【公演レポート】遂に実現した日本カンパニーによる上演!ミュージカル『ラグタイム』

20世紀初頭のニューヨークで、異なるルーツを持つユダヤ人、黒人、白人の三つの家族の人生が絡み合い、差別や偏見に満ちた世界を変えていこうとする様を、黒人音楽を基礎として、裏拍を強調した強いリズムのラグ(ずれ)、シンコペーションと共に生まれ出た音楽「ラグタイム」になぞらえて紡ぐ傑作ミュージカル『ラグタイム』日本初演の舞台が、東京日比谷の日生劇場で上演中だ(30日まで。のち10月5日~8日大阪・梅田芸術劇場メインホール、10月14日~15日愛知・愛知芸術劇場大ホールで上演)。

ミュージカル『ラグタイム』は『ライオン・キング』『キャバレー』(リバイバル上演)など名作の当たり年となった1998年、トニー賞ミュージカル部門の13部門でノミネートされ、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル楽曲賞など4部門を受賞した名作ミュージカル。

ブロードウェイのミュージカル史のなかでも、大きな意味を持つ作品のひとつだが、人種間の極めてセンシティブな部分が作品の骨子なだけに、日本カンパニーによる上演が容易に成就しなかった。けれどもその扉がようやく開き、日本で初めて海外からのブロードウェイミュージカル招聘公演を果たした日生劇場が60周年イヤーを迎えた2023年、いま演出家の名前で期待感を抱かせる逸材、藤田俊太郎演出、石丸幹二、井上芳雄、安蘭けいという、日本ミュージカル界を牽引するキャストが集結しての、日本初演が実現した。

【STORY】

20世紀初頭。ユダヤ人のターテ(石丸幹二)は、娘の未来のために移民となり、遠くラトビアから船に乗りニューヨークへとやってくる。絵心に優れるターテは似顔絵を描いて生計を立てようと考えていたが、容易に客をつかむことができない。

一方、才能あふれるピアニストである黒人のコールハウス・ウォーカー・Jr.(井上芳雄)は、新しい音楽“ラグタイム”を奏でて注目を集めつつあった。けれども、恋人のサラ(遥海)はコールハウスの言動に愛想をつかし、二人の間に生まれた赤ん坊をとある家の庭に置き去りにしてしまう。

そこは裕福な白人家庭で、人種の違いに偏見を持たず、正義感の強い母親マザー(安蘭けい)は、夫のファーザー(川口竜也)が長く家を不在にしている中、赤ん坊を拾い上げ、実の息子と同じように育てていこうと決意。母親のサラも家に招き入れ、何くれとなく面倒をみるようになる。ようやく帰宅したファーザーはその光景に困惑を隠さないが、マザーの信念はゆるがない。

そんななか、マザーの弟のヤンガーブラザー(東啓介)は自分の人生の生きがいを求め、アメリカ中の注目の的である美人女優のイヴリン・ネズビット(綺咲愛里)に愛の告白をするが、イヴリンは公衆の面前で彼にキスをしておきながら、すぐあっさりと愛を拒絶する。傷ついたヤンガーブラザーは、より自己実現の思いを内へ内へと滾らせていく。

同じころ、ターテと娘は貧しい生活を続けていたが、同胞の女性アナーキストのエマ・ゴールドマン(土井ケイト)、奇術師にして“脱出王”の名をとどろかせていた、ハリー・フーディーニ(舘形比呂一)と縁を結び、得意の絵で娘のために描いた仕掛けのある絵本が高値で売れたことから、人生を好転させるきっかけを得る。

また、サラが自分の子供を生んだことを知ったコールハウスは、彼女の愛を取り戻そうと、マザーの家に通い詰める日々を送っていた。彼はヘンリー・フォード(畠中洋)が世に送り出したT型フォードを買えるまでの稼ぎを得ていたし、教育者、作家として啓蒙活動を行うブッカー・T・ワシントン(EXILE NESMITH)のように社会に影響を与える黒人も現れ始めていたが黒人蔑視は未だ根強く、自分たちに媚びないコールハウスを苦々しく思う白人たちによって、彼の車は破壊されてしまう。自らの正義と、生まれたばかりの息子の未来を守るため、差別に立ち向かおうとするコールハウスだったが……。

