チャールズ・チャップリンの晩年の傑作映画、世界初の舞台化作品となった音楽劇『ライムライト』が東京日比谷のシアタークリエで8月3日~18日三演目の幕を開ける。
かつて一世を風靡した老芸人が、人生を悲観し自殺を図った若いバレリーナを助け、再び舞台に立たせる。しかし、スターに上り詰める彼女と入れ替わるように、老芸人は人生の舞台から退場しようとしていた──そんな舞台人の儚い宿命と、残酷なまでに美しい愛の物語をノスタルジックに描いた映画『ライムライト』。この不朽の名作が世界初の音楽劇として生まれ出たのは2015年のこと。上演台本を大野裕之。音楽・編曲を荻野清子、そして演出を荻田浩一で構築された舞台は、原作映画を「チャップリン映画の”マイ・ベストワン”」と語る石丸幹二が老芸人・カルヴェロ役に扮したのをはじめ、個性豊かなカンパニーによる人を愛することの美しさと切なさがあふれでる好舞台として喝采を集めた。
作品は2019年に再演。三度目となる今回の上演でも引き続きカルヴェロを演じる石丸を筆頭にお馴染みの顔ぶれが固めるなか、ヒロインのバレリーナ・テリー役に朝月希和。テリーに想いを寄せる作曲家・ネヴィル役に太田基裕という魅力的な新キャストを得て、新たな舞台の幕が上がろうとしている。
そんな三演目の初日を約2週間後に控えた7月中旬、都内で公開稽古が行われ、新カンパニーによる舞台の一端がお披露目された。
黒背景に囲まれた稽古場には多くのメディアが詰めかけ、酷暑が続く外の空気とはまた違った熱気に満ちている。そんななかキャストが舞台を横切ったり、演出家の荻田浩一が小走りに袖の方に入っていくなど、公開稽古独特の緊張感も伝わってくる。
いよいよ始まったのは、2幕冒頭から15分ほどのシーン。1幕では自ら命を断とうとしていたほど絶望し、立つこともできなかったテリーが、カルヴェロの献身的な看護と励ましで再び踊れるようになり、この2幕のはじまりで、ロンドンのエンパイア劇場のオーディションを受けにくるという展開だ。
オーディションを直前に控えたテリーの朝月希和がセンターでバレエの練習をしている場面からスタート。最初に始めた芸事がバレエだった朝月にとってバレリーナの役柄はうってつけで、練習シーンから動きの一つひとつが美しいのに惹きつけられる。
流れる音楽が迫力を増すなか、そんなテリーの横でバレエダンサー役の中川賢と舞城のどかが伸びやかなパ・ド・ドゥを繰り広げる。そこにカルヴェロの石丸幹二が激励にやってくる。カルヴェロをひと目見るなりパッと表情を明るくして駆け寄るテリー。二人のやりとりが過去を語るカルヴェロと、未来を語るテリーの対比を映し出しながらもとても温かく、石丸と朝月の新たな組み合わせも魅力にあふれていると感じられる。
そこに「オーディションだ!オーディションだ!」と吉野圭吾と植本純米が登場。二人が出てきただけで、場面の色がパッと変わり、少人数の舞台が一気に賑やかさを増していく。作曲家のネヴィルの太田基裕のピアノで、即興で踊るように指示されたテリーは、かつてほのかに思いを寄せたことがあるネヴィルと再会。太田のネヴィルが佇まいから再会のときめきを発していくなか、見事に踊り切るテリーの朝月に会場からも自然な拍手が沸き起こった。
「次のプリマは君だ!」と合格を告げられ、劇場関係者に連れられていくテリー。その姿を見送りながらカルヴェロが「テリーのテーマ」=名曲中の名曲“エターナリー”を歌う。どんな難曲も力強く歌い上げることのできる石丸が、むしろ静かに切々と思いを語るように歌う力で、照明効果も何もないはずの稽古場から石丸だけが浮かび上がって見えてくるのが不思議なほどだ。
戻ってきたテリーから愛を告白されるカルヴェロ。ひたすらひたむきな朝月と、その思いをとても正面からは受けとめられない石丸の複雑な言葉と微笑が切ない。
荻田作品の常で、場面が続いて流れていくなかでの数日後。ネヴィルがひとり稽古をするテリーに声をかける。二人の出会いから別れまでのあまりにも淡い関わりを、交わされる言葉とネヴィルが歌う「テリーとネヴィル」が伝えてくれる。太田のまっすぐにテリーに向けるまなざしが強い光を放っていて、屈折した表現も実に上手い人だけに、このストレートさがむしろ胸に迫ってくる。もうすぐ結婚するのだと告げるテリー。時間は戻らないと悟りつつ、それでも二人には未来があると予感させる若さの輝きが、ここにいないカルヴェロの存在を思い出させ、人生の哀歓を感じさせるこの作品の描こうしているものが伝わってくるシーンだ。
