『忠臣蔵』の仇役とされる吉良上野介が首を刎ねられるまでの2時間、炭焼き小屋に隠れ、どんな想いで過ごしていたのか……。スリリングな密室劇の再々演に、東憲司が挑む。
「初演(17年)はもう必死で無我夢中でしたが、再演(20年)で全体を改めて見直した時に、初演では見落としていたことや理解が足りていなかったことに、色々気づいたんですよね。江戸時代の話でありながら、現代の世相を切り取っていることに圧倒されました。やればやるほど、作品の凄みを感じます」
キャストには大谷亮介、彩吹真央、そして三田和代など、東が信頼を置く面々が連なる。
「大谷さんは温かく非常にユニークで、ひとつのシーンやセリフを多様な目線で捉える方。ご一緒するのが楽しいと同時に、思ってもみなかった質問を受けることがあり、怖いお相手でもあります(笑)。今回もキャストの方々とたくさん話し合い、新しい『イヌの仇討』をつくれたら」
『忠臣蔵』の物語は赤穂浪士側の視点で描かれることが多いが、本作は吉良上野介が主人公だ。
「吉良は仇役ではなく、愛と犠牲の人だったという視点が、忠臣蔵の従来のイメージを覆す発想で、僕にとっては新鮮でした。でも井上さんは、もともと吉良に愛情を持っていらした。日頃から一般とは異なる目で人物や事象を捉えておられたところが凄いなと思います。
井上さんの蔵書が寄贈された図書館・遅筆堂文庫には膨大な書籍が収蔵されていて、吉良に関する資料も書架にたくさんありました。これだけの素養があるからこそ、まるで本当に見たかのように江戸時代のことを描けるのだなと。遅筆堂にお邪魔して以来、自分を『劇作家です』とは言えなくなりました(笑)。井上さんの言葉を目に入る位置に貼っていて、パソコンの傍らには井上さんの全集が置いてあり、よく手に取っては見返すなど、大きな影響を受けています」
井上戯曲を演出する際に、意識することを尋ねてみた。
「やはり言葉ですね。初演の際は、台本を全部書写しました。ただ読むだけでは、井上さんには歩み寄れないと思って。分からない言葉も多く、その度に事典や辞書で調べるので大変ですが、日本語との新たな出会いが、僕にとってはご褒美。こまつ座さんで井上戯曲を演出するのは光栄であり、吐きそうなほどの緊張もあります。高みを目指し、エネルギッシュな作品にしたいです」
(取材・文:木下千寿 撮影:間野真由美)
プロフィール
東 憲司(ひがし・けんじ)
1964年生まれ、福岡県出身。劇団桟敷童子代表。劇団公演の劇作・演出・美術を手掛ける。また外部作品にも多く携わり、2012年度に第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞、第16回鶴屋南北戯曲賞をトリプル受賞した。こまつ座では2015年に『東憲司版 戯作者銘々伝』の作・演出、2017年『イヌの仇討』初演の演出、2020年『イヌの仇討』再演の演出を手掛けている。
公演情報
こまつ座 第144回公演『イヌの仇討』
日:2022年11月3日(木・祝)~12日(土)
場:紀伊國屋ホール
料:一般8,000円 U-30[30歳以下]6,500円(全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp/
問:こまつ座 tel.03-3862-5941