作品に接してまず感じたのは、ユダヤ人、黒人、白人の三つのルーツを持つ人々の運命が絡み合い、激しい軋みをあげながらもやがて互いを受け入れていく未来に希望を抱かせる物語が、壮大な叙事詩に見えることだった。

実際ターテの娘リトルガール、コールハウスとサラの生まれたての赤ん坊、マザーとファーザーの息子リトルボーイが作品の終幕まで、はっきりとわかる成長を見せないことが指し示してくれなかったら、起きているドラマのなかで時が何年も、いや、何十年も経っていると錯覚したかもしれない。それほどこの『ラグタイム』の世界で生きる人々が、あまりに大きな衝突と悲劇を越えて融和していく様に、悲しいかな実感を得たとはとても思えないのが、2023年のいまのリアルだ。アメリカという大国だけを見たとしても、オバマ大統領の登場で人種に対する偏見の壁が壊れることに抱いた希望は、のちのトランプ政権の白人至上主義を隠さない姿勢の前に遠く霞んでしまった。異なるルーツを持つ人々が、互いの文化や宗教、肌の色を尊重し、手を携えて生きていく地平は未だあまりにも彼方に感じられる。

けれどもだからこそ第一次世界大戦を前にした20世紀初頭、アメリカの移民の約9割がやってきたといわれる激動の時代に、三つの異なる民族が互いに受容をはかろうとするこの作品が描いたものには大きな意義があり、希望がある。それをいま日本人キャストで、しかも日本独自の演出で上演できるに至ったことには、強い畏敬の念を覚える。その実現には、演劇の想像力を信じる藤田俊太郎の卓抜した演出プランが欠かせなかったはずだ。

と言うのも、この作品を紡ぐ上で人種の違いは最も大きなカギとなるが、多様性を目指す映画、演劇界の大きな潮流は、単純に俳優が化粧で肌の色を変えることを決して容認しない。それどころかキャラクターの人物像と人種を切り離した「人種ブラインドキャスティング」が目に立つ時代にあって、観客にわかりやすく登場人物たちのルーツとそれによる軋轢をどう表現するかは高いハードルだったに違いないからだ。ここに対峙した藤田は、振付のエイマン・フォーリー、音楽監督の江草啓太、美術の松井るみ、照明の勝柴次朗、衣装の前田文子、ヘアメイクの柴崎尚子、映像の横山翼等々のスタッフワークを結集しての数々の工夫を凝らし、視覚、聴覚に訴える三つの民族を見事に描きだすことに成功している。

それは、ユダヤ人は黒やグレー、黒人はカラフルな原色、白人は純白という帽子や靴に至るまで徹底された衣装の差異と、ドラマと民族に沿った振付によって表現される世界観で、むしろ理解のしやすさに驚いたほどの明確な表現だった。その上に「ラグタイム」に代表される、音楽的なリズムの違いを鮮明にしている優れたミュージカルナンバーが加わって、ミュージカルとしての魅力と共に、それぞれのルーツを内包しながら国境を超える音楽の力も鮮明にしていく。
作品が描いた世界が硬派なだけに、その手法がミュージカルであることの魅力がより明確になった。

なかでも興味深かったのは、史実とフィクションを大胆に織り交ぜた作品のなかで、ユダヤ人アナーキストのエマ・ゴールドマン、女優のイヴリン・ネズビット、ユダヤ人奇術師のハリー・フーディーニ、フォード・モーターを創設したヘンリー・フォード、教育者、作家として活動したブッカー・T・ワシントンら実在の人物の方が、ある種の誇張やファンタジー色が濃く描かれていることだった。

本来こうした歴史の事実の上に創作の人物を描くドラマでは、実在の人物が持つ説得力やリアルの力を借りて、作品の現実味を高める手法が多いと思うが、敢えてその逆を行ったことで、この時代に、と言うよりはいまも続いている人種間の軋轢のなかで生きる架空の人々、「お母さん」「お父さん」という、固有の役名ではなくある種の象徴として登場する人たちを交えて紡ぐ、あったかもしれない物語の結末、いまはまだ桃源郷に見えるその世界を、世界が新たな時代を迎える希望として受け取ることができる力になっていると感じた。

