【稽古場レポート】胎動する新しい時代の翻訳劇。トランスレーション・マターズ上演プロジェクト2023 エミリア・ガロッティ/折薔薇

戯曲翻訳者のグループ、トランスレーションマターズの上演プロジェクトの第二弾「エミリア・ガロッティ/折薔薇」が10月14日(土)〜10月26日(木)まで、すみだパークシアター倉で上演される。
「エミリア・ガロッティ」は、18世紀ドイツの劇作家レッシングによる市民悲劇。この脚本をドイツ留学から帰国したばかりの若き森鴎外(当時森林太郎)が翻訳し「折薔薇」とタイトルをつけた。今回は、この森鴎外の言葉と現代語を駆使した日本語台本で挑む、かつてない試みとなっている。

稽古場から感じる新しい風

 この日の稽古は、幕間に挿入される時間を巻き戻すような動きから始まった。12人のキャスト全員が一斉に動き出し、これまでの物語を逆再生させる動きを見せ、定位置に収束する、短いながらも難しい動きだ。

稽古場で、ひときわ存在感を放つのは箱馬を重ねて50cmほどの高さを出した角材。それが舞台上に何本も置かれている。木造建築の梁に使われていたと思われる古材ばかりだ。

劇中では役者たち自らそれを移動させ、空間を形作っていく。この装置は、稽古のために仮に用意されたものではなく、実際に舞台で使われるものだそうだ。

代表の木内宏昌は語る「今回、美術と衣装を担当する大島広子さんにお願いして、舞台装置も衣装も極力、環境への負荷が少ないものにしています」
さらに、出演者は事前にリスペクト講習を受け、ハラスメントのない環境を心がけているとのこと。稽古場の壁には環境問題や職場環境について各人が気になったこと、そしてその改善方法を出し合ったと思われるメモが貼られていた。その忌憚のない意見にはっとさせられる。

そう思うと稽古場の雰囲気が明るい。年齢差のある12人のキャストが意見を出し合い、2分にも満たないこのムーブメントを、効果的に見せようと根気良く確認していく。時には笑顔も見え、そこには風通しの良い空気が流れていた。

ムーヴィングの指揮を取るのは平原慎太郎。ダンスカンパニーOrgan Works主宰にして東京オリンピック開会・閉会式の振付ディレクターを担当した振付家かつダンサーだ。冗長なセリフにゆったりとした動きの古典劇が持つイメージを覆すような、立体的な見せ方に期待は高まる。

森鴎外の言葉も通して現代に問いかける

 物語の舞台は18世紀のイタリア。結婚を控えた少女エミリアに、貪欲な公爵ゴンサーガが横恋慕したことから始まり、そこに様々な人々の思いや欲望が交錯し、やがて取り返しのつかない悲劇へと向かっていく・・・権力者の横暴にあって、エミリアが下した最終選択に当時の観客は涙したと思うが、現代人の感覚では感情移入が難しい。衝撃的なラストシーンとも言える。

「まるで歌舞伎の世界ですよね。これを29歳の森鴎外が読んでどう思ったのか、なぜ、これを訳そうと思ったのでしょうか。『人形の家』など森鴎外が訳した戯曲は他にもありますが、この森鴎外訳の『折薔薇(エミリア・ガロッティ)」は、上演された記録がないんですよ。そういう意味で挑戦したいという意図もありました」
と木内。今回、鴎外の言葉と現代語訳による翻案台本と演出を手がけている。

「レッシングも、当時より少し前の時代を想定して、この物語を書いていますし、森鴎外も、おそらく江戸時代を想定して歌舞伎の世話物のように書いています。僕は作家が過去のものを使う時は、頭は未来に向いているからだと思うんです。

僕が若い頃は、未来は明るいという響きがあったんですよね。でも、今は違うと思うんです。楽観できる未来はあまりない。
この作品にもそういうところがあると思っています。森鴎外が、この戯曲を翻訳した時も明治が始まって20数年。今まで理想としてきた神様やお殿様がなくなって、一人一人が何らかの理想を持っていないと市民になれないんだという時代になりました。そんな時、人はどう生きるのか?ということを問いかけている戯曲だと思いました。それが、今回の上演に至った理由です」

役者は300人からオーディションを行い、セリフのワークショップを経て、乗り越えられると思ったメンバーを集めた。

「みんな4、5月から森鴎外の原稿を読んでいます。実際にワークショップに来てくれたのは100人くらいなんですけど、その人たちに幾つかの場面を読んでもらって選びました。エミリア役の上原実矩さんは初舞台です。映像の方では主演をやっていたのですが、タイトルロールでの本格的な舞台は初めてです。他の役者さんも新国立劇場の舞台を踏んでいる方から、小劇場の役者まで様々です」

その12人の役者たち全てが、時にはダンスのような動きを見せる。要となるのはムーヴィング・ディレクターの平原慎太郎だ。

「通常、ミュージカルなどでクラシカルなものを現代化する時は、フェンシングの練習をしたり貴族の所作を学んだり、ダンスを練習したりします。でも、ここでの現代化は、森鴎外の言葉が主体です。それをどう扱うかという身体性を見る人が必要だな、と思い平原さんにお願いしました」

環境と人権と創造が結びつく新しい世界

 衣装は新たなものを作るのではなく、既存のものから役にあった衣装を用意する。そのイメージラフが稽古場に貼られていた。作成は舞台美術家の大島広子だ。

「シアタークリーンブックというイギリスのプロダクションで、環境リテラシーのことを学んできた美術家です。彼女の環境と人権と創造は結びついているという言葉に触発されました。僕たちは、ファストフードのようにファストシアターではいけないと思っています。丁寧に芝居を作っていける規模じゃないか、と話し合いました」

創造至上主義の現場において、ないがしろにされがちな人権や環境問題。それぞれが結びついた時、どんな舞台が誕生するのか。森鴎外が「エミリア・ガロッティ/折薔薇」に込めた想いとは。劇場で、ぜひ見届けたい。

(取材・文・撮影/新井鏡子)

公演情報

トランスレーション・マターズ上演プロジェクト第2弾「エミリア・ガロッティ/折薔薇」
公演日:2023年10月14日(土)~26日(木)
会場:東京都 すみだパークシアター倉
作:ゴットホルト・エフライム・レッシング
翻訳:森鴎外、トランスレーション・マターズ
翻案・演出:木内宏昌
ムービングディレクター:平原慎太郎
出演:上原実矩、菊池夏野、大沼百合子、関根麻帆、森島美玖、高畑こと美、斎藤直樹、村岡哲至、古河耕史、荒井正樹、近藤隼、片岡正二郎
チケット:チケット一般:7,300円 すみだ区民割(指定席引換券):6,800円
(全席指定・税込)※すみだ区民割は観劇当日に受付にて証明書をご提示の上、当日指定券とお引替えください。座席はお選びいただけません。予めご了承ください

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