文学座附属演劇研究所出身者による気鋭の劇団、渾身の最新作! 男の前に現れた親友の幽霊。長いトンネルを通ってきたという。夢か現実か旅が始まる!

 2019年に文学座附属演劇研究所の卒業生を中心に旗揚げされ、大衆に寄り添った作品を生み出してきた劇団ZERO-ICHが、1年ぶりの新作を上演する。
 「芝居の力で沖縄を変える」という志を持ち、沖縄の田舎から上京したものの、売れずに日々をダラダラ生きる劇作家の男。彼は、事故物件に住むだけで大金がもらえるという怪しいバイトを引き受けた。そこは押し入れがあるだけの狭い部屋。しかし、押し入れは長い長いトンネルへとつながっており、部屋では不可思議なことが起き始める……。
 主宰と、作・演出をつとめる沖縄出身の平良太宣が、「今、本当に自分が伝えたいことを盛り込んだ」という本作は、芝居創りの原点や地元に抱く思い、そして戦後80年という月日にも向き合っていく。劇団員の川合耀祐・鈴木結里と共に公演への意気込みを聞いた。


―――本作は平良さんが高校時代に抱いていた沖縄への思いを形にしたそうですね。

平良「僕は沖縄本島北部の今帰仁村(なきじんそん)(なきじんそん)という小さな村で育ちました。海と山とサトウキビ畑しかないのどかな場所です。
 当時、高校生だった僕は、常に何かに不満を持って闘っていました。特に沖縄を取り巻く政治や基地問題については大きな関心と不満を抱いていました。勉強をして調べれば調べるほど、日米地位協定を始めとした沖縄の置かれた理不尽な状況が分かってきて、これを打破するには自分が政治家になるしかないと思っていました。
 でも僕が在籍していた高校の育成事業の一環として、沖縄を代表する舞台演出家の平田大一さんが手掛けた現代版組踊『北山の風』の観劇と出演を通して大きな衝撃を受けたことが原体験となり、自分の想いを人に伝えられるのは、もしかしたらお芝居という表現方法なのかもしれないという思いが強くなり、役者を目指しました。
 上京して表現を通じて基地問題や沖縄の政治を変えたいと志を持って東京で芝居に取り組んできましたが、10年が経って、最近は次第にその気持ちが薄れていっている自分にハッとして、あの時自分がやりたかったこと、伝えたかったことは果たして実現できているのかなと思うようになりました。2021年上演した第15回公演『ガジュマルの樹の下で』では、初めて沖縄の話を書きましたが、今振り返ってみると、少し周りの目を気にして書いたというか、本当に自分が伝えたかった思いや言葉は盛りこめなかった気がします。
 来年に戦後80年を迎えるにあたって、これまでの経験を踏まえた上で、今一度、自分が本当に伝えたいものを描きたいと思いました」

―――沖縄の問題を劇団員の皆さんはどのように受け止めましたか?

川合「本土出身の自分としては、沖縄の基地問題は非常に重いと言うか、何か説教されているような感覚があります。正直、平良と出会うまでは、沖縄の問題と向き合う時間はありませんでした。
 でも、ニュースで見聞きする以外、深く考えていなかった人間だからこそ生きる部分があると思いますし、重いテーマを少しでも観やすくするようにサポートが出来たら良いなと思っています。1人の思想だけだと、物語が偏りがちになります。それだとお客さんは楽しめないよ、もう少しこうしたら面白いよという感じで、別の視点を設けることができたらいいのかなと。
 今、沖縄ではこんな事が起きているという情報を得るだけではなくて、体感してもらう。テレビや新聞、ネットのニュースでは伝わりにくいことを表現できたらと思っています」

鈴木「私も関東出身なので、沖縄の問題は身近ではありませんでした。強いて言えば、高校の修学旅行での平和学習ぐらい。でも『ガジュマルの樹の下で』で沖縄の長女を演じたことで、初めて沖縄の文化や風習と向き合った気がします。本作で沖縄か本土、どちらの人物を演じるかはまだ決まっていませんが、どちらにしてももう一度、沖縄のことを学びたいと思いました。
 ZERO-ICHの個性として、演者がやりたいことを全部やらせてもらえて、むしろ、自分からどんどん提案してくださいという空気があります。扱うテーマは社会派であり、作家自身も色々苦悩していますが、私達に求めるものは良い方を選ばずに言えば、真面目ではない、少し壊れた表現を求めていると思います。本作で扱う基地問題であっても、ただ重い、難しいということで終わるのではなく、お客様にいかに身近なものとして感じ取ってもらえるか。役者側からすると腕の見せ所でもありますね」

―――特に演出面で意識したいことはありますか?

平良「本作では、会話の自然な流れで沖縄が抱える問題を入れ込めたらと考えています。例えばニュースで度々報道される米軍がらみの事件・事故は、相当な問題ですが、沖縄の人にとっては日常と隣り合わせになっている悲しい現実がある一方で、本土の人達にとってはどこか遠い国の出来事のように他人事として受け止められる。この温度差も描きたいと思っています。
 そして、まだ沖縄では戦争は終わっていないんだなということを少しでも感じてもらいたいです。僕の育った今帰仁村は、基地を抱える宜野湾市や嘉手納町ほどの深刻な環境ではありませんし、それ以上に沖縄を離れた人間が沖縄の話を書く怖さはありました。でも戦後80年を迎えようとしているこの時代に、沖縄で地上戦があったことだけでなく、現在も沖縄に米軍基地があることすら知らない人も出てきている。それは東日本大震災や福島の原発事故でも同じと言えます。でも時代の移り変わりの中で“風化”という言葉だけで済ませても良いのでしょうか。決して説教じみた作品にするつもりはありませんが、僕はこの舞台を観ている間だけでも当事者になってもらいたい。そして観劇後に沖縄を見る目が少しでも変わってくれたら嬉しい。その想いを伝えることができるのが舞台の良さだと思っています」

