サミュエル・D・ハンター初期の名作をリーディング形式で上演 “直感”で作品を見出した2人が語る、ニューヨークでの体験と戯曲の魅力

サミュエル・D・ハンター初期の名作をリーディング形式で上演 “直感”で作品を見出した2人が語る、ニューヨークでの体験と戯曲の魅力

 伊藤栄之進が代表を務めるSpacenoid Companyが、海外戯曲の上演を目的とした企画を新たに立ち上げた。コンセプトは、海外で上演されている作品の「今」に焦点を当て、実際に現地を訪れて自分たちの目で観劇した作品の中から上質な作品を日本でいち早く上演すること。
 第1弾となる今回は、今作で翻訳と演出を務める下平慶祐と俳優の荒木健太郎が実際にニューヨークに足を運んで出会った『A Bright New Boise』だ。下平と荒木に企画立ち上げの経緯や、本作との出会いについて語ってもらった。

―――まずは、本作を上演するに至った経緯を教えてください。

下平「ブロードウェイでこの作品を観てやりたいと思ったというのがもちろん、きっかけではあるのですが、そこに至るまでにもドラマがあって。
 僕はずっとフリーで活動させていただいていたのですが、2021年頃にアラケン(荒木)さんと出会って、すぐに意気投合しました。それから1年くらい経った頃に、アラケンさんから『今度、うちの事務所でラーメンの試食会があるから来なよ』と、お誘いをいただきました。僕は事務所に入ったことがなかったので、事務所というのはラーメン作ったりもするものなのかなと思いつつ遊びに行ったら、社長の伊藤栄之進さんもいらっしゃって」

―――ラーメン試食会ですか!?

下平「そうです、所属の俳優さんが作ったラーメンを食べる会(笑)。そこで社長と初めてお話しすることになり、ふいに『うちに入る?』って言われて、僕もなんだか分からないけど『入ります』って(笑)。なぜかこの人についていきたいと思ったんですよね。自然と色々な話ができたんです。あとラーメンも美味しかったので(笑)。そんな経緯で、とにかく事務所に入ることになりました。
 ちょうどその時にアラケンさんが英語を勉強していて、さらに僕も英語ができるということを知ったからか、社長が『じゃあ2人でブロードウェイに行って、おもしろい作品を探して来ちゃおうか』と突然言い出して、なぜかニューヨークに行くことになりました」

―――怒涛の展開ですね。

下平「個人的にも面白いなと思います。事務所に入って、2ヶ月経たないうちにニューヨークに派遣していただきましたから(笑)。そういった経緯で、アラケンさんと2人で観劇旅行に行って、そこで出会ったのが、今回の『A Bright New Boise』でした」

―――そうすると、事務所主催の公演を行うということが先に決まっていたということなんですか?

下平「そうとも取れますけれども、社長の直感なんだと思います。僕が事務所に入る経緯もそうですが、“とりあえず”なんですよ。“とりあえず”事務所に入った方がいい、“とりあえず”ニューヨークに行ってきた方がいい、みたいな(笑)」

荒木「でも、僕にもその“とりあえず”という感覚がすごくフィットしていたんですよね」

―――荒木さんは、どういった経緯があって、観劇旅行に行くことになったんですか?

荒木「僕が『ネバー・ザ・シナー』という作品に出演していた時に、現場にスタッフで関わっていたCalvin(下平)と出会いました。
 その後、ふと英語の勉強をしようと思い立ちまして、僕の周りで唯一英語ができるCalvinに相談しながらやり取りしている中で、軽い気持ちで誘ったラーメン試食会からCalvinの所属、ニューヨーク行き……という想像もしていなかった急展開が待ってました(笑)。
 公演を打つというのが明確に決まっていたというよりは、『実りある旅になったらいいね』、『いっぱい観てきてよ』、『もし良いものがあったら、やろう』みたいな。それで帰国後に、『A Bright New Boise』がいかに優れた作品だったかをプレゼンして、試しに権利元に連絡してみたら許諾もいただけそうで。社長も『じゃあ、劇場取っちゃおう』って。そこからはとんとん拍子に進んで、今に至るという感じです。
 僕は何をしたわけでもないですが、Calvinが動いてくれて、社長が動いてくれて、事務所のスタッフが動いてくれて、あっという間に公演という形が整っていました(笑)」

