──1年半ぶりの再始動〈reboot〉公演! 左胸のポケットに忍ばせた、小さな勇気の証『ナイフ』

 1年半前、2020年6月より水戸芸術館ほか全国6ヵ所の劇場で上演される予定だった舞台『ナイフ』。1999年に坪田譲治文学賞を受賞した重松清の原作小説を、近藤芳正の一人芝居として立ち上がるはずだった。しかし、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、全公演が中止に。
 時を経て2022年1月、solo work『ナイフ』のreboot公演がおこなわれることが決定した。「重松さんの小説の登場人物は、僕じゃないかと思うほど似ているんです。その中でも『ナイフ』は自分が作品にしたかった」という近藤の思いが、1年半ごしの実現を目指す。その間に、近藤自身の生活にも大きな変化があった。それはこの芝居にどのような影響をもたらすだろうか。
 物語は、いろんなことから逃げてばかりいた父親が、ある日、息子がいじめられていることにようやく気づく。この事実とどう向き合っていいかわからない中、父親は偶然サバイバルナイフを手に入れる。少しずつ変化する、傷ついた親子の再生の時間……。近藤もまた、舞台『ナイフ』の再生に向けて動き出す。


1年半ぶりのリベンジ公演! 一人芝居の面白さと難しさは?

―――延期となった『ナイフ』、やっと上演できることになりましたね!

「やっとですね。コロナでいろんなものが中止になって、『ナイフ』も中止になるんだろうなとは思ってはいたんです。でも、電話で中止だと聞いた時には道を歩いていたんですけど、立ち止まって壁に手を当てて、深呼吸してしまいましたね。やっぱり中止か……と。
 それから1年半経って、当時よりもこの台本に対して冷静になっている自分がいます。自分がやりたくて持ち込んだ企画なんですけれども、『やるぞやるぞっ』というよりも、『やらせてもらえるんだ』とありがたさを噛み締めつつどこかクールな気持ちになってきました。それはたぶん、いまだに何が起こるかわからないから、もしまた何かあった時にショックを受けないようにしようという自分もいます。それだけでなく、もともと演技って冷静になった方が良いんですよ」

―――演じている時には冷静さがあった方が良いということですね。

「そう、冷静と情熱の間みたいな。仏教で言えば『中庸』ですね。一人芝居ということについても、前よりは少し冷静になれました。というのも、予定では5年ぶりの一人芝居だったはずなのですが、コロナで『ナイフ』が中止になった間に、本多劇場で一人芝居の配信をしたんです。やっぱり尋常じゃない緊張や不安があって、大きな経験でした」

―――改めて一人芝居をやってみていかがでしたか。どんなところに面白さなど感じましたか?

「役者が楽しいなと思うのは、初対面の人と役の中で友人になったり、学校の先生と生徒になったり、恋人同士になったりする、“ごっこ”ですよね。僕のように決してコミュニケーションが上手じゃない人間が、台詞があることでいろんな役を通じて、いろんなコミュニケーションができる。しかも、午前中はあたたかい親父の役をやって、夜には殺人鬼の役をやったりと、自分以外のいろんな人間になることもできる。そのいろんな方向の楽しさに気付いてから、芝居から離れられなくなったんです。
 そのうえで、一人芝居をやった時もすごく気持ち良かった。僕は一人っ子なので一人でいるのが苦じゃないし、まるで一人遊びをずっとやっているのをお客さんに観ていただいているような感じでもあります。」

―――では、一人芝居の難しさ・大変さは?

「自分一人で“間”みたいなものを背負ってしまうことは、果たして正解なのか、不正解なのか……というところですね。出演者が何人もいると、間を取り過ぎていても誰かが戻してくれたり、お互いに助け合ったりする。一人だとそれができないので、不安はあります。でも、面白ければ自分のおかげでもありますし、つまらなければ全部自分のせいですし。そういうのも楽しいと思えるのは、6年前に水戸芸術館で一人芝居をやらせてもらえた経験が原点ですね」

―――『ナイフ』にあたって、どんな準備をしていますか? 前回の稽古が始まる前にワークショップをやられたそうですが。

「ワークショップは、去年中止になる前に何度かやりました。一人で何役も演じるということで、手や足の動きなど身体全体の動きで差をつけるんです。例えば男性はガバッと足を開いたり、女性は膝を閉じて少し斜めにしたり、子どもだとまた違う……というふうに、身体の動きで一瞬にして変われるように意識するようにしています。今はとにかく体力作りのためにランニングをしたり、かなり動く芝居なので稽古前に台詞を入れるように準備しています」

好きだった小説『ナイフ』。舞台化で大事にしたことは?