鈴木「平良はこれだけ堅いことを話していますけど、受け取る側に作者のエゴは関係なくて、あくまでも舞台を楽しんでもらいたいという大前提があります。まだ脚本は出来上がっていませんが、たぶん出来上がったものは、私達の斜め上を行くものになるはずです(笑)。笑って楽しんでもらった後に、あの台詞にはこんな意図があったのかと思い返してもらえたら嬉しいですね」

川合「戦後80年を迎える中で、これまで戦争の悲惨な実態を語り継いできた戦争経験者や語り部の方がどんどん少なくなってきている現状はありますが、今を生きる僕達が当時に思いを馳せて描く戦争やこの80年という時間にも大きな意味があるんじゃないかと思います。その過程で僕らは全然戦争のこと知らないよねとか、沖縄の基地の実態を知らないよねとか、色んな感想が出てくる。僕自身も含めて、そういったことに関心が無かった人達の中には嫌なことは見たくない知りたくないという気持ちがあったと思います。
 今の時代、様々なエンターテインメントがありますし、自分の好きなもの集めるだけであっという間に時間が経ってしまう。演劇でも色んなジャンルと作品がありますよね。皆さんには好きなものを集める枠を少し広げてもらいつつ、僕らはエンターテインメントとして、そこに戦争や基地問題というエッセンスを上手に入れ込むことができれば、この作品は成功と言えますし、僕ら劇団ZERO-ICHが目指すものなんじゃないかと思います」

―――改めて本作への意気込みと読者へのメッセージをお願いします。

鈴木「個人的な話になりますが、今、1年半に渡るロングラン公演『ハリー・ポッターと呪いの子』にずっと出させてもらっているので、久しぶりに別の作品に出られるのはすごくワクワクしています。
 作品の世界観も劇場の規模も違いますが、それらに関わらず、色々な表現方法があることを多くの方に知ってもらいたいですし、全く異なる舞台に同時に立たせてもらえる貴重な機会を頂けたと思っています。劇団として、個人として、お芝居の多様性を見せられるように精一杯頑張ります!」

川合「これまで上演してきた劇団ZERO-ICHの集大成というか、僕ら1人ひとりが経験してきたものに、過去作の面白さを加えることができたらと思っています。僕自身も手ごたえを感じているので、是非ご期待ください!」

平良「あくまでも本作はエンターテインメントです。笑える場面も沢山用意しているので、構えずに楽な気持ちで来てもらいたいですね。沢山楽しんでもらった帰り道や夕食の時にでも、少しでも沖縄の問題を身近に思い出してもらえたら嬉しいです。僕は芝居が持つ熱量や伝わる力は物凄いものがあると信じていて、それをお客様にも感じてもらえる作品にします。劇場でお待ちしています!」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

川合耀祐(かわい・ようすけ)
2017年、文学座附属演劇研究所に入所。2022年、座員へ昇格。老舗劇団である文学座に所属し、硬派な演技ももちろんのこと、コメディ調の演技を得意とし、劇団ZERO-ICHでは看板役者の1人として活躍中。最近の出演作品に、ハイパー朗読劇『手紙 届かなかったラブレター』、劇団道学先生『梶山太郎の憂鬱と微笑』、文学座12月アトリエの会『文、分、異聞』、劇団道学先生 現代日本名作戯曲シリーズvol.1『宇宙の旅、セミが鳴いて』、文学座公演『五十四の瞳』などがある。

鈴木結里(すずき・ゆり)
2017年、文学座附属演劇研究所に入所。2022年、座員へ昇格。老舗劇団の文学座に所属。芝居のスキルは非常に練磨されており、観客からも好評を博す。近年は舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』にデルフィー役として出演し、メインキャストの1人として活躍している。最近の出演作品に、椿組2022年夏・花園神社野外劇『夏祭・花之井哀歌』、文学座公演『マニラ瑞穂記』、文学座12月アトリエの会『文、分、異聞』、劇団道学先生 現代日本名作戯曲シリーズvol.1『宇宙の旅、セミが鳴いて』などがある。

平良太宣(たいら・ひろのぶ)
2017年、文学座附属演劇研究所に入所。卒業後、芸能事務所に所属して活動の場を広げつつ、2019年3月に劇団ZERO-ICHを旗揚げ。2021年7月二上演し、文学座所属の演出家 所奏とタッグを組んだ『ガジュマルの樹の下で』では、日本経済新聞や沖縄タイムスに取り上げられた。2023年12月の公演『ノブとよっちゃん2023』を下北沢 OFF・OFFシアターにて上演。また、個人の活動では、山本透監督作『有り、触れた、未来』などの映像作品にも多数出演。上記の映画ではプロデュースも担当している。その他、映画『パレード』、『犬部!』、『陰陽師0』やNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』などに出演し、活動の場を広げている。

公演情報

劇団ZERO-ICH 第19回公演『隧道(トンネル)』

日:2024年12月25日(水)~29日(日)
場:下北沢 駅前劇場
料:劇団ZERO-ICH応援チケット10,000円
  前売5,800円 ペア割[2枚1組]5,500円
  (全席自由・税込)
HP:https://zeroich01.wixsite.com/website
問:劇団ZERO-ICH
  mail:zeroich.tunnel@gmail.com

インタビューカテゴリの最新記事