、毎年毎年、判で押したように同じことを言っていて、そのことに気がついて笑ってしまったんですね。悲しいけども笑っている自分がいるんです。
 『うつコメディ』を完ぺきに説明できる言葉を見つけられないのですが、この泣きながら笑ってしまうような不条理が自分の身に起きていることが、もしかしたら他の人にも起きていて、その不調の“くぼみ”にハマった時に笑っちゃうよね、という実感を舞台上で共有できればいいなと思いました。ともすれば、深刻になってしまうテーマなので、塩梅がすごく難しいです。役者の演技や演出のさじ加減次第で、深刻に伝わりすぎてしまうので、理想としては、切実で可笑しいエンターテインメントに出来たらと思います」

―――お客さんにはどういう反応を期待したいですか?

山田「この作品には不調の人だけでなくて、人生の色々なタイミングにさしかかった人が出てきます。観る方も皆さん、どういう状況にいるかはそれぞれ異なると思うので、どこか共感できるポイントを見つけられると思うし、今、精神的に安定している人にも、今後の心の準備というか、もしかしたら、自分にもこういう時が来るかもしれないと予防接種のような感覚を持ってもらうのもまた面白いですよね。
 またトリガー・ウォーニングとして、『本作にはうつ病に関する描写があります』と注意事項を入れてまして、不安がある方には、事前に台本を貸し出したり、退場しやすい席を選んでいただけたりしますので、安心してご覧いただければと思います」

―――主演のおふたりは、贅沢貧乏さんの舞台に初出演になります。

綾乃「率直に舞台に立てることが嬉しいです。オーディションの時に台本を頂いて、マリのモノローグを読んだ時にすごく共感してこの役を演じたいと強く思いましたし、山田さんを始め、劇団員の皆さんとの面談を通して、波長が合ったというか、居心地の良さを感じて、劇団の人柄にすごく惹かれたので、この人達と一緒に創作をしたいと強く思いました。
 贅沢貧乏の過去作品を一気に拝見する機会があったのですが、その作品によって当時、山田さんがどんなことを考えていたのかが色濃く反映されていて、本作の稽古に向かう前にとても良い心の準備が出来たと思います」

薬丸「ここ10年ぐらい演劇をやらせてもらっていて、劇団が描く戯曲はとても切実というか、劇団の稽古場だからこそ試せることが沢山あると思うんですね。例えハードな課題だったとしても、役者に要求しやすい環境がある。その時々に才能が集結するプロデュース公演も相応のメリットはありますが、同じ仲間がひざを突き合わせてじっくり創作をして、時には横道にそれたりなんかしてクリエーションができる劇団の豊かさをここ数年感じています。
 今回、強烈に魅力を感じたのは、贅沢貧乏の皆さんが僕と同世代だったことです。これまで比較的年上の方々とお芝居をさせてもらうことが多かったという理由もありますが、若くもないけども、ベテランとも呼べない。でも実は脂が乗っている時期なのかもしれないという我々の世代の皆さんと一緒に創作できるチャンスをみすみす逃してはいけないなと思い、オーディションを受けました。山田さんが創り出す劇団の空気感はありますが、同じスタートラインに立って一緒にクリエーションできているという感覚が今、あります」

―――本作のテーマ、おふたりがそれぞれ演じるマリとヨウの人物像をどのように受け止めましたか?

綾乃「最初はマリの個人的な話なのかな?と思いながら脚本を読み始めていたのですが、話が進むにつれて、不思議で魅力的な登場人物達が沢山出てきて、ポップでファンタジー要素溢れた、贅沢貧乏らしい作品だなという印象に変わりました。
 マリの人物像については、正直まだ掴めていないですね。贅沢貧乏の稽古は、皆、それぞれの役について全員で考えながら創り上げていくスタイルなので、マリはこういう人だと決めつけずに、柔軟につくりあげていければいいのかなと。マリはうつ病を患っているけども、固定概念をもたず、病気を分かったつもりにならないように。人によって好不調の波の違いがあることを念頭に置きながら役作りを進めたいと思います」

薬丸「最初はファンタジー要素を感じました。よく海外で直面する異文化体験みたいな感覚にも似ている感覚でした。その後、読み進めていくうちに、全員が何かしら抱えているものがあって、賑やかしみたいな役どころがなく、全体のアンサンブルとして、キャラクター1つひとつが立っているなという感覚を持ちました。それらを僕ら役者はきちんと受け取って、山田さんの想像を超えていくものを提示しないといけない。稽古の中で色々と膨らませることができる作品だなという印象を持ちました。
 ヨウは海外赴任が決まって高揚感を抱くのですが、僕も同じ様な体験をしたことがあるので、『うんうん、そうだよね』って感じで楽しくこの役と付き合えそうです」

