吉村卓也の脚本・演出作品『カッコウの雛に陽は当たる』を今年1月に公演したTie Worksより、早くも2作目の上演が決まった。タイトルは、舞台『#オーバーラック』。現在の日本における社会問題の1つといわれる“デジタルタトゥー”を題材に、“居場所”を求め、道を踏み外していく若者たちのリアルを生々しく描く。
さらに作中では少年法の改訂により新たにできた「特定少年法」にも言及しており、18歳という年齢ゆえに実名報道をされてしまう少年と、売春でお金を稼ぎながら18歳になって自立することを夢見る少女が対比で描かれる。この痛々しくも残酷なまでに現実を描いた作品に、伊藤純奈、高士幸也が挑んでいく。
―――成人年齢が20歳から18歳へ引き下げになるという民法が2018年3月に成立、その後2022年4月に施行されました。今作の構想はいつ頃からあったのでしょうか?
吉村「初めはTie Worksのプロデューサー・熊坂さんと次回作の打ち合わせをしていて、少年犯罪の話を題材にした作品はどうか、という話になり、色々なことを調べました。そこで、成人年齢が変わったことによって、今まで少年法で20歳までは守られていた匿名性がなくなり、特定少年法によって、実名報道が可能になったことなど、意外とまだ世の中に浸透していない法律の仕組みを知って、それを題材にしてみようと思いました」
―――デジタルタトゥーの怖さ、インターネットにおける私刑の怖さについても描かれるということですが、このあたりは最近の話題ですよね。
吉村「そうですね。実例を挙げるのも憚られますが……。スシローの事件が印象的でしたよね。裁判官がいるわけではなく、インターネット上で不特定多数の人によって裁かれてしまう、というのは、表に出づらい犯罪が明るみになるという良い側面もあるかもしれませんが、本来償う罪以上のものを被せられる人も多数いて、やっぱりどうなんだろうかと思うこともあり、問題提起として今回の題材に盛り込みました。
僕ら芸能の仕事をしている人間はある程度は受け入れいていることですが、一般の方にとっては自分の名前を調べたら何かしら情報が出てきてしまうというのは、生きづらい世の中なんじゃないかなと思うんですよね」
―――伊藤さん、高士さんは、ご自身の役どころ、ストーリー構成などを聞いての率直な感想は?
伊藤「すごいテーマを舞台にするなと思いました。ただ個人的にはこういう話題は興味があり、調べたり、テレビのドキュメンタリーを見たりもします。自分が出る側でなかったとしても観に行っているんじゃないかなと。明るい話ではないから、苦手な人もいらっしゃるとは思うのですが、逆に一定の層にはものすごく刺さりそうです」
高士「普段、無意識に避けてしまいがちなテーマだなと思いました。だからこそ、挑戦でもありますが、あえてそれを今、舞台でやることに、すごく意味があるなと感じています」
―――映像作品のような雰囲気もあると感じましたが、今作を“生の舞台”としてお届けすることで、期待していることや意気込みは?
吉村「正直なところ、この作品を書く上で、絶対に舞台でやりたい!というこだわりがすごく強くあったわけではなかったです。ドラマや映画だったとしても喜んで受けたと思います。ただ、映像作品は作り始めてから世に出るまでタイムラグがどうしてもある。舞台は規模感にもよりますが、そのタイムラグが少ないんですよね。
今作について、初めは少年犯罪を取り扱った題材で、というところから、主に特定少年法×デジタルタトゥーについて描くことになった経緯として『今、上演すべき作品をやりたい』という想いが強くありました。数年後には映像作品でもデジタルタトゥーや特定少年法を取り扱った作品は出てくると思いますが、その頃には『ああ、そんな話題もあったね』となっているかもしれない。そうではなくて、今、現状を知ってほしい、皆に関心を持ってもらいたい、という気持ちで挑んでいます。
あと、先に言っておきますが、この舞台、絶対にハッピーエンドにはなりません……」
伊藤・高士「(笑)」
吉村「なりえないんですよ、生々しく現実を描くとなると。映像作品はどうしてもスポンサーがつかないと厳しいのですが、こういう作風ってスポンサーにあまり好まれない傾向はありますよね……。だからこそ、舞台でこの厳しい現実を表現できたらと思っています」
伊藤「生のお芝居で、救いようのない彼らの姿を観てもらうことで、これは本当に身近に起きているんだって皆が自覚するきっかけになりそうですよね」
高士「仮にこれがドラマだったら、CMが入ったり、途中で離席することができてしまったり、何かを食べたり飲んだりしながら見ることができてしまうけれど、舞台は約2時間、客席に座って見続けないといけない、この世界から逃げられないんですよね。それは舞台上の演者も同じなのですが……。
すごく苦しい時間になると思うけれど、その苦しさを持って帰っていただくことが、色々なことを考えるきっかけになると思うので、むしろこの題材を舞台でやろうと思ってくれて嬉しいなと思います」
―――皆さんはハッピーエンドにならない作品の稽古中、気持ちが引きずられてしまう方ですか?
