“運命”に導かれて――約30年前の名作が蘇る 劇壇ガルバが『砂の国の遠い声』を再演 宮沢章夫を偲びつつ、新しい作品を生み出す

“運命”に導かれて――約30年前の名作が蘇る 劇壇ガルバが『砂の国の遠い声』を再演 宮沢章夫を偲びつつ、新しい作品を生み出す

 2018年に俳優の山崎一が、劇団とプロデュース公演の間、キャストやスタッフが能動的に芝居に関われる集団を“劇壇”と命名して誕生した、劇壇ガルバ。そんな彼らが、2020年7月に公演予定であった『砂の国の遠い声』の延期公演を、2023年11月に東京芸術劇場 シアターウエストにて上演する。
 本作は宮沢章夫が主宰を務める遊園地再生事業団が1994年に上演した作品で、今回が約30年ぶりにして初の再演となる。惜しくも宮沢章夫が昨年亡くなり、今作は追悼の想いも込められる。山崎と共にこの作品を現代に蘇らせることに賛同したのは、遊園地再生事業団に参加経験がある笠木泉、佐伯新、桜井圭介である。4人の現在の想いや意気込みを聞いた。

―――もともとは2020年に上演する予定で、今作は延期公演と伺っています。

山崎「そうなんです。2018年に劇壇ガルバの旗揚げ公演を宮沢さんが観に来てくださって、その後、宮沢さんがパーソナリティを務めるラジオにお呼びいただいたんです。その時に何を話そうかなと思って、遊園地再生事業団の資料を読み漁っていた時に『砂の国の遠い声』の台本が出てきたので読んでみたのですが、今読んでも凄く面白くて。1994年の作品ですが、昨年書いた作品だって言われて出されたら信じてしまったかもしれないくらい、古く感じなかったんです。
 そこで、ラジオの本番中に劇壇ガルバでこの『砂の国の遠い声』をやらせてほしいと僕が宮沢さんに直談判しました。……ラジオの本番中に聞かれたら、嫌だとは言えないですよね(笑)」

他3人「(笑)」

―――1994年以来の再演ということで、今回初めてご覧になる方も多いかと思います。公式のあらすじだけを読むと、砂漠を舞台に、謎の声を聞いた人間が姿を消していく……サスペンスなのかホラーなのか、はたまたファンタジーなのか、何とも言えない不思議な印象を受けました。

笠木「サスペンス、ホラー、ファンタジー……なんだかどれも当てはまるようで、当てはまらない不思議な作品なんですよね」

山崎「日常会話が淡々と続いていく中で、ちょっとした間や言い回しが面白く感じられる会話劇であることは間違いないのですが……“劇的なことが何も起こらない”ことを楽しむ特殊な舞台なんです。言葉にすると小難しく聞こえてしまうかもしれないし、初見の方はあまりにも何も起こらないので、少しビックリされるかもしれませんが、難しく捉えずに観てほしいです」

笠木「ラジカル・ガジベリビンバ・システムや遊園地再生事業団で『砂漠監視隊』という、ただ砂漠を監視している男たちの戯曲シリーズが何本かありまして、これはその中の1本です。
 『砂漠監視隊』シリーズは、男たちが力を入れなくていいところに全力になったり、他愛もない噂話について台本数ページにも渡って語り続けたり、何もない砂漠を監視している彼らがどう暇をつぶすか苦心したり、しょうもないことにどれだけ躍起になるかが書かれているような戯曲なんです。
 山崎さんがおっしゃった通り、この作品は劇的なことは何も起こらないんですけど、時間が経てば経つほど、どんどん面白くなってくるんです……このくだらなさをいつまで共有できるんだろうという感じで」

―――初演のパンフレットに寄せられた宮沢さんのコメントでは、「カーチェイスの映画では車が給油する場面は描かれないが、本作はあえて『ただ給油する場面』だけを表現しよう」と思って生まれたと書かれていました。
 令和になり、世の中には“ファスト映画”なんていう言葉も生まれ、倍速で映画やドラマを見る方々もいるそうですが、そんな時代にあえて“劇的なことが何も起こらない”会話劇をやるというのはチャレンジかもしれませんね。

笠木「そうですよね。たった1つのくだらないやり取りを台本上で5~6ページかけて描くなんて、“ファスト映画”の真逆ですよね。長い夢のような物語を見ているような気分になるかもしれません。今の若い世代からどんな感想をいただけるかも楽しみです」

山崎「人によっては“無駄”と感じる時間かもしれないけれども、人生ってその“無駄”の中にこそ素晴らしいもの、豊かなものが落ちていることもあるので、そんなことを感じ取っていただけたら嬉しいですね」

佐伯「僕は初めて観た宮沢さんの作品がこの『砂の国の遠い声』でした。その頃はまだ演技経験が浅くて、演劇って物語を追うものだと思ってしまっていたのですが、その固定概念にマジックが仕掛けられているんです。どんどん話題が垂れ流されて、そこで生まれる“無駄な時間”を愛でるような舞台です。
 台本上で文章だけを追うと確かにサスペンス、ホラー要素もあるのですが、それが舞台上で描かれると、不思議と面白く感じられるのもこの作品の魅力ですね」

―――音楽を担当される桜井さんから見て、この作品はいかがですか?

