現役会社員が手がけるSFミュージカルと、ホワイトな労働環境づくり! 演劇業界に風穴を開けるその取り組みとは――

現役会社員が手がけるSFミュージカルと、ホワイトな労働環境づくり! 演劇業界に風穴を開けるその取り組みとは――

 ミュージカルをもっと身近に、ミュージカルに関わる人を幸せに、というビジョンでコロナ禍真っ只中の2020年に産声を上げた「Protopia」。誰もが楽しめるミュージカルプラットフォームの構築を目指して、脚本・楽曲の版権を貸し出したり、短編オンラインミュージカルをYoutubeで公開したり、ホワイトな業界を目指して“稽古協賛金”を募ってみたりと、その活動は多岐にわたる。そんなProtopiaの初舞台『人間ライブラリ』が新たなキャストを迎えて2022年12月に再演。主宰・脚本の水島由季菜、今作より演出として携わる​白峰優梨子に話を聞いた。

―――Protopiaは「ミュージカルをもっと身近に、皆のものに」という取り組みをしていらっしゃいますが、そう思うに至ったきっかけや経験について、詳しくお伺いできますか。

水島「私がミュージカルを好きになったのは社会人になってからでした。好きになり過ぎて、自分でつくりたくなってしまったんです(笑)。ただ、そう思ったはいいものの、経験がなかったもので色々な壁にぶつかって……例えば、既存作品や楽曲でいいなぁと思うものがあっても、当然権利の関係でそれを使うのは難しい、というのがまずありました。
 それから、私自身も社会人になるまでミュージカルというジャンルに出会わなかったわけですが、こんなに素晴らしいものなのだから、もっと沢山の人が知っていてもいいのに、と思ったんですね。
 でもよく考えたら演劇とかミュージカルって凄くクローズドなエンターテインメントだなと……音楽だったらテレビやラジオでいいなと思ったらアルバムを買ったり、昨今はサブスクで聴いたりして、その後ライブに行くという順序があるけれど、演劇やミュージカルはいきなり現地に行かないといけないという、言ってしまえばハードルの高さを感じたんです。
 そこでProtopiaは、創った作品の権利をシェアしたり、配信も含めてより手軽にミュージカルにアクセスできるよう仕組みをデジタル化することで、ミュージカルをもっと身近にして、皆が観たり演じたり出来るものにしたい、というビジョンで活動を始めました」

―――不老不死ではなく“可老可死”のアンドロイドが主役の今作。「人は何故生まれ、何故死ぬのか」というのは普遍のテーマではありますが、この作品が生まれたきっかけは何かあるのでしょうか。

水島「以前は単純に死ぬのって怖いし、身近な人に先立たれるのもつらいな、歳を取るとどんどんシワが増えて嫌だなぁとか(笑)。老いて死ぬことに対してネガティブな印象を持っていました。そんな中、『人類の祖先は老いて死ぬ、“可老可死”のシステムを不老不死から分離して選択した生き物の末裔だ』というのをある本で読んだんですね。アメーバなど単細胞生物のように、分裂していれば生き延びられるのに、“可老可死”というシステムを選んだのだ、という論で、私はこれに凄くビックリして……。でも、わざわざそれを選択したということは、何かメリットがあったということなんじゃないかなと。
 それを突き詰めていくうちに、こういうことのために人は老いて死ぬんだな、ということを考えながら生活するようになったんです。であれば、かつての我々の祖先のように、不老不死のアンドロイドが、自ら“可老可死”のシステムを選択するという物語を通して、老いて死ぬこと、命を繋ぐことの大切さを伝えられないかなと思ったことがまず1つです。
 SF要素に関しては、日本の作品というと文化的なものになりがちだと思うんですが、日本って先進国の中でも課題大国といわれていて、高齢化・自殺問題など色々な課題を抱えているんですね。そんな中で日本発のSF小説やアニメってもの凄くたくさんあって、SFを通じて未来の価値観を提示するというのも、日本のオリジナル作品になりうるのではないかと考えました。ミュージカルでSF作品って少なくて……多分大変だからじゃないかと思うのですが、無知で未経験が故に果敢にそこに挑戦してしまいました(笑)」

―――今作から白峰さんが演出で入られることになった経緯やきっかけは? 白峰さんはProtopiaの活動や、脚本を見てどのように感じていらっしゃいますか?