―――山田さんが主演のおふたりに抱いた印象を教えてください。

山田「綾乃さんはマリのイメージにぴったりだなと思いました。オーディションでモノローグを演じてもらったのですが、落ち込んだ表情にある種のふてぶてしさというか、堂々と落ち込む様子があって、この感じを出せる人ってあまりいないなと驚いたのを覚えています。
 薬丸さんには、マリのパートナーのヨウ役を演じてもらうのですが、ヨウにも色々なことが起きて、すごくダイナミックに変化する役どころなので、マリと共にダブル主演とも言えますね。うつ病を患ったパートナーに対する薬丸さんの声のかけ方が、深刻過ぎず、信頼感に満ちたものだったので、オーディションの場でヨウ役をお願いしますと伝えました。
 まだ稽古は始まったばかりですが、飄々とした部分と真剣に考えこむギャップが面白くて、何か深堀りしたくなる俳優さんだなと思いました」

―――本作公開に先駆けて、制作過程を一般公開する「贅沢貧乏の稽古場をひらく会」を実施されました。とても画期的な取り組みだと感じました。

山田「演技のための身体ワークショップから、美術家・照明家・舞台監督とのミーティング、脚本会議や、読み合わせ、立ち稽古まで様々な段階を5回に渡って公開してきました。公演終了後には、これまでの『稽古場をひらく会』に参加いただいた方を対象に、ひらく会全体を振り返るフィードバック会も実施します。普通はそういうところは見せないですよね(笑)。
 私としては、本番は創作の本当に最終的な上澄み部分だと思っていて、そこに至るまでは企画段階から長い長い時間をかけて、色んな人の手や意見が加わって変化をしていく。そこに実は演劇製作のドラマがあります。勿論、作品が面白いことは大前提ですが、贅沢貧乏は、一軒家で公演をおこなっていた頃から思考の過程を公開する試みをおこなっていて、それに興味を持って面白がってくださるファンの方がいるという実感はありました。この数か月間に渡る創作過程を、お客さんと一緒に並走して共有することで、本番の2時間をさらに濃密な豊かな時間にしてもらい、1回の観劇体験の価値を上げられたらと思い、稽古場をひらく会を実施しました。
 今のところ、その予想は的中して毎回良い時間になっています。舞台美術を公開する会では、贅沢貧乏を観たことがない建築関係の方も興味を持ってきてくれたので、新しい演劇のアプローチにつながるとも感じました。そういう意味では、新しいお客さんとの出会いの場にもなっています」

―――おふたりは役者として、その試みをどう見ましたか?

綾乃「最初は正直、戸惑いはありました。まだ作品が出来上がっていない状態をお客さんに見てもらうのはドキドキしますし、初めて瞳の下の痙攣が止まらなくなりました(笑)。私、こんな緊張していたんだっていう。
 でも、本番以外でそういう空間があるのは、面白いですよね。本読みの時でも山田さんからのフィードバックを受けている場面をお客さんに見てもらうのは、味わったことのない感覚でした。また制作過程を通じて、お客さんの生の反応や率直な感想を私達も共有できたことで、従来の役者とお客さんという立場とはまた違う、新しい関係性が生まれた気がしましたし、そこでの新たな発見はこれからの稽古でも生かされてくると期待しています」

薬丸「僕は基本的にとてもオタク気質なのですが、例えば気になるラーメン屋に行くときも、ここで修行した店主なんだとか、この系列の遺志を継いでいるんだとか、事前に色んな情報を調べることで、実際にラーメンを食べる10分間以外にも楽しい時間を沢山持てるんですね。
 演劇は1時間半から2時間という時間がものすごく重厚なので、もっと楽しめる時間はあるわけです。例えば、劇団を追う事は、その歴史をたどっていく楽しみにもつながる。それを今回の試みを通じて、初めて贅沢貧乏を観る方の理解を深めることにも繋がるし、コアなファンの方々のより深い部分にもリーチすることも出来る。そういう意味では、普通に観劇するよりも倍以上の充実感を味わえると思います。
 またこの試みは、継続的な作品の宣伝にもつながると思いました。演劇の宣伝は、ティザーVTRをつくってYouTubeに上げておしまいというパターンが多い。本番まで出せるものが無いので仕方がないですが、稽古場をひらく会では、より具体的に作品の魅力と継続的なPRが出来るという意味では、革新的な発想だと思いました。
 僕も当初は、稽古を公開することに対して、抵抗が全くないわけではありませんでした。でも若い演劇関係者にとって、これが切磋琢磨する契機になれば嬉しいですし、お客さんにとってもさらに作品を楽しむ新しい手法として定着してくれたらいいですね」

