劇団6番シード、久々の新作 “12人1役”で、あるタップダンサーの内面を描く

 劇団6番シードの2021年秋公演は、松本陽一による完全新作書き下ろしの『12人の私と路地裏のセナ』。主人公のタップダンサーと共生する“12人の私”と、タップダンサーが出会う路地裏の少女“セナ”の心の軌跡を描いたヒューマンストーリーだ。脚本・演出を務める松本と、主人公を演じる樋口靖洋に話を聞いた。


―――改めて『12人の私と路地裏のセナ』は、どんなお話なのでしょうか?

松本「僕の中でチャレンジな作品です。1人のしがない男――役名はタップダンサーというのですが――の中に12人の人格がいて。12人の人格たちが力を合わせるというか、現実とも虚構ともつかない世界を紡いでいきます。まだ人生のスタートラインにも立っていないような男がスタートラインに立つまでの物語にしたいと思っています。
 僕は普段シチュエーションコメディ、つまり場所ありきで、そこに集まった人たちの悲喜交交を描くことが多いのですが、今回のように人から始めて、外というより中を描くという点でチャレンジな作品だと思っています。
 物語で多重人格が描かれるときって、ホラーかサスペンスが多いですよね。でも、そうではない感動の物語にしたいなと思っています。1人12役ではなく、12人1役という形で具現化して、心の機微を描いていきたいですね」

―――話の着想は、どこから?

松本「2つの掛け算でした。相当前に12人1役は面白そうだなと思っていたんですが、それだけだと物語として動き始めなかった。で、樋口くんが3年くらい前に舞台でタップダンスをやることがあって。当時全くの素人だったんですけど、それが面白かったんですね。

 そこで、12人の人格とタップダンサーという掛け算が面白いのではないかなと思い始めて、物語が立ち上がっていきました」

―――本作の見どころは?

松本「舞台上に12人の人格が入れ替わり立ちかわり出ていく面白さかなと思います。作品全体を、少しノスタルジックというか、現代の寓話感を感じる世界にしたいですね。
 多重人格というと、どうしてもサスペンスや重い物語を想像しがちですが、人間の心に希望が宿るまでのプロセスを描いていきたいです」

―――タップダンサーの話を聞いた時はどんなお気持ちでしたか?

樋口「『TRUSH!』(2018)という舞台で、タップダンスを学んで。共演者に教えてもらいながら始めたんですけど、それがたまたま松本さんの目に止まったんですよね。
 僕もやるうちにタップダンスの面白さに気づいてきて、本当にマスターしていきたいなと思うようになったんです。まだ今回の作品がどういう方向になるのかは未知数なのですが、準備として、まずはタップダンスを頑張っていきたいですね。でも、まぁ、新しいことに挑戦するということで、楽しみでもありつつ、恐怖でもあるという感じです」

―――ただ設定としては、超有名タップダンサーというわけではないですよね?

松本「そうですね。ただの日雇い労働者で、誰にも見られない路地裏でコツコツとタップを踏んでいるだけの男です。

 その主人公は夢すら持っていないぐらい、内気で感情を表に出せない男なんですね。でも、タイトルにある通り路地裏のセナと出会って、少し心を開いたり、12の人格と向き合ったりするうちに、タップダンスというのが希望の羽になるような物語です」

―――じゃあ、本番ではそこまでタップダンスを踏まない?

松本「や、そこそこ踏むんじゃないかな(笑)。でも、座頭市みたいな派手なパフォーマンスではなくて、男が1人でしっかり踏むイメージですね」

―――タップダンスの魅力はどんなところにありますか?

樋口「タップダンスって、他のダンスのジャンルと違って、努力すればするほど成果が出るんですよ。いろいろなタップダンスのレッスンに通っているのですが、そうすると60歳とか70歳のおじいちゃんやおばあちゃんが、素早く格好良いステップを踏んでいるんです。それを見ると、いいなって。
 タップダンスは、努力すれば、確実に上手くなる。僕もあんなおじいちゃんになりたいなと思っています」

松本「古くはチャップリンとか、無声映画の感じとか、彼に似合う感じがしたんですよね。(樋口さんは)どちらかというとコミカルな役をやることが多いし、コメディアンとタップって格好良いじゃないですか。そうしたら3年続いたんですよね」

―――松本さんからご覧になって、樋口さんはどういう俳優ですか?

