古代ブリテンを舞台にした、今までの『リア王』とは違う新訳の日本初演版 藤田俊太郎が個性的なキャストと贈る、古く新しいシェイクスピア

古代ブリテンを舞台にした、今までの『リア王』とは違う新訳の日本初演版 藤田俊太郎が個性的なキャストと贈る、古く新しいシェイクスピア

 数あるシェイクスピア作品のなかで、代表的な悲劇といえば『リア王』だろう。これまでも様々な解釈で上演されてきたこの作品。実はシェイクスピアの生前に出版された“クォート版”『リア王の物語』と、死後出版されたシェイクスピアによる改訂版である”フォーリオ版”『リア王の悲劇』があり、多くはこの2つの折衷版を『リア王』として上演し続けてきたという。
 この秋、KAAT 神奈川芸術劇場で上演される『リア王の悲劇』は、これまでの『リア王』とは異なる、河合祥一郎による新訳の“フォーリオ版”を、日本初の舞台化をするのだという。演出を務めるのは、今注目すべき演出家の1人・藤田俊太郎。“初シェイクスピア”だという藤田に今作について話を訊いた。


―――今回藤田さんが演出される『リア王の悲劇』は、いくつかのヴァージョンがある『リア王』の中でも“フォーリオ版”と呼ばれるものだそうですね。

 「はい、“フォーリオ版”を河合祥一郎さんが新訳したものの日本初演になります。
 『リア王』には色々なヴァージョンやそれらの折衷版、さらに翻案されたものや、黒澤明監督の映画『乱』のように脚本のベースとなっているものもあります。このフォーリオ版に宿るシェイクスピアの言葉に対する想いや意味を突き詰めたいなと思いました」

―――(KAAT 神奈川芸術)劇場の2024年度のラインアップ発表会では、長塚(圭史)芸術監督が「この作品は藤田さんにとって初めてのシェイクスピア」だと話されていました。どんな経緯で引き受けることとなったのでしょう。

 「まず長塚さんから2024(メイン)シーズンのテーマを『某〜なにがし〜』にしたいという話があり、その上で一緒に仕事しませんかと声をかけていただきました。そして、テーマに寄り添いながらKAATのプロデューサー、制作の皆さんと対話を重ねました。
 すでに河合さんのフォーリオ版は出版されていて、僕も読んでいましたし、さらに河合さんが本作について色々話されていたのを聞いて、この作品に挑戦したいなと思い、上演に至りました」

―――「今作はシーズンテーマにピッタリ」だという話も、長塚さんが発表会でされていました。冒頭でいきなり登場人物の役割が変わり、某(なにがし)になる点ですね。

 「リア王自身、自分がいったい何者か、某(なにがし)なのかを問う物語ですから。大筋は、古代ブリテンを支配していたリアが、財産分与をして世代を受け継がせるわけですが、その時に彼は支配する側から1人の人間になるわけです。その後自分はいったい何者か、某(なにがし)なのかを問うていくという物語です。
 リアは思いもかけないことで荒野に放り出されます。物語上は、娘たちの裏切りによるわけですが、娘たちは裏切ったつもりはなく、長女と次女は自らの正当性を主張し、いわば政治家として立ち振る舞い、リアを自分の領域から追い出します。荒野に放り出されたリアが自身を、某(なにがし)なのか?と問うた末、人間的に成長するという成長物語ではないでしょうか。そう考えると、シーズンテーマとリアの在り方が一致していると思います」

――――般的に学校で習う『リア王』は、親を裏切る非情な長女・次女と、優しい三女の話だという印象が強いですね。

 「それも1つの真実ではあります。でも優しいとされる三女ですが、それだけではなく他の面も持っている。長女と次女もリアにきつくあたるには理由がある。人間誰でも一面だけではないというのがもう1つの作品のテーマだと思います。人の“多面性”を見ながら、時に激昂し、時に後悔しながら成長するのがリアだと思います」