と、そんな作品世界にポンと飛び出してきた植本純米が「はい、本日のリハーサルはここまで!見学の皆さんいい感じに宣伝してくださいね。ありがとうございました」と挨拶して公開稽古は終了。芝居の続きかと感じさせる絶妙な締めくくりで、ここにも荻田演出らしさが満ち大きな拍手が贈られた。
この一連のシーンだけで、作品を守り続けているキャストと新キャストが、とても良い融合を果たしていることが感じられ、舞台への期待が高まるなか、改めて石丸幹二、朝月希和、太田基裕が登場。囲み取材に応えて公演への抱負を語った。
【囲み取材】
──皆さん演じられる役どころのご紹介からお願い致します。
石丸「お暑いなかお集りくださいまして誠にありがとうございます。今日はどうぞよろしくお願いいたします。私が演じますカルヴェロという役はひと昔前に大成功していた、興行でのトップだった人が、映画などもできた時代の流れによって取り残され、落ちぶれてしまった、そんな男の役です。彼が偶然同じアパートに住んでいるテリーさんと出会って、彼女が命を落とそうとしているその場に立ちあってしまい、結果自らも生きる望みがなかったところを、なんとか二人で共に生きて行こうね、というような話になったところで(公開稽古でおこった)2幕が始まっていました。そんな、いわゆる頂点からどん底に落ち、また這い上がろうともがいている男です。そして彼女と出会って運命が変わります。」
朝月「皆様本日はありがとうございます。私が演じるテリーというお役は、物語の冒頭では人生に絶望して自ら命を断とうするところを、石丸さんに救っていただいて、生きる活力や愛、たくさんのものを与えていただき、再び舞台に戻ることができるバレリーナのお役です。本日お稽古を公開させていただきました2幕が、ちょうどその舞台に戻ることができ、またこれからバレリーナとして、というところを演じさせていただきました。」
太田「本日はお集まりいただきましてありがとうございます。僕は若き作曲家のネヴィルという役を演じています。朝月さんが演じるテリーに救われた過去がありまして、それで再会を果たし、恋をし続けるキラキラした役でございます(笑)。」
石丸「合っていますよ!」
太田「キラキラです(笑)、よろしくお願いします。」
──石丸さん、2015年の初演から2019年の再演を経て、5年ぶり3度目のご出演となりますね。この10年近くの間で作品に対する考え方ですとか、石丸さんご自身の変化などありましたらお願いします。
石丸「そうですね。まあその9年前、約10年前ですよね。この作品を演劇としてお客様の前で上演するのが世界初だったので、そこにたどり着くまでに色々なことがありました。それは様々な方たちのお力添えがあってのことで、チャップリンさんのご遺族の方が、そうそうは許可しないことなんです。でも熱い思いを持って日本の「チャップリン協会」代表の大野さんが足しげく通ってくださいまして、理解をしていただき日本で世界初演という形でこの作品を上演することが叶いました。その際に私も一チャップリンファンではあったんですが、じゃあチャップリンについてどこまで知ってるのかというと、いわゆるトレードマークになっているチョビ髭を生やして、ステッキを持って、帽子をかぶって(マイムで)こういう風に歩いているチャップリンさんのイメージが非常に強かったのです。でも『ライムライト』という映画を改めて観たりしながら、チャップリンさんが演劇人として残したいメッセージを、たくさんこの作品に書き記してるんだなということに気づき、それを後世に伝えるのが私たちの役目なんじゃないか、とそんな思いを持って上演したのを思い出します。これはやっぱり1回やって終わりという作品ではないと思いまして、映画は機会があれば今やもうBlu-rayなどがございまして、皆さんが見たい時に見られる、そんな時代になりました。演劇も私たちの肉体を通してね、何度でもお客様に訴えかけていきたいと、そういう強い思いも働き、これはことある度に再演という形ができたら嬉しいなと思い、19年、そして今回24年、皆様の前に再登場ということになっております。私の中の思いというのはやはり、9年経って私もチャップリンがこのカルヴェロという役を演じた60代にだんだん近づいてきておりまして、カルヴェロが言いたかったこと、チャップリンさんが言い残したかったことというのが、だんだんより理解できてくるような気がしております。ですから今回3演目ですけれども、以前とは違う感じ方、発し方、それが横にいる朝月さん、太田くん共々に刺激をもらいながら表現できるのじゃないかなと、前回を超えていこうとそんな思いで今おります。」
──テリーとネヴィルは毎回キャストが替わるということで、刺激があるかと思いますがそれぞれの印象は?朝月さんとは初共演ですよね?
