こまつ座初上演! 井上ひさし幻の戯曲『吾輩は漱石である』 日本を代表する大文豪は、生死の狭間に何を見たのか

 時は明治43年8月。「修善寺の大患」の大吐血で、生死の境を彷徨う漱石が見た世界とは――。井上ひさし作『吾輩は漱石である』は、日本を代表する大文豪・夏目漱石を題材に、その作品世界と人生を描いた評伝劇。1982年に「しゃぼん玉座」で初演を迎えるも、こまつ座では劇団設立来上演されることのなかった幻の戯曲で、今回は鵜山仁による新演出で上演を行う。

 主演はこまつ座初参戦の鈴木壮麻で、作中は主人公の夏目漱石と、育英館開化中学の生徒・山形勘次郎役の2役に挑戦。主演を務める心境と役への意気込み、そして本作にかける想いを聞いた。

――――こまつ座初参戦にして主演を務めます。現在の心境をお聞かせください。

 「お話を頂いた時は、“嘘でしょう!?”という気持ちで一杯でした。僕はミュージカル俳優といわれることが多いので、よくぞ起用して下さいましたという心境です。ミュージカルの俳優仲間たちからも、“おめでとう!”“頑張ってね!”“楽しみにしてる!”と応援メッセージをもらっています。
 けれどいざ台本を読んでみたら、“あ、これは大変なことになったな!”と思って。台詞の量も膨大だし、いろいろなキャラクターや場面が入り組んでいて、一体どうしたらいいものだろうと……。例えるならば、ビストロに行って、よく知らない料理名がズラッと書かれたメニューを見せられた感じ(笑)。ただ最初は戸惑いもあったけれど、じっくり台本を読み込んでいると、徐々に理解できるようになってきて。実際台詞の練習を重ねるうちに、言葉の世界が少し身体にフィットしてきた感覚があります。
 僕はこまつ座さんの舞台も初めてなら、ご一緒する共演者の皆さんも初めましての方ばかり。奥様役の賀来千香子さん、文学座の方々、青年座の方々、そして演出の鵜山さんに沢山教えて頂かなければと思っています。 
 鵜山さんとは以前ミュージカル『十二夜』でご一緒したことがありました。鵜山さんはいろいろな角度から言葉を投げかけ、解説し、とても大きなヒントを与えてくれる演出家さんで、それが俳優として喜びでもありました。先日鵜山さんが演出されたこまつ座の舞台『紙屋町さくらホテル』を観に行きましたが、もう涙が止まりませんでしたね。演劇人に対する愛にあふれ、演劇空間の全てを包括的に愛をもって表現し、言葉の柔らかい毛布で抱きしめられた感覚があって。この作品に触れたことで、僕もあと20年は頑張っていけそうな気がしています(笑)」

――――漱石といえば日本を代表する大文豪。鈴木さんが作家にイメージするものとは? どのように漱石役にアプローチしようと考えていますか?

 「僕の中の小説家のイメージといえば、まず浮かぶのが松本清張先生。高校時代に成城学園の喫茶店でアルバイトをしていて、そこによく清張先生がいらしていたんです。先生はお着物姿で店に来ては、“いつもの”と言い、珈琲を召し上がっていく。泰然自若な気配を全身にまとい、ドンとそこに存在し、そして風のように去っていく。もう一人は井伏鱒二先生。当時喫茶店の三軒先にあったとんかつ屋でもでバイトをしていて(笑)、井伏先生がそこの常連で。お昼になると井伏先生が和装であらわれ、やはり“いつもの”と言ってヒレカツ定食を召し上がっていく。お2人ともただものではない雰囲気で、文豪とはこういうものかと身をもって感じました。今回漱石を演じるにあたり、あの雰囲気をまず追求したい。あと早稲田にある漱石山房記念館にも足を運んでみるつもり。漱石の資料に触れ、どんなものを感じるか。まずはそこから取りかかれたらと考えています」

――――作中は漱石役に加え、中学一年生の勘次郎役で出演します。中学生役をどう演じられるのでしょう?

 「勘次郎のコンビで同級生の賢吉は平埜生成さんが演じますが、僕は平埜さんのほぼ倍の年(笑)。勘次郎は落第しているという設定だけど、一体何回落第しているんだという感じですよね。この年齢の僕がどう中学生になればいいのだろうと考えもするけれど、あまりプランを作り込まないつもり。例えば同窓会に行って同級生と再会すると、もういい年齢のはずなのに、当時の自分に自然と戻ってしまうことってあるじゃないですか。それと同じで、意識さえ中学生であれば、このままの自分でいいのかなとも思っています。
 何より僕が考える勘次郎の大切な役割は、お客様を作品の旅路の中にいかに連れていけるかということ。作中は小説の中のいろいろなキャラクターが登場し、さらにあるときは時系列がミックスされたりと、井上マジックでお客様を“エッ!?”と思わせる。勘次郎としてお客様を丁寧に作品世界に導いていくことが重要で、物語のいい添乗員になれたらと今からワクワクしています」

――――ちなみに、鈴木さんはどんな中学生でしたか? 中学時代の思い出といえば? 