これらはやはり作品の確かな絵作りと共に、全体像が行き着く先を常に俯瞰している藤田の力量のなせる業だろうし、そうした作品が描くドラマに没入することを許してくれる、高い自力を持つキャストたちが揃ったからこそ伝わってくる世界観だった。

その筆頭ターテの石丸幹二は、日本での上演を長年夢見ていたというこの作品の座長として、決して力むことなく、常に表情豊かに娘思いのユダヤの父親を演じている。

ターテ自身のドラマとしてはポイント、ポイントでの登場で、特に二幕ではどうして彼がいまここに、この立場でいるのかの過程が丁寧には説明されない中で、ユダヤ人の移民という、作品の柱のひとつを担えるのは石丸のミュージカル俳優としての存在感と経験値あったればこそ。

今年のこの人のスケジュールの立て込み方は、大丈夫なのかとふと案じられるほどだが、あくまでも軽やかな舞台での居住まいにホッとさせられる、石丸だから成立できたターテであり座長像で、役柄に相応しい伸びやかな歌声も耳に心地良い。

新しい音楽“ラグタイム”を奏で、新時代の到来を願う黒人ピアニスト、コールハウス・ウォーカー・Jr.の井上芳雄も、つい2週間前まで帝国劇場で希望に燃え、愛に一途な若者を演じていたことを思うと、平行してこの作品の稽古も積んでいたのかと頭を垂れる思いがする。

実質ドラマの中心となるのはコールハウスだし、ミュージカル界のプリンスからキングへと変貌しつつある井上にとっても、かなり手強い役柄だったろうと推察されるだけになおさらだ。だが、こうした時代の荒波のなかで信念を貫く役どころは、積極的に取り組んでいる台詞劇では経験していて、その蓄積が生きている。時に決してカッコよくはない言動もとっていたコールハウスが、結末を予感しながら仲間を守る行動に出る場面の力感は忘れ難く、本来の晴れやかな声質をブラックミュージックに寄せ過ぎずに、井上芳雄が演じるコールハウスとして歌いきった覚悟も美しかった。

正義感にあふれ人種の偏見を持たない、裕福な白人家庭の母親マザーの安蘭けいは「お母さん」という役名が象徴する役割を双肩に担い、しなやかに逞しい女性を慈愛のなかに凛として演じて惹きつけるこの人の強みは舞台に位置している時にはあくまで自然体で、卓抜した技巧を決して前面に押し出さないにもかかわらず、ふとした転換の何秒もないかもしれない間のなかで「上手いなぁ…」と思わず口にしそうになる役者としての能力の高さを示せることで、2幕のソロナンバー「Back to Before」が圧巻。「戻れない」から「戻らない」に至るマザーの決意を、優れた歌唱力と表現力で届けてくれた。

コールハウスの恋人サラの遥海は、『RENT』のミミ役で注目を集めた逸材だが、歌のパワフルさと楽曲がベストマッチしたことも相まって、サラの歌唱により強い輝きがあり、ショーストップを思わせる圧倒的なパフォーマンスで魅了した。サラがたどる道程がコールハウスの行動につながる、作品のキーパーソンを十全に果たしていて、一気にミュージカル界での大注目株に躍り出た格好。今後一層の活躍を期待したい。

マザーの夫ファーザーの川口竜也は、所謂「メイ・フラワー号に乗ってアメリカに降り立った」ルーツを持つ、白人種の中でも更に特権階級にいる人なのでは?と思わせる「お父さん」の困惑を随所ににじませながらも、生まれながらに持っていた価値観を、妻の変化の前で自身もわずかずつ変えていく様を丁寧に表現している。その行動にはこちらの情が移るほどで、『レ・ミゼラブル』のジャベール役を長年務めながら、ある意味クレジットにこだわらず的確な仕事を残し続けている川口が、相応の役柄を得たことが嬉しい。

