未来に温かい希望託せる、劇団ホチキス『スクールバス』発進!

未来に温かい希望託せる、劇団ホチキス『スクールバス』発進!

観客をとことん楽しませる為演劇的冒険に満ちたエンターティメントを追求し続ける劇団ホチキス第49回本公演『スクールバス』が、東京芸術劇場シアターウエストで開幕した(18日まで)。

『スクールバス』は、劇団ホチキスの代表であり、脚本家、演出家・米山和仁の書き下ろしによる新作。私立小学校のスクールバスの中、というワンシチュエーションのなかで、予想を超えるドラマが次々と連なっていく舞台が展開されている。

【STORY】

乗用車の自動運転化技術が一般化しだした、いまより少し未来。

都心からやや離れた山の中に建つ、私立の小学校「ポラン小学校」では、遠方から通う生徒を送迎するために、来年度からスクールバスを導入することになった。しかもそのバスには、生徒たちがバスの中でも勉強できるようにと、A.Iが授業を行う「バスティーチャー」のシステムが供えられている。

7月のある日、そんな新たなスクールバスの試乗会を兼ねたバスツアーが開催されることになり、ツアーの進行を任された5年1組担任の蜂須賀朝陽先生(雷太)は、同僚の教師や生徒の親たちと共にバスに乗り込み学校を出発するが……

急速に発達を続けるA.I技術については、いま様々な議論が繰り広げられている。だがネットの普及の速さが、モラルにのみ頼っていてはとても追いつかない様々な軋轢を生んできたように、先人の創作物を記憶し、学習するA.Iの進化に、著作権やプライバシーの侵害を懸念する警鐘がやはり追いついていないのが、2024年の現在地ではないだろうか。つい先日も「A.Iが短編小説のアイディアをいくつでも提供します」というダイレクトメールを目にして、正直軽いめまいを覚えたし、「ライター」という職業は、いずれA.Iに淘汰されてしまうかもしれない、と仲間うちで自虐的に語り合うこともある。

ただ、そんな時どこかで、とてもストレートに書いてしまうと、もし自分が勝てるとしたならば愛だけなんじゃないか……と思っているのも本当のことだ。古今東西の文豪の書物を全て学習したA.Iに文章は叶わないとしても、演劇を愛して、人生の相当な時間を観劇に費やしてきた、演劇のある人生を一人でも多くの人に知って欲しいと願い続けているこの演劇愛だけは、学んで得られるものではないだろうと、自らを鼓舞しているのだ(実際に愛も学習できるのかどうかは、寡聞にして知らないのだが)。

そんな気持ちにダイレクトに飛び込んできたのが、この劇団ホチキスの新作『スクールバス』だった。何しろ物語が劇団ホチキスらしい笑い満載でありつつ、この先はどうなるの?というサスペンス要素も多く含んでいるので、詳細には全く触れられないのだが、それでもこの舞台を動かしている原動力が「愛」であることは間違いない。スクールバスに乗り合わせた人たちが、互いに本心を隠したり、もっと積極的に嘘をつく根底には必ず誰かへの愛があって、それがなんとも温かい。何よりもいいのはこの世界に登場するA.Iも全く完璧ではなく、失敗したり、困ったりを繰り返しながら、A.Iだからできることをしつづけて、バスの一員として人々のなかに溶け込んでいることだ。そんな舞台を観ていると、A.Iは全く脅威ではないんだと思えるし、自動運転に早く普及して欲しいとも感じられる。つまり未来がちょっと素敵に見える。そのことにしみじみと感じ入った。どちらを向いても暗いニュースばかりで、世界が確実にとげとげしい方へと転がり落ちていくと、日々思わずにいられないいまだからこそ、未来に小さな希望が持てることがこんなにも美しいのだと示してくれた、米山和仁と劇団ホチキスに感謝したい。

その舞台で、主演の教師・蜂須賀朝陽を演じる雷太の存在感が抜群だ。学校で起こる様々な雑用をなんでも引き受けてしまう、という人の良い蜂須賀先生を、雷太が抜群のプロポーションと身体能力を駆使して、かなりカリカチュアされた動きを時に鮮やかに決め、時に豪快に崩しながら演じていく姿が、大きな可笑しみを含んで目が離せない。それはどこかで、蜂須賀先生こそが実はA.Iだった、というどんでん返しがあるのでは?と思わされたほどで、台詞劇のコメディには初挑戦とのことだが、縦横無尽の表現力に感嘆した。しかもあるポイントでは一気に究極の二枚目に変貌する様も見事に像を残す、充実の主演ぶりだった。

スクールバスで授業を行うA.Iのバスティーチャー「B.J」に扮した小玉久仁子は、逆に実は人間でしたというオチ?と思えた時間すらあった人間味のあるA.Iを、作りこんだメイクと勢いに満ちた演技で表出している。学習している最中のA.Iという設定だから、できないことも多いのだが、この状況で人ではとても不可能という様々なことをこなしもする、ある意味作品の飛び道具的な役割りに、説得力を持たせているのが頼もしい。こんな風に技術の進歩や進化を恐れず共存していけたらいいなと思わせてくれる、愛すべきA.Iの姿を具現してくれた。