水島「初演では、ジョウ役の伊藤俊彦さんが役者兼演出を務めてくださったのですが、今作では演技に集中していただくためにも、演出家を入れようとなったんです。そこで伊藤さんが信頼している演出家として紹介してくださったのが白峰さんでした」

白峰「伊藤さんからProtopiaの取り組みについては聞いていて、初演も、配信で観させていただきました。面白いことを題材にミュージカルを創ったんだなぁというのが第一印象です。Protopiaの、ミュージカルを身近にするために版権を共有したり、システムをデジタル化したりするというのも、そういう発想って演劇界にもともといる人からはなかなか生まれないものだと思うので、外からの風って大事だな、素晴らしいなと思っています」

―――改めて脚本と向き合いながら、白峰さんはどんなミュージカルに仕上げたいと思っていますか?

白峰「演出家は1番脚本のことを理解していないといけないと思っていて、脚本を書いた水島さんに沢山質問をさせていただいています。その中で、ここはもう少しこういう風にしたら面白いのでは、というアイディアも出てきて、リライトしていただいた部分もあるので、再演と言いつつ、大筋は変わらないものの、進化した『人間ライブラリ』になると思います」

水島「白峰さんのアドバイスがあって、凄く愛のある作品に生まれ変わったと思うんです。初演はSF要素が強いというか、論理的・専門的な話が多かったので……」

白峰「脚本を何度も読ませていただいて、私としてはこの作品で、人間が持っている愛情の強さ、この作品で言うと家族愛ですね、それがアンドロイドたちにも脈々と伝わっていったからこそ、彼らにも影響があったのだ、という部分を大切にしたくて。実際のアンドロイドもプログラミングをすれば愛情を持っているように振舞うことは出来るのかもしれないけれど、人間の愛がアンドロイドたちの生き方を変えた、というのが肝だと思うんですよね」

水島「SF寄りだった作品が、人間ドラマに生まれ変わった、と思っています。白峰さんは『この時、どうしてこういう感情・動きになるんですか?』と一つひとつの台詞や挙動について聞いてくださって、人から出てくる感情を凄く丁寧に考えてくれるんです。私は素人だったので設定を固めることに必死で、そのキャラクターがどういう感情でいるのかといったところまでは正直考えが至らなかったので、今作は白峰さんが入ってくださることで、よりキャラクターたちが深堀りされて、生き生きして見えるんじゃないかと思っています」

白峰「初演は3人ミュージカルでしたが、今作ではアンサンブルの女性が2人増えて5人になるので、初演とは本当に印象が変わるのではないかと!」

―――前作のダイジェスト映像を拝見し、稽古日数分の給料を協賛金で支払う“稽古協賛金”システムは非常に画期的だなと感じました。水島さんの活動の背景には、ご家族の支援・応援もあるのですよね。

水島「主人の家族がミュージカル一家なんです。今作の音楽を担当しているのが夫の稲田しんたろうです。義父が『ミス・サイゴン』の日本初演でクリスを演じた岸田敏志。さらに『レ・ミゼラブル』でコゼットを演じた、義妹の稲田みづ紀、その旦那さんがジャン・バルジャンを演じた福井晶一と……皆が応援してくれていて、本当に心強いです。
 私はミュージカルをやりたいという意欲だけはありましたが、周りの人に助けてもらえなかったら、ただ言っているだけ、有限不実行のまま終わってしまったと思うんです。家族の応援と、白峰さんも含めて演劇業界にいる人たちが私に色々と教えてくれたり協力してくれたりして、そのおかげでProtopiaの活動が出来ていると思います。振付は水井博子さん、歌唱指導は西野誠さんにお願いしているのですが、お2人とも元は劇団四季にいらした方々で……凄く贅沢なスタッフ陣です」