―――直感で動いたことで、全てが決まっていったんですね。

荒木「僕たちは昨年の2月にニューヨークに行ったのですが、その頃は観光客も少ないし、いわゆる閑散期で、小さい団体が公演を打ちづらい時期だから、あまりストレートプレイもやっていないかもしれないと言われていたんですよ。でも、それならそれでいいと思って行きました。
 実際には上演されている公演はたくさんあったので、毎日観劇をしている中で『A Bright New Boise』と出会いました。直感で『これだ』と何か感じるものがあったんですよ。僕は、(英語での観劇では)100パーセント理解できたわけじゃなかったけれども、細かいニュアンスはCalvinから聞いて、やっぱりいい作品だと思いました。ちょうど作家のハンター氏の別の戯曲が映画化されて日本でも公開が始まったこともあり、色々と縁を感じて『よし、やろう』となったという風に思います。
 コロナ禍でエンターテインメント業界も試行錯誤していたタイミングで、何か新しいことができないかと考えていた時に、僕らをニューヨークに送り出してくれたこの事務所はやっぱり面白いなと思いました」

―――お二人は、この作品のどんなところに魅力を感じたのですか?

下平「僕はキャリアをスタートした時からずっと海外戯曲に携わってきたのですが、その中で常々、日本人が海外の作品をやる意味を考えています。この戯曲には、それがあります。縁や直感で辿り着いた今回の公演ですが、関わっている人達が演劇に対して強い思いを持っているからこそ、そういう進め方ができるのかなと。直感やノリというとあまりいい言葉ではないかもしれないですが、ベースにしっかりとした思いがあるからこそなのだと思います。なので、この戯曲を今の日本で上演したいと直感で思ったことこそが、1番の理由である気はします。
 この作品はスーパーマーケットで働く従業員たちの物語なのですが、そこで描かれているドラマは、日本人の僕たちにも通ずる部分があると思っています。僕たちは肩書きを大事にしたり、自分がどんな資格があって、どんな大学を出て、どんな社名を背負っているか……そんなことに囚われてしまう時もありますよね。時にはどこかで失敗してしまったり、道から外れてしまったり、うまく社会と折り合えない人たちは、どう生きていくのか……。
 主人公のウィルは、自分の人生をやり直そうと思い立ち、新しい土地で、新しい職場で、新しく出会った人達との生活を始めます。彼を取り巻く、不器用ながらも精一杯生きている登場人物たちの、それぞれの人生を描きたいなと思っています」

荒木「僕はニューヨークで観劇した時に、細かな設定を理解できていたわけではないですが、主人公が何かに悩んで葛藤して、希望を求めているというこの作品が単純に好みでした。どうにかして何かを変えたいと思っている彼の心情に輝くものが見えました。物語の中で、彼が求めようとしているものこそがこの作品の魅力なんじゃないかなと思います。
 僕はロジックよりも直感派なので、きっと僕に今、刺さっている言葉はお客様にも刺さると信じてます」

―――今回、荒木さんはリロイを演じます。どんな役柄ですか?

