テーマは「弱い人が弱いままでもいい社会」 東京マハロが贈る、大阪を舞台にした人間ドラマ

テーマは「弱い人が弱いままでもいい社会」 東京マハロが贈る、大阪を舞台にした人間ドラマ

 脚本・演出家の矢島弘一が主宰する演劇ユニット、東京マハロの第28回公演『スープラに乗って』が8月30日から上演される。矢島が「弱い人が弱いままでもいい社会」をテーマに、大阪で暮らす“逃げてきた人々”の想いを描き出す。主演を務める劇団員の福田ユミ、そして東京マハロ初出演となる佐竹桃華、物語のキーマンでもある杉田圭介を演じるお宮の松、そして作・演出の矢島に本作の見どころや公演への意気込みを聞いた。


―――本作は、どのような内容の作品になるのでしょうか?

矢島「お宮の松が東京に出てきた時のエピソードをもとに発想した物語です。お宮ちゃん(お宮の松)が、芸人になろうと東京に出てくる途中で大阪のソープランドに寄ったら、そのお店のキャストの女の子たちが、みんな車の車種を名前(源氏名)につけていた。それでお宮ちゃんについたのがキャデラックさんという人だった、という話を聞いて、これは面白いなと思ったんですよ。今回は芸術劇場での公演ですし、5年ぶりに劇団員が揃うという公演なので、そこでこの話を元にした物語をぜひやりたい。今回は福田を主演にするという構想がなんとなくあったので、福田に合う車種はなんだろうと考えて出てきたのがスープラです。福田を主演にして、そこに生きる女性たちの話にしようと思って書き始めました。風俗や水商売の話をただするのではなくて、スープラさんがお店で働いていた20年後が舞台で、スープラさんが今どうなっているのかを描いていきたいと思っています。僕は弱い人の味方でいたいと思って作品を書いているので、今回、弱いスープラさんがどうやって明日への1歩を踏み出すのかを描きたいと思います」

―――佐竹さんとお宮の松さんは、どのような役柄になるのでしょうか?

矢島「佐竹さんは、スープラさんの娘の真子役です。17歳の高校生で、実はスープラさんとは血が繋がっていないという設定にしようと思っています。お宮ちゃんは、スープラさんの昔の客の圭介という役です。20何年前に大阪でスープラさんに出会った圭介が、夢に敗れて大阪に戻ってきて、スープラさんと偶然、再会することから、物語が動いていきます」

―――お宮の松さんは、自分の実体験が、こうして物語に発展していくということにはどんな想いがありますか?

お宮の松「面白いですよね。僕はキャデラックさんに再会できていませんが、この物語の中で似たような経験をできるわけですから。それから、僕の何気ない昔話を今の時代のフィルターにかけて新たな物語として作り出してくれる矢島さんに、これからも僕たちはいろいろな話をしていかないといけないなと思います。何がどう新しいストーリーになるのか分からないですから」

―――佐竹さんは、役柄やストーリーについて、どう感じましたか?

佐竹「これまで大まかな内容しか聞いていなかったので、真子の過去を聞いて、すごくスッキリしました(笑)」

―――この作品に出演することで、どんなことを楽しみにしていますか?

佐竹「私は出演が決まって、その時に矢島さんから関西弁のセリフになると聞きました。私は大阪出身なのですが、地元の言葉でお芝居をするという経験がなかったので、より素の自分が出せるのかなと楽しみです。標準語で話していると、どこか自分を偽っているように感じてしまうことがあったので、今回は素直に演じられるのかなと思っています。それから、これまで私は『ハリー・ポッターと呪いの子』という舞台に出演していたので、全く違う雰囲気の作品に出られることも新たな挑戦だなと思って楽しみにしています」

―――矢島さんは、佐竹さんのどんなところに魅力を感じていますか?

矢島「お会いしたときに、バリバリの関西弁だったんですよ。それをみて、これはもう大丈夫だなと。それから対面でお芝居をしてもらったときに、キラキラして見えたんですよ。今回演じてもらう役は全くキラキラしていません。心の中にはさまざまな想いがあって、浮き沈みもある、そんな女の子の役です。そうした役をキラキラしている佐竹さんに演じてもらいたい。僕は、本人とは全く違った要素を演じている姿を見たいと思っているので、そういう意味でも佐竹さんは魅力的でした。どんなお芝居になるのか、すごく楽しみです」

―――福田さんは、スープラという役柄についてどんな印象を持っていますか?

