林和子 著『すっぴん』を原作とした、kimagure studio presents 朗読劇『すっぴん 2024』が、11月13日(水)~17日(日)に東京・すみだパークシアター倉で上演される。本作は、今では129の国と地域で活躍している“包あん機”を開発した和菓子職人・林虎彦と彼を支えた妻・和子を描いた物語。企画・主演の大野泰広、W主演の上野なつひ、演出の白鳥雄介にインタビューを行った。
―――まずは再演に至った経緯をお伺いしたいです。
大野「2020年に放送したラジオドラマをきっかけに作らせてもらった作品で、初演では脚本・演出として裏方で入っていました。コロナ禍が落ち着いて、自分でも舞台の企画やプロデュースをしていきたいと思った時に、まず浮かんだ作品が『すっぴん』でした」
―――やるならこの作品と思った理由というのは?
大野「“包む”機械を開発した林虎彦さんの挑戦を、妻の和子さんの目線で綴った『すっぴん』という原作本があります。物語としての魅力はもちろんですが、俳優としても虎彦さんの人生を掘り下げて演じてみたいと思ったのがきっかけです」
―――物語の魅力をどこに感じましたか?
大野「今回の朗読劇では1950年~1962年くらいを描いています。当時、和菓子職人にとって包あんの作業は重労働だったんですね。虎彦さんは朝から晩まで大変な作業に縛られている中、『職人は心の余裕がなきゃだめだ。これじゃロボットだ。餡を包む機械を開発できないか』と考えるんです。これは、ただ大量生産をして楽をしたいからではなく、職人を重労働から解放して、『日本中の食卓につくり手の心がこもった高品質な和菓子を届けたい』という思いからなんです。
僕も脚本や演出の仕事をさせてもらいますが、つくり手はずっと机に向かうだけじゃなく、外に出て色々なものからインスピレーションを受けて、考える時間が大事なので、虎彦さんの思いにはとても共感しました。この物語には、テクノロジーと共存しながら、いい物や作品をつくっていく上での大切なメッセージが沢山詰まっているのが魅力ですね」
白鳥「あとは開発に挑戦していく中で、どん底が何度も訪れるけど、絶対に寄り添い続ける和子さんの存在がこの物語の魅力の1つでもありますよね。頑張っている人の姿に励まされるだけじゃなく、隣にいる人の大事さも感じられる作品だと思います」
大野「和子さんあっての虎彦さんですね。虎彦さんが創業したレオン自動機株式会社のみなさんも、『奥さまの存在は大きい』とおっしゃっていました。レオン自動機さんは先代の意思を引き継ぎ、自分たちは和菓子や洋菓子の陰にある“究極の黒子”だと言いますが、この物語は虎彦さんを信じ、支え続けた究極の黒子の和子さんのお話でもあります」
―――上野さんと白鳥さんは、お話をいただいた時どう感じられましたか?
白鳥「とてもエネルギーのあるお話だと感じました。林虎彦さんという実在の人が持つ、人を惹きつけるパワーが本からも伝わってきた。すごく絵が浮かんで、高度経済成長期のエネルギー、どん底から這い上がっていく人生に惹かれましたし、それを支える和子さんが絶対に否定しないでそこに居続ける・信じる強さにも魅力を感じました」
上野「大野さんとは7年くらい前に舞台でご一緒し、その縁で今回お話をいただきました。その時のお話もキャッチーで家族愛が盛り込まれていましたが、今回も愛のある作品。主人公がみんなに愛を持っていて、関わっていくみんなが同じ方向を見ている。それぞれが懸命に何かを追い続ける姿を素敵だと感じました」
―――上野さんは初めての朗読劇ですね。
上野「プレッシャーしかないですが、軸となるストーリーがちゃんとあるので、17歳から80歳くらいまで虎彦さんを支え続けた和子さんの思いを、言葉や声でどう演じられるかのチャレンジだと思っています」
大野「初演の台本はお渡ししましたが、2024年版に向けて改訂しているので、全く別の物語になっています」
上野「やめてくださいよ(笑)」
大野「上野さんの芯があって周りを愛で包み込むような温かい雰囲気が和子さんにピッタリ。虎彦さんがとにかく破天荒な人で、和子さんは常に振り回されていくのですが、上野さんなら愛情を持って虎彦さんを支え続けてくれると思います」
―――白鳥さんと上野さんは、台本からどんな印象を受けましたか?
白鳥「破天荒な男の人と、それを支える妻のお話。僕が感じたのは、共生が叫ばれている世の中だけど、強いリーダーシップを持って進んでいく人が周りを巻き込むこともある。この本からはそういうものが感じられて『自分も明日何か動いてみようかな』と思える素敵な本です。最近は意外とないテーマですし、今やるべき物語だと思います」
上野「現代にはない人との距離感が素敵だなと思いました。人とここまで関わるって今はあまりなく、自分の中で完結してしまう人が多い気がしています。
私がこの年齢になって思うのは、人がいてくれて、自分が何かを達成できているということ。誰かと寄り添いたいとか、この人のおかげで今があると思える存在がいると強く生きられると思っているんですが、現代は人と関わるのが面倒だと思う人もいますよね。
この作品を通じて、誰かの助けに感謝したり、誰かを応援することで自分の存在意義が理解できたり。昔ながらではあるけど今の時代にも必要なメッセージがあると思います」
―――前回はコロナ禍もあり、制限も多かったと思います。今回改めて公演を行う上で、演出や構成はどう考えていますか?