―――主要キャストは11名、加えて8名のコロスという座組ですが、その中でとりわけ注目のキャストはいますか。

 「全員です! 個性ある11名の芝居を是非観て欲しいですし、それを演出で際立たせることが大事だと思っています。
 新訳のフォーリオ版に惹かれたもう1つの理由は、それぞれの人物の在り方や個性がハッキリしているところです。作品の時代設定をシェイクスピアが生きた16世紀でも未来でもなく、自分の国の古代、3〜5世紀に設定したのが面白い。それはキリスト教的考え方が入り込む前だからです。
 多くの西洋戯曲にはキリスト教的思想や思考が宿っています。その根底にあるキリスト教や宗教の部分をどう乗り越えるか、解釈するかが面白さでもあり課題でもありますが、このフォーリオ版の時代設定ならばもう少し自由に発想できるんじゃないかと思います。
 キリスト教、ジェンダー、男性中心主義の考え方、などを考えすぎずに、自由な作品解釈の可能性を見いだせると感じます。女性はとても強い存在なのではないか。なぜ長女や次女が政治力を発揮できるのか。そもそも女性になぜ家を継いでいるかのように振る舞うのか。三女にしても優しいだけでなく、しっかりした意思を持った強い女性です。優しさの裏側にある彼女の個が、時代設定を古代ブリテンに置くことで凄く明快になるし、現代にも通じると思いました」

―――古代と現代がつながる、と?

 「もともと人間は多様な価値観を持って生きていたのが、この数世紀にわたり一定のカテゴライズをしたり、決めつけたり、一面的な考え固定概念の中に自分たちの思考を押し込めてしまったのではないかと捉えてみるとどうでしょう。古代ブリテンから現代の多様性が見えてくるんじゃないかと思ったんですね」

―――誰もが注目のキャストとのことですが、ちょっと気になったのはリア王の家臣・グロスター伯爵の嫡子であるエドガーを女性(土井ケイト)が演じますね。

 「はい。今まで上演された『リア王』と1番違う所ではないかと思います。グロスター伯爵には私生児のエドマンドという子どももいますが、グロスターの言動から、彼の物事の捉え方なら、嫡子(=エドガー)であれば女子でも家を継がせてもおかしくない、と考えました。
 一方、私生児(=エドマンド)は嫡子に嫉妬して策略を巡らせる。リアや、グロスターと同様に自分が“男”だから引き継ぐんだ、とその策略、新たな支配の理由が生まれるわけです」

―――またコロスとして8名の俳優がいますが、1人ずつプロフィールを見ると、様々な経験を積んだ実力あるメンバーですね。

 「シーズンテーマ『某〜なにがし〜』の1番近くにいるのは8人のコロスなのかもしれませんね。色々な立場や役柄になって登場します。さらに女性を盛り込んだのも大きな仕掛けです」

―――ここで藤田さんご自身について伺います。東京藝術大学で学ばれたそうですが、そこで演劇に惹きつけられたのですか?

 「生まれ育った秋田県秋田市では演劇に取り組むことはなく、その頃は写真を撮っていました。入学したのは美術学部先端芸術表現科というんですが、講義が多岐にわたっている学科で、あらゆる芸術を学ぶことができました。そこで1番惹かれたのは演劇でした」

―――高校も演劇部ではないんですね。

 「僕は高校を中退しているんです。そもそも入るときに高校浪人をしていまして、入ったものの暫くして、様々な理由で登校できなくなりました。1年生の秋には留年が決まり、自主退学したんです。
 その後は秋田のヴィレッジヴァンガードでアルバイトしていたのですが、そこでディスプレイをしているうちに構築する楽しみを覚え、もともと写真も映画も好きだったのでアートを学びたいと思って、当時の大学入学資格検定を受験し、20歳を超えてから大学受験しました。いろいろ調べたら藝大のこの科で学んでみたいと強く思いました。
 入試の最終試験では自らの作品をファイルで提出するのですが、僕はバイトでのディスプレイの写真をまとめたものを提出しました」