福田「一筋縄ではいかないな、と。いつも以上に深く掘り下げて演じないといけないと感じ、これは大変だなと思っています。彼女の経歴からして知らないことばかりなので、たくさん調べて演じたいですし、しっかりと立ち向かっていきたいと思います」

―――スープラも関西弁で話すキャラクターになりますよね?

福田「そうですね。私も奈良出身なので、日常で関西弁が出ることもあります」

矢島「関西弁と一言で言っても、いろいろな方言があるんですが、とにかく(福田の関西弁は)汚いんですよ。それが佐竹さんの関西弁と合うなと思ったのも、(今回の配役の上では)大きかったです」

―――ありがとうございます。では、この作品に限らず、東京マハロらしさや矢島さんが書く脚本の魅力を、皆さんはどんなところに感じているのですか?

お宮の松「僕が“やりたい”と思って飛び出すのを押さえつけるバランスが絶妙だなと思います。頭ごなしに押さえつけられているわけでもないんですが、かといって自由にやっていいわけでもない。押さえつけられているところが心地よくもある。そうやって矢島さんの手腕で作り上げる作品は、やっぱり僕たちが“やりたい”と勝手にやったものよりもいいものが出来上がるんですよ。僕たちは全体像が見えていないから、不安でやりすぎてしまうけれども、矢島さんは全体をきちんと俯瞰で見ている。楽しくやらせてもらっています」

―――その「押さえつけられている」というのも、この劇団ならではで面白い?

お宮の松「そうです、ここしかない。他のところで、押さえるタイプの演出家さんとあっても、僕はそれほど押さえないですから」

福田「やりすぎると過剰な芝居になって面白さが減ってしまうというのはありますよね」

お宮の松「福田の場合、(稽古に入る前に)一生懸命、考えてきているわけですよ。台本もさっさと覚えて、役についてもかなり考えてきている。でも、稽古場でそれをやったら、間髪入れずに矢島さんにダメって言われる時もあるんです。その時に、この人、へそを曲げて、それを顔に出すんですよ(笑)。そこは出さないで(笑)?」

福田「今回は出さないです(笑)。何を言われても、はいと言ってやろうと思っています。それは今、宣言しておきます(笑)」

―――福田さんから見た、矢島さんの作品の魅力はいかがですか?

福田「社会風刺を混ぜながら人間関係を描く作品が多いので、周りとの関係性を大事にして、ディスカッションしていかないと作れないと感じています。そういった意味でもすごくやりがいを感じますし、みんなで作り上げていると実感できます。もちろん、我慢しなくてはいけないこともありますが、そうやってみんなで作り上げたからこそ、お客さまの心に刺さるのかなと思っています」

―――矢島さんは、作品を作る上で、ここだけは変えたくないと考えている信念はありますか?

矢島「昔はエッジの効いたものをやりたくて、『刺さる人に刺さればいい』ではないですが、尖っていると言われたくてカッコつけているところがあったんですよ。でも、今は生きているだけでも大変な時代。コロナ禍では演劇業界は本当に苦しい日々でした。テレビをつけても暗いニュースばかりが飛び込んできます。そうした時代に、お金をいただいて、エンタメとして、観ていて苦しいものを観せるのが良いのかと考えるようになりました。それで初心に立ち返ろうと思っています。とはいえ、ただハッピーなものにしようとは思っていないので、現代の中にある息苦しさ、生きにくさを描きながらも、観てくださった方が勇気付けられる作品を作りたい。何度も言うように、弱い人が弱いままでもいい社会を舞台上で作り上げられたらいいなと思っています」

―――この作品にもそうした想いが込められているのですね。

矢島「そうです。それがテーマです」

―――佐竹さんは、これまでご出演されていた『ハリー・ポッターと呪いの子』とは違い、今回は劇団、東京マハロの本公演になります。劇団公演に出演することへの思いや期待を聞かせてください。