―――こういった方々から、演劇界の実情をヒアリングしつつも、一般公募でアンケートも取ってみたそうで……。

水島「普段は一般企業に勤めていて、会社の方ではマーケティングや市場調査の仕事もしているんです。そこで演劇業界に対しても市場調査をしてみようと思ってアンケートをとってみたら、驚くほどたくさんの反響があって、いいこともですが、現状への不安や不満も沢山見えてしまったんです。こうなると、もう見なかったことには出来なかったんですね。最も多かったのが長い稽古期間中やリハーサルに給与が発生しないという不満でした。
 そこで私でも出来ることって何だろうと考えた時に、稽古期間の分のお給料を出してあげられたらと思ったのですが、今のProtopiaの資金力では、まだそれは難しいのが現状で……。でも、それを募集することは出来るのではと思って、初演時に試しにやってみたんです。結果稽古1日あたり5,500円のお給料をキャストに支払うことが出来て、協賛してくださった皆様には本当に感謝しています。
 今作では、稽古協賛金にご協力いただいた方向けのグッズを作ってみるなど、さらに趣向を凝らしています。何事もなんですけど、出来ることから始めてみる、というのを大切にしていけたらなと……」

―――いわゆるクラウドファンディングということでしょうか?

水島「形式的にはそう見えてしまうと思うのですが、クラウドファンディングって一世一代のイベント、大勝負のようなものだと思っているので、1回限りならいいのですが、長続きはしないと思うんですね。“ミュージカルというものを広めたい、もっと身近に”、“演劇業界の労働環境をホワイトに”というProtopiaの信念に共感して、継続的に支援してくださる、賛同してくださる方々がいらっしゃったら嬉しいですし、そう思ってもらえるためには何ができるだろう、という考えで動いています」

―――コロナ禍で演劇業界はキャストもスタッフも、かつてないほど窮地に立たされていると感じますが、改めて今のお考えや、もし新しいアイディアがあれば、お話をお伺いしたいです。

水島「稽古協賛金を何のために集めるかというと、先ほども言ったようにキャスト・スタッフのいわゆる労働環境の改善のためなのですが、でもお客様からしたらどういう労働環境なのかって分からないと思うんですね。私も自分でミュージカルを作ってみて初めて分かったことなので……。なので、各所からOKが出ればですが、稽古・本番のタイムスケジュールを公開しようかなと思っています。何時から何時までが振付稽古で、何時から何時までが歌唱指導で、何時から何時までが芝居稽古で……という形で。一般的に半月から1ヵ月ほどキャストのスケジュールが拘束されているけれど、それはどうしてなのか、ということをもっとお客様に知っていただけたら、作品の観方も変わるかなと思っています」

―――難しいですよね。舞台の上のキラキラした部分だけ観てほしい気もしますが……。

水島「そうなんですよ! 舞台・ミュージカルって、楽しくて、華やかなものだと思っていてほしい気持ちも確かにあるんです。ただそこだけを見せてしまうと、じゃあどうして小劇場のキャストさんって苦労しているの、どうして稽古協賛金が必要なの?と思われてしまうよなと……。役者という仕事は正直趣味でやれるものではないと思うので、出来るだけアルバイトなどはせずに、キャストには芝居に集中してもらえる環境を作りたいなと……」

―――チケット代だけでそれが叶えば1番だとは思いますが、昨今コロナの影響で地方からのお客様が減ってしまったのもあり、客席が埋まらないことが多いのも実情です。そのせいで、主宰がつぶれてしまうのも困るけれど、だからといってキャストやスタッフの労働環境が悪くなるという悪循環はよくないですよね。

水島「本当にそうです。集客は勿論キャストにも宣伝を頑張ってもらいたいところではありますが、それが義務みたいになっているのも違うかなと思っていて……今作から新しく入る女性キャスト3名には情報拡散のため、TikTokで毎日投稿してもらっているのですが、実はそれにも少しだけですがギャランティを出しています」

―――そうなんですね! 白峰さんは業界内のハラスメント問題に取り組んでいらっしゃると聞きましたが、おふたりは素晴らしいタッグですね。

白峰「ありがとうございます。私は私で、演劇界・舞台に限らずテレビや映画の現場でも、セクハラ問題に取り組んでいます。最近はSNSで声を上げられる時代にはなったものの、未だに映画監督や、劇団の主宰、演劇・ワークショップの講師といった立場のある方からのセクハラ・パワハラに苦しむ方も多いでしょう? やっぱりそういうことって言い出しづらいんですよね」

