キムラ緑子、升毅、内藤裕敬登壇! 『MOTHER-君わらひたまふことなかれ』会見レポート

大阪府吹田市の公立劇場「吹田市文化会館 メイシアター」の開館40周年を記念して、関西小劇場出身のキムラ緑子升毅が出演する舞台『MOTHER-君わらひたまふことなかれ』が上演される。明治~大正を生きた歌人・与謝野晶子を取り巻く人々の人間模様を描き出したマキノノゾミの戯曲を、関西の演劇界をリードしてきた「南河内万歳一座」の内藤裕敬が演出する舞台だ。関西ではほとんど上演実績のない作品ということも含めて、期待が高まる舞台を前に、キムラ・升・内藤が出席する会見が行われた。


■与謝野夫婦は、混乱した社会の中で普遍的な立ち位置にいる

『MOTHER』は、京都の劇団「劇団M.O.P.」(2010年解散)を主宰したマキノノゾミが、1994年に「劇団青年座」に描き下ろした戯曲。偉大なる母(MOTHER)・与謝野晶子と夫・鉄幹の家を訪れる北原白秋や石川啄木、平塚明子(らいてう)や大杉栄などの人々が、明治42年から大正2年の5年間で出会い、そして別れていく姿を生き生きと描いた群像劇だ。青年座でしばしば再演され、2008年の公演ではキムラが晶子役で出演している。

本作について内藤は「表面上は評伝物ということになりますが、お話はもっと普遍的なものの方に重心が置かれてる。いろんな運動が始まり、価値観が混乱している社会の中にあって、晶子と鉄幹はそれに背を向けて『家族』という普遍的な立ち位置にいるのが面白いと思いました」と指摘した上で「マキノさんの饒舌さは『そこまで言葉にして成立しちゃうんだ』と感心するし、特にこの作品はまだ30代半ばで書かれたので、饒舌さがとてもみずみずしい。そこに今回演出する上で、可能性を感じています」と楽しみを口にする。

再び晶子役に向き合うキムラは「20年前とは私自身が大きく変わったので、出てくるものはまったく違うと思います。明治時代の人たちはみんな今より大人だし、その大人な回路は今の自分の方が絶対近い。あの(20年前の)若さで、この中身が欲しかったです(笑)」と、より円熟した晶子になると予想。またマキノ作品の常連で、彼の世界を知り尽くした俳優の一人として「内藤さんの演出で、見え方はきっと変わる。どこまでやれるのか、すごく楽しみです」と、これまでにないマキノワールドになる期待を語った。

鉄幹役の升毅は「僕は55年以上、吹田市民をやっておりました。メイシアターさんではうちの母がコーラスをやって、娘が中学の演劇部で出ていたので、ここでお芝居ができる喜びがあります」と、プライベートでも劇場とつながりがあったという話を。会見があったのは、まだ稽古に入って間もない頃だったが「最近はなかなか、関西の俳優たちとお芝居をする機会がなかったけど、『初めまして』の人たちなのにどこか懐かしい。同じ大阪でお芝居に足を踏み込んだ者同士という感覚があって、すでに遠慮なく何でも言い合える雰囲気です」と、久々の大阪での芝居づくりを満喫している様子だった。

■その時代にタイムスリップできるのが、時代ものを演じる面白さ

晶子と鉄幹は不倫略奪で結ばれた上、鉄幹の女癖の悪さや、2人の文壇での立場が逆転していくなど、かなり波乱万丈な夫婦生活を送っている。この作品以外でも、数多くの俳優が演じてきた夫婦だが、キムラと升はどのような気持ちで臨むのだろう?

キムラは晶子について「ジョン・レノン的な人」という、独特の解釈を披露。「周りがみんな(社会)運動に参加するのを応援はするけれど、それとは違うやり方で世の中に何かを残そうとした人。もっと自由なもの……『人間は一つだよ!』ということを、運動ではなく筆の力でやり続けた、その生き様が素晴らしいです」と、改めて晶子のキャラクターを評した。

対する升は、この作品の鉄幹を「小心者」と指摘。「自分がこの先消えていくのでは……という恐れを抱えながら、それを見栄でガードしながら生きている。かわいらしい人だし、自分に似ていますね」と親近感を語り、「昔の人物を演じる時は、人間関係がこうだったんだとか、物価がこうだったとか、違う時代のいろんなことを体験できる楽しさが一番あります。特にマキノ君の本は、意地悪のように古い言葉がたくさん出てきて(笑)、その時代にタイムトリップできますね」と、違う時代の人物を演じる楽しさを明かした。

彼らを取り巻く人々は、関西小劇場で何十年も活動してきた中堅の俳優たちから、2.5次元の舞台で活躍する若手まで、バラエティに富んだ9人……内藤いわく「楽しく遊んでくれそう」な俳優たちが出そろった。中でも出色なのは、看板女優として30年に渡って所属した「兵庫県立ピッコロ劇団」を昨年退団し、これが退団後初の舞台となる平井久美子だ。

内藤は「平井さんはピッコロを辞めてから、芝居をやるつもりはなかったそうです。でも今回声がかかって『楽しもう』と思って引き受けたと。今は嬉々として、稽古に来ています」と期待を持たせる言葉を。さらに、二枚目系の俳優が演じることが多かったアナキスト・大杉栄を、コメディのイメージが強い坂口修一が演じるという、意外な配役も注目だそう。