石丸「そうですね。「はじめまして」というのはこの役と同じですよね。私は彼女が宝塚のトップ娘役さんとしてやっている生の舞台は実は拝見できてないんですけれども、いま「TAKARAZUKA SKY STAGE」というチャンネルでいつでも見られるんです。ですから彼女の舞台姿を拝見しておりまして、とても踊りに秀でた、そして熱いお芝居では色々なキャラクターを演じ分けることができる彼女に出会えるんだ、というその思いでワクワクしながら稽古を迎えたのを覚えております。そしていま舞台上、稽古場ですけれども、トウシューズを履いて踊り始めた時に本当にびっくりしたんです。誰しもが言っていますけれども上手い!だからプリマバレリーナ、本当にそのものだということを私実感しました。この先まだまだ稽古は続きますけれども、より素敵な踊りを皆様に見せて下さい。」
朝月「はい、頑張ります。本当にこの作品に参加させていただき、こうしてテリー役としてご一緒できますことは大変光栄で嬉しく、身の引き締まる思いなのですけれども、実際お稽古が始まりましたら、石丸さんはもちろん、他のキャストの皆様も本当に素晴らしい方々で、皆様がとても大きくいてくださいますので、まだすごくもがきながらも、そこに飛びこんで行ける、そのようなお稽古場を皆様が作ってくださっているので、毎日石丸さんに体当たりするように色々お稽古をさせていただいております。」
──バレエシーンも多くて大変かと思いますが。
朝月「本日初めて皆さんの前で踊らせていただいて、本当のオーディションの感覚になりまして。」
石丸「あぁ、そうだね。」
朝月「オーディションってこういう緊張感で、これぐらいの胸のドキドキ感、ソワソワ感、高鳴り感になるのかを、今日実感して学ばせていただきましたので、これをまたよりお稽古で、そして1幕では足が動かなかったテリーが、足が動くようになった喜びだったり、軽やかさだったりをもっと踊りで表現できるようにお稽古していきたいと思います。」
──石丸さん、太田さんとは『スカーレット・ピンパーネル』で共演して以来でしょうか?
石丸「そうなんです。8年ぶりなんですが、変わらないんですよね。」
太田「幹二さんも変わらないです!」
石丸「いやいや。でもまぁ俳優ってそんなものかもしれませんけれども、『スカーレット・ピンパーネル』の時は太田君「ピンパーネル団」として、私の仲間の一員だったんです。でも今回は「個の」太田君とご一緒することになって、彼はこういう人なんだな、こういう人だったんだな、ということをいま肌身に感じています。とってもチャーミングだし、いままでのネヴィルとは全然違うキャラクターで作ってるというか、湧き出しているのかな。ご自身の中のものが役にうまく乗っかっていて、彼はこういう力を持っているんだと実感しているところですね。本番に向けてもっともっと稽古を重ねると、荻田さんをはじめ色々な方のご意見もありますし、様々なキャラクターの中でもまれながらネヴィルが作られていくかもしれませんが、舞台上でどうなっていくのかも非常に楽しみです。」
──太田さんは近年大変お忙しくていらっしゃいますが、いかがですかこの稽古場は。
太田「幹二さんが演じるカルヴェロが幹二さんと重なって見える、そのものみたいな感覚がありまして、本当に勝手ながら一生カルヴェロをやってほしいなと思っちゃうぐらい、そこに存在するという感じなんです。」
石丸「じいさんだからね(笑)」
太田「そういうことではなくて!(笑)説得力がすごいんです。こういう温かい現場で共演させていただけて感謝の気持ちでいっぱいで、他の役者さんもすごく余白と余韻を楽しんでいる方ばかりで、俳優さんとしての良い緊張感を持ちながらも、シーン、シーンの空気を楽しんで演じているのが伝わってきて、非常に勉強になります。その中で僕もネヴィルとしてどういう風にもまれながら、この『ライムライト』の世界観を楽しんで生き生きとやれるかを、お稽古しながら模索している感じです。」
──今日公開されたシーンも本当に切ないいいシーンでしたけれども、皆さんのおススメのシーンはありますか?