―――『ナイフ』は重松清さんの小説が原作ですが、どういうところに惹かれて舞台化を?

「重松さんの魅力は、弱い人をすごく丁寧に描いていることだと思うんです。『ナイフ』でも、お父さんも、息子も、奥さんも弱くて、弱い自分への向き合い方がよくわかっていない。それがすごく魅力的です。というのは、自分も弱い人間だから、生きていく中でその弱い部分をどうしていったらいいんだろう、と思うんです。この作品では、その答えの一つがおまじないを持つということ。父親は、左胸のポケット……つまり心臓の近くにナイフを持つことで『オレは大丈夫だ』と頑張れる。単純で滑稽だけど、そんなことで勇気を持てる部分は僕にもあります。舞台を観た方にとっても、この舞台でちょっとでも勇気がわいてくれたらいいなと思っています」

―――誰にでも“弱さ”はありますが、近藤さんはとくに「自分は重松さんの作品の登場人物みたい」とまで感じているそうですね。

「そう、すごく似てる。以前、重松さんに『自分は重松さんの描く人物に似ているとずっと思っていました』と伝えたところ、『僕もテレビを観ていて、僕の作品の登場人物が出てる、と思っていたんです』と言われたことがありました。今回の『ナイフ』でいえば、お父さんも、大変なことが起きていても何もできないし言えなくてただ見ているだけの人。そういう部分は自分にもあります。でも、少し行動しようとするだけでも見える景色が変わってきたりするし、まさに『ナイフ』はそういう話です。成功はしなくても良いんです。一歩踏み出すことで、見える景色が変わる。そういう話が大好きなので、ぜひこの作品を演じたいと思いました」

―――小説をどのように演劇にしていったのでしょう?

「まず、最初は舞台化するつもりはなかったんですよ。映像でやれないかなと思っていたんですがなかなか難しくて。舞台なら自分でプロデュースしたこともあるのでできるのかな?と、今回、脚本・演出をしてくださる山田佳奈さんになんとなく話をしてみたら『近藤さんが全部一人でやればいいんじゃないですか?』と言われて『え? そうなの!?』と。じゃあどうやればいいんだろう、ということで、半信半疑でフィジカルコーチの大石めぐみさんとお会いして、ワークショップでいろんな役の身体の見せ方をレクチャーしていただいたんです。やってみると『これなら一人芝居でできるかもしれない』という実感が湧いてきて、ぜひ形にしようと、水戸芸術館さんにお願いしました」

―――水戸芸術館で6年前に一人芝居をしたご縁があったゆえですね! では、舞台化するうえで大事にしたことはなんですか?

「僕から山田さんにお願いしたのはやっぱり物語の芯となる、『弱い人間がなんとか勇気を持ったことで壁に挑む、だけどダメだった、でも行動を起こしたことで見える景色が変わる』ということはやりたかった。あと、原作の中にもありますが、息子はただ虐められるだけの人ではなく、誰かを虐める部分も持っている。これも絶対に入れて欲しいと話しました。人間って、時と出会う人と場所が変われば立場が変わったりする。その多面的なところが面白いんですよね」

―――人間の多面性については、俳優としての普段の役作りにおいても大事にされているんでしょうか?

「そうですね。悪役をやる時に、その人が悪くなった裏側を考えることとかは好きです。あと、前に、三谷幸喜さんに『その役の3つの性格を作ってください』と言われたんですよ。3つというのは、たとえば1つ目を“明るい”とすると、2つ目は“明るいけど暗い”のように正反対のこと、3つ目は明るい暗いとは全く関係ない”おおざっぱ”とか。その3つを一人の人物像の中に入れてください、と言うんです。やっぱりね、人間って状況と会う人によって性格が変わったりしますから」

―――近藤さんにとっての“ナイフ”は?

「僕は人前に出たいけど怖いという矛盾があるので、それを克服するためのおまじないがあります。映像の仕事の場合は、人差し指と中指を立てて、左回りにくるくる回すんです。波動のようなもので、左に回すと逃げていくし、右に回すと入ってきちゃうんですって。だから『不安なんか、全部いなくなっちゃえ~』という思いを込めてくるくるっと回しています。あと、体操の先生に教わったのですが、立ったまま踵を上げて、ガタンっと下ろすんです。そうして頭蓋骨まで揺らすと、身体が弛むし、さぁやるぞ!とスイッチが入ります。舞台の場合は、いろんな方がよくしていますが、先祖にお祈りをする。楽屋や舞台袖の暗いところで『ご先祖様、お守りくださりありがとうございます。今日もこの舞台をお守り下さい』みたいな。本当におまじないですね。いろいろ試してみたんですけれど、僕にはこれがうまくいくような気がするんです」

