井上ひさしの人気作を栗山民也×大竹しのぶで10年ぶりに上演 作家 林芙美子の戦中・戦後を描く音楽評伝劇

井上ひさしの人気作を栗山民也×大竹しのぶで10年ぶりに上演 作家 林芙美子の戦中・戦後を描く音楽評伝劇

 2002年に第10回読売演劇大賞 最優秀作品賞などを受賞し高い評価を集め、再演を重ねてきた『太鼓たたいて笛ふいて』が10年ぶりに上演される。本作は、戦中は従軍記者として活躍し、戦後は『浮雲』や『雨』など、戦争に傷ついた庶民を描いた名作を残した作家 林芙美子が主人公。覚悟を持って戦争に真正面から向き合った彼女の生涯を井上ひさしが描いた音楽評伝劇だ。主演は初演以来、栗山民也の演出のもと本作に向き合ってきた大竹しのぶが務める。芙美子という役柄や井上作品の魅力、そして公演への意気込みを聞いた。

―――10年ぶりの再演となります。改めて今回、公演が決まったお気持ちと本作への意気込みをお聞かせください。

 「前々から栗山さんと、もう1回『太鼓たたいて笛ふいて』をやりたいねという話はしていたんです。なので、それが実現できたことが凄く嬉しいです」

―――栗山さんとのクリエイティブにはどんな楽しみがありますか?

 「栗山さんとはこの作品の初演が初めてでしたが、本当に楽しくて。毎日が言葉を覚え始めた子どものような気持ちでした。とにかく栗山さんの稽古場は“楽しい”の一言です。立ち位置も含めて、この台詞はこういうふうに話して、こういうフォーメーションと、全て栗山さんの中では出来上がっているんですよ。ただ、栗山さんの演出通りにしなくてはいけないということではなく、イメージを私たち役者に伝えてくれるというやり方なので、それが凄く面白いです」

―――本作では、作家 林芙美子の日中戦争が迫る1935年から第二次大戦を経て47歳で急逝する戦後1951年までの16年間の軌跡が描かれます。そうした時代の本作を今、上演することについて、どのような思いがありますか?

 「今も世界のどこかで戦争が行われています。2年半前にロシアのウクライナへの侵攻が始まりました。私たちにも映像を含めてたくさんの情報が入ってきていますが、なんでこんな世界になってしまったんだろうと強く感じる時代になったように思います。だからこそ、井上さんがこの作品を通して描いている『戦争を放棄する、憲法第9条を守りたい』という思いを私たちは伝えなければいけないなと思います」

―――大竹さんが演じる林芙美子という人物については、初演時にはどのように捉えて演じていらしたのですか?

 「初演のときは夢中で作り上げていました。芙美子は『自分はなぜあんなことをしてしまったのか』という思いから、ある意味、自殺行為のようにモノを書いていきます。『本当に大事なものは何かということを書かなくては、書いていかなくてはね』という芙美子の最後の台詞は、井上ひさしさん自身の言葉でもあるんだなという思いで演じています」

―――そうした芙美子に共感するところも多いですか?

 「そうですね。この作品では井上さんが作り出した林芙美子という人物像が描かれています。ここで描かれている芙美子は、とても正直に生きている人だなと思いますし、可愛らしいところもたくさんあります」

―――実在した人物を演じるときと完全なフィクションの人物とでは、大竹さんの中で演じる上での違いはあるのですか?

 「例えばエディット・ピアフを演じるときに、実際のピアフをマネしても、その作品のピアフとは違ってしまうので、魂だけは受け取ってあまり囚われないで演じるようにしています。結局、あくまでもその戯曲の中の人物ですから。この作品の芙美子も、井上さんがお考えになる芙美子なので、実際の林芙美子さんとは違うのかなと思います。ただ、初演のときは林さんの作品を読んだり、お母さんとの関係を調べたり、そうしたことはしました」

―――なるほど。では、今回の再演にあたっては、どんなところを深めていきたいですか?

 「新しい仲間たちとまた新しいものを作り出すという気持ちでやっていきたいと思います。それから、劇中に登場する歌はどれも本当に素敵な曲ばかりです。それを10年前よりきちんと歌えるように一生懸命練習したいと思っています。それが再演の1つの目標です」

―――この10年でミュージカル出演も重ねられて、歌唱も10年前とはまた違うのでは?

 「でも、まだまだです。この作品は、芝居をしながら歌うという、ミュージカルとはまたちょっと違うものなので。技術がこの10年で培われていればいいなとは思っているのですが」

―――「芝居しながら歌う」というのは、ミュージカルとはどう違うのでしょうか?