桜井「久しぶりに台本を読んでみて改めての感想としては、非常にスッキリしているなと思いました。確かに“無駄”な話をしているだけなんだけど……」

他3人「(笑)」

桜井「でもその無駄話の転がし方が上手いんですよ。緻密に、理路整然としたおかしな会話が続いていくので、いつしかそれが面白くなっちゃうんです」

笠木「会話が転がっていく感じ、分かります。なのによく聞くと、話の内容は何も進んでいないんですよね」

―――2020年の公演予定の時の演出は、山崎さんご自身の予定だったとか? 今回は笠木さんに依頼されましたね。

山崎「追悼の想いも込める公演になったことから笠木さんをはじめ、宮沢さんに縁のある方々にお声掛けをさせていただいたんです。特に演出に関しては、男7人の舞台をあえて女性である笠木さんが演出するのは面白いかもと思って」

笠木「確かに主宰団体(スヌーヌー)では演出もやってはいますが、自分ひとりの団体なので、こぢんまりとやっていて……だからものすごく不安でしたし、正直かなり悩みました。
 でも、山崎さんが、全部を私1人で抱えずに皆でやろう、とおっしゃって下さって嬉しかったですし、頼もしいメンバーを揃えてくださったので、今はカンパニー全員で思い切り楽しんでいこう!と思っています」

―――佐伯さんは初舞台が遊園地再生事業団の作品だったと伺いました。本作には2020年の初演では出演予定ではなく、今回の公演からの参加となりますが、意気込みは?

佐伯「山崎さんから直接『劇壇ガルバでやろうとしていた宮沢さんの舞台をもう1度やりたいから協力してほしい』とお声掛けいただいて、二つ返事でOKしました。
 延期になってしまった前回公演から続投しての出演が叶ったキャストもいれば、スケジュールなど色々な都合でそれが叶わなかったキャストの方々もいる中で、僕が今回出演させていただけることになったのは、縁であり、カッコつけると“運命”なのかなって思っています。笠木さんが演出をやることになったのも同じく“運命”なんですよ」

―――桜井さんと山崎さん、そして宮沢さん作品のご縁についてもお聞かせいただけますか?

桜井「山崎さんとは1992年に岸田國士戯曲賞を獲った宮沢さんの『ヒネミ』という作品で出会ってからのご縁だから、もう30年以上になる?」

山崎「そうですね。僕は当時、遊園地再生事業団でレギュラーのように、同劇団の作品に沢山出演させていただいていたので」

笠木「私は佐伯さんも出ていた1995年の『ヒネミ』再演のオーディションで、初めて宮沢さん、山崎さん、桜井さんと出会いましたよ。歌のオーディションがあって、すごく恥ずかしかったのを覚えています。しかも私、そのオーディション落ちましたからね(笑)」

―――皆さん、4半世紀ほど時を共にされてきたんですね。

一同「(笑)」

山崎「そうだよね、長いねぇ」

―――それもまた“運命”かもしれませんね。桜井さんは今作にあたり、どんな楽曲を作ろうと検討されていますか?

桜井「具体的にはまだこれからです。じつは初演の時に作った音楽が自分としてはかなり“傑作”だった(笑)ので尚更難しい。
 ただ今回は宮沢さんの作品であると同時に、笠木さんが演出をする作品になるので、笠木さんの演出プランを把握して新しい音楽を作るつもりでいます。1994年の初演とはいい意味で違ったものが出来上がることを楽しみにしています」

―――宮沢さんの作品をテーマにしたアフタートークも非常に充実しているそうですね。

山崎「懐かしい作品について語るということで、千穐楽公演の後には、なんと1994年の初演に出演していた温水洋一さんと手塚とおるさんがアフタートークに登壇してくれます。千穐楽後にアフタートークすることってなかなかないですよね」