―――そして在学中にニナガワ・スタジオに入られるわけですね。

 「演劇評論家の長谷部浩さんによる特別な講義で、蜷川幸雄さんとの対談がありました。そこで作品映像を観て凄いと思って、実際に劇場で『身毒丸』を観たら衝撃的だったんです。その後、ニナガワ・スタジオの俳優募集を知り、応募したんです。
 オーディションは参加費を払えば全員蜷川さんに演技を見てもらえるのですが、そこで蜷川さんの前で演じた『リア王の悲劇』エドマンドのモノローグが僕にとって生まれて初めての芝居でした。エドマンドは野心家のキャラクターですが、自分の願望を託したところがあったと思います。ともかくそれこそが僕のスタートです。
 後日聞いた話では、結果としてあまりにも下手だったので印象に残ったとのことでした。オーディション会場に1人、素人が混じっている状態ですね。まだ藝大に在学中だったのも幸いしたかも知れません。蜷川さん自身もかつて藝大の油絵を志望していましたから」

―――凄い出逢いですね。

 「俳優としてスタートを切って、『ロミオとジュリエット』のピーター役で日生劇場の舞台を踏んだんです。初舞台です、幸運でしかないです。
 ただ幸運には終わりがあって、あまりに周りの方々の芝居が上手なので、ついていけないと思い辞めることにしました。また写真の世界に戻ろうと思って蜷川さんに相談したら、演出部の見習いとして残してもらえて。それで蜷川さんの作品に沢山ご一緒することが出来ました。もちろんシェイクスピア作品もです。
 蜷川さんが歳を重ねてさらに成長していく姿は『リア王の悲劇』に重なりますし、その現場で出逢った、シェイクスピア作品や沢山の作品に出演されていた木場勝己さんが今回リア王を演じる事には運命的なものを感じます」

―――今や人気の演出家となった藤田さんを蜷川さんが見ていたらなんて言うでしょう。

 「想像できないですね……。演出家としては相手にもされない気がしますが(笑)」

―――では、最後に観客へのメッセージをお願いします。

 「『リア王の悲劇』というと、悲しみとかおどろおどろしいドラマに思われがちですが、実際は面白いシーンの連続なんです。悲劇ほど面白いものはないといいますが、やはり悲劇と喜劇は表裏一体です。19人の役者の生き様が詰まっているし人間の色々な姿を発見できると思います。老い、ジェンダーなどいろいろなテーマがありますが、自由に楽しんでいただければと思います。
 さらに宮川彬良さんの音楽も凄く楽しい曲に溢れていますし、河合さんの新訳もウイットに富んだいいセリフばかりです。是非劇場にお越しください」

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

藤田俊太郎(ふじた・しゅんたろう)
秋田県出身。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。在学中にニナガワ・スタジオに入る。近年の演出作に、『Sound Theater2023』、『ラビット・ホール』、『ヴィクトリア』、『ラグタイム』、『東京ローズ』、『VIOLET』、『LOVE LETTERS』など。受賞歴に、【読売演劇大賞】第22回優秀演出家賞・杉村春子賞、第24回最優秀作品賞・優秀演出家賞、第28回優秀作品賞・最優秀演出家賞、第31回大賞・優秀作品賞・最優秀演出家賞、第42回菊田一夫演劇賞、第42回松尾芸能賞優秀賞がある。あきた芸術劇場ミルハスアドバイザー。

公演情報

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『リア王の悲劇』

日:2024年9月16日(月・祝)~10月3日(木)
場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール内特設会場
料:一般9,500円
  ※他、各種割引あり。詳細は団体HPにて
  (全席指定・税込)
HP:https://www.kaat.jp/d/king_lear
問:チケットかながわ
  tel.0570-015-415(10:00~18:00)

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