「大杉は『図々しくて馬力がある』という感じの人にしたかったんです。坂口は顔も口もデカいし、あまり器用な奴じゃない(笑)。隠しごとをしてもバレるから、隠さずに行く! みたいな、大胆で大雑把に見える大杉になると思いました」とキャスティングの意図を明かすと、キムラからも「最高にピッタリですよ。こんな人ならみんな振り回されるし、何かを突破してくれるだろう、という感じがします」というフォローが入っていた。

■「俺、わかんねえよ」って言っちゃうからこそ、全員で言い合える

マキノの戯曲は基本的にワンシチュエーションで、登場人物たちが自分の心象をたっぷり語っていくスタイルが多い。対する内藤は、大勢の人々がポンポンと短い言葉を交わしながら、様々な方法で時空間を激しく動かしていくのが常套だ。面白いほど好対照な作風をしているが、内藤は「自分の作風と違うからこそ、そこを面白がりたい」と宣言。

そして今回一番肝にするのが「俳優が立つような芝居づくり」とのことだ。「実在の人物たちを再現するつもりは毛頭ない。当時の時代背景はしっかり踏まえるけど、演じる俳優たちの存在が舞台上で際立つという形になればいいなと思っています。今日まで3日間の本読みでイメージができてきたし、この本にどれだけの可能性があるのか? を、拡大できればと思います」と狙いを明かした。

ただその「拡大」の方法は、さすがのぶっ飛び具合のよう。「とあるシーンで『いつまで座って会話してるんだ? そろそろ暴れろよ』という気になっちゃって、緑子さんにプラモデルを作りながら般若心経を唱えるということをやらせようとしました。升さんにも、どんなバカなことをやってもらおうか考えてます」という内藤の発言には、記者たちも爆笑。

さらにキムラが「しっとりしたシーンの時に『俺、わかんねえよ。こういうの(演出は)得意じゃない』って、ズバッと言っちゃう(笑)。でもそれで『こうじゃないの』『ああじゃないの』と言い合える雰囲気になるんです」とその様子を明かすと、内藤は「演出家が必ずしも、全部わかってるわけじゃないから。わかんないことは、多分みんなに任せます」とサラリ。立場やキャリアに関係なく、フラットな関係で芝居づくりが行われつつあることをうかがわせた。

■我々はまだまだ戦えるということを、この舞台で見せていきたい

彼らが芝居を始めた90年代の関西は、万歳や劇団M.O.P.に加えて、劇団☆新感線や劇団そとばこまちなど、様々な劇団が刺激しあいながら、才能を開花させてきた時代だった。内藤は「僕たちはライバルという視点で外からは見られていたけど、みんながそれぞれのスタイルで芝居を作って、その中から頭一つ抜きん出るのはどこかな? ぐらいに思ってたんじゃないかな。まぎれもなく同じ時代にしのぎを削ってきた芝居仲間たちと『我々はまだまだ戦える』ということを、ここでちゃんと見せたいですね」と意欲を燃やす。

そしてキムラも「メイシアターの40周年でこうしてお世話になるのは非常に感慨深いし、何十年ぶりかで内藤さんの演出を受けるのも面白くて、今でもこんな気持になれるんだなあと。若い人たちのエネルギーをもらって、どこまでやれるのかに挑戦したいです」と、初心に帰ったように楽しんでいると語り、升も「メイシアターの20周年記念公演に出た時もマキノノゾミさんの脚本で、節目節目でこういうメンバーを集めるのが好きな劇場なんだね、と(笑)。かなり密なお芝居に仕上がると思いますので、たくさんの方に足を運んでいただけたらと思います」と呼びかけた。

マキノノゾミの饒舌な世界を、内藤ならではのにぎやかな世界へと見事に転換し、さらにキムラと升が、年齢とキャリアを重ねた俳優だからこそ可能な、圧巻の演技を見せてくれるはず。そして新しい文学や価値観が次々に生まれたことで、社会が激しく揺れ動いた明治・大正の日本が、現代我々が住む日本と重なって見えてくることにも驚かされるだろう。いろんな面で「温故知新」となりそうな舞台、ぜひその目に焼き付けて欲しい。

(写真・文:吉永美知子)

公演概要

メイシアター開館40周年記念「MOTHER -君わらひたまふことなかれ」

公演期間 2025年9月10日 (水) 〜 2025年9月14日 (日)
会場 吹田市文化会館メイシアター 中ホール

<出演>
キムラ緑子、升 毅
や乃えいじ(PM/飛ぶ教室)、平井久美子、坂口修一、國藤剛志(SEVENSENS)、為房大輔(劇団ZTON)、有田達哉(南河内万歳一座)、長橋遼也(リリパットアーミーⅡ)、丸山文弥(南河内万歳一座)、菊地彩香(関西芸術座)

【出演者変更のお知らせ 2025.06.04】
出演を予定しておりました THE ROB CARLTON 村角ダイチさんは、家庭の事情により降板することとなりました。
村角ダイチさんに代わりまして、劇団ZTON 為房大輔さんの出演が決定いたしました。

<スタッフ>
脚本:マキノノゾミ
演出:内藤裕敬(南河内万歳一座)

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