マザーの弟ヤンガーブラザーの東啓介は、とびきりの長身の人特有の軽く首をすくませる立ち姿の癖がすっきりと抜けて、恵まれた環境にいるが故に、自己の存在意義に悩む若者の思い込みの激しさを全身で表している。1幕で女優のイヴリン・ネズビットに手ひどく振られることが、2幕の行動エネルギーにつながっていく役どころの性格をきっちりと通しているし、歌声もますます自在になって頼もしい。

そして、前述した実在の人々、ユダヤ人アナーキストのエマ・ゴールドマンの土井ケイトは、富める者が貧しき者から搾取する現実を変えようと演説を続ける役柄で、ある意味前後の空気を読まず切り裂くように登場してくる人物造形が鋭い。ひたひたと静かに登場することなど苦も無くできる人だからこそ、この登場の仕方の効果がよく伝わってきた。

女優のイヴリン・ネズビットの綺咲愛里は、実在の女優像としては私生活の大スキャンダルで注目を集めた人物だが、作品のなかではヤングブラザーに表の顔と裏の顔を見せつける役割と同時に戯画的なファンタジーを背負っていて、宝塚歌劇団星組でトップ娘役を務めている時代には、可憐な容姿のなかから覗く意外な現代性が面白い個性になっていた人が、こうした男女が共にある舞台では、美しく作られたビスクドールの質感が出せることに出自を感じさせた。

同様のファンタジー性が強く出たのが、「脱出王」の異名をもつユダヤ人奇術師のハリー・フーディーニの舘形比呂一で、THE CONVOY SHOWオリジナルメンバーとして、またシェイクスピアなどの古典作品や、舞踊でもこの世の者ならぬ役柄を担うことが多い舘形が自在に醸し出す異質な感触が、作品の空気をひと時浮遊させる力になっている。

大量生産方式で脚光を浴びたフォード・モーターを創設したヘンリー・フォードの畠中 洋も、持ち前の色濃い個性を存分に発揮して作品に強いアクセントを与えている。もうひと役マザーの家族のグランドファーザーも演じるが、二役の質感が全く違い、さすがはベテランの妙味。

そして慈善活動をはじめ、教育者、作家としても活動したブッカー・T・ワシントンのEXILE NESMITHは、深い響きを持つ美声でコールハウスが尊敬の念を抱く人物を誠実に表現。ダンス&ボーカルユニット”EXILE”のヴォーカリストとしての活動はもとより、近年舞台にも活躍の場を広げているが、作品における立ち位置として難しさもはらむ役柄を、シンボリックに演じたのが印象的だった。

彼らメインキャストはもちろんのこと、新川將人、塚本直、木暮真一郎、井上一馬、井上真由子、尾関晃輔、小西のりゆき、斎藤准一郎、Sarry、中嶋紗希、原田真絢、般若愛実、藤咲みどり、古川隼大、水島渓、水野貴以、山野靖博が、三つの人種を渡り歩きながらの大活躍で舞台を支えているし、リトルボーイの大槻英翔/村山董絃(Wキャスト)、リトルガールの生田志守葉/嘉村咲良(Wキャスト)、リトルコールハウスの平山正剛/船橋碧士(Wキャスト)も作品に欠かせぬ重要な役柄を立派に務めていて、キャスト、スタッフ総力をあげての日本版ミュージカル『ラグタイム』の気品ある仕上がりが嬉しく、あっと驚く映像効果など、独自の工夫も盛りだくさんなこの記念すべき日本初演の舞台を、是非多くの人に目撃して欲しい。

ここで示されるものにいまを生きる人々が一歩でも近づく、その為に考えることこそ、演劇が照らし出す「希望」が持つ意味なのだから。

(取材・文・撮影/橘涼香)

ミュージカル『ラグタイム』

公演期間
2023年9月9日 (土) ~2023年9月30日 (土)

会場
日生劇場

出演
石丸幹二、井上芳雄、安蘭けい 
遥海、川口竜也、東 啓介、土井ケイト、綺咲愛里、舘形比呂一、畠中 洋、EXILE NESMITH ほか

スタッフ
脚本:テレンス・マクナリー
歌詞:リン・アレンズ
音楽:スティーヴン・フラハティ

演出:藤田俊太郎

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