演劇ユニット「9PROJECT」が約2年半ぶりの新作公演をおこなう。普段はつかこうへい作品を中心に上演しているが、小説を原作にした新作を定期的に上演し、これまでに江戸川乱歩『芋虫』やアルベール・カミュ『異邦人』を題材に独自の舞台を作り上げてきた。演出の渡辺和徳は「つかさんの戯曲にばかり頼っていると恩返しにならない。つかさんにも『自分の作品をやれ』と言われていましたし、2年に1度は新作をやりたい」と意欲をみせる。
題材に選んだのは、坂口安吾の『夜長姫と耳男』だ。人の死を無邪気に喜ぶ残酷な姫と、その姫を呪いながらも惹かれる長い耳の青年との物語だ。耳男を2人の俳優が“身体”と“心の声”に別れて演じるのが見どころのひとつとなる。
「20代半ばに『堕落論』を読んで以来、そこに書かれた“人間は存在自体に孤独を抱え、自分の道を進むしか幸福はない”という哲学が僕の作品のベースにあります。だからこれまで、世間の価値観にとらわれない主人公を描いてきました」
今回描きたいことは、圧倒的な存在だ。タイトルロールとなる夜長姫は、原作では、身体から黄金の香りがすると言われている。そんな女性を生身の役者が演じると神秘性が失われてしまうと考え、今回は抽象的に表現する予定だ。
「原作を読み終わった時に感じたのは、圧倒的な美しさでした。そこに到達できない自分の小ささを感じながらも、魂が揺さぶられる感覚に力をもらったんです。きっと耳男にとっての夜長姫もそう。圧倒的な存在に出会えれば、前に進む力になる気がするんです」
しかし、登場人物の描き方や、その先にたどり着きたい思いは、過去作とは少し違う。
「これまでは苦しくても前に進んで行く人を描くことが多かった。そうすることで『あの人は凄いな』『自分もそうなりたい』と感じられると思っていました。でも今のコロナ禍や不安定な社会情勢の中で『それでも頑張れ』と言われるのはちょっとつらい。苦しい世の中ですから『誰かを真似して無理する必要はないよ』『きっとあなたの内側に前に進むための何かがあるよ』という気持ちです。耳男と夜長姫が世間から少し外れている存在だからこそ、生きづらさを持つ人が舞台を観て『自分の中にヒントを見つけられたらいいな。そして地に足をつけられるようになれれば』と願っています」
(取材・文:河野桃子 撮影:友澤綾乃)
「僕が書く本に出てくる人間たちは、基本的に嘘ばっかりしゃべっています。普段の生活において、心の中としゃべってることが完全に合致していることってほとんどないと思うんですよね。だからこそ本音で語り合える関係というのは、とても貴重なわけで……。
すごく複雑な心情を抱えながらも“こういう言い方しかできない”瞬間の人間って、僕はとても好きなんですよね。でも本音は身体のどこかに滲み出てくる。言葉で嘘を言いながら身体で本音をぶつけ合う、そんな人間たちばかり書いています。」
プロフィール
渡辺和徳(わたなべ・かずのり)
1978 年、東京都生まれ。1999 年、北区つかこうへい劇団に7期生として入団。当初は俳優として入団するも、つかこうへいに文才を認められ、氏のもとで作・演出を学ぶ。2003 年、少年隊ミュージカルPLAYZONE『Vacation』で脚本業を開始。同年、北区つかこうへい劇団劇作家・演出家コースの講師に就任。以降、演劇作品の脚本・演出を数多く手がける。現在は、多くの舞台の脚本・演出を担当するほか、演技・脚本・演出などの各種ワークショップの講師も行っている。
公演情報
9PROJECT VOL.16『夜長姫』
日:2022年4月21日(木)~24日(日)
場:シアターグリーン BASE THEATER
料:【劇場】一般3,500円 学生2,500円(全席自由・税込)
【配信】2,500円(税込)
HP:https://www.9-project.net/vol16/
問:9PROJECT mail:info@9-project.net
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