 「井上さんの作品は、台詞を話していたのにいつの間にかメロディーがついているというのが見事に書かれています。ミュージカルでは、『始まります』と合図のように音が鳴って歌が始まるものも多いのですが、そういうのが全くないんです。なので、台詞のように歌っていきたいと思っています」

―――井上ひさしさんの作品の魅力を、大竹さんはどのように考えていらっしゃいますか?

 「全ての登場人物の人生が見えて、全ての人物が愛おしくなるというところが、井上さんの凄いところだと思います。主役を中心に物語が展開するわけではないんです。井上さんは、小さな瓶に出演者の顔写真をつけて、それを動かしながら戯曲をお書きになっていたそうなんですよ。この人がこう言って、この人がこう動くというように。なので、それぞれの人物に対する愛情がしっかりと伝わってくるのだと思いますし、どのシーンを見ても全てが愛らしい。可愛らしいし、おかしいし、悲しいし、どの人の台詞も全部素敵です。だから、私が歌わない歌も、私が出てないシーンの歌も全部歌えます。歌いたいと思う歌ばかりなんです」

―――この作品もそうですし、先ほどお話に上がった『ピアフ』もそうですが、再演を重ねて同じ役柄を演じるときには、どんなところに面白さを感じますか?

 「結果としてどうなるかは別として、前より良いものにしたいと思って挑んでいますし、何回も本番を重ねることで、役と向き合う時間も増え、よりリアルにより深くより自然になっていくことが再演する意味だと思います。ただ、それはいい戯曲であるという条件があってこそ。つまらない戯曲を再演しても仕方がない。いい戯曲であれば、いつも新鮮だし、より追求したくなるものだと思います。例えば3月に上演した『スウィーニー・トッド』も5回目の上演でしたが、こんな音があるんだ、こんなメロディーが入っているんだと、まだまだ楽しいことがたくさんありました。なので今回もそうした発見があったらいいなと思います」

―――再演を重ねたからといって、飽きるということもないのですね。

 「飽きると思ったことは一度もないですね。例え、それがつまらないなと思う戯曲であったとしても、『そう感じるのは自分に原因があるのかもしれない』とか『もっとこうしたらよくなるのかもしれない』と考えます。作品を作り上げるということは戦いですから。芝居というものは『今日はここまでできるようになった』などの喜びに溢れているので、全く飽きることはないです」

―――今回は、大竹さん以外は新たなキャストを迎えての上演となります。新キャストの皆さんの印象を教えてください。

 「高田聖子ちゃんと天野はなちゃんとは共演したことがありますが、それ以外の方たちは初めてなので、どのような作品が出来上がるのか楽しみです。今回は聖子ちゃんが私のお母さんを演じるので、その関係性も面白いと思います。はなちゃんとは『ザ・ドクター』という栗山さん演出の作品でご一緒しました。本当に素直ないい子で、こうしてまた共演できて嬉しいです」

―――最後に読者に向けて一言メッセージをお願いします。

 「私はこの芝居に出会えて本当によかったと思っています。観ているお客さまも同じように感じていただけたら嬉しいです」

(取材・文:嶋田真己 撮影:友澤綾乃 ヘアメイク:新井克英 スタイリスト:申谷弘美(Bipost))

プロフィール

大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)
1975年、映画『青春の門』ヒロイン役でデビュー。近年の主な出演に、舞台『スウィーニー・トッド』、『ピアフ』、『女の一生』、『GYPSY』、『ヴィクトリア』、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、映画『ヘルドックス』、ドラマ『監察医朝顔』、『PICU 小児集中治療室』、『海のはじまり』など。井上作品には『日の浦姫物語』、『ロマンス』に出演。こまつ座『太鼓たたいて笛ふいて』には2002年初演から、2004年、2008年、2014年と出演。初演時に第37 回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第10回読売演劇大賞 大賞・最優秀女優賞、第2回朝日舞台芸術賞を受賞。著書に「ヒビノカテ まあいいか4」(幻冬舎)がある。NHK-R1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」(毎週水曜21:05 ~)が好評放送中。

公演情報

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』

日:2024年11月1日(金)~30日(土)
  ※他、地方公演あり
場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
料:10,500円 
  U-30[30歳以下]6,500円
  高校生以下3,000円 ※こまつ座のみ取扱い
  (全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp
問:こまつ座 tel.03-3862-5941

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