ポラン小学校に子供を通わせている親の1人木住野実の山﨑雅志は、映画監督という設定を存分に活かし、ひとつの密室であるバスのなかで、映画の知識がありすぎるが故に、良い思いつきもすれば、考えすぎてもしまう役柄をくっきりと印象づけている。ここには脚本の米山の映画愛も炸裂していて、実際にスポットライトが当たるシーンもあるが、そうでないところでも、必要に応じて全体から抜け出して見え、またすーっと群像のなかに溶け込む山﨑のバランス感覚が、絶妙にそれを届けてくれた。

教師の新渡戸吉郎の小早川俊輔は、全員のなかで徹頭徹尾ハンサムガイを貫いている様が、舞台に大きなアクセントを加えている。コメディタッチで進む作品のなかで、もちろんバスが急ブレーキをかけるなどのシーンのドタバタにはきちんと参加しているものの、ここまで崩さないということは、何かあるのでは?と気になって気になって仕方ない、という気持ちにさせてくれる小早川の存在が、サスペンス要素の面白さを盛り立てた。

バスティーチャーシステムの開発者、葉加瀬樹の齋藤陽介は、冒頭作品の世界観を説明してくれるところから個性全開。この人の動きも本当に豊かで目を奪われるが、一方、バスティーチャーの存在や、自動運転については、技術自体は前からあるもので、自分はシステムを開発しただけです、という趣旨の台詞を何度も重ねて言う、その真意をきちんと届けてくれることで、新しいものに対する脅威を和らげる力になった。

ポラン小学校6年生の息子の母・薬師寺優香の内村理沙は、子供は秀才だが自分はバカだから、が口癖の、言わなければ12歳の息子がいるとはとても思えない今の時代の母親を軽やかに演じている。きちんとメイクされたボディも美しく、物語世界では比較的もう少し前の時代のお母さんが幅を利かせているなか、現実にたくさんいる母親像に、外見からは計れない内面の揺れも加味した好演だった。

教頭先生の阿比留康太の山本洋輔は、理事にも教師にも生徒の親たちにも気を遣いながら、何事も穏便に……という、絵に描いたような教頭先生像を嫌味なく届けているのに驚かされる。これは俳優・山本洋輔の持ち味が役に投影されているからこそだろうし、そうした中間管理職らしさを振りまきながら、逃げに走らない阿比留教頭の矜持もにじませていて、役柄が決してステレオタイプに終わらないことに感心しきりだった。

もう一人の教師、日下部元子の小林れいは作品全体のマドンナ的存在。個性豊かという言葉にはとても納まらない、強烈なキャラクターが多く登場する群像劇のなかで、こうしたポジションは逆に難役だと思うが、愛らしさや思いやりの表現に全くあざとさがないのが貴重。蜂須賀先生が密かに心を寄せ、突然これぞ二枚目!に変貌するスイッチとしての役割りも果たした姿が印象的だった。

この春ポラン小学校の理事になった飛鳥馬京子の大井川皐月は、学校の改革に乗り出している気概と、バスのなかの状況への苛立ちが重なって、序盤から終盤までのかなりのスパンで憤っている役柄を、強いエネルギーで演じている。このテンションを保って一本調子にならないのはたいしたものだし、パンツスーツ姿もよく似合い全員のなかで立ち位置が異なる役柄を際立たせていた。

理由があってスクールバスに乗ろうとしている東海林湊の里中将道は、激しいアクションも自在にこなす身体能力を誇る里中だからこそ、このシチュエーションが面白いんだなという設定を全身で表現して魅了する。パロディーの要素の見せ方も軽やかで、雷太とのコンビネーションもよく、群像のなかにあとから入ってくるタイミング、脚本の妙を見事に体現したのを含めて、演劇に対する熱い愛の表現など度々場を浚った。

もちろん劇団ホチキスならではの、多彩な照明(阿部将之)や音響(谷井貞仁)の効果も健在で、米山の優れた脚本・演出のもと、東京芸術劇場シアターウエストの空間のなかで、キャストと共にスクールバスに乗っている気持ちになれる舞台だった。是非多くの人に、このちょっと素敵な未来への旅に同乗して欲しい。

文・撮影/橘涼香

公演情報

劇団ホチキス第49回本公演「スクールバス」

■公演期間:2024年8月15日 (木) 〜 2024年8月18日 (日)
08月15日(木) 14:00 / 19:00
08月16日(金) 14:00 / 19:00
08月17日(土) 13:00 / 18:00
08月18日(日) 12:00 / 16:00

■会場:東京芸術劇場 シアターウエスト

■出演:
雷太

小玉久仁子
山﨑雅志
小早川俊輔
齋藤陽介
内村理沙
山本洋輔
小林れい
大井川皐月

里中将道

■スタッフ:
脚本・演出:米山和仁
総合アートディレクター:小玉久仁子
舞台監督:村山鈴夏(スマイルステージ)
照明:阿部将之(LICHT-ER)
音響:谷井貞仁(Collage Sound)
美術:泉真
衣装:清水喜代美
衣装進行:佐久間のぞみ
ヘアメイク:黒田はるな
宣伝美術:中戸健司(Creators Group MAC)
写真:佐藤孝仁(BEAM×10)
WEB:ブラン・ニュー・トーン(かりぃーぷぁくぷぁく、阿波屋鮎美)
制作:MIMOZA
企画・制作:ホチキス

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