―――次の仕事がなくなってしまうかもという恐怖感があったり、これも稽古の一環なのではというマインドコントロールをされてしまったりする人もいますね。

白峰「怒鳴られても殴られても、出来ない自分が悪いんだと思ってしまう人もいます。私も経験しましたけど……。もう今はそういう時代じゃないと思うんです。麻痺しちゃいけない。才能があって努力もしていたのに、傷ついたトラウマからこの業界を去ってしまう人もいますが、それは凄く損失だと思うんです。お芝居って感情を扱うので、心のケアも凄く大事だと思っていて、そういったことをワークショップと合わせて行っています」

水島「こういう考えを持って活動されている白峰さんだからこそ、今回ご一緒出来ることに凄く安心していますし、嬉しく思っています。先ほど話題に出た匿名のアンケートでも、たくさん相談が寄せられていたんです。なのに現実では、自分が声を挙げたら、今いる環境が壊れてしまうという恐れから言い出せない人が多い……。これは演劇業界だけじゃないと思いますけどね。金銭面もですが、心身の部分でもキャストさんに寄り添いながら作品をつくる、という理想的な環境が、白峰さんとなら出来るのではないかと思っています」

―――素敵なお話をたくさんお伺いした後に、突然ポップな質問になるのですが、今作『人間アンドロイド』に因んで、将来的にどんなアンドロイドがいてくれたらいいなと思いますか?

白峰「私が疲れている時や、何かをやるのが面倒だなと思ってしまった時に、それを察知して、自ら動いてくれるアンドロイドが欲しいですね」

水島「普通に欲しいやつだ(笑)」

白峰「指示出しをしなくても“察知”してくれるっていうのがポイントです(笑)」

水島「私は忙しくしていると、マンネリ化というか、ただ日々を過ごすことに精一杯になってしまうことが多いので、『今、あなたはこれに興味があるんじゃない?』って、まさに私がミュージカルに出会った時のように、突然の作品やトピックとの出会いを提案してくれるアンドロイドですかね。……それってアンドロイドじゃなくて生きている人間でもいいのかな?(笑)」

―――刺激を与えてくれる存在、ということですね! AIが発達すれば可能そうな……。

水島「ただよくあるWEB広告みたいに、私が普段何をしているか、私が何に興味があるかを分析して提案してほしいわけじゃないんですよ。それよりも、思いもよらない提案をしてほしいから!」

―――なかなか難しいオーダーかもしれません(笑)。未来に期待しましょう! では、改めて最後に、12月の公演に向けて、一言ずつお願いします。

白峰「初演からさらにブラッシュアップされて、見応えがある作品にきっと仕上がると思います。心を揺さぶられる体験をしてみたい方はぜひ劇場で、もしくは配信で、応援してくださると嬉しいです」

水島「65席しかない小劇場で、歌とダンスとお芝居を全身で浴びれる、またとない機会になると思います。ぜひ劇場にいらしてください。多くの方に見てもらいたいと、配信チケットはなんと1,500円で販売しています。配信だけでも観ていただけたら幸いです」

(取材・文:通崎千穂 友澤綾乃)

プロフィール

水島由季菜(みずしま・ゆきな)
一般企業に務めながら、関わるすべての人がハッピーでいられるミュージカルの健全なビジネスモデルを模索する「Protopia」を立ち上げる。オリジナルミュージカル『人間ライブラリ』では原作と脚本、プロデュースを手がける。音楽は夫の稲田しんたろう。家族に、歌手で役者の岸田敏志、役者の福井晶一、稲田みづ紀がいる。

白峰優梨子(しらみね・ゆりこ)
大学で東京学生英語劇連盟(Model Production)主催の舞台に出演して以来、本格的に演技に興味を持つ。アメリカのメソッド演技を学び、舞台を中心に俳優活動。30代より舞台演出、演技講師。2011年から演技スキルとメンタルも扱うアクティングコーチ、シーラとして舞台と映像の俳優へのサポート活動をしている。

公演情報

Protopia オリジナルミュージカル『人間ライブラリ 2022

日:2022年12月15日(木)~18日(日)
場:キーノート・シアター
料:平日6,500円 休日7,500円(全席指定・税込)※配信チケット1,500円。詳細は団体HPにて
HP:https://www.protopia.jp/ningenlibrary
問:Protopia mail:protopia.musical@gmail.com

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