松本「変わり者です。ジャック・ニコルソンのような、ちょっと見た目可愛らしい感じなんですけど、結構狂気も孕んでいるような奴です。
 よく周りから言われるのは『樋口さんの役は樋口さんしかやれない』と褒め言葉として言っていただけるんです。それはその通りなんですけど、だからこそちょっと使い方は難しい。同じ劇団でずっとやっていますけど、どちらかというと、脇役だったり、クセを出していくポインターが多いです。
 その彼を主人公にする面白さはお客様も期待していると思います。僕も、楽しみで恐怖ですね(笑)」

―――逆に樋口さんにとって、松本さんはどんな存在ですか?

樋口「すごく大事な場面で助けてくれる存在です。
 当時、劇団員の募集をしてなかったんですけど、思い切って劇団に電話をしてみたら『次の作品のオーディションをやるから参加してみたら?』と声をかけてくださったのが松本さんでしたし、タップダンスも続けてみなよとアドバイスをくれたのも松本さんでした。
 そのオーディションが縁で劇団員になったわけですし、そのアドバイスのおかげで今回の公演がある。本当に巡り合わせだなぁと思います」

―――最後に、お客様に一言コメントをお願いします!

樋口「コロナ禍でダメージを受けてきたんですけど、やっとちょっと復興の兆しを感じています。お客さんが泣いたり笑ったりできる環境が戻り始めている気がしています。

 今回の作品は、大人な作品というか、味わい深い作品になると思うので、ぜひお客さんにも劇場に足を運んでいただいて、楽しんでいただけたらと思います」

松本「僕個人としては久々にシリーズものではない新作です。
 これまでコロナの影響も随分とあって。1つの公演を打つのが難しい状況だったり、脚本家としてこの時代の何を描くべきかを考えさせられる状況だったりして、新作ではなく、過去の人気作の上演に切り替えたことがありました。でも、僕個人としてはそろそろ新作に挑まなければいけないかなと思って、本作を書きました。
 今、やっと感染者数が減ってきていますが、ここから心だったり、コミュニケーションを取り戻していかないといけない局面に入ると思うんです。そうしたときに、個人の内面を描く物語を上演することは、ちょっと意味があるんじゃないかな。
 クサいので、ボツにしたキャッチコピーが『あなたは自分のことを愛せますか』というもので。みんなが同じ辛い体験をした今だからこそ、自分の内面を見つめたり、自分を愛してあげたりできるような物語を届けられたらいいなと思っています」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

松本陽一(まつもと・よういち)
1974年9月18日生まれ、広島県出身。
脚本家、演出家、劇作家。劇団6番シード代表。スピード感あふれるノンストップコメディを身上とし、これまで50作品以上の脚本・演出を担当。映画『Dプロジェクト』、『夜明けの記憶』などの映像作品の脚本のほか、数多くの演劇ワークショップを開催。

樋口靖洋(ひぐち・やすひろ)
1980年12月5日生まれ、三重県出身。
俳優。2006年に劇団6番シード入団。「樋口ワールド」と呼ばれるオンリーワンの演技で、数多くのコメディ作品で異彩を放つ。安定のコメディリリーフはもちろんのこと、中年男性の悲哀などを醸し出す役も得意。近作に『Life is Numbers』、『未来切符』など。

公演情報

劇団6番シード 第73回公演
『12人の私と路地裏のセナ

日:2021年11月17日(水)~23日(火・祝)
場:中野 テアトルBONBON
料:7,500円(全席指定・税込)
HP:http://www.6banceed.com/
問:劇団6番シード 
  tel.080-3538-5242

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