クラシック音楽史に燦然と輝き、最も偉大な音楽家の一人として「楽聖」と称されるルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの苦難に満ちた人生を、ベートーヴェンの原曲に基づく数々のミュージカルナンバーで描いた野心作、ミュージカル『ベートーヴェン』が本日12月9日、東京日比谷の日生劇場で日本初演の幕を開けた(29日まで。のち、2024年1月4日~7日福岡・福岡サンパレス、1月12日~14日愛知・御園座、1月19日~21日兵庫・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで上演)。
ミュージカル『ベートーヴェン』は、『エリザベート』『モーツァルト!』『レベッカ』『マリー・アントワネット』『レディ・ベス』など、日本ミュージカル界でも屈指の人気作品群を手掛けてきたミヒャエル・クンツェ(脚本/歌詞)とシルヴェスター・リーヴァイ(音楽/編曲)のゴールデンコンビが、構想10年以上の歳月を費やし、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、音楽家としては致命的な聴力を失うという苦難に見舞われながらも、うちなる音楽への希求を続けた、その原動力は何か?を、ベートーヴェン自身の音楽に基づくミュージカルナンバーを用いて描き出そうとする作品。
ベートーヴェン研究のなかで、いまも特定されていない、彼が遺した差し出された形跡のない「不滅の恋人」への恋文の、相手ではないかと有力視されている一人である、アントニー・ブレンターノ、通称「トニ」をその「不滅の恋人」とし、二人の叶わぬ恋を軸に物語が進むのみならず、「父からの虐待」「弟との確執」「貴族からの独立」「聴力を失うことの恐怖との格闘」など、様々な要素を盛り込み、「悲愴」、「月光」、「英雄」、「運命」、「田園」、「皇帝」、「エリーゼのために」、「第九」などのメロディが新たなアレンジによって舞台に横溢する力感に満ちた舞台が展開される。
そんな作品の開幕を前にした12月8日、「初日前会見」が行われ、ベートーヴェン役の井上芳雄、アントニー役の花總まり、脚本・歌詞のミヒャエル・クンツェ、音楽・編曲のシルヴェスター・リーヴァイが、日本初演に向けての思いを語った。
──度々同じ舞台に立たれている井上さんと花總さんですが、『エリザベート』ではオーストリア皇后と死を擬人化した黄泉の帝王、『モーツァルト!』では天才音楽家とその姉という間柄でしたが、今作では孤高の音楽家ベートーヴェンと彼の想い人の人妻、道ならぬものでありつつも所謂恋人関係になるという間柄を演じられています。これまでと演じ方やお互いの印象などに変化はありますか。
井上 花總さんとはいろんな作品でご一緒させてもらっていますが、『エリザベート』でも相手役ではあるのですが、死神なので生々しいやり取りはあまりなくて。ですからはじめてとは言いませんが、ここまで濃いラブストーリーでご一緒させていただいてるんだなとは感じます。素晴らしい女優さんだということはよくわかっていますので、こうしてご一緒できることは楽しいし光栄です。花總さんは、演じている役によって普段も変わられる方のようで、『エリザベート』を演じていらした時にはちょっと近づき難い感じがプライベートでもあったのですが、今回は普段から親しみを込められていて。僕は「花總さん」と呼んでいるのですが、これが終わる頃には「花ちゃん」と呼べるのではないかと……
花總 遅いよ(笑)、本当は稽古の間にそうなるはずで!
井上 5回ぐらい呼んでいるのですが、まだしっくりこなくて。
花總 戻っちゃうのね(笑)
井上 そうなんですよ。僕のなかでは「花總さん」なんですが、この『ベートーヴェン』を通して「花ちゃん」と呼べるようになるところまで、近づいていけるのではないかと思います。
花總 本当に『モーツァルト!』の時は姉と弟で『エリザベート』ではエリザベートと黄泉の帝王トートだったので、やっと今回人間らしい恋愛関係のやりとりができるので、今まで見たことのない「井上さん」の……
井上 全然、距離が縮まっていない(会場笑)
花總 芳雄くんの表情を……
井上 「よっちゃん」くらい言ってくださるのかと思ったのに。
花總 (もう!と井上にマイムして)表情をやっと独り占めできているので、演じていてもとても楽しいです。
──お互いに照れくさいようなところもありますか?
花總 (間髪入れず)ありますよ!