荒木「主人公のウィルが人生をやり直すという物語なのですが、そこに登場する人物はどちらかと言うと田舎町に住んでいて、それぞれが自分の人生に何らかの不満を感じています。アメリカは、日本と違って都会に引っ越すということが簡単ではない土地なので、心機一転、都会で生きるということがなかなかできないんですよ。なので、自分の生まれ育った街で暮らしていく人が多いと思いますが、この作品にもボイシーという長閑な街で、より良く生きることを模索している人たちがたくさん出てきます。
 ウィルは新しい土地に職を求めてやって来るのですが、そこで出会った職場の同僚の一人がリロイです。彼は我が道をいくといった感じで、傍からはとっつきにくいと思われるような振る舞いをしていますが、僕はとてもクレバーで真面目な男だと思っています」

下平「5人の登場人物全員の年代がちょっとずつ違うんですよ。人生に対する向き合い方とか、物事の問題に対するアプローチの仕方が微妙に違っていて、 どの登場人物もどこか愛らしく感じてしまうような魅力を感じます」

―――今回、出演されるキャストの方々についても教えてください。

下平「純粋に『一緒に作品をつくりたい』と僕らが思った方々にお声がけをさせていただきました。僕は初めてご一緒させていただく方が多いのですが、それがすごく楽しみです。キャスティング会議では社内のスタッフが一堂に会して、ご一緒してみたい方々のお名前を言い合って決めるのも楽しかったですね。本当に素敵な方々に集まっていただきました。意図せず異種格闘技戦みたいになりそうでもあり、ワクワクしています」

荒木「いつかご一緒してみたかった皆様と共演できることが、いち俳優としてとても嬉しいことです。今回は日替わりキャストなので、毎公演どんな化学反応が起きるのか、今から想像が広がって楽しみですね。ちなみに自分が出演していない公演は全て観客として観劇するつもりです(笑)」

―――改めて、読者にメッセージをお願いします。

下平「学生演劇や小劇場のように無限に時間をかけて、本当にやりたい時にやりたい公演をやるということをしたいと感じていました。そんな時に、今回の公演の企画を実現いただき、演劇をきちんと順序よく作ることができるなと楽しみにしています。それがお客さまに対してどう伝わるのかは、まだ僕自身も分かりませんが、そうした僕たちの思いがあるからこそ伝わる何かも存在すると思っています。ぜひ劇場に足をお運びください」

荒木「ニューヨークで観たこの作品に、自分が俳優として挑戦できることを大変嬉しく思います。素晴らしいキャスト、スタッフの皆様と、サミュエル・D・ハンター氏の魅力的な戯曲に、じっくりと向き合っていきたいと思います。たくさんの方にこの作品を観ていただきたいです。ご来場お待ちしております」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

下平慶祐(しもひら・けいすけ)
ニューヨーク州出身。脚本家・翻訳家・演出家。大学在学中に第77回四大学英語劇大会にて戯曲『Boeing Boeing』を初演出し、大会史上最年少演出家として最優秀作品賞・最優秀演出賞を獲得。卒業後は自身の劇団「もぴプロジェクト」を立ち上げ、全作品の脚本・翻訳・演出を担当。2017年にもぴプロジェクト 第三回本公演『マークドイエロー』にて2017年度佐藤佐吉賞 優秀脚本賞を受賞。近年では、海外から招聘された演出家の作品に、通訳・演出助手・ドラマトゥルクなどでも多数参加している。

荒木健太郎(あらき・けんたろう)
熊本県出身。2004年から2014年までStudio Lifeに所属し、数々の作品で主演を務める。近年は、ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズ、舞台『幽☆遊☆白書』其の弐、『呪怨 THE LIVE』、舞台『青の炎』、イマーシブシアター『サクラヒメ』~『桜姫東文章』より~、KAKUTA第29回公演『ひとよ』、NAPPOS PRODUCE 舞台『トリツカレ男』、舞台『ネバー・ザ・シナー ―魅かれ合う狂気―』など、2.5次元舞台からストレートプレイまで幅広く活動している。

公演情報

Spacenoid Company
Stage Reading『A Bright New Boise』

日:2024年5月10日(金)~19日(日)
場:KAAT 神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
料:一般6,600円 U24[24歳以下]3,300円
  高校生以下1,000円(全席指定・税込)
HP:http://spacenoid.jp/stage/01/
問:Spacenoid Company
  mail:info@spacenoid.jp

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