大野「初演はコロナ禍の初期で、舞台上で誰かが使った小道具を他の人が触るときに消毒しなきゃいけない問題が出ました(笑)。それもあって僕が黒子で出て、消毒を笑いに転換したりしましたね。今回は、初演でできなかったアイデアも白鳥さんと相談しているので、初演を踏まえた2024年版になると思います」
白鳥「ディスタンスの縛りがなくなったので、表現の幅は広がると思います。夫婦の距離が現代とは違い、3歩下がるお嫁さんみたいな感じなんです。もちろん原作を大切にお伝えするのが第一ですが、2人の距離が開いたり近づいたりする距離感も表現していきたいと考えています」
―――演じる役について、どう作っていこうと考えていますか?
大野「虎彦さんの情報は十分仕入れてあるので準備は完璧です(笑)。でも、書くのと演じるのはまた違うと思うので、声に出しながら『本当はこういう気持ちだったのかな』と虎彦さんが歩んだ険しい道のりを、楽しみながら擬似体験していきたいです」
上野「まだ想像がついてないですが、意外と普通に演じることで伝わるのかなと思っています。変に作り込まず素直に和子さんの言葉を伝えられたら嬉しいです。稽古場の掛け合いの中で作り上げていきます」
白鳥「和子さんの虎彦さんへの思いが変わらなかったのが凄いところなので、変に演じ分けないというのはその通りだと思います。エピソードを見ていると、ちょっとは変わったほうが……って思うくらい変わらない(笑)」
大野「原作に書いてあるんですけど、和子さんのお爺さんにあたる方が虎彦さんに似たタイプだったみたいですよ(笑)。だから破天荒な人を面白がれる免疫があったのかも」
上野「和菓子職人としての才能にも惹かれていたんでしょうが、虎彦さんのやることが面白くて、応援するのが楽しくて、彼を見ているのが和子さんの趣味だったのかもしれませんよね」
―――演奏は前回と同じく山本清香さんです。
大野「虎彦さんが作業場でよくベートーヴェンを聞いていたそうで、前回は山本さんがその要素を活かしたオリジナル音源を作ってくださいました。また、演者とセッションをしてくれ、音楽としての参加ですが演者の一人だと思っています。すごく心強い音楽家で、今回の舞台にぴったりな方です」
―――楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
上野「私は和菓子がすごく好きで、小学校のときはよく和菓子屋に行っていました。当時は気づかなかったけど、この作品でつくり方を知り、職人さんの凄さを改めて感じました。つくり手のぬくもりを機械の中に込めていく背景や愛情を感じながら、『お饅頭を食べたいな』と思ってもらえるような、あたたかみのある作品になっています。劇場でお待ちしてます」
白鳥「東京の墨田区で上演できるというのもすごく嬉しいです。職人の街で、職人たちを支える世紀の大発明をした方の物語ができる。ぜひ劇場で観てもらって、帰りに和菓子屋さんに立ち寄っていただき、家族で和菓子を囲んでいただけたら嬉しいです」
大野「この物語は目標に向かって頑張っている人、『ものづくり』を頑張っている人、誰かを支えている人、様々な人にメッセージがある地域ドラマです。kimagure studioのコンセプトの『誰かの拠りどころになる作品を』にあるように、観てくれた人の明日への活力になる作品になれば嬉しいです。終演後は物語の余韻に浸りながら、劇場から駅までの街やお店を楽しんでください」
(取材・文&撮影:吉田沙奈)
プロフィール
大野泰広(おおの・やすひろ)
1976年生まれ、東京都出身。俳優を中心に脚本・演出・映像制作など幅広く活躍中。NHK大河ドラマ『真田丸』、『鎌倉殿の13人』、舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』など多数出演。クリエイターユニット「kimagure studio」を立ち上げ、地域×お店×俳優でつくる地域短編ドラマ『ストーリーズ』などを制作中。
上野なつひ(うえの・なつひ)
1985年生まれ、東京都出身。2001年のデビュー以来、ドラマ・映画・舞台などで幅広く活躍している。主な出演作に、【ドラマ】『西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ』、『特命戦隊ゴーバスターズ』、『相棒』シリーズ、【映画】『LIAR GAME -再生-』、【舞台】タクフェス『晩餐』、Nana Produce Vol.21 短編3傑作『人の気も知らないで』など。
白鳥雄介(しらとり・ゆうすけ)
1989年生まれ、北海道出身。演劇ユニット『ストスパ』主宰。時代性のあるテーマと笑いの中にも人間の本質を追求する作風で、自団体のみならず外部での脚本・演出も数多く手掛けている。ストスパの作品テーマは「それでも前を向いていく」。主な作品に、舞台『「笑ゥせぇるすまん」THE STAGE』(脚本)、『カリスマ de ステージ』〜おかえり!カリスマハウス〜(演出)など。
公演情報
kimagure studio presents
朗読劇『すっぴん』2024
日:2024年11月13日(水)~17日(日)
場:すみだパークシアター倉
料:前売5,800円 当日6,300円(全席指定・税込)
HP:https://kimagure-studio.tokyo/suppin2024/
問:kimagure studio
mail:kimagure.nippori@gmail.com