 「僕は小五から中一までをイギリスで過ごした後に日本の中学校に戻って来ました。中学時代のあだ名は“ロンドン”(笑)。今でも当時の仲間からはそう呼ばれています。日本に居なかった分、漱石作品を教科書で読んだ経験がなく、勉強不足もはなはだしくて。今になって改めて必死にいろいろな作品を読んでいるところです。
 僕が通っていた中学校に桐朋学園大学音楽部の方が音楽の教育実習にいらしたことがきっかけで、桐朋学園の文化祭に行ってみたのですが、同音楽大学学生の方々で編成された素晴らしいオーケストラの音色と、同大学演劇専攻の学生の方々によるダイナミックな演技、歌唱、ダンスで構成されたミュージカル『ラ・マンチャの男』を目の当たりにした時の衝撃は、未だに忘れることが出来ません。「この世にはこんなものがあるんだ!」ととても強く興味を抱くようになって…。その後、高校時代には演劇部に所属して井上先生の『十一ぴきのネコ』に出演したことがありました。さまざまなキャラクターが登場し、悲喜こもごもある作品で、とても楽しい経験だった覚えがあります。ただそれ以降井上作品に触れる機会はなく、時を経てこうしてご縁を頂いた次第です」

――――本作を通してお客様に届けたいものとは? 最後にメッセージをお願いします。

 「役を通して漱石作品に登場するキャラクターたちを案内しながら、お客様が読んできた小説の追体験をしてもらったり、そうだったよねと思い出してもらえるような、記憶の引き出しをくすぐるきっかけが作れたらいいなと思っています。夏目漱石という存在を介して、井上先生がいろいろな人間の悲哀や喜びといったものを提示してくださっている。どこか温かく生命力に満ちたその残像を、お客様、そして共演者の方たちとわかち合えたらと思っています」

(取材・文:小野寺悦子 撮影:岩田えり)

読書の秋、つい読み返してしまう本はありますか?

「2006年9月上旬、鵜山仁さん演出、大地真央さん主演ミュージカル『十二夜』岸和田公演の折、活気溢れる商店街の中にある本屋さんで出逢ったのが『女教皇 ヨハンナ』。旅公演中なので「単行本は重たいなぁ……」などと思ったのですが、9世紀の欧州を鮮烈に描いた歴史エンタテインメントで、始終ドキドキしながら頁をめくっていたらあっと言う間に読み終えてしまい、翌日慌てて下巻を買いに走りました。物語の面白さは勿論のこと、主人公の描写とは関係ない、「〜彼は一睡もしない。耳がよく、草が生える音さえ聞こえる〜」という箇所の文字を追うのが何故かとても好きで、気がつくと、ついこの本を手にしてしまいます。
その他には、『東北のジュリエット』(下館和巳 著)、『大人の語彙力大全』(齋藤孝 著)、「短歌雑誌 たかむら 1970年九月号』をパラパラと眺めることしばしば」

プロフィール

鈴木壮麻(すずき・そうま)
東京都出身。1982年に劇団四季入団、翌年『ジーザス・クライスト・スーパースター』(演出:浅利慶太)で初舞台を踏み、1998年の退団まで多くの作品の主演を務める。ミュージカル『サンセット大通り』(演出:鈴木裕美)、『End of the RAINBOW』(演出:上田一豪)で第23回読売演劇大賞 優秀男優賞受賞。また、自身の作詞作曲した楽曲による音楽活動を行い、昨年は音楽朗読劇『マルセリーノ』を発表。主な出演作品に、ミュージカル『エリザベート』(演出:小池修一郎)、ミュージカル『レ・ミゼラブル』(演出:ジョン・ケアード)、ミュージカル『十二夜』(演出)鵜山仁)、『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル ~スプーン一杯の水、それは一歩踏み出すための人生のレシピ~』(演出:G2)、映画『関ケ原』、NHK 大河ドラマ『篤姫』、ドラマ『相棒 season13』、『半沢直樹』など。

公演情報

こまつ座 第145回公演『吾輩は漱石である』

日:2022年11月12日(土)〜27日(日)
場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
料:一般8,800円 U-30[30歳以下]6,600円 高校生以下1,500円 ※数量限定/団体のみ取扱。詳細は団体HPにて(全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp/
問:こまつ座 tel.03-3862-5941

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