佐竹「すでにこうしてお話を聞いているだけでも、身が引き締まる思いです。一体どんな稽古が待っているんだろうという緊張はありますが、へそを曲げずに頑張っていきたいと思います(笑)。私は自分の可能性を広げていきたいと思いながら活動をしていますので、今回も皆さんからたくさんのことを吸収し、この劇団の1人として立てるくらいのものを出せたらいいなって思います」

―――最後に、改めて公演に向けた意気込みをお願いします。

お宮の松「今回は、芸術劇場で上演されます。他の劇団とはまた違ったカラーのある舞台になると思いますので、観てくださった方もまた違ったものを受け取ってもらえると思います。矢島くんの一言一句が、僕たちの芝居として伝わればいいなと思っているので、ぜひ、その空間を楽しみにしていてください」

福田「私は、東京マハロの公演に出始めて今年で10年目です。そうした区切りの年に東京芸術劇場での公演に出演できることは本当に嬉しいです。今回は、5年半ぶりに劇団員が全員揃うので、それもまた嬉しいですし、きっとこれまで観に来てくれていた方も久しぶりに全員が揃った姿を見て『これが東京マハロなんだ』と改めて感じていただけると思います。ぜひ、楽しみにしていただけたらと思います」

佐竹「今回、私は自分の人生とは真逆の役を演じることになると思うので、ただただ真摯に向き合って、勉強して、作り上げていきたいと思います。生きづらい世の中ですが、前を向いて、ポジティブな人がいることを示して、寄り添えるような作品になればと思いますし、少しでも平和な世界に近づけるようなメッセージを込められたらいいなと思います。頑張ります」

矢島「良い本を書くだけです。良い公演ができるよう頑張りたいと思います」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

福田ユミ(ふくだ・ゆみ)
1982年生まれ、奈良県出身。2006年より女優活動を開始。テレビ・舞台を中心に活動中。2014年『エリカな人々』(下北沢 駅前劇場)にて、東京マハロ初出演。それ以降すべての作品に出演をしている。2016年12月『紅をさす』(シアターウエスト)、2018年9月『たぶん世界は8年目』(シアタートラム)では主演を務め、2018年11月に劇団員として加入。

佐竹桃華(さたけ・ももか)
2003年生まれ、大阪府出身。第44回ホリプロタレントスカウトキャラバン「ミュージカル次世代スターオーディション」にて特別賞「17LIVE賞」を受賞し、デビュー。Disneyオリジナル映画『私ときどきレッサーパンダ』では主人公メイ役の吹き替えを担当。2022年からは2年間舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』に出演するなど、舞台やドラマを中心に活躍中。

お宮の松(おみやのまつ)
1973年生まれ、福岡県出身。ビートたけしに弟子入り、漫才師を10年。コンビ解散後、坂上忍作・演出の舞台『溺れる金魚』への出演をきっかけに本格的に舞台の世界へ。東京マハロ作品への出演は10作以上! そしてついに劇団員に!

矢島弘一(やじま・こういち)
1975年生まれ、東京都出身。2006年11月劇団「東京マハロ」旗揚げ。劇団が10周年を迎えた2016年には、5月に2作同時上演を決行し、7月には北九州芸術劇場でも公演を成功させた。2016年に放送され好評を博したTBSテッペン!水ドラ!『毒島ゆり子のせきらら日記』で全話の脚本を務め、第35回向田邦子賞を受賞。関係者から“女性の気持ちを描ける男性劇作家”として注目を集めている。これまで劇団公演にて描いてきた作品には、不妊治療や震災直後の被災地、いじめ問題に性同一性障害など現代社会が目を背けてはならないテーマが多く、さらにはコメディ作品にもチャレンジして脚本の幅を広げている。テレビ初作品となったNHK Eテレ『ふるカフェ系ハルさんの休日』は現在も脚本を手掛けているほか、2017年5月スタートのNTV深夜ドラマ『残酷な観客たち』では、第1話、第2話の監督も務めた。同年秋にはTBS金曜ドラマ『コウノドリ~命についてのすべてのこと~』の脚本も担当。

公演情報

東京マハロ 第28回公演『スープラに乗って』

日:2024年8月30日(金)~9月8日(日)
場:東京芸術劇場 シアターウエスト
料:前売7,500円 当日8,000円(全席指定・税込)
HP:https://tokyomahalo.com
問:東京マハロ制作部
  mail:mahalo.staff@gmail.com

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