笠木「当時の稽古の話が聴けたら貴重ですよね。ある意味、変に影響されないように千穐楽後に聞くのが丁度いいのかもしれません(笑)」

―――楽しみですね! では最後に、ご来場されるお客様に一言ずつお願いします。

佐伯「ここ数年で日本に限らず世界全体で価値観が揺れたなと感じています。そんな中で、ほぼ30年前の作品の初の再演……特に若い世代からどんな感想がいただけるのか、ぜひ聞いてみたいです。精一杯頑張ります」

笠木「宮沢章夫さんの作品を、山崎さんとキャストの皆様と共に私が新しく演出をさせていただくこということで……初演に対するリスペクトを忘れずに、でも演出家として、新キャストとスタッフと共にどれだけ楽しめるか、お客様とキャストがどれだけ演劇の楽しさを共有できるかを軸に、新たに作品を生み出すつもりでやりたいと思っています。初めましての方々にもぜひご覧いただきたいです」

桜井「イマドキの言葉で言うと、“タイパ(タイムパフォーマンス)”が悪い舞台です(笑)。でも、そう思って観に来てみたら『なんだ、面白いじゃん! 全然飽きなかった』ってなるはず」

笠木「この作品が生まれた当時は“タイパ”なんて言葉は流行っていないですけど、まさに“タイパ”とは逆行する舞台ですよね。“劇的なことは何も起こらない”、“無駄な時間”なんて散々言ってしまいましたが、その中によくよく見ると細かいドラマが散りばめられていて、それを掬い上げるのも楽しみ方の1つかと思います」

山崎「皆さんが言ってくれた通り、若い世代のお客様、初めてご覧になるお客様からどう受け取られるかは僕も気になります。僕は固く考えずに、とにかくこの芝居を楽しんでもらいたい、そんな風に思っています。ぜひ劇場でお待ちしております」

(取材・文&撮影:通崎千穂(SrotaStage))

プロフィール

山崎 一(やまざき・はじめ)
1957年9月13日生まれ、神奈川県出身。早稲田小劇場を経て、小劇場を中心に活動。『シャンハイムーン』・『父と暮せば』にて第26回読売演劇大賞 優秀男優賞を、『12人の怒れる男』・『23階の笑い』にて第28回読売演劇大賞 最優秀男優賞を受賞。近年の主な出演作品に、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』牧宗親役、映画『シン・ウルトラマン』中西誠一役など。2018年に劇壇ガルバを旗揚げ。宮沢章夫が主宰する劇団・遊園地再生事業団では旗揚げ公演の『遊園地再生』から、『ヒネミ』、『ヒネミの商人』、そして『砂の国の遠い声』と同劇団の創世記を共に歩んだ。

笠木 泉(かさぎ・いづみ)
1976年1月4日生まれ、福島県出身。日本女子大学在学中、俳優として宮沢章夫主宰の遊園地再生事業団に参加。以後、ペンギンプルペイルパイルズ・劇団、本谷有希子・劇団はえぎわ・岡田利規作品・ニブロール・ミクニヤナイハラプロジェクト・明日のアー等の舞台作品や、テレビドラマ・映画等の映像作品に多数出演。2018年に演劇ユニット スヌーヌーを立ち上げ、第二回公演『モスクワの海』が第 66回岸田國士戯曲賞最終候補作にノミネートされる。

佐伯 新(さえき・あらた)
1969年9月2日生まれ、富山県出身。遊園地再生事業団『箱庭とピクニック計画』で初舞台を経験。テレビや映画へと活動の幅を広げ、映画『寄生獣』で各方面より注目され、脇役として欠かせない存在に。近年の主な出演作品として、ドラマ『今日から俺は!スペシャル』今井勝(今井の父)役、『仮面ライダーゼロワン』山下三造役、『わたし、定時で帰ります。』灰原忍役など。

桜井圭介(さくらい・けいすけ)
1960年3月10日生まれ、富山県出身。音楽家・ダンス批評家。ソロ・アルバム「IS IT JAPAN?」・「HINEMI」、著書には「西麻布ダンス教室」・「ダンシング・オールナイト!!」などがある。吾妻橋ダンスクロッシング主宰、スペース SCOOL共同代表。遊園地再生事業団、地点、ミクニ・ヤナイハラなどの舞台音楽も多く手掛ける。

公演情報

劇壇ガルバ第5回公演
『砂の国の遠い声』

日:2023年11月16日(木)~20日(月)
場:東京芸術劇場 シアターウエスト
料:一般6,400円
  シニア割引[65歳以上]6,000円
  U25割引:2,000円
  学生割引1,000円
  ※割引チケットは団体のみ取扱
  (全席指定・税込)
HP:https://gekidangalba.studio.site
問:劇壇ガルバ
  tel.080-7827-5467(10:00~19:00)

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