井上 早いな(笑)。やっぱりそうですね。長くご一緒していますがここまでのラブストーリーってね。
花總 ないですね。
井上 でも、役に入り込めば入り込むほど、演じる喜びを感じる作品で、ここからがスタートなので、自分たちがどこまで行けるかわからないし、楽しみだなと思います。
──クンツェさんとリーヴァイさんにお聞きします。ベートーヴェンが遺した膨大な楽曲を紐解きつつ、その楽曲を使いながらベートーヴェンの人生を描くという途方もない試みの作品で、完成までに10年以上をかけたと伺っております。かなりご苦労もおありだったかと拝察しますし、個人的には2幕後半のベートーヴェンの歌うナンバーで、ピアノソナタ第31番、第3楽章のラストにちらっと登場するメロディがクライマックスに使われている。これはかなりすごいことだと思っています。その旋律を決めた時のエピソードや、使用した旋律を選んだ経緯、ご苦労された点などお聞かせください。
井上 マニアックですね、質問が!僕たちよりよく知っている!(会場笑)
クンツェ 喜んでお答えいたします。この作品『ベートーヴェン』を創り出すのは大変難しい作業ではありましたが、同時に大きな喜びも感じました。まずこの作品ではベートーヴェンの人生の長い道のりを語るのではなく、彼の人生のなかで出会うことになる困難、特に聴覚を失うという音楽家にとってこれ以上ないくらいの困難、災難に直面した時に、彼が人生最大の愛、愛する相手を見つけたことを物語る作品なのです。
リーヴァイ 私はまず、ベートーヴェンが作曲した全曲に目を通し、聴くことから始めました。その中から今回ミュージカルナンバーとして使える、音楽的に適していて歌えるものを選び出しました。ではどうセレクトして、作品のなかに据えたかと言いますと、自分自身が持っているエモーション、感情に基づいて決めさせていただきました。そうして決めた、或いは選び取った一音一音をミヒャエルと調整し、ドラマツルギー的に合うかを確認しながら進めました。今、ご質問にあったピアノソナタもそのようにして進め、作品を仕上げて行きました。ほかの曲も、今回選んだ一曲一曲に固有のストーリーがあるんです。是非それを皆様にお話ししたいのですが、すべてお話しするには2~3週間はかかってしまいます(会場が笑うのに応え、日本語で)、ありがとうございます。
クンツェ 少し追加で説明させていただくと、ベートーヴェンという個人に焦点を当てた作品に、オリジナルの楽曲をインスピレーションの一部として取り入れていかなければならないんですね。それはどういうことかと言いますと、彼は当時、世界で最も素晴らしいと称えられるほどのピアニストとして大成功をおさめていた人です。それは、演奏に対する人々の拍手に依存していたということを意味します。でも耳が聞こえなくなることによってその拍手そのものが聞こえなくなってしまう。ですからその後のベートーヴェンというものの内面を主題として作り上げていかなければならない、それも信じるに足る内容として舞台に乗せ、お客様にお示ししなくてはいけない。それに適した声が生きる音楽を選び出してくれたシルヴェスターに感謝したいし、その結果としてできた作品が、クンツェ&リーヴァイのミュージカル作品になったということが、私はとても嬉しいです。
リーヴァイ 実は10年前にこの作品に取り掛かろうかと思った時、「How」の部分、どのように作品を創作するかを決めるのに長い時間がかかりました。私たちにとって大事なのはお客様のためにミュージカルを創るということなんです。その意味でクラシック音楽を非常に身近に感じている方々には、少しモダンな音楽に近づいていただきたいと思いましたし、クラシックにはあまり親しまれていない方々には、クラシックを身近に感じていただけるような作品にしようということになりました。
──井上さん、花總さん、お二人の貴重なお話を踏まえて、改めて本作の見どころやお客様へのメッセージをお願いいたします。
花總 ベートーヴェンの有名な誰もが知っている曲もあれば、この作品を観ることによってこんな素敵な旋律がベートーヴェンの創った曲の中にあるんだ、などたくさんの発見があると思います。ですからそれも、観に来てくださった方々のひとつの楽しみとしてお届けできたらいいですし、あのベートーヴェンの楽曲をリーヴァイさんのアレンジで、私たちが歌うことでお楽しみいただけたらと思っています。
井上 まず、お二人が今回来日してくださったことがとても嬉しいです。僕は、初舞台が『エリザベート』なので、ほとんどお二人から生まれたと言っても過言ではありません。花總さんも、いや「花ちゃん」もね(会場笑)、『エリザベート』のオリジナルキャストですし、そういう意味でもお二人が来てくださって、こうして『ベートーヴェン』が日本で初演できることが嬉しいです。僕はお二人の、『モーツァルト!』もやらせていただいて、あの作品はリーヴァイさんのオリジナルのメロディを用いていたのに、『ベートーヴェン』になった時に、どうしてベートーヴェンのメロディを使おうと思われたのだろう、訊いてみたいな、不思議だなと思っていたんです。でも今のお話でクラシックとミュージカルの融合、どちらのファンの方にも楽しんでもらえるようにという思い、お二人が今なお進化されている、新しいチャレンジをされている中でこの作品が生まれたんだなと思いました。そして今回、お二人の作品を紡ぐウィーンチームと、去年世界初演した韓国チーム、そして、僕たち日本チームで、3か国語、いやもしかしたらそれ以上のさまざまな言葉が飛び交うとても国際的な稽古場でした。だからこそ、豊かなものが創れていると思います。ベートーヴェンの不屈の、不滅の精神を、彼の生涯を通して、彼の音楽の素晴らしさはもちろん、その生き様と(アントニーと)二人の愛から感じていいただけることがたくさんあると思います。それから美術がとても豪華なんですよ! 『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』や『チャーリーとチョコレート工場』にも負けないくらいで、東宝さん今年大丈夫かな?と思うほどの(爆笑)費用がかかっています。しかも日本で年末と言えば必ずベートーヴェンなんです。理由はさだかではないですが、日本のクラシックの習慣として年末には必ず第九を聴くので、その意味でも12月にふさわしい作品です! 年明けも公演は続きますが、それはそれで華やかな音楽がふさわしいと思いますので、是非この新しいミュージカルを体験しに劇場へいらしていただけたら嬉しいです!
ミュージカル『ベートーヴェン』
脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽/編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出:ギル・メーメルト
出演
井上芳雄
花總まり
海宝直人(東京公演のみ)/小野田龍之介(Wキャスト)
木下晴香
渡辺大輔 実咲凜音 吉野圭吾
佐藤隆紀(LE VELVETS)/坂元健児(Wキャスト)
ほか
【東京公演】
2023年12月9日(土)~12月29日(金)
会場:日生劇場
【福岡公演】
2024年1月4日(木)~1月7日(日)
会場:福岡サンパレス
【愛知公演】
2024年1月12日(金)~1月14日(日)
会場:御園座
【兵庫公演】
2024年1月19日(金)~1月21日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
(取材・文/橘涼香)