石丸「たくさんあってね。」
朝月「ありますね。」
太田「確かに。」
石丸「じゃあ、そこから例えば、というのを(朝月に)彼女から聞いてみましょうか(笑)」
太田「司会をしている!(笑)」
石丸「ついつい司会しちゃうんだよね(笑)。」
朝月「私は今ちょっと思いつきましたのが、昨日お稽古した1幕でカルヴェロさんが夢を見たと言って歌われるシーンがありまして、そこは本当に心がウキウキする、元気をもらえるとても素敵なシーンです。」
石丸「ありがとうございます。1幕は私の部屋のセットひとつでずっと続くのですが、妄想の時間が始まると、いわゆる区切られたものから次元を越えて、舞台のフロア全部を使いながらの妄想劇場になるんですよ。それは荻田さんの発案なんですけれども、みんながのびのびとできるような、そんな時間になっていますよね。個性が出ていてね。」
朝月「はい、皆さん個性的でとても素敵です。」
石丸「ということだそうです。もっくん(太田の愛称)はどう?」
太田「僕もたくさんあるんでけすど、幹二さんの曲で「ごめんなさい、天使のうた」の声が可愛くてたまらないです。」
石丸「自分のシーンはないの?(笑)」
太田「自分のシーンというか、荻野さんの曲が本当に素敵なメロディーがたくさんあって、コード感とか、幹二さんが歌われる前のBGMのコード感がたまらなくて。」
石丸「わかる!ツボるよね。」
太田「ツボります。楽曲がとても素敵だなと。」
石丸「二人とも踊りのこと、音楽のことを伝えていましたけれども、とにかく少ない人数ではあるのですが、個々がキラキラするようなシーンだらけでして。この三人以外は色々なキャラクターを演じていて、皆がガラっと変わって出てくる。植本純米くんなどはそのままとても個性的なのですが、色々なキャラに変わっていくんですよ。これが見どころのひとつになってきます。」
──ありがとうございます。初日まで2週間ということですが、皆様から意気込みをお願い致します。
太田「(えっ?そうなの?と口々に言い合ったあとで)変な汗をかいちゃいましたが(笑)、本当に素敵なキャストの皆さんとスタッフの皆さん、そして劇場に行ったらお客様と一緒に作り上げていく空間になると思いますので、素敵な『ライムライト』をお見せできるように頑張っていきたいなと思っております。よろしくお願いします。劇場でお待ちしております。」
朝月「この作品は本当にすごく心に響く、心を打つ素敵なメッセージがたくさん詰まっている作品で、観終わった後に悲しみ、切なさ、温かさ、希望など色々な思いが湧き上がってくる作品だと思います。それをお客様にお届けできますように、テリーというお役を精一杯頑張ってお稽古して参りたいと思います。よろしくお願いいたします。」
石丸「2週間なんて聞いちゃって今ちょっとね、まだやりたいことがいっぱいある、もう少し稽古したいなという思いがありますけれども、そのぐらい色々な可能性を秘めた作品になっております。ここからの2週間どんなことが起こって、お客様の前に一体どんな姿をお届けできるのか。それを私も楽しみにしておりますし、劇場にいらっしゃるお客様、前回もご覧になった方には前回とはまたひと味違うタッチを、荻田さんがかなり入れていますので、全く同じ台詞を喋って同じ歌を歌っているにも関わらず動きが違ったりするので、そういうところもお楽しみいただけると思います。また初めて覧になる方には、これぞチャップリンが残したかった作品だと、言葉だと、それを受け取っていただけるように私たちも精進して参ります。どうぞよろしくお願いいたします。」
(取材・文・撮影/橘涼香)
公演情報
音楽劇『ライムライト』
日時:2024年8月3日 (土) 〜 2024年8月18日 (日)
会場:シアタークリエ
出演:石丸幹二、朝月希和、太田基裕、植本純米、吉野圭吾、保坂知寿、中川賢、舞城のどか
原作・音楽:チャールズ・チャップリン
上演台本:大野裕之
音楽・編曲:荻野清子
演出:荻田浩一