伊藤「私は全く引きずられないんです(笑)。スイッチが入るタイプというか」
高士「僕はすごく引きずられます」
伊藤「え!? そうなんですね……!」
高士「まず演じる役について、世界観についての下調べから始めるんですよ。関連動画を探したり、ニュース記事を探したり……。現状、それを見ているだけでも、結構鬱々としてきています(苦笑)。稽古が始まったらちょっと暗くなっているかもです」
吉村「僕は伊藤さんと同じでスイッチがあって切り替えられる派ですね。すでに1度ご一緒している高士くんは分かると思うんですけど。演出をしている時は、いい作品を作るためにたまにピリッとした空気を出すこともあるんですけど、『お疲れ様でした~!』って稽古が終了した瞬間にスイッチが切れて、何事もなかったかのようになります」
高士「サイコパスなんですよ(笑)」
伊藤「逆に怖い(笑)」
吉村「違うんだって、仕事とプライベートを明確に分けているだけ!」
高士「大事ですよね。伊藤さんも明るい方だし、楽しいカンパニーになりそうです。僕も切り替えて頑張ります」
―――少し作品から離れますが、皆さんが、成人して、大人になって楽しかったことはありますか? 伊藤さんや吉村さんはデビュー年数を見ると成人されるよりも早くお仕事を始められたかもしれませんが……。
吉村「伊藤さんはまだ24歳だもんね。ギリギリコロナ禍の前くらいに20歳になったくらいか。お酒は飲むんですか?」
伊藤「もう……バカスカ飲みます(笑)」
吉村・高士「(爆笑)」
吉村「バカスカってところ、太字にしておいてください」
伊藤「いやいやいや! すみません! かわいく脚色しておいていただけると……」
吉村「ダメでしょ。もうこれは訂正できないよ(笑)」
伊藤「(笑)。それこそコロナ禍前ですけど、舞台やライブの打ち上げがあった時に、未成年の時はお酒も飲めないし、時間的にも早めに帰されるし、寂しいな~って思っていたので。成人してほんの数時間ですけど、打ち上げにいられる時間が延びたり、お酒を飲みながら色々な人と話ができるようになったりしたのは嬉しかったですね」
吉村「成人して楽しかったことってお酒になっちゃうかな。お酒に関しては変わらず20歳からだけど……」
―――一人暮らしをしたり、経済的に自立したり、というのもあると思います。
高士「それはありますよね。学生の頃はアルバイトをして稼いだお金しか使えないけれど、大人になると自分のお金をある程度は自由に使えるという」
伊藤「子供の頃に制限されていたものを際限なくできる時って、大人になったなって思いますよね。カプセルトイのガチャガチャとか、いくら回しても怒られないんだ!って」
吉村「いや、ガチャガチャって……子供か!? 小学校3年生くらいの夢じゃん(笑)! 逆にすごく大人な意見かもしれないけど、僕は最近ストリップショーを観る機会があって」
伊藤・高士「おお!」
高士「確かにそういうものにも年齢制限はありますもんね」
吉村「もともとショービジネスの一環として興味があったんですよ。そういう過激なものを観てみたいなって思った時にすぐ観に行けるのは、大人の強みだなと思います」
―――責任は伴いますが、大人になって味わえる楽しいことも沢山ありそうですね。
では最後に、本作を観に来てくださるお客様にメッセージをいただければと思います。
伊藤「皆が避けてしまいがちな、でも本当は身近な物語。演じる私たちも、色々なことを考えながら取り組んでいくことになると思います。こういった題材を全身で浴びることができるのは貴重なのではないかなと思うので、ぜひ楽しみに、劇場にお越しいただけたら幸いです」
高士「開演から終演まで、時間を共にしていただくことになるわけですが、題材がどうしても重いので、苦しい瞬間もあると思います。それでも、観終わった後に、新しい視点や考えを持ち帰っていただける作品になるのではないかと思うので、ぜひ楽しみにしていただけたらなと思います」
吉村「日本で普通に生活ができている人たちにとって、日本の貧困って見えづらいようになってしまっているんじゃないかと思うんです。でも、今作の中で起きる出来事は、間違いなく同じ日本で起きていることなのだというのをぜひ感じてもらえたらと……。
ただ、カンパニーの皆は仲良く楽しくやっているので、舞台は舞台、作品は作品として、好きなキャストが一生懸命に作品と向き合う姿を応援してもらえたらと思います!」
(取材・文:通崎千穂(SrotaStage) 撮影:安藤史紘)
プロフィール
吉村卓也(よしむら・たくや)
1990年2月4日生まれ、広島県出身。自身も演者として活動しつつ、セルフプロデュースの舞台の上演や、イベントの司会業等、様々なフィールドで活動を行なっている。近年の出演作品に、朗読劇『怪人二十面相』小林芳雄役、舞台『ようこそ、ミナト先生』辻健太郎役などを務める。
伊藤純奈(いとう・じゅんな)
1998年11月30日生まれ、神奈川県出身。乃木坂46の2期生メンバーして活動し、2021年に卒業。グループ在籍時より、舞台『三人姉妹』、『七色いんこ』などで高い演技力には定評があり、現在は女優業を中心に活動中。近年の主な出演作品に、少女文學演劇(2)『王妃の帰還』遠藤千代子役、舞台『トムラウシ』七海沙羅役など。
高士幸也(たかし・ゆきや)
1993年3月9日生まれ、愛知県出身。近年の主な出演作品に、青春歌闘劇『バトリズムステージVOID』シンジ役、舞台『血界戦線』Beat Goes On フィリップレノール役、『僕らのまほろば動物園』三枝浩路役など。Tie Worksの1作目『カッコウの雛に陽は当たる』にも高坂淳役として出演した。
公演情報
舞台『#オーバーラック』
日:2023年6月2日(金)~11日(日)
場:シアター・アルファ東京
料:SS席[前列3列・特典付]12,000円
S席[前列4~6列・特典付]8,000円
一般席6,000円(全席指定・税込)
HP:https://overlack.jp
問:Tie Works mail:info@tieworks.jp