公演中止が決まってから──結婚、京都移住、俳優としての変化

―――この1年半で生活リズムは変わったのではないでしょうか。きっと『ナイフ』も、1年半前に上演していただろうものと、今回上演するものでは違う舞台になるのではないかと思いますが。

「もう思いっきり変わりましたね。なによりコロナの間に京都の女性と出会って、結婚して、京都で暮らすようになりましたから。1年半でこんなに変わるのかっていうぐらい生活スタイルも変わりましたし、家族環境の変化によって意識も変わりました。あの時にやっていたかもしれない『ナイフ』と、これからやる『ナイフ』は全然違うでしょうね。
 やっぱりプライベートって大事なんですよね。結局、演技力ではなく、人間力なんです。不思議なもので、俳優って役を通じて人間を見てもらうので、どう生きているかが演技すると見えちゃうんですよ。それは一人芝居だとより強くなると思います。ですから、京都に住んで、生の舞台からしばらく離れたことで、どう変わっていくのかは自分でも楽しみではありますね」

―――『ナイフ』も、身近な家族が出てくる物語です。家族ができたことで、作品の捉え方に変化はありしましたか?

「家族もそうですが、生活環境が変わったことでの影響が大きいですね。みなさんそうだと思いますけれど、この1年半の間に想像もしなかったことが起きた。僕自身も仕事が大事で大好きだったんですが、伴侶ができて、京都に来て、相手の家族と近しくなって、京都の友人もできたりしているうちに、『僕は仕事に一生懸命過ぎたな』と思ったんですよ。仕事にすべての生きがいを求めていたから、“仕事の評価=自分という人間の評価”のようなことに勝手にしていた。でも実は、仕事は人生の一部なんですよね。ちょっと引いて見ると『仕事で失敗したっていいじゃない』とか『お金儲けた人が偉いわけじゃない』とか『有名な人、何かを成し遂げた人が偉いわけじゃない』というふうに感じてくる。毎日の一瞬一瞬を楽しむことが大事だし、幸せなんだなぁと思うようになりました。
 だから1年半前には、“仕事=自分”という価値観の中で、『ナイフ』が成功しないと自分の評価が下がるという思いがあったんです。それが今では『成功すれば楽しいこともあるだろうし、失敗したら失敗したでまた楽しいこともあるだろう。どっちにしろチャレンジすることで何か得られるだろう』という気持ちです。あぁ、ようやく少し大人の階段をのぼっているなとは思います」

―――大きな価値観の変化ですね。芝居にも反映されるかもしれないですね。

「そうですね、どうなるのかなぁ。きっと稽古に入ったら目の前のことしか見えなくなって、成功したくてウズウズしちゃうんでしょうけれどね。今はまだ稽古が始まっていないので、ちょっと余裕があるのかも(笑)」

(取材・文&撮影:河野桃子)

プロフィール

近藤芳正(こんどう・よしまさ)  
愛知県出身。「東京サンシャインボーイズ」に欠かせぬ客演俳優として脚光を浴び、現在はテレビ・映画・舞台と活躍。2001年には自身がプロデュースする「劇団♬ダンダンブエノ」を立ち上げる。2009年からは劇団から派生したソロ活動として「バンダ・ラ・コンチャン」改め「ラ コン チャン」を始動し、舞台制作やプロデュース作品も手掛け、作・演出にも関わる。近年は、2020年5月に三谷幸喜作の戯曲を用いた『12人の優しい日本人を読む会~よう久しぶり!オンラインで繋がろうぜ~』の企画を立ち上げライブ配信。同年6月に本多劇場の再開第一弾企画ひとり芝居・無観客ライブ配信公演『DISTANCE』にて『透明爆弾』に出演。2021年は『大豆田とわ子と三人の元夫』への出演のほか、NHK連続テレビ小説『カムカムエブリバディ』に出演。

公演情報

水戸芸術館ACM劇場 ラ コンチャン 共同製作 近藤芳正 Solo Work『ナイフ』

日:2022年2月4日(金)~6日(日)※他、地方公演あり
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:一般5,500円
  高校生以下[枚数限定]1,000円※高校生以下は東京芸術劇場ボックスオフィスのみ取扱/要学生証提示(全席指定・税込)
HP:https://www.arttowermito.or.jp/sp/knife/
問:サンライズプロモーション東京 
  tel.0570-00-3337(平日12:00~15:00)

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