山田「お客さんは完成作品を観るということが当たり前でしたが、私も台本を書き換えたり、美術も変化があったりと、その過程も見てもらうことで、本番で面白がる視点の数が増えると思うし、私達はより深い感想をもらえることで、双方向でさらに話し合うことができる。すごく良い循環になっていると思います。各回で若手の劇団の方や脚本家の方にレポートを出してもらっていて、それがとても詳細で熱がこもった反応を頂けています。
 このようにあまりにも過程を大公開しているのでネタバレすぎるのではという考え方もあると思うのですが、生で見る演劇は少しネタバレしたところで楽しめなくなるということはないと思っています。戯曲の内容を知っていても、俳優の演技はいつでも新鮮に面白くあるはずだし、美術の模型を見たとしても実際のスケールで光が当たって見るのは全然違う。そこに音楽も加わって、1回1回生み出される上演はやっぱり客席に来てもらわないと体験できないものです」

―――最後に読者の方にメッセージをお願いします。

山田「人が不調な時の内面を掘り下げていくところから始まったこの作品ですが、海外のホテルを舞台に不思議な登場人物たちがでてくる、ファンタジックでポップな作品になる予定です! 今後、劇団としては無理ないペースでゆっくりと作品を作っていきたいと思っているので、次に新作公演をできるのがいつになるか分かりません(笑)! この記事を読んで頂いた方とこの機会にお会いできれば嬉しいです」

綾乃「これから寒くなっていき、身体の色んな所が冷えて縮こまる季節になりますが、心の芯からじわっと温かくなる作品になると思いますので、是非楽しみにして頂けたらと思います」

薬丸「人のセンシティブな部分を扱うことは、慎重になる必要はありますが、創作過程でその渦中にいる人達にリスペクトを持って創作をしていることを感じていますし、その精神が贅沢貧乏という劇団には備わっている気がしているので、身体に不調がある方も、そうでない方にも優しい演劇になっていると思います。是非、多くの方に観に来てもらいたいです。是非、ご期待ください」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

綾乃 彩(あやの・あや)
1989年生まれ、埼玉県出身。犬と串『エロビアンナイト』にて、佐藤佐吉賞2014 最優秀助演女優賞を受賞。近年の出演作品に、【ドラマ】『深夜食堂』、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』、『先生のおとりよせ』、『美しい彼』シーズン2、『婚活食堂』、『4月の東京は…』、NHK連続テレビ小説『虎に翼』、【映画】『劇場版 美しい彼〜eternal〜』、『二十才の夜』、『走れない人の走り方』などがある。

薬丸 翔(やくまる・しょう)
1990年生まれ、東京都出身。2006年、映画『炬燵猫』でデビュー。以降、舞台・映画・ドラマ、ナレーションなど活動の幅を広げている。近年の出演作に、【舞台】赤堀雅秋プロデュース『ボイラーマン』、KAATキッズ・プログラム2023『さいごの1つ前』、OrganWorks2021-22『ひび割れの鼓動』、イキウメ『外の道』・『獣の柱』、【映画】『PL@Y!~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』、『渇水』、『聖地X』などがある。2023年よりホワイエPodcast内で「薬丸翔の考えすぎる人」を定期配信中(毎週火曜更新)。

山田由梨(やまだ・ゆり)
1992年生まれ、東京都出身。立教大学在学中に「贅沢貧乏」を旗揚げ。俳優として映画・ドラマ・CMへ出演するほか、小説執筆、ドラマ脚本・監督も手がける。贅沢貧乏『フィクション・シティー』、『ミクスチュア』で岸田國士戯曲賞最終候補に2度ノミネート。セゾン文化財団セゾンフェローI。主な担当ドラマに、NHK夜ドラ『作りたい女と食べたい女』(脚本)、ABEMA『17.3 about a sex』(脚本)、WOWOW『にんげんこわい』シリーズ(脚本・監督)など。

公演情報

贅沢貧乏『おわるのをまっている』

日:2024年12月7日(土)〜15日(日)
場:シアタートラム
料:応援チケット10,000円 一般4,500円
  29歳以下[枚数限定]3,500円
  障害者割引3,000円
  18歳以下[枚数限定]1,000円
  ※29歳以下・障害者割引・18歳以下は当日要証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://zeitakubinbou.com
問:贅沢貧乏 mail:zeitaku.binbou@gmail.com

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